MidnightInvincibleChildren

The Man Who Bullshitting

 


相変わらずクソみたいな環境でなんとか呼吸を続けている。こういう愚痴をなんの配慮もなくこぼせる場が必要なくらいずっと気を張っている。これはもう僕の性質なので、そこを改善するというひどく時間の掛かりそうな方法を取るより環境の方をなんとか整えていけたらなと思っています。

 

職場に人がいない。人がいればまだなんとかなる気がする。ただ人員不足を埋めるために新しい人員を確保してもその人を教育する人がそもそもいない、なぜなら人員不足なので。じゃあ人をもっと雇おう、でも教育は……という状態が続いているので、たぶんこの職場はいま迷子なのだ。僕はジャックの不安な心です。ジャックを見捨てて外を勝手に歩けたらどれだけいいでしょう。

 

生活リズムも安定しない。早番遅番などというシフト制の勤務なので、早番の翌日が遅番で、そのまま遅番が連続して休みに入って、結局昼まで寝てしまうであろうから予定も入れないままで……気が付くとそんな感じで三ヶ月ほど経とうとしている。

 

日課としていたスクワットもやめてしまいました。疲れるからです。

 

僅かな時間で漏れ聞こえてくるニュースも不快なものばかりで、向き合わなければならない課題というよりも、避けて通りたい穴のような、張りのない気持ちで迂回している。

 

職場に嘘つきがいる。僕もよく嘘をつくのだけど観ていてやっぱり気分はよくない。嘘にも最低限のマナーがあると思うのだけど、杜撰で自分ばかりを先行させた子供じみた嘘ばかりをついている。色んな人に色んな種類の嘘をつき、その場にいない人を敵に仕立てあげることで一時的な味方をつくろうとする。結果、いたずらに波風ばかりが立っている。陰口とかそういうネガティブな磁場を形成し、その中でぐるぐるしているやつらは結局周囲のちょっとした思いやりとかを食い物にしていくので、いい人から順に疲れてしまう。

 

今日も今日で色々あったため休日にもかかわらず出勤したらその嘘つきがいた。僕がいない間に僕のことに関してもいろいろと愚痴っていたらしいので、本人に直接謝ったら全然気にしていない風を装ったあとでこう言った。

 

「忙しいのはわかりますが、引き継ぎメモとかでちゃんと共有してくれると助かります」

 

僕は共有ノートに引き継ぎ内容を記録した記憶がはっきりと残っていたので、ん?と思ったがなにも言わなかった。あとでこっそり確認してみるとちゃんと引き継ぎ内容を書いていた。なんなんだあいつ。怖すぎる。二度と話したくない。

 

そんな日々がしばらく続き、僕はついに限界を迎える。

 

人員不足は悪化の一途をたどり、繁忙期にもかかわらず三つの部署それぞれの作業を同時に行わなければならなくなった。不明点の詳細を聞くためにほかの職員に連絡を入れてもなしのつぶて、片方では結果ばかりを催促されるなかついに気を失ってしまった。

目が覚めると病院のベッドにいた。

 

ついにこういう日がきてしまった。そう思いながら首を静かにもたげた。

 

すると、ベッドサイドには人がいる。

 

あの嘘つきだ。嘘つきは「大変だったんですよ」と言った。

 

「あの忙しいなか倒れちゃって、こっちとしてもどうしていいかわからないじゃないですか?電話はかかってくるし現場にも出なきゃならないのに」

 

僕は点滴の打たれている左腕を眺めている。

 

「伊藤さんが救急車を呼んで、それで運ばれたんですよここに」

 

青白い腕だった。ヒビ割れのような手の甲が、あまりにも醜くかった。

 

「体調管理も責任のうちだと思うんです。よろしくおねがいしますね」

 


その夜、僕は点滴の針を引き抜いてスーツを身にまとった。倒れた日と同じ格好で職場に向かい、警備を解除する。作業室の灯りをすべてつけると、そこに保管してあるエアダスターの中身を順に空けていく。かれこれ数十本。あとはいつも通り機器の起動をタイマーでセットするだけだ。深夜0時。静かにドアを閉め、非常階段を駆け下りた。

 

 


これは誰の記憶にも残らなかったお話だ。

 

なぜか。

 

退屈だからだ。

 

下手くそな嘘と同じで、誰も興味がない。

 

興味をもってほしければ行動することだ。

 

人々が待ち望んでいることを。

 

ゴッサムシティの諸君。

 

この夜も忘れてみせてくれ。

 

できるもんならな。

 

 

 

 

 

「東京都心の夜景(ヘリコプターから空撮)」

 


 

 

 

どうか僕らを何者かに

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元号が変わった瞬間も仕事をしていたことが本当にショックで仕方がなかった。ちょっと泣いちゃった。今月はそのショックがずっと続いている感覚がある。疲れが抜けない。頭がまわらない。誰のことも許せない。

 

相変わらず人が足りないのにろくな引き継ぎもないまま更に人が辞めていくので、いざトラブルが発生してもまともな対応ができない。つまり終わり。僕はいま、いろいろが終わっている環境でなにも終わっていないふりを続けています。

 

しかしふと冷静になってみると、不安に踊らされて四六時中仕事のことを頭に浮かべているうちは結局なにもうまくは回らない気がしてくる。「そればっかり」になるとだいたいダメなので、違うことに時間を割こうと思う。

 

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Amazonプライムビデオで配信されているHBOのドラマ『シャープ・オブジェクツ』をゆっくり観ている。原作は『ゴーン・ガール』のギリアン・フリンで、記者のエイミー・アダムスが故郷で起こった連続少女失踪事件を取材するために帰省。辺鄙な田舎町の厭~な実態と主人公の陰惨な過去が少しずつ明かされていく構成となっている。いわゆる毒親モノでもある。なんにせよ、閉じきったものはろくでもない。全8話なので近々観終わる予定です。エイミー・アダムスの十代の頃を演じる女優が、本当にエイミー・アダムスそっくりなのもいい。

 

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アベンジャーズ/エンドゲーム』に関してはブログに思いの丈を残しておこうと思っていたのだけど、労働へのヘイトに心が占められて余裕がなくなりました。とにかくめちゃくちゃ面白かった。吹替版と字幕版両方観たけど銀河万丈さん演じるサノスは最高。

 

 

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『ザ・フォーリナー 復讐者』も良かった。復讐鬼ジャッキーを狩るために送り込まれた元軍人の男がパーマのかかった優男で、どことなくアーロン・テイラー=ジョンソンに似ていた。アーロン・テイラー=ジョンソンといえば『シャンハイ・ナイツ』にてスリの得意な少年役でジャッキーと共演しているし、主役を張った『キック・アス』のアクションはジャッキーのアクションチームが担当しているなど、なにげにジャッキーと縁のある俳優なので、あの役はアーロン・テイラー=ジョンソンでもよかった気がする。でも似た俳優をキャスティングという狙ったのかどうかあやふやな感じも楽しかった。公開を記念してアトロクで放送した『ジャッキー・チェン総選挙!!』も最高だったのでぜひ聴いてほしい。ジャッキーちゃんの石丸博也版のモノマネも最高。

特集:ジャッキー・チェン総選挙!! https://radiocloud.jp/archive/a6j/?content_id=57447

 

 

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つい昨日『アメリカン・アニマルズ』を観た。なにげに注目していた作品だったのだけど、観ている間ずっと緊張していた。大学の面接で「あなたについて教えて下さい」と言われて言葉に窮してしまうスペンサーに象徴される「何者」問題や、現状への不満や未来への期待の低さからじわじわと沸いてくる「なにかでかいことやらなきゃ」という偏った使命感の暴走とその顛末。「なにかやらなきゃ」が先頭に立ってしまっているためろくな計画も立てられず、不測の事態にはこれでもかと無様を晒す。僕はあとあと怒られるかもしれないというリスクに対して高揚を勝らせることが出来ない臆病さが売りなので、そんな自分にコンプレックスを抱いたことも数知れないけれど、ノリじゃ済まされない一線の意外な軽さはなんとなくわかる。踏み越える瞬間というものは当人たちにとってはあまりにも一瞬で、与える影響と範囲は想像以上に重く広大だったりする。こちらの事情なんて意に介さず世界は回り続ける。ただそれでも、好きな映画のサントラを聴きながら「うまくいく」自分たちをイメージしていたあのシーンで泣いてしまった。どれだけ浅はかだろうと、「どうか僕らを何者かに」という願いはずっと切実なのだ。

 

ということで僕はこれからも映画のサントラを聴きながら未来に思いを馳せ続けることでしょう。多めに睡眠時間をとったり、B4サイズの無地のノートに罵詈雑言を書き出すことで頭のガス抜きを図るでしょう。時には悪意でもって困難を乗り切るでしょう。スクワットを再開し、日光を浴び、肉を食べるでしょう。もっとずっと楽な人生を求め続けるのでしょう。そのための努力は惜しまない。サービス業も遅番も業務のかけもちも不安定な人の相手もぜんぶやめて、毎日100ツイートくらいしてから寝たい。

 

 

 

 

 

ブドウ糖

 

 

