“ダメなぼくが殺人マシン?”
田舎町でコンビニバイトをしているマイクは、暇を見つけては猿のヒーロー「アポロ」が活躍する漫画を描いて過ごすボンクラ野郎。現在は「最高の彼女」ことフィービーとマリファナを吸いながら幸せな日々を送っている。人生で一番のラッキーは彼女と出会えたことだった。彼女と出会う前のことなんて覚えてすらいない。プロポーズを決意してハワイ旅行を計画するマイクだったが、町を出ようとするたびに現れるパニック発作のせいですべては台無し。そんな自分が情けないのに、フィービーは「怒ってない」なんていってくれるからたまらない。夜、2人で車のボンネットに寝そべりマリファナを吸う。遠くでは木に衝突した車がレッカー移動されていた。マイクは言う。「ぼくが木で君は車。ぼくが君を引き止めてるんだ」。メソメソするマイクをフィービーは優しく抱きしめる。
そんなトロい男マイクがコンビニに現れた中年女性になぞの言葉を吹き込まれて覚醒、武器を持った男二人を瞬殺する殺人スキルをスパークさせるのが本作『エージェント・ウルトラ』。実は彼、CIAが極秘に進めていた「ウルトラ計画」の被験者であり、政府が秘密裏に管理する殺人マシンだったのだ。覚醒してしまった彼をCIAは放っておかない。田舎町を封鎖し、暗殺部隊「タフガイ」を送り込んでくる。国家重要機密であり殺人マシンでもあったボンクラが愛する彼女との日常を守るため、迫り来る脅威に立ち向かう……!
「実は殺人マシンでした」ムービー界に投じられた新たな一石
ボンクラ男版『ボーン・アイデンティティー』な本作、あらすじ、予告編の雰囲気などからも、「これは絶対に好きなやつだ!」という気配をすごく感じていた。
ゴキゲンな予告編 ↓
主演のジェシー・アイゼンバーグといえば『ソーシャル・ネットワーク』でFacebookの創設者マーク・ザッカーバーグを演じたことでもお馴染み「頭の回転は早いけど人の気持ちを察しないまま早口で捲し立てる」演技に定評のある男。『ボーン』シリーズのマット・デイモンは沖縄でもそのへんを歩いていそうなよくいる米兵顔のため「実は殺人マシンでした」と言われたところで受け入れるのもやぶさかではないのだが、見るからにもやしっ子なジェシーの場合だとそのギャップはより大きい。またヒロインを演じるクリスティン・スチュワートはやっぱりべっぴんさん。思えばこの二人、『アドベンチャーランドへようこそ』の主演コンビじゃない?さらに監督はエスカレートしていく狂乱の一夜をPOV方式で描いたあの『プロジェクトX』のニマ・ヌリザデ監督。ここまでの情報ですでにこの映画の面白さは保証されているようなものだ!ぼくはそう思っていた……のだが。
負けないで、もう少し
「あ!」とか「お!」と口を開けるも、そのままの状態で固まり、静かに口を閉じるような、そんな96分間だった。別に全然ダメとは言わないよ!言わないけど……という感じで、あれだけ楽しみにしていた過去の自分に気を遣ってしまうような、妙ないたたまれなさを味わうなんて思ってもみなかったのだ。やりたいことはわかる。でもはっきり言って、あまりにも中途半端すぎる気がした。なんだか妙にシリアスなのもそう思わせる一因なのかもしれない。別にシリアスなのはいいし、それで活きるギャグだってあるはずだ。ただ本作に関しては、明らかに羽目を外すべきところでも遠慮しているのか、気が利かないのか、いまいち盛り上げずに見せてしまうので、本来なら爆発できるはずだった面白いはずのシーンも湿気ちゃっている印象だ。
ぼくは欲深い豚
そもそもこの設定でお客さんがまず期待するのって、どれだけあのボンクラ野郎が強いのかという振り幅だと思うんだけど、その描き方が淡薄で弾けない。ここで温めておかなきゃ中盤だれるんじゃない?と思っていると、大きな見せ場もないまま進むので案の定中盤がだるくて仕方がない。人の死ぬ様子や弾着効果なんかは結構気合が入っているのに、展開として盛り上がるように配置されていない。歯がゆい……。
