MidnightInvincibleChildren

辞めにしましょう

お盆休みが終わりようやく仕事が落ち着いてきた。世間的な連休と人の尊厳が存在しないサービス業に従事してしまったおかげで、家族連れや高齢者や小さい子供を見ると気分が荒むようになっていたが、それも次第に回復してきた。しかし職場の人間を見ると腹の底が熱を帯びる症状は日に日に悪化する一方だ。職場関係のLINEグループもすべて抜けたい。

そんな僕に二連休が訪れた。いつぶりだろう……クソ態度が悪いか、テキトーな仕事をしてさらに仕事を増やすアルバイト軍団が全然シフトを出さない影響で、穴埋め要員として過剰な業務量に襲われ、そろそろ本当に“破壊による突破”を試みてしまうんじゃないかと懸念していたところだったので嬉しい。いや、嬉しいというか、本来与えられて然るべきのはずなんだけどなあ。この怒りは壁にでも彫っておこう。

二日も休めるとなると、ようやく計画らしいものが立てられる。一日目は比較的大胆になれるし。ということで数年ぶりに渋谷まで映画を観に出かけた。『よこがお』が観たかったが埼玉県内では上映してなかったので、もうすべてを一旦ゼロにしてアップリンク渋谷で上映中の『メランコリック』を観ることに決めた。衝動は純粋なものなので、逆らいたくない。

電車嫌いな僕だが、渋谷までの約1時間はダウンロードしておいたNetflixの『マインドハンター』s2を観て過ごしたのであっという間。渋谷駅は広すぎて、外に出るまでかなり時間がかかった。『メランコリック』は予想の何倍も開けたエンタメ作品で楽しかった。映画館を出た僕は渋谷の街に繰り出したが、とにかくやることがなくて困った。買い物は荷物が増えるので嫌だ。他にやることがない。その日は映画ついでに友達を誘って飲むことにしていたが、待ち合わせ時間までまだ2時間ほどあった。強烈な眠気に襲われながら、渋谷をふらふらと徘徊した。

アルバイト終わりという友人はマスクをつけて渋谷駅ハチ公前広場にある「人間まるだし。」という広告看板の前に立っていた。会って早々、友人はコンビニに寄りたいという。タバコかな?と思ったが「鼻毛を切りたい」とのことだった。マスクをしているのは、鼻毛を隠すためだからか。コンビニを回って鼻毛用のハサミを買うと、近くにあった居酒屋に入った。

僕は友人に、一年前から渡そうと思っていたポケモンカードをついに手渡せた。ルールを知らないというので、YouTubeで調べてと伝えた。その友人は二十代前半をバンドマンとしての活動で駆け抜け、現在はアルバイトをしながら生活していた。バンドのボーカルは、明日治験から帰ってくるらしい。ぶっちゃけ彼らの曲を全然聴いていない手前がんばれとか言えるはずもなく、なんにせよ楽しんで生きていこうなと、こっそり思った。

仕事がクソでこのままじゃだれかをぶん殴るしかなくなるよという話をしていると、友人も友人でつい先日バイト先に辞意を表明したばかりで、残る出勤もあと三日ほどだと言いだした。人が足りない旨を現場リーダーに伝えたところで本社がちっとも動こうとしない件などを発端に、割となんでもフランクに辞めるガッツをもった友人はそのガッツをここでも見せたわけだ。作業納期的に今月いっぱいは残ってくれとのお願いに対しても「いいですけど、たぶんもう真面目には仕事できませんよ」と伝えた件も僕の胸を打った。

「やめるって伝えたあとめちゃくちゃ気分いいよ。たぶん前より仕事の効率上がってると思う。真面目にやればだけど」

うおーいいね僕も辞めるぞ、と言うと「話聞く限り、おれならもっと早く辞めてるね」と友人は言った。本当だよね。変に生きながらえさせてしまったよ、ゴミ溜めを。それから友人は「ていうか、お前はもう辞めてるよ」と言った。そうか。たしかにもう辞めてるのかもしれない。そんな気がしてきた。いや、間違いない。僕はもう仕事を辞めているのだ。

その日の僕は妙におなかがいっぱいで、ビールもごはんもあまり進まなかったが、そのぶん会計も安く済んだ。僕らは再びハチ公前広場の「人間まるだし」の前まで向かい、そこで解散した。別れ際に、友人は言った。

「今度までにポケモンカードのルール覚えとくわ。それまでに仕事辞めといて」

僕は電車に乗って埼玉まで帰った。

今日も休みなので、歯医者に行って洗濯をして洗濯槽も洗い、コインランドリーに行った。新しいメガネも手に入る。早く夕暮れ時の魔法のなか、土手を散歩したい。