MidnightInvincibleChildren

大学のころ

 
大学のころぼくが天使ちゃんと陰で呼んでは気持ちの悪い感情を滾らせていた一人の女の子がいた。学年も名前も専攻も不明で、唯一わかるのは顔がETに似てるってことと全然喋らないってことといつも一人でいるということだけだった。根が“童貞”にできているぼくは、そういう陰のある女の子、という都合のいいまやかしに萌えてしまっていて、よく後をつけたり尾行したり家をつきとめたりしていた。話しかければいいのでは?と思う人もいるだろうけど、ぼくはシャイ(この言葉に一万回ほど助けてもらっている)なのでそれができなかったし、することでなにか起こるのも怖いのでWATCHMENに徹していたのだ。気分はさながらロールシャッハといったところか。
 
ぼくは調べに調べ、その子が茶道部であることを突き止めた。学祭のときに浴衣姿で構内をうろつくその姿を見たからだ。後を追って茶道部のお茶会にも参加し、計600円ほど払った。なるほどキャバクラというやつはこの感情を利用したビジネスなわけだ、と思った。
 
それからしばらく調査に調査を重ねた。情報は少しずつ揃い始めていた。ET顔、地球人、茶道部、陰気、友達もいない、たぶん彼氏もいない、だから処女、そして育ちがいい、きっと人に優しい、おっぱいはあまりない、女性器はある(たぶん)、学年は下、そしてその名前は……
 
ぼくは当時あるオタサーに籍を置いていて、和気藹々とした素晴らしい日々を送っていた。そこはアニメも漫画もろくに知らないぼくのようなただ居場所のない人間なんかも置いてくれる素晴らしいサークルだった。そしてそこに新しく入部してきた後輩の中に、茶道部とかけもちしている男子がいたのだ。ぼくは彼とドギマギした自己紹介を交わしたあと、「茶道部だよね?」と本題に踏み込むことにした。
 
「こういう(ET顔、地球人、茶道部、陰気、友達もいない、たぶん彼氏もいない、だから処女、そして育ちがいい、きっと人に優しい、おっぱいはあまりない、女性器はある(たぶん)、学年は下)先輩いない?」
 
彼が「あ、いますね」と言ったからもう大変。「その人の名前は?」と問い詰めるぼくに、彼はいかにもそれっぽい清楚で愛らしい名前を教えてくれたのだ。
 
しばらくしてぼくは、在籍していた分野の忘年会かなにかに参加した。そこである後輩の女の子と話していて、ふと天使ちゃんについて聞いてみることを思いついた。ぼくはもう天使ちゃんの名前を知っているし、その後輩はたぶん彼女と同じ学年だろうから何か情報を持っているはずだと踏んでの行動だった。ぼくは事前に入手していた彼女の名前を告げる。すると。
 
「え〜〜〜!〇〇って超性格悪いですよ〜〜!なんかTwitterとかでもめっちゃ人の悪口書いてますし、え、しかもブスだし……センスね〜〜〜www」
 
Twitterでの悪口ならぼくもよく書いていたしそこは人間味として片付けられたもののブスってなに!?とぼくは思った。めちゃくちゃ美人か?と言われればそういう顔ではないかもしれないけど(ETめっちゃ無理って人がいてもいいとぼくは思う)そんなに強く言われるような顔かな!?テメェの方がブスだ!腑に落ちない気持ちになったぼくは、そのあとずっとスティーヴン・セガールのような顔でビールを飲み続けた。
 
しかし評判というものはジワジワと効いてくるもので、とりわけ妄想の中の彼女しか知らなかったぼくにとってそれは西アフリカにおけるエボラ出血熱のようにすべてを瞬く間にめちゃくちゃにした。
 
ETはないしTwitterに人の悪口を書いているような人間にろくなやつはいない。
 
やがてぼくは彼女のことを考えなくなり、大学を卒業し、沖縄へと戻った。それから一年後、埼玉の友人の家に転がり込んで“やべえことかましてやるぜ”という熱い感情を抱きながら映画観たり生で二階堂ふみを拝んだり体調を崩したり井の頭公園で黒人に説教されたり散歩中に職務質問されたりしている。
 
なぜ今ごろ天使ちゃんのことを思い返しているかというと、ついこの間Facebookというやる気の湧いてくるSNSを眺めていたときに天使ちゃんの名前を偶然見つけたのだ。探すのをやめたとき見つかることもよくある話と井上陽水は歌っていたが、まさにそれだとぼくは思った。その記事はぼくの所属していたゼミの後輩が誕生日を迎えたとかいう自己報告で、そこに天使ちゃんがコメントを寄せていたのだ。ぼくはすぐさま彼女のページに飛んだ。そしてアイコンとなっている写真を見て、あれ?ちょっと待てよと思った。
 
そのときぼくは飲み会で後輩がブスブス言っていた理由に納得した。そこに載せられている自撮り画像は確かにあまり可愛くないものであった。しかもその顔にはぼくにも見覚えがあって、あれ!なんでこの女が天使ちゃんの名前を騙っているんだ?としばらく混乱していたが、やがて合点がいった。このブスこそ例の名前の持ち主だったのだ。というのもこのFacebook女も運命のいたずらか茶道部に在籍していて、オタサーの後輩くんはぼくからの頼りない情報でどうも勘違いをしていたみたいなのである。ぼくは、天使ちゃんの名前として得たものがブスのものであることに気づかず何年も過ごしていたのだ。このブスとは過去に一度だけ接触したことがあって(オタサーにサークル見学に来てた)、わずかな会話の中で確かな鬱陶しさを感じていたことだけは覚えていた。多くのサークルをかけもちしていることを声高に話し、それがあたかもステータスであるかのように目を輝かせるその姿に「おまえにはそれしかねえんだよ」と心で毒づいた記憶が蘇ってきたのだ。なんなんだこいつは。ぼくはブスのページをそっと閉じた。
 
結局天使ちゃんの正体は未だ謎のままだ。別にいまさら彼女のことを知りたいとは思わない。というのも、最後の年の学祭で、ぼくは彼女の最後の情報を得ていたのだ。そのときぼくは同じ学年の他の女と一緒にいて、そいつがベラベラと天使ちゃんに質問を投げかけた。その中の一つ、「彼氏はいるの?」に対して、彼女は頭を縦に一度だけ振った。しかもその後、その彼氏がチャランポラン(そう教えてもらっただけでぼくは見たことないけど)だという情報まで耳に入ってもうどうでもいい。どれくらいどうでもいいかというと例えるのも面倒なくらいどうでもいい。とにかくぼくのこの記事を読んでくれた人の中のだれかが、「恋っていいな」「まただれかのこと好きになってみたいな」と思ってくれることを願ってキーボードから指を離させていただきます。それではまた。