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寝坊した朝に情報番組を見ていると、「GW最大10連休 あなたは何日お休みですか?」という街頭インタビューが流れていた。そこで「10連休あります」と答えていたのは「医療関係者」の女の人だった。次に5連休だと答えていた若い男は「不動産会社」の社員だった。僕は、5~10連休を取得できているような職種をぜんぶ覚えておかなくてはと思い、血眼になって画面を睨みつけたあと、消費期限の過ぎた卵を焼いてつくったスクランブルエッグを食べました。


無職期間の長さから、ちょっとの頑張りにも及第点を与えられるおおらかな人間となった。僕は連日、100点満点中500点を叩き出している。ちょっとやりすぎなので、ここらで100連休くらいぶちこみたい。

 

 


U-zhaan×環ROY×鎮座DOPENESS / 七曜日

 


いまの職場は定休日がないので、僕が休みの日でも必ず誰かが働いている。誰かが働いている以上なにかが起こり続けているので、Chill out中に急に連絡が来たりするのだけど、それがとにかく最悪だ。なにも考えたくないから部屋でひとり全裸で過ごしているというのに、全裸のままスマホを手に必死に返信内容を考えているその時間はもはや休みではない。次は必ず(遅番がなく)定休日のある職に就きたい。


ついさっき、同じアパートの下の階に住むヤンキー大家族のおばさんが「てめーふざけんな、ぶっ殺すぞ!」と叫んでいる声が聞こえた。誰に言っているかまではわからなかったが、いざというときは速攻で児童相談所に通告しようと思っている。

 

余裕はなくとも、大事な点は譲歩せず闘っていきたいものです。

 

遅番まで眠ります。

 

 

 

 

 

僕は君とエステに行きたい

 

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遅番業務が始まったため、遅番のない職業に転職することを決意した。いまの部署に異動してまだ1ヶ月も経たないので、単に環境への不慣れからくる疲弊なのかもしれないけど、自分の性格上、慣れに乗じて許しちゃいけないことまで許してしまいそうな懸念もあるので、決意は決意として固く残しておく。


休みの希望が通らない。研修中だからなのか、希望を聞いてもこない。どいつもこいつも、「仕事」を生活の中心に据えた思考でうんざりする。僕は家賃を払っている以上、一秒でも長く部屋にいたい。家賃補助とかが用意されているならまだしも、ないだろ、おい!


そう思いながらこなす業務のはかどらなさは凄まじい。すでに理解している側の「どこがわかりづらいかを忘れてしまっている説明」の余白を頑張って埋めようにも、量が量なので追いつけない。相槌も面倒くさくなってくる。その都度質問による補完を試みるが、きちんとマニュアル化してくれと思う。二年前のマニュアルしかないので、勝手が若干違う。Fucked up...。休みたい。


休みたい、といったところで次の休みは月曜日。これはもう決定している。本当は土・日・水と休みたいところなのだ。今日は土曜日。休みじゃない。明日は日曜日。休みじゃない。


8時~17時とか、9時~18時で仕事を終わらせ、足の遅くなった夕暮れのなか帰りたい。部屋についたら窓を開け、夜の気配を感じながら炭酸飲料をがぶ飲みしたい。あの本でも読もうかな。気になる映画もあるんだった。シャツの襟をウタマロ石鹸でキレイにして、洗濯機に突っ込みながら、買い物もしなきゃと考える。


土日が休みだから、どちらかをダラダラと過ごすのもありだろう。もう一日あるのだから、そんな気分を後ろ盾にしてふらっと遠くへ出かけてみるのもいいかもしれない。行ったことのない街ばかりだ。それっぽい路地裏を歩いて、だれも見ていないのに気取ってみたりしたい。


昨日のことだけど、遅番終わりでなかなか寝つけない真夜中に、TBSラジオバナナムーンGOLDを流していた。そこでふと森山直太朗の『出世しちゃったみたいだね』という曲が流れて、僕はすっかりうわ~となってしまったのだ。かつては共に青春を浪費していた友達と久々にあった人の歌で、身なりや態度が板についたそいつに対して「出世しちゃったみたいだね」とひたすら思う歌詞が、飄々としつつ胸に迫る。


森山直太朗の『愛のテーゼ』という曲がある。恋人との日々を愛らしく綴った秋の空気ただよう最高の曲なのだけど、その歌詞の中で「僕」は「君」をパラダイスに行こうと誘う。そこで日がな優雅にお茶でもしようとか言っている。最後の最後には、取ってつけたようにエステもしようと言ってその曲は終わる。この曲を初めて聴いた高校生の僕は、その最後の一言を照れ隠しだととった。でもエステ、いいよね。パラダイスに言って、日がな優雅にお茶を飲むなら、エステも加えるに決まっている。いつか消えてなくなるんだから、あれこれ詰め込んだっていいのだ。

 


遅番に行ってきます。

 

 

 

 

 

A Man of Great Strength

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Excelに強くなりたい。使いこなせれば便利に決まっているくせに、Excelを頑張るのはダサいという、どこで植え付けられたのかもわからない偏見に自分の足を引っ張られている。さっさと作ってしまえばいい簡単な表でもたついていては、定時で帰ることが出来ない。


Illustratorにも強くなりたい。職場で使う必要があるからだ。さっさと終わらせて定時で帰る。短縮できる時間なんて山ほどあるのに、もたついて定時をどんどん過ぎてしまう。いまはIllustratorが得意な人に全部任せて帰るという必殺技を使っているが、いつか「おかしくないですか?」と言われそうなので、それまでには準備を進めておきたい。


Photoshopにも強くなりたい。以下、Illustratorと同じ。


ポケモンカードに強くなりたい。ここ最近は強化拡張パックを買ったりしつつも、デッキの改造は放置したままだったりする。そもそもバトルする相手がいない。『オールド・ボーイ』の主人公オ・デスは監禁生活中の自主トレだけで暴力の獣と化したが、僕も自室でのイメトレだけでモンスタープレイヤーになるしかないのだろうか。YouTubeのバトル動画を見漁って勉強するぞ。オ・デスもテレビでボクシングの試合を観ていたし。


喧嘩に強くなりたい。実践する機会の有無が重要なのではなく、なにかみっともない失敗をやらかしても「でも僕は喧嘩が強いので」と思うことで、自尊心を守れる(?)からだ。「大変、申し訳ございませんでした」←(でも喧嘩は強い)。「以後、このようなことがないよう努めさせていただきます」←(喧嘩が強いにもかかわらず)。ちなみに理想とする喧嘩の強さは、打撃系ではなくもっぱら寝技系。YouTubeで勉強するぞ。


前日の夜に強くなりたい。僕は翌日のことを考えることで、フライング・ストレスを喰らうことがとにかく多い。背を丸くする自分の姿しか浮かんでこず、まだ寝てもいないのに起床が怖くなる。まだ起きてもいないことで疲れていては心がいくつあっても足りない。現にいまは心がぜんぜん足りていない。クラウドみたいにどこか別の場所に容量を借りて、心配事をぜんぶ詰め込んでおきたい。


休日希望の主張に強くなりたい。いよいよ来週は『アベンジャーズ/エンドゲーム』が公開される。楽しみだけど、公開日である26日(金)~日曜日までガッツリ仕事なので、初日はおろかしばらくのあいだ鑑賞することが難しそうだ。『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』や『キャプテン・アメリカ/シビル・ウォー』なんてTOHOシネマズ新宿の最速上映に足を運んでいたというのに(無職だったため)。

 


暖かい季節がやってまいりました。


リュックの底まで手を突っ込むと、よくわからない砂が入っています。

 

 

 

 

最愛の言葉

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疲れているのかいないのか、もうよくわからない。よくわからない時点で疲れているうちに入るのだと思う。舞城王太郎が翻訳したトム・ジョーンズの『コールド・スナップ』という短編は、「クソったれのボケってなもんだ」という一文から始まる。クソったれのボケってなもんだ。元も子もないくらい本当で、最高だ。

 

ここ何日も労働に一日の大半を支配されていたのでもうその話ばかりになってしまうけど、こんな日々に慣れてしまったいつの日かのためにここに記しておく必要があると思った。なかったことには決してさせない。まず、今年度に入って人がかなり減った。円満な退職もあったが、こんなとこやってられないと長年勤めていた人が急にいなくなったりもした。とにかく人が足りない。だから一人あたりの業務量がドスンと増えた。みんながめちゃくちゃピリついている。とにかくこの空気が悪い。空気が悪いのでコミュニケーションが減少する。怒りを孕んでいる人に声をかけるのは、野生の本能に反する行為である。そんな職場で連日、長時間拘束されていると「クソったれのボケってなもんだ」と思わずにはいられない。人、増えてほしい。どうか大勢の人が入ってきて、業務を分けあい、落ち着いた気持ちで健やかに過ごせるようになるといい。

 

そんなこんなでようやく休みにたどり着いた。昨日の退勤直後から最高の気分だった。日高屋に言って生ビールの中ジョッキを飲んだ。いま日高屋はオールタイムハッピーアワー料金というとんでもない試みをしている。290円で生が飲めるので、中華そばを大盛り無料券で大盛りにして注文した。飲みの帰りらしいおっさん集団や、声のでかい大学生軍団もいた。翌日も仕事だったら、本当にイライラしていたのかもしれないが、「日高屋って感じだな」とむしろ心地よく思った。

 