悔しかったのでどんどん言葉があふれてくる。そもそも作り手は覚醒した主人公の活躍にあまり重きを置いていないのかもしれない。じゃあ何が描きたいのかというと、主人公とヒロインのラブストーリーだ。こういうめちゃくちゃな設定の中で展開する、ふたりの切ない関係を描きたかったのかもしれない。『トゥルー・ロマンス』っぽい感じだろうか。でももしそうなのだったら、だからこそ観客を温めなくちゃいけない。土台となる「殺人マシンでした」展開もしっかり力を入れて描くべきだったのではないでしょうか。どうなんでしょうか。
リフレーミング・スイッチON
もちろんいいところもたくさんあった。あらすじの方で書いた「ぼくは木で君は車」のシーンなんて、あまりに切なくて泣いてしまったのも事実だ。覚醒後、敵の持っている銃器や死因などを一瞬で理解してしまう自分に混乱しながらも思考を止められないといった演技なんてまさにジェシー・アクトの真骨頂だ。あとクリスティン・スチュワートは冷たい目元に憎々しげな態度も魅力的だが、同時にダメ男をほうっておけない割を食ってばかりいそうな感じも素晴らしい。捨て犬とかもバンバン拾ってきそうだ。なにより本作の一番の山場と言えばホームセンターでの大殺戮長回しのシーンが挙げられよう。『イコライザー』+『キングスマン』といった感じで、日用品を駆使した暗殺部隊との大立ち回りを披露してくれる。あそこは楽しかった。ただ、この映画は2013年くらいに公開されていたらもっと違った評価のされ方をしていたのかもしれないとも思った瞬間だった。ぼくらはもうすでに『イコライザー』や『キングスマン』を通過してしまっているのだ。
なのでぼくは中盤あたりから、もうこの映画を『アドベンチャーランドへようこそ』の続編的作品として楽しむことにした。『アドベンチャーランドへようこそ』は瑞々しくて切ない青春の黄昏を描いた大好きな映画だ。ぼくはたまに思い出しては「またあのふたりに会いたいな」と思っていたのだから、ちょうどいいじゃないか。本作は『アドベンチャーランドへようこそ2』なのである。
『アドベンチャーランドへようこそ』
『アドベンチャーランドへようこそ2』
そんなスタンスでいると、いい感じに気持ちがシフトしてきたところで「あ!」という面白くなりそうなシーンが登場して感情をゆり戻されてしまう。結局「面白くなり得た」可能性の瞬きがひとつひとつ消えていくのを見守る悲しみにくじけそうになるのだった。ぼくはもうどういうスタンスになればいいのか分からず、かといって怒る気にもなれないので、ちょっとだけ寂しくなった。ぼくは木でこの映画が車。いちいち引き止めてしまってごめんよ。
最高のロマンチックを求めて
ここまで複雑な心境を長々と綴ってしまったが、作り手が本作でたぶん一番やりたかったことだと思えるラストのあるシーンでケミカル・ブラザーズの『Snow』が流れた瞬間に関しては、ぼくの中の鬱陶しい感情は止まった。なるほどとも思った。シチュエーション的にもバカバカしくて、でも最高にロマンチックだ。だからもっとちゃんと地盤を固めておけば、なお良かったのにとも思ったけど。
不器用だけど悪い奴じゃない
そんなこんなで、事前の期待値を超えてくることはなかったものの、本作は憎たらしい映画ではない。感じは悪くないのだ。さながら、この映画の主人公のようだ……というのは強引だけど、またいつか再鑑賞することだってあるはずだとは思う。そのときは『アドベンチャーランドへようこそ』も用意して、ぶっ通しで鑑賞してみようと思う。『アドベンチャーランドへようこそ』は本当に素晴らしい映画だ。思えば監督は我が心の一本『スーパーバッド 童貞ウォーズ』を撮ったグレッグ・モットーラだ。あ!『エージェント・ウルトラ』もグレッグ・モットーラが撮っていればもしかしたら……なんてifは尽きないので、このあたりで筆を置こうと思う。好きな人は好き。そういう映画でした。ありがとうございました。