橋本環奈a.k.a.ときめきスペツナズlike a オンリーゴッド

 

愛は祈りだ。僕は祈る。橋本環奈に幸せになってほしい。彼女の願いを叶えてほしい。温かい場所で、あるいは涼しい場所で、とにかく心地よい場所で、彼女の好きな人に囲まれて楽しく暮らしてほしい。最大の幸福が空から彼女に降り注ぐといい。

筆者

 

 

興味本位で秋田のセックス教団の動画を観たぼくは、続けてジュエリー・ベストドレッサー賞を受賞した橋本環奈の動画を観て、この世には目を向けるべき美しいものがあることを再認識した。十代の後半、ぼくは率先してこの世の残酷な面ばかりに目を向けようと半ば努めている時期があって、心がささくれるような画像や映像、創作物を漁っていた。この世界を生きるにはそういった覚悟が必要なのだと思っていたのかもしれないし、単に興味本位の衝動だったのかもしれないが、それで得たものといえば結局のところ精神的な強張りと途方もなさであり、それがときに裏返って心に安寧をもたらすこともないわけじゃないけど、だいたいろくでもない気分になるのであった。

 

 一方で忘れがちではあるが、心躍る美しいものだって世の中にはたくさんあって、照れのようなものがあるのかわらないけど、そういうものが自分の中で冷遇されていることをどんどん覚知していくべきだとも思うようになった。美しいもの、例えばそれは吉木りさのお尻であり能年玲奈の大きな瞳であり橋本・プリティ・ファッキン・環奈であったりするのである。

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ぼくが初めて彼女のことを知ったのは2011年夏、是枝裕和監督の『奇跡』という映画を観たときのことだった。そのころのぼくは大学のあれこれで児童福祉施設で実習中の身であり、子供を取り巻く残酷な現実を毎日目の当たりにしていたこともあって、『奇跡』におけるガキんちょどもの喜び葛藤ラストの祈りに顔面が爆発したように号泣してしまったのだ。この映画で橋本環奈は「早見かんな」という役名で出演しているのだけど、特別美少女枠での出演という感じでもなく、猫背で口をぽかんと開け、感じの悪い男子にちょっとムッとし、じゃれあいで頬をつねられると「バリクソいてえ」と笑う、普通の小学生を演じていた。

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一番手前でトウモロコシを見つめているのが橋本環奈ちゃん。生意気そうでかわいい。お世話になったおじいさんおばあさんとの別れ際、ひとりだけ駆け戻ってきて、「なにかお願い事ありますか」とたずねるシーンの優しさに思わず抱きしめたくなったのは言うまでもない。

 

そんな彼女が、今となってはあの国民的アイドルグループAKB軍団の脅威として君臨しているという事実に感慨を覚える。

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橋本環奈について語る渡辺麻友氏。映画などで酒屋に集まったゴロツキたちが伝説の殺し屋について語っている場面のような言葉が並んでいる。
 
そもそも映画デビュー作のタイトルが『奇跡』だったり、その後も「奇跡の一枚」などと取り沙汰されたりと奇跡にまとわりつかれている。映画で「力の抜けた魅力」を放ってきたかと思えば、アイドルとして「構築された魅力」も自在に操ってみせる橋本環奈は、ロシアの軍隊格闘技“システマ”を彷彿とさせる存在だ。


Systema Sparring - YouTube

 

柔も剛も併せ持つことこそ武の真髄。

 

Wikipediaによると「神様!仏様!かんな様!ちっちゃいけど態度はデカイw」が公式コピーらしい。つまりは、そういうことである。ぼくが聞いたところによると、橋本環奈が朝露に濡れる蜘蛛の巣を「きれい」と言ったら蜘蛛が巣にかかった蝶を食べずに逃がしたらしいし、アメリカでライブを開けばあのゾディアックまでもが見にくると言われているらしい。今後も彼女は数々の奇跡を生み出し続けることだろう。やることなすことすべてが奇跡。それが橋本環奈ファクトだ。

 

そしてなによりも重要な橋本環奈ファクトとして、ぼくがどれだけ彼女のことを考えても、彼女は一生ぼくのことなんて考えない、というものがある。人生の酸いも味あわせ世界を閉じさせることなくその先へ促す宇宙のような優しさをもった彼女の今後が、輝かしいものであることを祈る。愛は祈りで、祈りは大抵とり残されるものなのだ。