帰りにセブンに寄って缶チューハイを買って部屋で飲んでいると、もうなにもしたくなくなった。たくさん寝るぞ!とベッドに潜り込んですぐに寝た。

 

夢でも仕事をしていたが、クレーマー・ババア・トリオに絡まれ他の仕事がまったく進まなかったので堪忍袋の緒が切れて怒鳴り返した。結果、クビになった。一応実家の親にそのことを伝えると泣かれた。ばーか、知るかって感じだった。

 

新たな業務内容に慣れないまま、責任だけは増えていくので、一日に何度もばーか、知るかって気分になる。ばーか、知るか。僕の勤務時間の大半を支配する感情を表した完璧な言葉だ。この言葉に出会えてよかった。そんな宝物のような言葉も、休日である今日はついに最後まで浮かんでくることはなかった。今日は、これまでに数回しか訪れたことのない街を散策してみた。イオンを見つけてテンションが上がり、そこでだらだらと過ごした。叩き売られている安いノートをたくさん買ったりした。

 

明日は朝早いのでもう寝る。

 

二連休を手に入れるまで、心の底から笑うことはないだろう。

 

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週休三日~絶対二連休を添えて~

 

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最近、フルーツグラノーラを食べている。ちょっと前なら、高いので避けていた。いまは買える。経済的な理由というよりも精神的な理由による。ブチギレているからだ。

 

ラジオを聴くのが本当に好きだ。ながら作業OK。でも集中だってしたい。今週のアルコ&ピースDCガレージで、アルコ&ピースのふたりがそれぞれで催したお花見の話で競い合うところと、コンビ間の埋まらない価値観の溝についての話が楽しかった。続く爆笑問題カーボーイで爆笑・太田さんが生放送中に転倒して脳震盪を起こした際の話も楽しかった。「はー、たのし」と独りごちながら、頬杖をつく深夜。明日のことを考えない贅沢を僕は選ぶ。

 

聴く人によっては捉え方が変わってくる発言かも知れないけど、ここのところ眠るのが楽しすぎる。眠っているので厳密には楽しいとは思っていないのだけど、眠ることを考えるとワクワクするし、起きたら起きたでもうちょっと!と思う。どうか、もうちょっと。お願いします。穏やかな日々に、小さなわがままを。

 

給料毎日ほしい。

 

毎月ボーナス振り込め。

 

でかいガスガンがほしい。

 

今日も職場で忙しいふりをしていたら、何年も連絡をとっていなかった友人から急にLINEが来た。その友人とは高校三年間ずっと同じクラスで、『カードキャプターさくら』の話をよくした。その友人がさくらのモノマネをしてくると、僕は必ずユキトさんになりきって返事をする、という暗黙の了解があった。今回のLINEでもその友人は「ほえ~」としか送って来なかった。でも最後に、「沖縄に帰ってくることがあったら教えてね。飲もう」と言ってくれた。さくらちゃん……。対面に座る先輩向けの忙しそうな表情をつくりながら、僕はベルトに挿すための札束をこれからも頑張って稼ぐしかねえな、と思った。無理はしないこと前提で。

 

 

明日は定時でダッシュで帰る。

 

 


サニーデイ・サービス「恋におちたら」

 

 

 

休みの日に人に会わないとこうなる

 

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新年度開始。元号も変わった。僕はこの歳になって初めてスーツを着て働くようになりました。年齢は関係ないですが。

 

部署が変わらなかった去年は「あんまり四月って実感ねえな」とかいいながら缶チューハイを飲んでいたのだけど、今年は新しい環境に身を置いているせいでずっと緊張している。不安がある。気がつけば家にいる間もずっと仕事の嫌な面について思考を巡らせている。無駄なのだ。もったいない……

 

不安なときほど余白が心を蝕むというのはこれまでの経験で大まかに学んできたことである。やることがあったほうがいい。欲望が伴っていればなによりだけど、初めのうちは努めてイベントをこなすようにしたほうがむしろ楽ではやい。僕は散歩をする。ストレッチをする。本や映画には触れない。心が不安定なときは物語への感度が悪くなる。過敏とも言える。ちょうどいいとは程遠い。

 

Netflixで『クィア・アイ』のシーズン3を観た。毎回どこかの場面で泣いている。渦中にいる人は大抵混乱しているので、いろんなジャンルのプロがその混乱を客観的に整理してくれる姿は観ていてホッとする。ジョナサンもタンもアントニもボビーもカラモもみんな大好き。僕の頭の中も整理してほしい。ちょっとしたチャレンジを讃えてほしい。数分おきにハグしてほしい。似合うメガネを選んでほしい。

 

いまの僕が不安の坩堝にいるとするのなら、頭の中がそればかりにならないよう、分散を図るしかない。世界が広いということを数分おきに思い出したい。この先があること、先の先があること、それがいくつもの節目を挟みながらずっとつづいていくことを忘れないようにしたい。

 

韻踏合組合の『踏んだり蹴ったり』という曲がある。散々なエピソードを飄々と歌い上げていく軽快な曲で、ここのところの気分に心地よくマッチする。乱暴にテンションを上げるわけでも、死ぬほど陰鬱に浸るわけでもなく、この軽やかさに救われる。

 

最近はジャド・アパトーが関わった2000年代後半のコメディ映画ばかり観ている。

 

日課の音読では筒井康隆の『大いなる助走』を読んでいる。

 

次に書く短編の主人公は中学生の女の子に決めた。

 

この間書き上げた短編には1,000文字以上加筆して再度上げた。

 

今度職場を辞める人への寄せ書きを頼まれたので、思いの丈をさらさら書いてみると、感情に一貫性のない怪文ができあがってしまった。

 

まだ1週間も経っていないけど、次はどんな場所で働こうかなと考えている。極力楽な場所がいい。なのでいまのうちにお金を意識して貯め、来るときに備えよう。僕がこんな風に紆余曲折を経てたどり着くことを、みんなはずっと前から普通にやっているらしい。そういうみなさんが僕の分まで頑張るべきだ。みなさんには頑張る才能がある。その才能を思う存分活かして、明るい未来へ進みましょう。

 

僕は真面目すぎるきらいがあるので、レッドカーペットを歩くための服を探しあぐねているところです。

 

今年は髭の脱毛をします。

 

 

 

sakamoto-the-barbarian.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

ジャパニーズ・サイコ

 

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この歳になると自分に関してある程度揺るがない部分がいくつか見えてきたりしますが、結局のところ僕は新しい環境というものが本当に苦手だ。たぶん今後、平気になることもない。


昨年の10月に、人員不足のためふたつの部署を掛け持ちしてほしいと言われたときですら、過度の緊張と全自動激安愛想の暴走で疲弊して、かなりコンディションが悪くなり、本も映画も全然頭に入ってこなくなった。もともとあんまり好きじゃなかった職場の人のことも大嫌いになり、ミスを指摘されようものなら、ものすごく俊敏な足払いで地面に横にさせ、真上からラップトップでぶん殴りたいとすら考えていた。もちろんすべての時間が最低なものだったわけではないのだけど、良いニュースなんて効果が持続しないもので、結局悪いものにばかり時間を割いてしまう。


そんなんだから年度末のバタバタが鬱陶しくてかなわない。


なので割愛。


どうでもいいことにこれ以上時間を割きたくない。景気のいい話にだけ心を向けようと思う。


自分の思考の持つ癖がある程度わかっているのなら、なにかしらの対応をガンガンとってしまえというモードに入った。


心が脆弱ならせめて身体だけでも健康でいようと思い、スクワットをするようにしていたが、本当に疲れていたり憂鬱に飲まれた日は死ぬほど面倒なので、ストレッチも項目に追加した。あんまり使ってないなと感じる筋をゆっくり伸ばすだけなのだけど、やると気持ちいい。そもそもが楽だし、横になっていてもできる。横になるのは一番楽しい。個人的によくやるのはケツの筋を伸ばすやつで、以前観たテレビでもプロのラガーマンがここは必ず伸ばすと言っていたこともあって、重点的に伸ばしている。


日々頭がぼんやりしてうまく働かないことも多いので、仕事中にブドウ糖のラムネを食べたりもしている。カカオ72%のチョコレートも効果があるとネットで観たので、両方かばんに詰めている。効果の実感は強烈にあるわけではないけれど、対策しているな、というささやかな満足感はあるので、おまじないみたいに今後も摂取するのだと思う。


ここ最近だと、それこそつい昨日から音読を始めた。僕は咄嗟に何かしゃべろうとすると軽くどもったり、言葉がうまく紡げなかったり、なんなら声が上ずって何度も咳払いを挟むはめになったりと忙しいので、発声周りのストレッチもしておきたいなと思っていた。そんなある日、朝のしたくを進めながらラジオを聞いていると、「音読」を利用した健康法のCMが流れてきたのだ。確かに朝の支度をしている最中なんてほとんど黙っているし、そりゃ喉も締まってしまう。喋るウォーミングアップが必要だとなぜいままで気づかなかったんだ、と悔やんだ。

 

ということで今日は舞城王太郎の小説『世界は密室でできている。』の冒頭数ページを音読した。口語体なのでかなり音読向きな気がしたし、なにより軽妙でバカバカしく、それでいてどこか物哀しい語り口に感動してしまい、そのままちょっとだけ読み進めた。この方法を使えば、どうも進まないからと放置気味になっている小説もぐんぐん読めてしまいそうだ。


