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セルフカットの憂鬱

 

セルフカットに失敗した。明日に迫る『マッドマックス/怒りのデス・ロード』にむけて髪を切りたいと思ったのだけどIMAX3Dでの鑑賞代に回すため意を決して自ら手を出してみたのだ。鏡を見つめて思うのは、こうはならなかった平行世界について。こんなはずじゃなかった。

 

セルフカットの思い出といえば高校一年の頃。右側の襟足が逆毛であるぼくは、髪が伸びると後頭部にしっぽのような盛り上がりができてしまう。別にいいんだけど高校生の頃はそれが気になって気になってしょうがなかった。そこで自宅にあったサビの浮いたすきバサミを勘で振り回していたら、素手で引きちぎったかのようなドキッとする襟足になってしまったのだ。友達に見せてみたら「ちょっとこれは……」と言われたので泣きながら家に帰り、父親に整えてもらった。二度と自分で切らないと思ったがその数ヵ月後、またぼくはセルフカットを試みていた。

 

こういうとき歴女なら「いつの時代も人間ってそういうものだから」と笑ってくれるのかもしれない。

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セルフカットに関する自分の歴史を遡ると幼稚園のころ、前髪をセンター分けするアニメキャラに憧れ(『ドラゴンボールZ』のトランクスとか『飛べ!イサミ』の雪見ソウシとかのことである)自分の前髪の中央部をカットしたことがあった。それを見た友達が「いいね。おれにもやってよ」と言ってくれたので、同じ部分をカットしてあげたんだけど、後日そいつの母親に呼び出されてものすごい剣幕で怒られてしまった。良かれと思ってやったことが実を結ばないことをぼくはこのとき学んだのである。今思えば「髪を切る」という行為が「虐め」と捉えられかねないという認識さえなかった無垢なぼくに、「この世はあらゆる暴力で満ちている」ことを示唆してくれたのは友達のお母さんだったのだ。

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↑ いまではこいつらのなにがいいのかまったくわからない。大嫌い

 

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↑ こういった作品の良さがわかるようになったことからも、自らの成長を感じずにはいられない。傷は乗り越えたときに輝きへと転じるのである

 

とにもかくにも『マッドマックス/怒りのデス・ロード』への期待でいそいそしてしまう。鑑賞後、自分がどうなっているのか想像もつかない。緊張していると言ってもいい。いまはただ『マッドマックス/怒りのデス・ロード』を知らない自分であればいい。今日中に腕立て伏せ、腹筋ともに変化が見られるまで行います。劇場を出るときそこは世紀末そのものになっているはずなのだから……