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書き下ろし短編:『赤文字自重』

創作

 

 

 彼女がニコ生での顔出しを目論んでいる。

「かれこれ二年くらい動画を上げてきてるし、あたしの動画を楽しみにしてくれてるって人も増えてきたでしょ? そろそろ新しい試みが必要だと思うの」

「それで顔を!」

「そうなの。しかも今夜の金曜ロードショー、なにやるかわかる?」

「あ! あー、なんだっけ」

「『ラピュタ』!」

「そうだった!」

「みんなで【バルス!】ツイートするでしょ? その賑わいに乗じれば生配信でたくさん人が見てくれると思うから、そこで大々的に顔出ししようと思っているの!」

 彼女がそう計画するのにはわけがあった。彼女はニコニコ動画において【みむー☆】というHNで活動中の踊り手なのだが、ここ最近の踊り手ブームの低迷を憂いているらしく、自らが袖をまくって顔出しを敢行することにより踊り手界の復興に一役買おうとしているようなのだ。愛しているよ、みむー。

「じゃあ、今日は早く帰ってこなくちゃだね」

「うん! 一緒に伝説つくろ!」

 うっひょー! おれは満面の笑みで家を出る。一抹の不安を胸に抱きながら。

 

 おれがみむーと出会ったのは去年のニコニコ超会議でのこと。おれは元々ニコニコ動画漬けの日々を送っていたので、みむーのことももちろん知っていた。彼女は動画で何度も見ていたように、セーラー服を着てちびうさのお面を着けたままでんぱ組.incの曲を踊っていた。そんな彼女のパンチラを撮ろうとおれが血眼になっていたところ、同じポジションで一眼レフを構えていたオッサンと肩がぶつかり、トイレ脇に連れて行かれる。

「モグリが」

 お前ごときが彼女の聖域を撮影していいと思ってるのか、という旨の警告を突風のようにまくし立てられたおれは悔しさで泣いてしまう。おれはこんな最低な経験、二度としたくない、もしもう一度味わえというのなら、死んだほうがマシ。そう思いながら駅までの道を歩いた。しかし、このまま帰れないとも思った。そこでおれは駅で待ち伏せをして、小走りで現れた腐った油粘土風中年を見つけるやトイレに連れ込み、【得体の知れない現代っ子】として大暴れした。奴のカメラを奪って土下座させ、一枚一枚、どのような内容の写真かを実況しながら削除した。ひと通り胸のすく思いをしたおれがルンルン気分でトイレを出ると、柱の影からこちらを見つめる一人の女の子が。

「あの! ありがとうございます!」

 そこには素顔のみむーがいた。驚くことにあの油粘土の男は、みむーがニコニコを通じて知り合った男で、三十九歳で、フリーターで、長男で、右利きで、太り過ぎにより右足の神経がむき出しで、ツイッターのアイコンがフォロワーの絵師が描いた美男子風イラストで、人の話を聞くときはずっと腕を組む癖があって、インキンタムシで、みむーの元彼で、現ストーカーらしかった。法治国家とは名ばかりのこの国におれは辟易する。

「もう、大丈夫だよ」

 それは彼女内ピラミッドの上位に、おれが君臨した日の出来事。

 

 色々あってみむーと同棲することとなったおれは、彼女のニコ活も影で支えるようになる。彼女が踊っている動画を撮影している間は玄関の外に立ち、苦情を言いに来た下の階の新社会人と取っ組み合い、ツイッター上で彼女の悪口を書いたアカウントに対しては、特攻用アカウントでカミカゼ・アタックを敢行。

 

 

 ちむりー@道隆寺タカシLOVE @love_love_doryuji 9時間前

 ニコニコの踊ってみた見てるんだけどみむーとかいうやつ手足短すぎじゃね??

 てか踊りも微妙wwwたぶんブサイクwwwwwww

 意識の高いドローン @minmu_lovelovelovelove 1分前

 @love_love_doryuji スマホが収まる大陰唇乙。

 

 

 ゴンゾウ @gonzo_ninpho 2時間前

 みむーたぶんブス

 意識の高いドローン @minmu_lovelovelovelove 10秒前

 @gonzo_ninpho その<censored>と<censored><censored><censored>!!!