ここ数日、本当に短い距離だけどジョギングをするようになった。なんとなく、走りたくなった。距離も時間も決めず、満足したらすぐ部屋に戻るようにしているので数分で帰ることもある。走り終わると腹にちょっとした張りを感じて、嬉しくなる。したいから走るのであって、やりたくなくなってきたらやめるつもりだ。すべてこれくらいの距離感で関わりたい。

 


UNIQLOで安売りされていたステンカラーコートを買った。

 


4月から着るスーツも揃えた。

 


なにかを考えるより、いまはちょっと寝る。

 

 

 

 

 

 

書き下ろし短編:『屋烏を喰う』

 

 

 




「あ、お湯で洗って」「お湯? 使ってるよ」「えだって湯気立ってないよ」「でも温かいよ」「ならいいや」と会話する僕を見た夏海が怯えた表情で言った。


「だれと話してるの?」


思えばここのところ、なにかと考えに耽ってばかりいたような気がする。夏までのバタバタした日々が急に落ちついて感じるのは、季節の変化にリンクしているからなのだろうか? 僕は自分の歩く速度さえ変わってしまったように感じる。駅までが遠い。道を間違えたのかと思うも、イヤホンから流れる曲はまだ変わっていなかった。
 なにを考えているのかというと、例えば出社してやることの順番についてだとか、今週やるべきこと、もうしなくていいこと、昨日の晩寝る前に沸き起こったささやかな欲望、いま飲みたいもの、財布の残金、次の休みのこと、夏海としたつまらない話、どうしてそれがつまらなかったのか、自分の部屋の使い方に関して、すっかり忘れてしまった習慣、口周りに感じる肌の乾き、気になっていた化粧水、駅周辺のドラッグストア、目の前のおしり、明日の天気……
 僕は仕事をやめた。厳密にはやめていない。やめたつもりで毎日動いている。こだわらなくなれば、少しは楽になるのだろうなという目算があったが、どうなんだろう? いまの僕は楽なんだろうか? 

 ある夜、ちっとも寝つけなかった僕は無性に苛立っていて、夏海と口論になった。彼女は「八つ当たりしないで」と言った。八つ当たり? つまり僕には本来、ほかに怒りをぶつける対象があるということか?
「それってなんだと思う?」
「それ私に聞くの?」と夏海は伏せていた目を僕に向けた。「仕事のこととか、そういうんじゃないの? それだけじゃないんだろうけど、とにかく私にそういう態度とるのやめて。どうしていいかわからない」
「ごめん」
「別にいい。でも今日は一緒に寝られない」
「了解」
 僕は自分の枕と毛布を持ってソファーで横になる。カーテンの隙間からかすかに差しこむ灯りが、暗い天井でゆらゆらと揺れるのを眺めながら、別にいいと言った際の夏海の表情を思い出していた。一緒に寝られないんなら、別にいいってのは嘘じゃないのか? 許せないんなら、許したふりなんてするなよ。胸がより騒がしくなって、眠気も更に遠のいてしまった。ひとりになりたかった。こうやって寝床を分けるのではなく、本当の本当にたった一人になって、ついにはなにも考えずにすめばどれだけいいか……ということをグルグル考えたまま朝を迎えた僕は、のっそり起き上がると重たい体を引きずって唸り、シャワーを浴びながら唸り、髭を剃って唸った。



 十年ほど休みがほしい。



 友人でひとり、十年ほど休み続けているやつがいる。
 十年あればなにをしたいだろう? という愚問が浮かび、僕は毒された自分に辟易する。
彼の長い休みがまだ終わっていませんように。



 更衣室のロッカーから上着をとり、歩きながら羽織る。腕時計を確認する。七時半。まだ余裕。人の温度にあてられていない廊下を抜け、事務所のタイムカードを切ると、すぐさまエレベーターでふたつ上の階まで移動。そこは窓のないフロアで、ドアには電子ロックがかかっている。テンキーに暗証番号を打ち込むと淀んだ空気が僕を迎えた。充電スタンドに立てられた無線機と作業台の上に置かれたクリップボードを手に取る。七時三十五分。挟まれたチェックリストを手に大きな機器の間を練り歩く。ぜんぶで十一のサーバーがあり、それぞれに付属する機器が二つずつある。すべての電源を項目にそって入れていく。僕はこの作業が億劫で、どこかのタイミングで思いもよらない出来事によって流れが中断されるんじゃないかという恐怖がつきまとう。エラーの種類にもよるが、基本的に十分以上は対応に割かれる可能性がある。始業時に間に合わなければ、どれほどの損害が出るのだろうか? あえてきかないようにしているが、想像を超えるきんがくにおよぶのかもしれない。タッチパネルを操作してパスワードを入力する。ここでタッチパネルが反応しなかったら? 機器上部で横一列に並んだ七つのスイッチを左から一、二、三、五、六七同時、四の順に押しながら、機体に耳を寄せ、起動音を確認する。ここで異音がしたら? 薄い金属板の向こうで細かな機器が連動しあうか細い音がする。一、二、三、五、六七、四。異常なし。異常なし。異常なし。一、二、三、五、六七、四。チェック。チェック。チェック。機械の音にまじって僕のため息が聞こえる。チェック。チェック。夏海のことを思い出していた。一、二、三、五、六七、四。チェック。一、二、三、五、六七、四。ここまでは大丈夫。一、二、三、五、六七、四。大丈夫。 一、二。三? 五! 六七……チェック。チェック。チェック。あ、四。チェック。ん? チェックの数変じゃないか? という声がしてハッとする。自分だった。変……でした。まあいいか。チェック。チェック。うっ。

 早朝の大雨が嘘のように晴れ上がった夜、夏海を駅まで迎えに行った。僕は自転車で、彼女と二人乗りをしながらパトロール中の警官に見つからないよう細い路地ばかりを選んでアパートまでの道を進んだ。ネットでみたニュースの話で笑いあっていると、ふと沈黙が訪れた。星が綺麗だったが、気持ちはそう盛り上がらなかった。しばらくして、僕の背中に身体を押し付ける夏海が何かを言った。うまく聞き取れなかった、というより、その音が言葉としてすぐには入ってこなかった。彼女は「泣きそう」と言ったのだ。

 八時二十分。オープン作業を済ませた僕は作業台に戻ってパソコンを開く。まだ強めのままの鼓動に打たれながらメールを見る。作業場の温度確認をする。湿度確認をする。デジタル時計の秒数を調整。+1なので修正……完了。僕はイスの背もたれを支点に背中をそらす。ソファーで寝たせいで朝から肩が重かった。僕はイスを引いて両手を前後に大きくゆっくりと回す。じんわり熱を帯びた肩甲骨が、また少しずつ冷めていくのを感じながら、自分の呼吸音に集中する。機械音が騒々しい。僕は同じサイズにカットして束にしてある裏紙にTo doリストを書き込んでいく。デイリー業務、ウィークリー業務、週末に備えた準備……まずは昨日のうちに終わらせられなかった事務作業を片付けていくことに決めた。Shift + C……Shift + V……クリッククリック。マウスの反応がなくなる。ちっ。軽くバウンドさせてみる。なめるなよ。裏返すといつもは点灯しているはずのブルーのライトが灯っていない。僕はペン立てをどかし、単三電池を探す。が見当たらない。別の部署まで貰いに行こうか。そう思い立ってイスから立ち上がる。

 ぱぼん

 聞き慣れない音がした。
 パソコンからだった。
 メールの通知ではない。デスクトップにはなんらかのお知らせが出ていた。タッチパッドの操作がオンになったことを告げる通知らしい。なぜ。僕はこのラップトップに一切触れていなかったし、切替画面を開いていたわけでもない。身体の左半分が粟立っていた。作業台の横には壁があり、上部だけが繰り抜かれて隣室とつながっているのだが、そこからだれかが僕を見ている気がしたせいかもしれない。こういうときは考えられることだけを考えるしかない。たしか、タッチパッドを直接二回タップすれば操作のオン・オフを切り替えることができるのだが、僕は席を立って背を向けていた状態なのでそれも無理。
 だけど無視。



九時五分。エラーの表示がセンターサーバーに出る。機器同士をつなぐネットワークの接続が切れたらしい。4号機? クソ馬鹿が。僕は椅子から飛び上がり、機器の間を駆け抜け、4号機を目視で確認。ランプが赤く点灯。思わずえずく。いそいでポケットからスマホを取り出し、機器のモニターに英字で表示された警告文の写真を撮り、本社のシステム担当に送信。こちらでもとりあえず機械の再起動を試みようと手順を整理しているところに無線機が鳴る。
「真山さん、おはようございます。三宅です。状況を教えてください」
「おはようございます。ただいま本社の担当者にメールにて連絡致しました。返信はまだですが、おそらく再起動でなんとか対応できるかもしれないので今から試みます」
「了解です。またなにかあれば」
なにかあればそりゃ言うよ、と思いつつ一旦4号機の電源を落とす。メールが来る。
〈再起動で大丈夫です。それでもなおらないようでしたら、サポートセンターに入電してください〉
やった、正解だった。でも何か忘れてないよな。まあいいや。まずは再起動。電源を入れ直していく。よし。ランプが通常通り緑色に点灯した。でもさっきだって始めはそうだった。頼むからもう嘘つかないで。平気なふりはしないで。どうにもならないタイミングで、やっぱりダメでしたって言われても、僕にはもう何もできないじゃないか、後悔以外。

