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溶鉱炉の外へ。/『ファーナス/訣別の朝』

 

ドライブインシアターにて映画を鑑賞する男女。男は食べ物が当たったと嘔吐し、女はそんな男の言葉に笑う。「おかしいか?」男は女の食べていたホットドッグを無理やり奪い、挟まっていたソーセージを「咥えろ」とつきつける。抵抗する女の喉奥に無理やりソーセージを詰め込む男に、隣の車から人が現れ「やめろよ」と嗜める。やめろだと?怒りがおさまらない男は車を降り、無関係であるその男を何度も殴り蹴りつけ、助手席の女も引きずり下ろしたあとで車に乗って走り去ってしまった。上映中の映画は北村龍平監督の『ミッドナイト・ミート・トレイン』。2008年に公開された映画である。行き場のない閉塞感がアメリカを覆っていた。

 


PEARL JAM - Out of the Furnace - RELEASE - YouTube

 

クリスチャン・ベイル演じるラッセルは生まれ育った町の製鉄所でまじめに働いている。かつては父も同じ製鉄所に勤めていたが、今じゃ寝たきりの生活を送っていてる。イラク戦争で心に傷を負った弟が気がかりではあるが、愛する恋人もいて、日々ささやかな幸福を噛み締めながら生きていた。しかしある夜に起こった悲劇から、彼のささやかな日々は大きく崩壊するのだった。

 

タイトルにもなっている「ファーナス(Furnace)」とは「溶鉱炉」の意。主人公が勤める製鉄所内にも、真っ赤な液体が滾る溶鉱炉がある。決して幸福とは言い難いこの日々に出口なんてものはない。それでも目の前にあるものを慈しみながら生きてきた主人公は、ふとした拍子に転落してしまう。そしてその転落によって、これでもかと大切なものを失っていく。それでも主人公は自らの思いをなかなか吐き出さずにいる。自分のもとを去った恋人を車の窓ガラス越しに見つめ、危険なことに手を染めている様子の弟にも強く出られない。

 

ケイシー・アフレック演じる弟のロドニーはイラクへの出兵を四度経験し、PTSDを患っている。あれだけ命をかけたのに国は何もしてくれない。地元に戻っても仕事は製鉄所くらいしかないが、そんなところでは働きたくないと思っている。おれは父や兄のようにはなりたくない。彼は地元のヤクザが取り仕切っているストリートファイトの試合に参加してはチンピラを殴り続けていた。イラクにも着ていったであろう迷彩服を身にまとって。むき出しにされたその上半身にはいくつものタトゥーが彫られている。かつて国のために戦うと意気込んでいた頃の名残だ。そして今では、それらを裂くような大きな傷痕が彼の体には刻まれてる。

 

主人公兄弟たちは多くのものを失っていく。奪われていく。奪われるものがいれば、奪うものがいる。ウディ・ハレルソン演じるハーラン・デグロートは凶暴な男だ。映画冒頭で見せたように野蛮極まりない性格で、閑散とした山奥で警察も手に負えないような犯罪組織を築いている。そんなハーランが取り仕切る、より危険なストリートファイトにロドニーは参加することを決意するのだった。

 

名だたる演技派俳優たちの共演が印象的だが、今作で改めてクリスチャン・ベイルの凄さを思い知った。今回のクリスチャン・ベイルは表情、佇まいからして本当に素晴らしい。別れた恋人と久々の会話をし、崩れ落ちそうなほどの悲しさを抑えて彼女の今を祝福するシーンの演技はえげつなく、自分の感情を押し殺して生きる男のもの悲しさを遺憾無く表現していた。また、関われば滅茶苦茶にされかねないとこちらに思わせる迫力を撒き散らすホワイトトラッシュ役のウディ・ハレルソンも恐ろしい。地元ヤクザ役のウィレム・デフォーがただの優しいおじさんにしか見えないレベルで野生化した白人の恐ろしさを演じている。そんな俳優陣を信頼している監督の演出も渋く、こちらも終始眉間にしわを寄せて思慮深げな表情をつくってしまうほどだ。

 

今作の原題は『Out of the Furnace』。ラストシーン、これまで抑えていた感情を表出し、ひとつの決断を下した主人公の大きな吐息が耳に残る。たとえその先に絶えず残酷な現実が待ち受けていようとも、そこには確かに早朝の空気のような儚い清々しさがあるのだ。

 

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