『もらとりあむタマ子』と無職

 

大学を卒業後、実家に舞い戻った僕は就職するでもなくアルバイトをしながらお金を貯めて過ごしていた。そのアルバイトも終わったいま、僕は完全なる無職であり今朝も午前11時まで寝ていた。目を覚まし布団の上で重い体を捻りながら時計を見て絞り出すのは「こんなはずじゃなかった……」という蚊の鳴くような声。無職をしていて痛感することだが、生活にメリハリがなくなり本当に些細なことで疲れるし10分以上じっとしていると睡魔に襲われるというスクラップ状態。本を読めば眠くなるし映画を観てても眠くなるが外に出てなにをしようという気にもなれずそのくせやばいやばいどうしようと逡巡を繰り返している。話す相手も両親や近くに住んでいる祖母を除けば夕刻になると近所をうろつき始める“天使の心をもった”18歳くらいで、同世代がいまどういう曲を好きなのかとかわからなくなってくる。湘南乃風はまだ流行っているのだろうか。

 

そんな中、今年の春に上京した兄が残したすぐパンクするボロ乗用車に乗って法定速度を遵守したノーマーダーなドライブでTSUTAYAへ通うことが僕のビタミンD生成に関わる唯一の日課となっていた。そこで今日借りたのが『もらとりあむタマ子』。劇場公開を見逃していたことを悔やんでいた一本であり、おもしろいとの評判だけじゃなく今作を鑑賞した橋本愛が帰り道で看板を殴ったとの都市伝説まで生まれたほどの作品だし僕もいま無職なのだから。さらにこの映画、78分しかない。それだけですでに好印象だ。

 

本編前に流れる『ペコロスの母に会いにいく』と『麦子さんと』の予告編でぼろぼろ泣いてしまった。そして始まった本編でもタマ子とそのお父さんのやりとりで泣いた。タマ子のお父さんは現在離婚しており小さなスポーツ店を一人で営んでいる。掃除も洗濯も料理もぜんぶお父さんがやっている。タマ子は寝て起きて漫画読んで食べて日本の政治に文句を言っているだけ。就職活動をする気配もない。どうしようもないくずだ。だが僕はこのくずを切り捨てることができない。それはお父さんも一緒で、タマ子に対してお説教もするが、小癪な屁理屈を受け取ってくれるし、年越し蕎麦をつくる場面などで見せる温かみは眼球を再び湿らせてくれる。そしてそんなお父さんに対するタマ子の態度も、ほんの少しずつ変化していく、ような気配を見せる。見せては消える。やる気には波があるし、そのやる気自体かなり脆弱だ。

 

モラトリアムものにしては温かみに溢れる物語なのかもしれない。無職でこそないがモラトリアムから脱することのできないままいい年を迎えてしまった男の物語である『ダークホース~リア獣エイブの恋~』にはそれこそ超暗黒なラストが待っていたわけだけど、タマ子はまだ温かい空気の中にいる。でもその空気が危ないんだぞ!という現実的な心配もあるにはあるが、たぶんタマ子は大丈夫な気がする。気がするだけで大丈夫ではないのかもしれないが、大丈夫かもと思える温かみがこの映画にはちゃんとある。クーラーをガンガンにきかせた部屋でタオルケットにくるまるのが最高だとタマ子は言うが、それと同じように無職でいると家族のちょっとした優しさが身に沁みるのだ。映画後半の食卓でお父さんの口から飛び出した言葉と、それに対するタマ子の返し、あんなに愛おしい通過儀礼もなかなかないよなあと思った。あと、明日こそは早く起きようとも思った。

 


映画『もらとりあむタマ子』 - YouTube