 

 暖簾をくぐり、嗅ぎ慣れた蒸気の温もりを浴びながら空席を探していると、違う課の月村さんがテーブル席でひとりランチセットを食べていた。軽く挨拶だけでも済ませておこうと近づくと、「あ、どうも。てか朝はお疲れ様でした。どうぞ」と正面の椅子に誘導される。いま人と関わるテンションじゃないな、断ろうかなと思うころには、僕はもう椅子に腰を下ろしたあとだった。メニュー表を開いて悩んでいるふりをしながらいつもと同じ一番安い中華そばを頼み、月村さんにさっきのパソコンの話をした。
「えー、出た。真山さんよくあんなとこひとりでいられますよね」
「まあね。でも仕事だし」
「怖くないんですか?」
「めちゃめちゃこわいよ」
「やば。うける」
 月村さんは僕の知らない話を大量にもっている。
 総務部の三宅マネージャーが新卒で入ってきた武田ちゃんと付き合っているらしい。年の差どれくらいだっけ? ほぼロリコンだねと僕が言うと「みんなも言ってます」と月村さんは笑う。みんなも言っているのなら結構笑い事じゃないのかもなと僕は思いながら、営業の樋口くんがかねてよりアプローチをかけていた石原さんにめちゃくちゃ嫌われているという話を聞く。ちょっと面白い。
 ところで月村さんは営業部の高尾くんとほんとうに付き合っているのかなと僕は考える。直接聞くのはちょっと危険だ。随分前に、駅を一緒に歩いているところを見かけたことがあるだけだし、でも高尾くんには彼女がいたはずで、とはいえ古い情報なのでもう別れたのかもしれない。
「面談終わりました?」
 月村さんがテーブルの上においたスマホを指先で叩きながら言った。ラインのトーク画面が開かれていたので、目をそらした。
「来週。予定ではね」
「そうなんですね。普通に終わりますよ」
「あ、もうやったんだ」
「はい。わたしのときは雑談みたいな感じでしたし」
「そうなんだ。なにか意見とか出した? 改善してほしいところとか」
「いいえべつに」
「思ってたより楽そうだな。安心しました」
「そもそも面談いらなくないですか?」
「でもまあ、ああいう場だからこそ伝えられることもあるんじゃない?」
「えー。わたし思うんですよ」
「はい」
「ああいう場で、本当のこと言うわけないじゃないですか」

 僕の前任者である宇野さんは精神に不調をきたして退職したので、事前に準備しておく諸々もなしに僕が業務を引き継ぐことになったのだが、その彼だって何度か行われた面談において特別なにかを訴えていたわけではなかったそうだ。これは総務部の三宅マネージャーから直接聞いた話で、彼は首を傾げていた。労働はアルコールと同じで、合わない人間にとってはとことん毒でしかない、というただの常識がまったく共有されていない時点でこの会社はもう終わりです。宇野さんは周囲の呑んだくれどもの影で静かに疲弊し、ある日限界を迎えたわけだ。胸のうちが自然対流のようにぐるぐるたぎるのを感じていた。突っ伏す寸前のような姿勢でスマホを見る月村さんのつむじから視線を外すと、斜め向かいに位置するシートの背もたれ越しに顔半分だけをのぞかせた女の人と目が合った。あれ。でもそんな気がしただけで、席は無人だった。ふと壁に貼られたビールのポスターがはらりと剥がれ落ちた。店員さんにそのことを伝えようかと思ったが、疲れていたので黙っていた。



 朝が来ないでほしい。
 かといって夜もうざったい。

 

 夏海とベッドに並んで眠る。目を閉じながら、布団内部の高まる温度を寝返りでかきまぜる。深夜三時を回ってもついに眠れなかった僕は、寝息を立てる夏海を置いて部屋を出た。スウェットだけじゃあまりにも寒いのでブルゾンを羽織った。最寄りのコンビニまで歩いて、それから戻ろう。頭髪の隙間まで冷たい夜気が染みこんでくる。通りかかった公園の遊具が風もないのに揺れていた。公衆便所からうっすら灯りが漏れていた。人も、動物も見当たらない。猫でもいたらいいのにね。深呼吸すると骨まで冷えるようで、僕は長い長い道を足早に進む。コンビニにつくと、店内をぼんやり五周ほどした。もう一度歯を磨くのが面倒なので、結局なにも買わずに出てしまった。レジカウンターの中にいた店員はなにかしらの作業に勤しみながら、絶えず僕の気配を意識してくれていたというのに。自動ドアを抜けると、先ほどのような鋭さはもう感じなかった。部屋まで続く住宅地には街灯が少ない。行きより帰りがずっと暗い。

 コンビニを出る前からずっと、僕はさっきの公園の前を通りたくないと思っていた。かといって遠回りを選ぶほどの気力もなかった。足がやけに軽いのに、進みだけがいやに遅く感じて首を何度も回していると、道路脇になにかが立っているのに気づいた。一瞬、人かと思った。真っ黒で、起伏がなく、まっすぐだった。その長方体と僕との距離は五メートルほどで、しかし僕は立ち止まらなかった。気づいていることを、向こうに気づかれたくなかったのだ。後頭部からゆっくり後ろへ倒れていくような感覚にややのけぞりながら、それでも歩を進め、ああ。そこでわかる。

 墓石だ。
 真っ黒な墓石。

 道の脇に墓石がある。

 依然として静かなままだった。僕以外、音を立てるものはなかった。視線はすぐまえのアスファルトに向けている。もうすぐ朝がくる。もうすぐは、しかし今ではないのだ。
 一、二、三、五、六七、四。
 一、二、三、五、六七、四。
 一、二、三、五、六七、四。
 ああ。墓石の横を通り過ぎる。ああ。ずっとそこにあったのかもしれないし。たまたま行きでは気づかなかっただけかもしれないし。僕は歩く。いまどこかからか聞こえた気のする、地面をこするようなざらついた音が、自分の立てたものなのかもう判別できない。わざと大きな音を立てて僕は地面を踏みしめる。
 一、二、三、五、六七、四。
 一、二、三、五、六七、四。
 一、二、三、五、六七、四。
 月極駐車場の看板が見える。その後ろからなにかが顔を覗かせているかもしれない。カーブミラーが見える。なにがうつっているかもわからない。僕は自分の履いている靴を見る。靴紐が解けている。いまは結ばない。立ち止まる理由はすべて無視する。

 アパートの階段を昇りきると、ドアの前に夏海が立っていて、僕は無音の悲鳴を上げた。そのまま腰を抜かし、階段の二つ下の段に手を突いてなんとか体を支えたが、股関節が変な開き方をしてちょっとだけ痛かった。
「起こしちゃった?」
 僕の言葉に彼女は応えなかった。
 ああしまった。もしかして僕はいま、夢をみているのだろうか?
「風邪ひくよ」
 彼女はそう言うと、すんっと息を吐きながらこちらに背を向けた。いまなんで笑ったの? 僕の質問は彼女には届かなかった。



 しゃ!
と意気込んで出勤すると、作業台にニ枚のメモが置いてあった。
 一枚目には次の日曜も出勤してほしいという旨とその理由。
 二枚目には不在時に僕のデスクから内線電話が入ったという旨の内容。
それらを丸めてゴミ箱に投げ入れた僕は、しばらく突っ立ったままホワイトボードに敷き詰められた数字を画として眺め、それから床に両手をついて腕立て伏せを三十回。怒りが収まらなかったので、側転。そのままの流れでバック転。着地に失敗して機械の消耗品が入っていた空箱を尻で潰した。
スマホで高良に連絡を入れる。
返事が来る。
翌日の仕事終わりに、池袋で飲む。
高良と会うのは数年ぶりで、彼は上下スウェットに軽そうなダウンジャケットを着て現れた。スウェットといっても僕が部屋着にしているような類のものではなく、どちらも上等な生地で、細く締まった足首の先には蛍光色のラインが入ったスニーカーを履いている。
「ちなみに、給料いくらもらってんの?」
 僕の質問に高良は笑った。「ぶしつけやなあ」
 綺麗な歯並びだった。指摘して初めて、彼は直属の上司が関西の人間であることを教えてくれた。
「思ってたより元気そうやん」と高良は長い脚を組んで言った。僕もついつい真似をする。
「え、そう?」
「ははは。でもちょっと痩せたろ」
「かな」
「痩せたよ」
「もともと体重の増減激しいタイプだから」
クリスチャン・ベイルじゃん」
「それ言ったらそっちこそぽいよ」
「なんで?」
「『アメリカン・サイコ』っぽいよ」
「おまえ〜」
 高良はこの会話の間にジョッキをひとつ空にした。全身から放つ雰囲気……それこそ肌ツヤからして違う。代謝もいいに違いない。僕はいまこの瞬間も肩から背中にかけてが重いというのに。ビールのアルコールも、まだ高揚感にはつながらない。
「たまってるだろ」
「いや」
「ストレスのことだよ」
「ああ、そうか。てか今日その話していい?」
「むしろそのために連絡よこしたんじゃないの?」
「まあそうなんだけど一応ほら。せっかく来てくれたのに辛気臭い話はだって……だるいだろ?」
「平気だよ。おれは」
「そう?」
「だって俺は調子悪くないもん。良いし」
「えー。なんだよそれ」
「辛いほうが吐き出す。調子いいやつが受け止める。そういうことでしょ」
 もはやため息すら出ない。「痛み入ります」

