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すぐに夜が明けると信じてきた



オナニーのことばかり考えている。


ぼくはいま就職活動を理由に実家を飛び出して友人の部屋のロフトに巣食い日がな優雅に読書にふけっているのだけど、猟奇殺人犯にもルールがあるようにぼくも人の家でオナニーをするべからずと、あれだけ甲斐甲斐しく世話をしていた我がマラをネグレクトし続けている。


ネグレクトといえばぼくはぼくの社会性もネグレクトし続けているといえよう。東京も埼玉も沖縄から出た側からすれば同じようなもので、電車や地下鉄が通っており数百円で何十キロも離れたところへ行けてしまう素晴らしい環境の中、あくせく働く人々を眺めたりしていると「あれ?そういえば仕事……」という気持ちにもなりそうなものではあるも、大事な思春期等に人と会話する機会を極端に設けなかったぼくはすぐに答えのでない自己問答で自己満足を得て「自殺しそうなくらいめんどうくさいな」との結論に至る王道ルートを完走するのだ。


心の機微が死にゆく音は薄い壁の向こうから漏れ聞こえるテレビの音とそっくりで、ぼくは毎朝その音を目覚ましに上体を起こし携帯にたまった大量のマイナビメールを眺めるのだ。


日曜日、高円寺にある公園で友達とロシアの軍隊格闘技“システマ”の本を読みながら互いの身体を殴り合うというアクティビティ溢れる一日を過ごしたが、通りすがりのおばさん2人に「喧嘩はやめて」と逆ナンされたり小さい子供にじっと見据えられたりしているうちにふと思った。そういえばぼくは、今年で24になるのだ。


日曜日はそのまま高円寺にある先輩の家に泊めてもらった。ぼくは家主である先輩のことをサイコパスだと思っているのだけど、缶チューハイやマックナゲットを恵んでくれるなどとても素晴らしい待遇をしくれた。寝る前にグロ画像を検索するという習慣は噂通りではあったし、怒ると霊感の強い人をダウンさせるほどの念を生み出せる人間であることからも距離感に悩みはするものの、AVをくれたりするのでとても優しい人だとは思う。

朝の高円寺を歩きながらふと思い出したのは落語家である友人のことで、ぼくは彼のめでたい晴れ舞台である昇進独演会に無職であるが故の理由から参加できなくなるという辛酸をクンニリングスしていたこともあってか胸が痛んだ。彼には今朝長文の謝罪メールを送ったが、まだ返事はない。ほとほと無職は体に堪える。


ロフトに敷かれた布団の上で間近な天井を眺めながら、本や漫画を読み漁りウトウトすればすぐ横になれるこの負荷のなさすぎる生活を、肯定や否定を超えた海のような心で受け止めまっとうすることができるような人間であったのなら、ぼくは朝井リョウのことをここまで妬むこともなかったのかもしれない、とたまに考えたりする。



ぼくはついさっきオナニーをした。感慨はまだないし、朝井リョウのことも別にムカついたりはしない。