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『私の男』凱旋舞台挨拶にいった

 

7月15日火曜日、ぼくは新宿ピカデリーへ『私の男』&上映終了後の舞台挨拶を観に行った。「宮崎あおいにできないことをやってやる」とばかりの演技とおっぱいで観客を圧倒した二階堂ふみを生でみる機会……ぼくが生で観たことのある芸能人といえば小学六年のころに那覇空港で人だかりの中ファンにサインを書いていた真っ黒なみのもんたくらいで当時はそれなりに興奮もしたものだけど……やっぱり俳優、スクリーンの外にいる与えられた役ではない彼らの姿を拝んでみたかったのだ。ということですでに一度鑑賞していた『私の男』を再鑑賞することにはなるのだけどそこにためらいはなかった。

 

劇場内は満席。本日登壇するという二階堂ふみや熊切監督、浅野忠信のファンも多く駆けつけたに違いない。『私の男』に関しては二度目の鑑賞時のほうが圧倒的に面白かった。二度目という余裕がぼくに没入と解釈の幅を与えてくれたのだと思う。一度目の鑑賞は恥ずかしながら性的興奮に思考が振り回されて終始口の端からヨダレを垂らしているような状態での鑑賞だったが、今回は二階堂ふみのおっぱいではなく浅野忠信演じる「淳悟」という“弱すぎた男”の物語としてかなり楽しめた。

 

映画が終わり劇場が明るくなると撮影機材を持った人々が登場し、舞台挨拶の用意を始める。いよいよか、とぼくは姿勢を正しながら開始を待った。司会者のライターに呼ばれて登壇する熊切監督、浅野忠信二階堂ふみ。みんな本物だけどいまいち実感がわかないから近くにいって触ったりしちゃだめなんだろうか?と思ったほどだ。二階堂ふみは全身真っ黒の衣装。こういう場での衣装は自分で選ぶのかな?すごく黒い。浅野忠信はさっぱりしたシャツ姿。背が高く、立ち姿も決まっている。熊切監督はシャツの下にランニングが透けていて超キュート。海外で様々な賞をもらったことに関しての思いをそれぞれが語ったところで質疑応答に突入。そこがまたすごかった。

 

第一の質問者は「過激なシーンの撮影で浅野さんは興奮したりしないんですか?」といったことを質問。浅野さんは「役になりきっていますので興奮はしていますが仕事なのでちゃんと男モードは抑制されるんですよ」みたいなことを答えていた。そうなのか。竹中直人はコラッ!っていいながら息子を押さえつけてるとか言ってたし、ほかの俳優さんにもぜひ聞いてみたい質問だ。隣の二階堂ふみにも聞けばよかったのにとも思ったが、第二の質問者からそういう浮つきを後悔するような質問が飛び出したのだ。

 

その女性は自らを近親姦の被害者だといった。ぼくらはよく近親相姦という言葉を使いがちだが、そこには「相」の字が含まれていることからあたかもその関係に両者の同意が示されているかのように思わせるけど、実際に未成年者に対して行われる近親者からの性的な行為は未成年者が判断能力の不十分な存在ということを踏まえてれっきとした虐待として扱われる。この映画内で描かれている花と淳悟の関係も結局のところ養父からの性的虐待であることに変わりない。質問者の女性は涙声になりながら、そういったものを美化して描くことに対しての疑問を投げかけたのだ。劇場は静まり返り、さっきまでぼくの顔面に張り付いていた下卑た笑みも消え失せ、あまりの居た堪れなさに監督の方を見ることさえつらかった。マイクを手にした監督は、質問に強い衝撃を受けたように表情を曇らせて「そういうことを言われるのも当然だと思っていました」と言葉を絞り出す。「でもそこにも愛はあったのかもしれないということを描きたかった」「後半ではそんな二人がどんどん首を絞められていくさまを描いたつもり」「美化したつもりはなくてそこにある厳しさも描いたつもり」と、真摯に質問者の女性へ返答していた。

 

会場の空気も配慮してかすぐさま次の質問へと進行。「ラストシーンの浅野さんの表情が素晴らしかったのですが、あれは監督の指示なのか、浅野さん自身が自ら演じたものだったのか」という質問。「あのシーンに関しては監督からの指示はなかった」と浅野忠信は答える。演じている上で出てきた表情らしい。浅野忠信はこうも続けた。「先ほどの質問なんですけど、僕はこれまで過激な映画、あまり見たくないような映画にもたくさん出演してきました。作っている最中はみんな真剣にやっています。人を傷つけたいとかいう気持ちはないんですが、それでも嫌な気持ちをさせてしまったら、それは申し訳ありませんでした」と一つ前の質問に自ら言及したのだ。ぼくは浅野忠信の真摯さに震えた。『殺し屋1』であの垣原を演じた男なのだ。ただものじゃないとは思っていたがここまで真摯なナイスガイだったとは。今回の舞台挨拶でぼくは浅野忠信のことがこれまで以上にグッと好きになったし、最後の挨拶時にも「今日のことはちゃんと持ち帰っていろいろ考えたい」と目に涙を浮かべながら述べていた熊切監督の姿にも衝撃を受けた。この舞台挨拶を見に来てよかったと心から思った。

 

ちなみに質問者の女性が言っていた「美化」という言葉だけど、ぼくはやっぱりこの映画を見て近親姦美化とは捉えられない。淳悟という「父親になりたかった男」が手に入れた唯一の肉親と家族としての関係を育もうとする中、自らが未熟であるゆえに彼女のある間違った行動に対して自らを律することができず、そこで生じ日々大きくなる怪物のような歪みに飲み込まれていくという弱く受動的な破滅を描いているとぼくは思う。「好きな人に後悔なんてさせたくない」との強い意思を見せた花に対して自堕落な生活に溺れて「死ぬほど後悔」していると漏らす淳悟の姿がとても印象的だったし、質問でも出たようにレストランで花と退治した淳悟の表情は素晴らしかった。でもいくらぼくがそんなことを言おうとも実際に被害にあった人の心の傷は想像で覆えるようなものではないだろうから、危惧する気持ちも当然だとは思う。

 

それでも作り手という立場の人々の創作への真摯さに心を打たれた者としてはあれを「美化」で一蹴することも良しとはできないとも思う。一方で、今回の舞台挨拶ではそんな作り手たちの抱える責任や作品の影響力についても多くのことを考えさせられたし、二階堂ふみは質問を聞き返す際の「ん?」という笑顔が最高に可愛い女優さんだった。