「憑かれてるな」

 高良にそう言われて僕は固まってしまった。急だな、っていうかそういう話もうしたっけ? 喉の奥でうぐうと音がする。自分にだけ聞こえる音だといいな、と思った。
「なんでそれを」
 と、なんとかつぶやく僕を見て高良は「ん?」と首を前に落とす。
「ん?」
「いや……ん?」
「んん!?」
 混乱が音となって頭蓋の内側に溢れていると高良がやや距離のある笑みを浮かべる。
「ストップストップ。落ち着け。マジで疲れてんじゃん」
 と言われ、今度はするっと腑に落ちる。僕は自分の呼吸がやや浅くなっていることに気がついて、小さく笑いながらビールを飲む。軽く口に含む程度のつもりだったが、そのまま勢いがついて一気に飲み干す。大きく息を吐きだす。おしぼりの包みがテーブルの上を滑って小鉢にあたって回る。
「はは。ごめん。びっくりした。いや。ほら。いまちょっと言葉が……違う変換しちゃってさ」
「変換」
「つかれたって言葉。違う方のやつだと思っちゃって」
「……違う方って言うと」
「ほら、取り憑かれるとかの」
「あ〜」
「なんか妙にバチッとハマっちゃって。ごめんごめん」
「ははははは」
 とはじめは笑っていた高良だったが、急に腕を組み、お尻を前に引くことでテーブルの縁にぴたりと身体を寄せた。僕は質問を待った。
「え、そっち系でなんかあった?」
 僕は職場での作業時に起こる現象の数々や、一昨日の真夜中に遭遇した巨大な黒い墓石についても話す。職場の壁を殴って穴を開けてしまい、そこに書類を貼って隠していることや、夏海が部屋を出て行ったこと、前任者の作業ノートを隠し持っていること、前任者が三宅マネージャーに経歴を笑われひどく傷ついていたこと、ここのところ親知らずが痛いこと、夏海と新宿御苑にいったときの写真でオナニーをしてしまったこと、俺が俺であること、三宅マネージャーと付き合っている武田ちゃんのSNS非公開アカウントを知っていること、貯金がないこと、職場で人を殺してしまうんじゃないか不安であること、よそはよそであること、うちはうちであること、俺が俺であることとその証明について……。
 うんうんと相槌を絶やさない高良に喋っているうちに、僕は胸にすーっとした空気の通りを感じて、あれ? なんでしょうねこの話。高良は優しい声で「それはあかんな」などと言いながらも、なんだよ、ちょっと笑ってやがる。なので僕もひとまず笑っておこうと思う。二人して互いの雰囲気に飲まれてへらへらした笑いが止まらなくなり、気がつくと大声こそ出しはしないが僕も高良も肩を小刻みに上下させていた。息を切らした高良がビールを口に含んでむせ、僕が喉の奥からアザラシの屁みたいな音を出して前後に揺れていると、ついには括約筋が緩んで放屁した。放屁といえば、「屁」は「へ」なのに、「放屁」のときは「ひ」なんだな、ということを言うと、にんげんだってそうやん、と高良が言った。僕はやつのことをじっと眺めてみる。僕だって高良みたいに良い服が着たいのだ。あの肌ツヤがほしいし、引き締まった身体がほしいのだ。
「ところでおまえが見たっていうお墓なんだけどさ」
「うん」
「本当にお墓?」
「え、ほかになにかある?」
「別のなにか」
「別のなにかって?」
「羊羹とか」
 ありがとな、高良。
 それから高良は自分の仕事に関する話をする。取引先のパーティで知り合った政府関係者から、近々某国のミサイル発射をきっかけに第三次世界大戦が始まるとの話を聞いたらしい。冗談じゃないんだ、おれもおまえも跡形もなく吹き飛ぶんだよ、どうこうできる話じゃないよ、でも自分じゃどうにもできないことで、人生に関するあらゆる選択が必要なくなると思うと、すごく楽じゃない?
「そうだな。楽なのはだいたい好きだ」
 と僕は言った。な? せやろ? と高良の弾む声を浴びながら、僕は頬杖をついて目を閉じた。ああ、そうだ。僕は忘れないうちに、十年休み続けている友人について聞いてみる。高良は彼と仲がよかったはずだし、ついでに連絡先でも教えてもらえるんじゃないかという期待があった。なのに「ごめん」と高良は言った。
「ここ三年くらい連絡とってないよ。おまえとだってそうだったじゃん。仕事とかしだすとなかなかさ」
「まあそうかあ」
「でもたしかに、またみんなで集まりたいな」
「そうだな」
「あ、ふふふ。そうだほら、覚えてる?」と高良はガールズバーの女の子たちと開催した合コンの話をしたが、僕はそれに誘われていない。
店員が裏にして置いていった会計の紙に手をのせて、雑多なテーブルの上をしばらく眺めていた。それからちょっとだけ勇気を出して、僕は僕の期待を口にした。
「まだ休んでるといいな」
 高良はどこか寂しそうな顔で言った。
「だってあいつの天職だから」


 店を出てすぐの交差点で、彼は乗り継ぎ先の終電に間に合わないからと、彼女のマンションまでタクシーで向かうと言った。駅までの短い道のりだった。人はまだ大勢歩いていたし、街も明るかったが、気温だけはすっかり真夜中のそれで、僕らは肩を強張らせたまま足早に歩く。
「これからいくマンションの彼女、おれの知ってる人?」
「いや、知らない。知り合ったの今年入ってからだし」
 クラクションが鳴る。歩道を自転車が通り抜ける。
 僕は高良といっしょにマンションに行くこととなる。
 JRではなく西武池袋線に乗って数駅進むあいだ、高良は「リフレッシュしよう。働き方改革だよ」と弾んだ声で言う。有給は一年で五日消化、いつかしようか、わはは。僕はそこまで酔っていない。妙に気持ちが据わっている。なぜ高良は終電のない僕を誘ったのだろう。はっきりと聞いてはいないが、ちゃんと泊めてくれるんだろうか? でもこれからこいつ、彼女の部屋に行くんであって、僕がいきなり登場して、こんな時間だし彼女は絶対迷惑がるはずだ。そもそも終電ないから寄るのはせいぜい彼氏が限界だろう。彼氏の友達は、邪魔だろう。ウザいだろう。じゃあ僕はどうすればいいのだ。ネカフェか? まあいいか。きょうの飲み代は高良が多めに払ってくれたわけだし、ネカフェ代の捻出くらい持ち合わせで十分だけど、だったらそもそもこうやって高良についていくことなく、断って帰ってりゃよかったってことにならないか。あーあ。いまさらなにも言い出せない。飲み込んだ言葉は、空気に触れた途端異臭を発してしまうのだ。
 駅についてすぐ高良はタクシーを拾い、フランス語と日本語の地名が連なった言葉を運転手に伝えた。迷わずタクシーが発車したので、そのマンションの住人はよくタクシーを利用する層であることがわかった。それだけリッチな生活に身を置く女の人なら、真夜中の訪問者を意外とおおらかに受け入れてくれるのかもしれない。いや、人によるか。人によるのだ。僕はまた憂鬱な気分になってきて車窓からの景色がまったく頭に入らない。タクシーが停車すると、そこには五階建ての、灰色の、暖色の街灯の、静かな住宅街にも景観的にしっくりと馴染んだ建物があった。高良は支払いをすませると、勝手についてこいといった歩速でエントランスまで歩き出す。不意に暗い道の奥からジョギングウェアを着た男が現れ、僕がギョッとして固まっていると、その男は高良を追い越すようにエントランスの自動ドアを抜けた。高良はその男に「こんばんは」と深夜にしては爽やかに挨拶をする。振り返る男は四十代ほどで、軽い会釈を返しつつ、テンキーに数字を打ち込んでいる。いいエントランスだな。痛いほど鼓動する心臓を無視して僕は腕を組んだのだが、高良が開錠した男の後ろをそのままついていくので、僕も慌てて後を追う。すると高良が、ジョギング男に話しかける。
「ユウキさん。こいつ、おれの友達で、真山です」
「ああ、どうも」
 僕は慌てて会釈する。「あどうも真山です」結城さん?
 結城さんは僕とは目も合わせず、先頭を歩きながら高良に言う。「もう準備はできてるんで」
「あ、そっすか。ありがとうございます。じゃあ」と言って僕を見る高良。「ちょっといい?」
「どうしたの?」
「いや、じつはおれと結城さんよくいっしょに遊んでて。それに今日は真山もどうかな〜ってことでじつは今日誘ったんだよね」
「あ、そうなの?」僕は高良の彼女についてなにか言ってしまいそうになるも、ついつい言葉を飲み込んでしまった。
「真山さ、別にエロいこととか大丈夫でしょ?」
「大丈夫って言うと?」
「あいや、好きでしょ?」
「好きだけど、エロいことすんの?」
 僕の言葉に結城さんが肩を上下させ、こちらを振り返った。笑顔。
「なにその会話、面白いんだけど」
 高良も笑う。
 エレベーターに乗った。僕はなにも喋らなかった。高良は首をぐりっと回したり、上下させたりしている。なに身体温めてんだこいつ。僕は出勤前と似たような気分に侵食されていく。

