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歩きませんか次の駅まで

日記


社会復帰の第一歩として派遣会社に登録したぼくは倉庫で荷物を運んだりするアルバイトをしては運動と社会経験が不足している我が身をギシギシいわせていた。その日もぼくは電車を二度乗り換え、物流系の建物が多くある馴染みのない街へと降り立った。時刻は夜の八時。時給がわずかながら上がることを理由に、朝の五時過ぎまでという夜勤に入ることにしたのだ。仕事内容は荷物の搬出入。集合場所である駅前のコンビニに集いし9人の男たちと連れ立って倉庫まで歩く。なんとも生ぬるい夜だった。歩きながら、寺島進っぽいアラフォーの人とちょっとだけ話をした。その人は断片的な身の上話をしたあと「人生いろいろあんだよ!」と笑ったので「へー!」と思った。

 

倉庫に到着したぼくらは次々とやってくるトラックにひたすら倉庫内の荷物を搬入しろと命じられる。フロアいっぱいの荷物を見て、これ全部かよとやる前から辟易。さらにいざやってみるとキャスターが付いているとはいえ結構な重量があって、引っ張り出したり押したりするだけでじわじわと息が切れてくる。一方、寺島のアニキは現場慣れしている様子で、荷物をてきