MidnightInvincibleChildren

どうでもいい話だけする

 

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去年の12月に、高校時代の友人をポケモンカードに誘った。

 

適当な居酒屋の個室を予約して、酒を飲みながらバトルしようというねらいだったが、実現しないまま3月を迎えてしまいました。1月はわりと長めに感じたのだけど、2月に至っては3日分ほどの記憶しかない。思い出せるとしても仕事関係の記憶ばかりで、それがとてつもなく癪だ。僕は仕事が本当に嫌いなので、実際に長らく無職でいたほどの男だ。みなさま、その節は大変お世話になりました。

 

ポケモンカードに誘ったその友人だが、高校時代は居眠りの常習者だった。一番前の席でも堂々と居眠りするので、まるでそこには誰もいないかのように振る舞う先生も出てくるほどだった。

あるとき、眉毛の細い三十代の現代文教師(空手部顧問)がその友人の態度に激怒して廊下に連れ出し怒号を浴びせた。その教師が大嫌いだった僕としては、傍から見ているだけでも居たたまれない状況だったのだが、その友人は表情を変えることなくただじっと時を過ごしていた。

ああいうときって一体何を考えているんだろう?と僕はずっと気になっていたが、それを聞くのは随分改まった行動のように思えてこっぱずかしいので、一緒に弁当を食べたりする際も基本的にどうでもいい話だけをしていた。

 

どうでもいい話とは、村上龍の『イン・ザ・ミソスープ』に出てくるフランクが最強だから読んでみて、とか、浦添の高台にそびえ立つライオンズマンションは国道側から見上げるとめちゃくちゃ胸にくるとかそういう話です。 

 

僕と友人は実際に浦添にあるライオンズマンションまで行ったりもした。間近で見上げるマンションの、無数の窓にきらめく物語の予感に興奮し、かといってほかにやることもないので、早々に友人のおじいちゃんに迎えを頼むも、なぜか電話に出てもらえず、仕方なくマックに寄ってクラスの女子の話をして、いよいよ迎えを諦めてそれぞれの家まで3時間ほど歩いた。僕らは高校生だったので夜の10時以降は補導対象となってしまうのだが、歩いて帰るにはあまりにも家が遠く、僕らはまんまと国道沿いで夜の10時を迎えてしまった。僕は警察に補導されてそのことが学校で問題にされたら嫌だな、と怯える一方で、こいつは補導されたところであの無表情のままやり過ごすんだろうな、とも思って自分を鼓舞した。

 

高校を卒業して、僕は県外の大学に進学した。友人は浪人生となったが、勉強せずとも入れるような地元の私立に進学するからと、あいも変わらず堂々と過ごしているらしいことが、僕のもとにもなんとなく届いた。

 

6月の半ばのことだった。友人が僕の携帯に電話をかけてきた。深夜のことだった。

 

「もしもし」 

 

友人は普段から声が小さいので、本当に携帯を耳に当てて喋っているのか、机の上にでも置いて語りかけてるんじゃないのかと不安になるほどの声量で言った。

 

「ハメハメをしてしまった」

 

当時友人は浅野いにおの『おやすみプンプン』にハマっており、作中でプンプンが童貞を卒業した際に用いた語彙でもって僕に報告したのだった。僕は『おやすみプンプン』を読むといたずらに気分が暗くなるので読むのをやめていたのだが、その文脈だけはかろうじて読み取った。

 

「え? なに?」

 

僕は狼狽していた。それでも平静を装い、「よかったじゃん」とだけ言った。すると友人は「よくねえよ!」と怒り出した。

 

「なんだかよくわからないが、ショックをうけている」

 

らしかった。

僕は僕で、まあそういうもんなのか、という思いからちょっとだけそわそわした。たしかによくよく考えてみれば、童貞を卒業して、だからなんだという気もする。卒業ということは、なにかの始まりでもあるのだ。ああ、かわいそ。これでもう新しい世界に踏み出して行かなくちゃならないね。おれはここでシコってるけどね。

 

彼は童貞卒業後、兼ねてからの予定通り大学に入学するも早々に中退した。らしいっちゃらしかった。しかし短い在学期間で知り合った友人らとバンドを組み、間もなく上京する。wikipediaに項目ができる。セカオワのDJ LOVEが隅っこでスマホをいじっているような打ち上げにも行く。無職時代の僕と年に数回飲む。しかし年中お金がないので、スマホの通信を止められる。H&MのフリーWi-Fiを使って連絡を取り、渋谷で待ち合わせをする。

 

そして僕にポケモンカードで負ける。

 

ふつうに大変なんだろうけど、僕は昔からずっと彼のことを羨んでいる。でもこんなことを言っていると「よくねえよ!」と怒られるかもしれないので、どうでもいい話だけする。