    一年ほど休みがほしい。

 通されたマンションの部屋のベッドには横になった女の人が一人、僕より若いか同じくらいか、動いたり喋ったりする姿をしらないので判断が難しい。彼女は掛け布団の上にそのまま横になっていて、服はフォーマルなビジネススーツっぽく、というかリクルートスーツにも思えてきて、部屋は広いが最低限の家具しかなく、高良は「たまにしか使わないからきれいでしょ」と言った。結城さんは、じゃあまあ、いつものかんじでいいですかね、とそこで初めて僕の目を見て言うが、その判断をあおぐのなら僕じゃなく高良でしょう。僕はなにも知らない。彼女が全然目を覚まさない理由も知らない。ふたりが彼女を起こさないよう気をつけている様子も感じていない。結城さんが「なにか飲みますか?」と言った。そうっすね、と高良が言った。「おれらけっこう酒入ってるもんな」
「この子も酔ってるんですか?」
 僕の言葉に高良が口をひん曲げてみせると、結城さんが「酔って……うーん」と呟きながらミネラルウォーターのボトルを冷蔵庫から取り出してくる。
「どっちかって言うと疲れて寝ちゃってる。若いのに体力ねーよな」
 気がつくと結城さんが下を脱いでいて、地面と水平になった陰茎をゆらゆら揺らしながらベッドに膝をつく。「ごめん、今日はお客さんいるけど、おれ一番最初でいい?」
「あ、真山どうする?」と高良。僕は結城さんのチンチンを視界の隅におきながら、一向に目を醒ます気配のない女の子を見つめる。気がつくと高良も上を脱いでいて、まず蜘蛛の巣のようなその腹筋に目を奪われるが、彼が手にするのは持ち運び可能な電動式のペニスで、僕は思わず声を漏らす。
「ん? どうする真山」
 夏海、僕はどうすればいい?
 この場合の迷いが、どのような選択肢の間で行われているか、君がちゃんとわかってくれているといいな。
 僕にはわからないふりを続けるクセがあるようだ。タスクの先延ばし。ToDoリストを作成する。終わった順に線を引く。まずはなんだ? わからないふりをやめることだ。わからないふりをやめることの意味がわからないふりを防ぐため、先に斜線を引いて後戻りを封じろ。僕は一歩前進した。実際に僕はベッドに一歩近づいて、女の子のスーツを脱がしにかかる結城さんの真剣な横顔を見つめる。

 

・高良からバイブを受け取る
 
 斜線。

 

「うお、めっちゃ乗り気やん。いいねいいね。あ、でもローションちゃんとぬってあげなよ」

 

・ローションのボトルを受け取る

 

 斜線。

 

「ぬるぬる! ぬるぬる!」

 

・結城さんの背後に回る

 

 斜線。

 

「すみません結城さん、ちょっと真山が軽く」

・頭部以外への攻撃(腰のあたりに急所あり)

 

 斜線。

 

「おい!」

 

・ローションをまく

 

 斜線。

 

「うそやろこいつ」

 

・二対一を避けるため、結城さんに集中する
 
 斜線。

 

「こら、おい! くそが、やめろ! やめろって、真山! おい!」

 

・高良と絶交する(頭も可)

 

 斜線。

 

「おまえなめんなよまじでおらあ! なにしてくれとんねん! あぶな……やめとけ真山、ばっちいのついてるだろそれは、な? あ! それはふつうに鈍器だから死っ……おおい! なあ真山おまえ混乱してるだろ? 混乱してるよおまえ、ストレスで大変だもんな、わかるよ真山、仕事なんかいくらでもあるからほら、おれもなにか力になれるから……ていうかおいなっただろさっき! おまえのために色々してやっただろ! ここもおまえならと思って連れてきたんじゃん! なのにそんな、っぶな! 投げるな! 振るな……おいおいもう結城さん動けないのわかるだろ! やめろ真山! 結城さん! 起きてください! 大丈夫ですか! 聞こえますか!」
「うう〜……」
「結城さん! 立てますか! おい真山やめろ! くそ! おい、どこいくんだよてめえ! いって! まてよコラ! 逃すかよ殺すぞ、ふつうに! いや、ふつうに殺すぞ! 殺すって、まてまてまて、いてて、うお、すべるすべる、真山ちょっと待って、話そうちゃんと、話そうよ、ともだちじゃん、こんなんなっちゃったけど、おれおまえのこと好きだぜふつうに、なあ? 真山あ。その子はもう返していいよ、でも真山はちょっと待ってよ、あ、そうそう待って、はなそうはなそう、しっかりとコミュニケーションを、よっし、戻ってきたなてめえ殺す、殺す殺す殺す殺す、やめ、ごめんごめん、待って! ごめんごめんごめんごめん、いって、あ! あ、おえ、やめへ! ぶおおおおおおおおおおお、ぶおおおおおおおおおお! っぽ、へえええええええ」
「うう……高良〜……」
「つうううううううううう、つうううううううううううううう」

 

・現場の写真を撮る

 

 斜線。

 

・ふたりのスマホを回収する

 

 斜線。

 

・救急車を呼ぶ

 

 斜線。

 

・ネカフェを探す

 

 斜線。

 

・六時間パックなので、目覚ましをセットする

 

 

 

 

 

 

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 お昼休み、休憩室のテレビでニュースを見ていると武田ちゃんが入ってくる。入って早々、彼女は「真山さんいい匂いしますね」と言った。
「これなんの匂いですか?」
「今日は森林の香り」
 僕は衣類用消臭剤を振りまく手振りをしてみせた。愛想笑いの彼女はケトルに水を入れ、そのスイッチを入れてしばらくシンクに手をついたあと、「お腹すいた」と小さく呟く。武田ちゃんはアニメに出てくるような声をしている。三宅マネージャーはオタクっぽいので、きっと武田ちゃんのこういうところも好きなのかもしれないな、と僕は思った。ちなみに月村さんからの最新情報では、彼女はもう三宅マネージャーとは付き合っていないらしい。SNSのアカウントも削除されていた。僕はまだ三宅マネージャーを殺したい。
 ケトルからマグカップにお湯を注ぐ武田ちゃんが、沈黙を気にしているように見えたので、僕は僕でテレビを注視しているふりをした。児童虐待の容疑で30代の夫婦が逮捕された。警察が女児を保護するに至ったきっかけとして、ある男性の勇敢な行動が紹介されていた。その男性がインタビューに答えている。


「日頃から……そうですね、泣き声とかは気になっていました。迂闊に動くのもどうかなとは思いつつ、万が一の可能性を見過ごしてしまう方が危険に感じたので。それでちょうど、私は現在仕事を休んでいる状態でしたので、まとまった時間がありましたし、児童福祉関連の施設や通告義務、保護の過程などをネットで調べまして、結果的には普通に110番通報したんですが……」


 不意に「聞きました?」と武田ちゃんが言った。なにを? 「月村さんと高尾さんの話です」と彼女は声を潜めた。
「不倫してるみたいですよ」
「え、そうなんだ」
「でもただの噂です」
「へえ」
 僕は武田ちゃんに「好きなの見ていいよ」とリモコンを渡して休憩室を後にする。作業場まで戻るのに階段を使うようになった。肩で息をしながらテンキーに指を伸ばした僕はすぐに思いとどまり、腰にさげた道具入れから衣類用消臭剤の霧吹きを手に取る。
 午後も無事終えられますように。
 今日は勤務終了後に面談がある。
 正中線をなぞるように一吹き。森林の香りには、脳のもやを晴らす効果がある気がする。
 もやか。作業台の下に、エアダスターの空き缶が大量につまれてあったのでそのガス抜きを行うことにした。ぜんぶで何本だ? 数えながらふと、夏海に謝らなきゃなと思う。いやいや、ふと思ったわけじゃない。ずっと思っている。謝らなきゃ。もっとちゃんと。ちゃんとってなんだろう? という自問で逃げる事は絶対に許さない。夏海に会いに行かなくちゃならない。夏海に会うには休みがいる。休みを得るには、仕事を片付けなくてはならない。
 どうしたもんかねえ。数本目のエアダスターのガスを抜きながら、そういやこれって可燃性だよな、と思う。作業台のパソコンが、ぱぼん、と音を立てた。

 

 

 



 

 

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どうでもいい話だけする

 

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去年の12月に、高校時代の友人をポケモンカードに誘った。

 

適当な居酒屋の個室を予約して、酒を飲みながらバトルしようというねらいだったが、実現しないまま3月を迎えてしまいました。1月はわりと長めに感じたのだけど、2月に至っては3日分ほどの記憶しかない。思い出せるとしても仕事関係の記憶ばかりで、それがとてつもなく癪だ。僕は仕事が本当に嫌いなので、実際に長らく無職でいたほどの男だ。みなさま、その節は大変お世話になりました。

 

