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『フライト・ゲーム』に観るリーアム・ニーソンの職人芸

 

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リーアム・ニーソンはいつから捨て犬のような表情で人を大勢殺すようになったのだろう。最新作『フライト・ゲーム』の冒頭、雨に濡れた窓ガラス、車内で不安げな表情を浮かべる品の良い犬が映ったかと思ったらリーアム・ニーソンだった。のっけから本当にこちらが心配になるほど悲しそうな表情でいるもんだから、こちらは「あれ……どうしたのかな」という気分になってしまう。表情一発で観客を映画に引き込む恐ろしい技術である。

 

とにかくリーアム・ニーソンは「がんばっているのになかなか報われない人」を演じさせると本当に上手い。そのフラストレーションが爆発する展開まで含めて抜け目がないから、リーアム・ニーソンが困っている顔をしているととても嬉しくなるのだ。ということで冒頭からリーアム・ニーソンの困り顔のアップを堂々と見せてくれる『フライト・ゲーム』は始まって早々に信用できる気配を醸すのだ。リーアム・ニーソンの表情への信頼を、作り手もちゃんと持っているんだというなによりの勝算だ。

 

監督のジャウマ・コレット=セラはあの「うちの養子がどこか変」映画の傑作『エスター』、そして今作と同じくリーアム・ニーソンとタッグを組んだ『アンノウン』の監督もしていて、手堅さの中にケレン味も入れてくれる演出が安心の男だとぼくは思っているが、前作でウマでも合ったのだろうか、二作連続でのリーアム主演作ときている。ということは今作はニコラス・ウィンディング・レフン監督で言うところの『オンリー・ゴッド』みたいなものなのだ、暴論ではあるけれど。

 

とにかくリーアムは本編内でも困りっぱなし。航空保安官である主人公のもとに謎の乗客から送られてきたメールには「指定の口座に1億5000万ドル送金しなければ20分ごとに機内の人間が一人死ぬ」という脅迫が。あわてて乗客には知られないようこっそりと犯人探しをするが、顔も正体もわからぬ相手に翻弄されっぱなし。狭い機内を行ったり来たりで、すったもんだを繰り返しているうちに問題は増えていくし眉尻はどんどん下がっていくし人も死ぬ。この映画でもリーアムはここ数年で一気に得意分野にまでしてみせたアクションを披露してくれる。密室サスペンス映画のくせに狭いトイレ内で激しく打ち合い関節を取り合うなど、サービス精神あふれる演出がなされていて最高。こういうちょっとしたアクションシーンでも気合を入れて取り組んでくれるのは良い映画である証拠だ。調べてみたらスタント・コーディネーターがマーク・ヴァンセローという人らしく、『96時間/リベンジ』でもリーアムと仕事をしている男なので納得。ふと思ったけど、謎解きによる緊迫感が漂う中、いきなりハードなアクションが始まって思わず笑っちゃうこの感じは『クリムゾン・リバー』っぽい。

 

とにかく飛行機は安全だよという言葉をいくつになっても信用できないでいるぼくからすれば、本当に恐ろしいシーンの連続でもあった。『スーパーマン リターンズ』の旅客機墜落未遂シーンも怖かったけど今作でも何度か訪れる急降下シーンにはひたすら青ざめていた。主人公も飛行機嫌いという設定だったのに天井に叩きつけられまくっていて本当に可哀想だ。こんな経験をしたらぼくなら一生飛行機には乗れないと思う。飛行機嫌いにはもってこいのパニック映画でもある。

 

意外と乗客のキャラが立っていたりと、観ていて本当にたのしい。冒頭数分の空港シーンで物語に大きく関わってくる乗客をさりげなく登場させていたり、その一人ひとりをこれまたさりげなくチェックするリーアムを映すことで彼がそういう仕事をしていることを示しておくなど、しっかりした演出が心憎い。この映画みたいな「たのしさ」は本当に心地がいいので、毎月こういう映画が公開されますようにとジョエル・シルヴァーに祈らずにはいられない思いである。この勢いでリーアム主演、ジャウマ・コレット=セラ監督、ジョエル・シルバー制作で「サスペンスの皮をかぶったアクション映画」三本目をぜひ作ってほしい。

 

それにしても多くの謎が散りばめられている映画だけど(ちゃんとリーアムが解決するよ!)、一番の謎は気さく熟女役であるジュリアン・ムーアが職業を最後まで教えてくれないという点だ。もしかして無職なのかな。でもてめえファーストクラスに乗ってたじゃねえか。とは言えぼくだって「ダメだダメだ」と思いながらサイゼリヤではなくデニーズに入ったりするし、そういう感じの日だったのかもしれない。

 

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