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正気でなんかいたくない!/『ハッピーボイス・キラー』

 

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『ハッピーボイス・キラー』を観た。『デッドプール』の公開も控えるライアン・レイノルズがちょっぴり変わった好青年、のような人を演じているっぽいぞ、くらいの予備知識だけで観たのだけどこれが本当に良かった。どれくらい良かったのかといえば、ぼくが映画のオールタイムベストを挙げる際に『パニッシャー:ウォー・ゾーン』に次いで名前が浮かんでくるあの大傑作『スーパー!』を思い起こしたくらい良かった。個人的に感銘を受ける類の映画だったのだ。なにに感銘を受けたのかというと、間違ってしまった人、それゆえに幸せにはなれなかった(ように傍からは見えちゃっている)人への優しい眼差しが感じられたのだ。

 

バスタブ工場で働く真面目な青年ジェリーはちょっと変。定期的に精神科の先生のもとへカウンセリングを受けに通い、自宅に戻れば口の悪い猫と慈悲深い犬と楽しくおしゃべり。もちろん犬猫が人間の言葉を話すわけないので ジェリーはなんらかの精神疾患に罹っている様子。まあいいんだそれは。今のご時世、珍しい話じゃないし。そんなジェリーは事務の女の子、イギリス生まれのフィオナに恋をした。社内パーティーで『Sing A Happy Song』に合わせたコンガ・ラインの場面なんて多幸感でいっぱいだ。勇気を出して食事に誘ったりとアプローチをかけてみるジェリーだが、そんなある日、予期せぬ事故が起こってしまうのだった。

 

主人公のジェリーは幼少期に大きなトラウマを抱えている。心を病んだ母親とそんな母親を煩わしく思う粗暴な義父との間で不安に苛まれ続けていた。彼はいまでこそ明るく振舞っているように見えるが、結局精神を病んだ状態は継続している。むしろ、正気のままじゃやっていられないのである。彼は薬の服用を意図的にやめており、脳内の天使と悪魔よろしく挑発する猫と牽制する犬の声に耳を傾けている。一度薬を飲んでしまえば犬や猫は言葉を発しなくなるし、糞尿やゴミにまみれた不潔で薄暗い最低な現実が目の前に突きつけられてしまう。

 

一度の過ちからズルズルとんでもないことになっていくジェリーだったが、正気じゃない彼の目から見た世界には悲壮感などない。露悪的なほどポップでキュートな世界で彼は歌い、笑い、愛し、悩み、時には涙するけど、現実というものは本当に足が速いのでそんなジェリーにもあっさりと追いついてしまうのだった。そんな彼が迎えた「ハッピーエンド」とそこに溢れる多幸感、並びに作り手の優しい眼差しにははじめこそ呆気にとられこそすれ、ぼくは馬鹿みたく泣いてしまった。この映画を観て改めて、主演がライアン・レイノルズなら『デッドプール』も心配ないなと思えた次第。こんなにも愛らしい「7:30」(『誘拐の掟』より)を演じられるのなら、好きなだけ暴れてくれって感じだ。しばらくThe O'Jaysの『Sing A Happy Song』が頭を離れなくなった。いまでもしょっちゅう聴いています。名曲。

 


The O'Jays - Sing A Happy Song (Philadelphia ...