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ここじゃないどこかに賭け続ける/『サウダーヂ』

 

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山梨県甲府市を舞台に土方と右翼かぶれのラッパーと移民が登場する『サウダーヂ』という映画があるらしいことは2011年の時点で知っていた。ただしその当時にはぼくの住んでいた地域での上映はなかったし、監督の意向により劇場での上映のみでソフト化もされないとのことだったので、この映画を鑑賞するためには都合のいい上映時期・上映場所が一致するタイミングを虎視眈々と狙わなければならない。で、都合が合ったので先週火曜日に新宿K’s cinemaにて滑り込み鑑賞。けっこう混んでいた。

 

辞書によるとタイトルの「サウダーヂ」はポルトガル語で「郷愁」を意味する言葉らしい。ただ実際にはもっと様々なニュアンスが含まれている言葉らしく、日本語において一言で言い表すことはできないそうなんだけど、とにかく「胸がキューンとする感じ」を指す言葉だとか。それはつまりぼくの大好きなあの感情だ。なにかを懐かしむこともそうだけど、今となっては遠いなにか・どこかに思いを馳せるときのあの気持ちこそ「サウダーヂ」なのかもしれない。だとするとぼくはサウダーヂ・ジャンキーなので、日々なにかに思いを馳せ、いろんな味の溜息を吐いている。

 

本作では山梨県甲府市を舞台に、そこに住む様々な人々の群像劇が繰り広げられる。土方、ラッパー、在日外国人、東京から戻ったイベンター女etc……。みんなの共通点といえばここじゃないどこかに思い焦がれているという点。そんな面々が理解し合うという高いハードルを当然のようにう飛べないまま過ごす日々が、淡々と、かつユーモラスに描かれている。この映画3時間近くあるんだけど、「退屈な日常」を映画として工夫し見せてくれているので全然退屈しない。やりとりの面白さとか、編集のテンポなどでこちらの興味をちゃんと引っ張ろうと趣向が凝らされている。あれだけ長い映画が苦手なぼくだけど、サウダーヂ・ジャンキーとして感じ取った彼らの気持ちがとにかく痛く、目が離せなかったという部分もあったかもしれない。

 

ラッパーの田我流演じる「猛」という男の子がバイト先の退屈な飲み会の帰り道、シャッター商店街を歩きながらぶつぶつ悪態を吐き、それがやがてフリースタイルのラップとなっていくシーンが本作の白眉だという話はもうあちこちで言い尽くされていることらしいけどぼくも言いたい。パチンコ中毒の両親やタクシードライバーな電波弟と共にゴミにあふれた一室で生活する彼が思いの丈を発散させるために用いるのがラップというところに胸を打たれずにはいられないし、なぜ人がHIPHOPに惹かれてしまうのか、その根源に触れられた気もした。高揚しないわけがない。

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妻帯者にも関わらず若いタイパプ嬢に入れ込んで、いつか彼女とタイに移住することを夢見ている土方の精司が、いろいろあった末に煌く商店街という幻想の中を歩くシーンはまさに今作のタイトル『サウダーヂ』が炸裂する瞬間。そうなるはずだった(と彼らが思っていた)未来ともとれるところが切ない。

 

この映画に出てくるみんながみんなサウダーヂに囚われている。目の前にあるのはどん詰まりでくそったれな日常、ここじゃないどこかのことを考えなければやってられない。山梨県甲府市には、綺麗事とおためごかしを並べたご当地映画とは比べるのも失礼なほどの大傑作『サウダーヂ』があって本当に羨ましい。ここのところ函館の闇に焦点を当てた映画もちらほら見受けられるようになってきたし、この流れに乗って日本全国のあらゆる市町村もその地で生きる様々な人々を真正面から描いてみてはいかがでしょうか。ちなみに『サウダーヂ』に出てくるヤクザは本物の方々らしいですよ。車の発進のさせ方がすごく乱暴で迫力満点だったし……。

 

また日本のどこかでこの映画を観たい。ソフト化しないという監督の意向にも納得できるくらいに、この映画は観た人々に強烈なサウダーヂを抱かせる引力を持っている(これもさんざん言い尽くされたことなのかも知れない……)。