ポケモンカードに誘ったその友人だが、高校時代は居眠りの常習者だった。一番前の席でも堂々と居眠りするので、まるでそこには誰もいないかのように振る舞う先生も出てくるほどだった。

あるとき、眉毛の細い三十代の現代文教師(空手部顧問)がその友人の態度に激怒して廊下に連れ出し怒号を浴びせた。その教師が大嫌いだった僕としては、傍から見ているだけでも居たたまれない状況だったのだが、その友人は表情を変えることなくただじっと時を過ごしていた。

ああいうときって一体何を考えているんだろう?と僕はずっと気になっていたが、それを聞くのは随分改まった行動のように思えてこっぱずかしいので、一緒に弁当を食べたりする際も基本的にどうでもいい話だけをしていた。

 

どうでもいい話とは、村上龍の『イン・ザ・ミソスープ』に出てくるフランクが最強だから読んでみて、とか、浦添の高台にそびえ立つライオンズマンションは国道側から見上げるとめちゃくちゃ胸にくるとかそういう話です。 

 

僕と友人は実際に浦添にあるライオンズマンションまで行ったりもした。間近で見上げるマンションの、無数の窓にきらめく物語の予感に興奮し、かといってほかにやることもないので、早々に友人のおじいちゃんに迎えを頼むも、なぜか電話に出てもらえず、仕方なくマックに寄ってクラスの女子の話をして、いよいよ迎えを諦めてそれぞれの家まで3時間ほど歩いた。僕らは高校生だったので夜の10時以降は補導対象となってしまうのだが、歩いて帰るにはあまりにも家が遠く、僕らはまんまと国道沿いで夜の10時を迎えてしまった。僕は警察に補導されてそのことが学校で問題にされたら嫌だな、と怯える一方で、こいつは補導されたところであの無表情のままやり過ごすんだろうな、とも思って自分を鼓舞した。

 

高校を卒業して、僕は県外の大学に進学した。友人は浪人生となったが、勉強せずとも入れるような地元の私立に進学するからと、あいも変わらず堂々と過ごしているらしいことが、僕のもとにもなんとなく届いた。

 

6月の半ばのことだった。友人が僕の携帯に電話をかけてきた。深夜のことだった。

 

「もしもし」 

 

友人は普段から声が小さいので、本当に携帯を耳に当てて喋っているのか、机の上にでも置いて語りかけてるんじゃないのかと不安になるほどの声量で言った。

 

「ハメハメをしてしまった」

 

当時友人は浅野いにおの『おやすみプンプン』にハマっており、作中でプンプンが童貞を卒業した際に用いた語彙でもって僕に報告したのだった。僕は『おやすみプンプン』を読むといたずらに気分が暗くなるので読むのをやめていたのだが、その文脈だけはかろうじて読み取った。

 

「え? なに?」

 

僕は狼狽していた。それでも平静を装い、「よかったじゃん」とだけ言った。すると友人は「よくねえよ!」と怒り出した。

 

「なんだかよくわからないが、ショックをうけている」

 

らしかった。

僕は僕で、まあそういうもんなのか、という思いからちょっとだけそわそわした。たしかによくよく考えてみれば、童貞を卒業して、だからなんだという気もする。卒業ということは、なにかの始まりでもあるのだ。ああ、かわいそ。これでもう新しい世界に踏み出して行かなくちゃならないね。おれはここでシコってるけどね。

 

彼は童貞卒業後、兼ねてからの予定通り大学に入学するも早々に中退した。らしいっちゃらしかった。しかし短い在学期間で知り合った友人らとバンドを組み、間もなく上京する。wikipediaに項目ができる。セカオワのDJ LOVEが隅っこでスマホをいじっているような打ち上げにも行く。無職時代の僕と年に数回飲む。しかし年中お金がないので、スマホの通信を止められる。H&MのフリーWi-Fiを使って連絡を取り、渋谷で待ち合わせをする。

 

そして僕にポケモンカードで負ける。

 

ふつうに大変なんだろうけど、僕は昔からずっと彼のことを羨んでいる。でもこんなことを言っていると「よくねえよ!」と怒られるかもしれないので、どうでもいい話だけする。

 

 

 

 

 

 

長い1月

 
 

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スマホ用のBluetoothキーボードを買った。
 
打鍵に問題アリかと思っていたが結構強めに打つと調子がいい。この文章はコクーンシティのスタバで打っている。バチバチ打っている。殴りつけるような打鍵。それが俺の文章のグルーヴを焼き付ける秘訣なのだ。
 
 
なにが文章のグルーヴだ。日曜に『蜘蛛の巣を払う女』を観た。楽しいサスペンスアクションで、画の見せ方にきちんと血が通っていて丁寧な印象……要するにめちゃくちゃ楽しかった。フィジカル面でも活躍するハッカー最強演出に疑問を抱く人もいるだろうけど、個人的には「何かに精通している人はその他のこともある程度器用にこなす」という持論があるので、むしろ腑に落ちるような印象。物事の理を解いているからこそなんらかのエキスパートになれたはずなのだ。ということでマイケル・マン監督の『ブラックハット』に引き続き、リスベット・サランデルという女傑の誕生を心から楽しみたい。氷上を走るバイクのシーンの目の覚めるような興奮は忘れません。サイコー!
 
 
などと言っている間に1月が終わる。
 
 
今月は正月早々大してやることもないのに職場で文鎮としての役割を全うした。動かざることマグロのごとし。そのおかげか、今月の給料がちょっとだけ増えていた。
 
 
職場のあまり人望のない人の開催した小規模な新年会にも参加した。計5人集まった。みんな翌朝早いという人ばかりで、2時間半でお開きとなった。僕は新しい環境に飛び込むのも大事だなという気持ちを胸に2019年を過ごしていきたいと思っていたので、参加したという実績解除に満足した。
 
 
今月はTwitteきっかけで二名の方と会った。一人目はディレクター業に始まり様々な活動に従事している方だった。昨年末にお誘いいただいたこともあって大宮のサイゼリヤで三時間ほどお話した。本気の身の上話をし合って、僕は僕の人生のあまり振り返ってこなかった部分を振り返り、伝えることで、取りこぼしてきた諸々の感情をいくつか咀嚼できたような気がした。大学時代に引きこもって、その状況から抜けたはいいものの、日々に対する居心地の悪さと後悔からくる諦めの強要に疲弊していた僕はオタサーのドアを叩いたのだ。そこにいたみんなが僕の当時の状況を「人によってはままあること」としてさり気なく受け止めてくれ、僕もそこにすんなり甘えられたのでうっかり忘れていたが、実はめちゃくちゃありがたいことだったなとか、そういう気持ちを十年越しに抱いたりした。僕の話を傾聴し、引き出してくれたMさんあっての経験だし、これはある程度一緒に過ごしてきた人相手にはしづらいものなので、やっぱりどんどん、いろんな人に会うべきだと思った。
 
 
二人目の方からはポメラDM20を譲っていただいた。ポメラはめちゃくちゃ高いので、数カ月先を目処に金でも貯めるかと思っていたのだけど、まさか無償で譲っていただけるなんて。Twitterは時としてとんでもない側面から光を差しやがる。2019年、世界はこんなにもめちゃくちゃで心が曇ってしまいそうにもなるが、いやいや本当にありがたいことです。僕はもう東京方面に足を向けて眠れません。さらにそのお方は、ポメラの調子があまりよくないからと、お菓子のおみやげまでくださり、脳がパンクした。僕は物をいただく側のくせになにも用意しておらず、いくら生活苦のまっただ中とはいえ誠意を示すべきだった。今年こそ『HIGH&LOW』に手を出すぞ。本当にありがとうございます。
 
 
なぜ生活苦に陥っているのかというと、給料が低いのもそうだが、新年早々、部屋のブレーカーが腐食していたせいで給湯器とエアコンがショートしたからだ。よりにもよってこんな寒い時期に。しかもシフト制の勤務形態のため、確認やら修理やらで部屋を訪問してくれる業者の方との時間がなかなか合わず、ほぼ一週間近く風呂なしの生活が続いた。さすがに風呂には入らないといけないので、薬缶で沸かしたお湯で洗髪したり、蒸しタオルで身体を拭いたりしていたが、ひと駅隣にある銭湯まで赴いたりもした。それが結構な出費と疲労を生み、僕はすっかり虎の目に。職場の機械が不調を起こしそうになるたび「今年は機械運に恵まれていないのではないか」「おまえも僕をこけにしているのか」ときつい態度に出た。
 
 
だからこそ一週間ぶりにお湯が出た日の感動は忘れられない。
 
 
でもたぶんすぐ忘れる。
 
 
この前、インスタントコーヒーを飲もうとして、スイッチを入れ忘れたケトルから直接水を注いでしまった。幸いにもすぐ気づいたが、そこで僕は新しい粉を追加するよりも沸かし直したお湯を多めに入れることでなんとかしようとした。結果、ぬるくてめちゃくちゃ薄いコーヒーが完成したわけだが、こんなふうに、なにかを取り繕おうとしてめちゃくちゃになることが多い。絡んだ紐の両端を勢いよくひっぱるような真似ばかりしている。
 
 
なにはともあれ、これからも色んな人に会っていけたらなと思う。
 
 
結局のところ、いい人頼みの人生なのだ。昔っから。