 

 

 

 

 

「ねえ今どこ? 『ラピュタ』始まってるよ!」

 おれが駅に着いたちょうどそのとき、まるで示し合わせたかのように彼女からの電話が入る。

「ごめんごめん! いま駅着いたとこ! ソッコーで帰るね!」

 おれは前のめりの全力疾走。アパートまでは歩きで十五分ほどだが、走れば五分程度。『ラピュタ』における【バルス!】シーンは本編開始から一時間五十五分頃とほぼ終盤なので間に合わないはずはないんだが、中途半端な参加はみむーの機嫌を損ねる最大要因なのだ。

「みむーただいま! ごめんね、おみやげ買う暇なくて……」

「んもう! いいから、早く座って!」

 二人で『ラピュタ』鑑賞会。幸せなひととき。彼女はすでに顔出しの予告をしておいたようで、【バルス】祭りの直前から生配信を開始する予定のようだ。

 劇中の登場人物が三分待つという旨の言葉を吐く。「あ、くるよ!」みむーは立ち上がってパソコンの前に立つ。彼女はすでにいつものセーラー服姿に黒のニーソックスを着用済み。

「みなさん『ラピュタ』観てますかー! いよいよきますよ!」

 おれはカメラに映らない寝室に移動してスマホで彼女の配信を観覧。彼女の動画には無数のコメントが流れている。

 残り十秒。

 

 くるぞ…  くるぞ…      kるぞ…      くるぞ   くるぞ

       くるぞ…    くる・・・    くるぞ   くるぞ…

 kuruzo            くるぞ… くるお。。。      くるぞ…

 

 

みむー。

君が伝説になる瞬間だ。

 

 

  くるぞ…   くるぞ… 

                     くるぞ…  くるぞ…

       kるぞ くるぞ…                   くるぞ…

              くるぞ…  くるぞ…くるぞ…

くるぞ…    

          くるぞ… くるぞ…くるぞ…くるぞ…

    くるぞ…            くるぞ…  くるぞ…  くるぞ…

 

    o(*゚▽゚*)oo(*゚▽゚*)oo(*゚▽゚*)o 

 

     

   くる!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……そもそも【バルス】とはラピュタ崩壊の呪文であり、かつて実況スレに書き込まれた膨大な【バルス】の負荷で2ちゃんねるのサーバが落ちたという事例はあまりにも有名だ。

 

 おれはみむーを強く抱きしめる。彼女の傍らにはグシャグシャに踏み砕かれたちびうさのお面。パソコンはひっくり返され、薄明かりが壁を照らしている。おれは彼女を抱きしめながら、絶えず声をかける

「大丈夫だよ」「大丈夫」「大丈夫だから」「ここは安全だよ」「気にしないでいいんだよ」「あいつらみんなクズなんだよ」「なにも怖くないよ」「ぼくがついているよ」「ぼくがついてるんだよ」「ぼくだよ」「ぼくがついているんだよ」

 おれは彼女の背中に回した手で握るスマホの画面を眺め続ける。

 そこには未だ無数のコメントが流れ続けている。

 

 

              バルス!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!   最近彼女が油臭いw

  油粘土のような臭いw  バルス! バルス!!!!!バルス

         バルスバルス  寝る直前までラインしてw

    バルス    バルス       相手を聞いても有耶無耶でw

         だから勝手に調査したw バルスバルス

四十迎えたあのオヤジw  バルス!!!!!!!!!!!!!!

               バルス    未だにみむーをつけていたw

 みむーもそのこと気づいていたw  バルスバルス バルス! バルス

                  バルス    なし崩し的に会っていたw

     バルス!!!!!!!!!   なし崩し的にヤっていたw  バルス

       バルスバルス  かれこれ半年ヤっていたw

     コスプレしたままヤっていたw バルスバルス

 バルスバルスバルスバルスバルス    カメラの前でもヤっていたw

生理のすぐあとヤっていたw  バルス!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! バルス! バルス

      生理中でもヤっていたw     バルス! 

        友引の昼にヤっていたw

   バルス     バ ル ス ! ! !   おれの留守中ヤっていたw

    バルス       バルス! バルスw  オッサンの家池袋w

     わざわざ出向いて片付けたw   バルスバルス バルス

    おっさんの家よく萌えたw     www バwルwスwwwww

 そもそもみむーはただのブスw   バルスバルス 調子に乗ったただのブスw

        バルスwwww    踊りもイマイチただのブスw

        性格まあまあただのブスw

            バ  ル  ス   ただのブスったらただのブスw

プレデター              プレデターwww

    プレデター乙  wwww プレデター

 大草原不可避    www

            wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

 wwww     wwwwwwwwww

     なんて醜い顔だ・・・(赤文字)

バルスバルスバルスバルス バルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルス 

    バルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルス バルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルス バルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルス

 

   バルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルス          バルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルス バルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルス

  バルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルス バルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルス

  バルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルス バルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルス バルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルスバルス

 

 

 

 

 

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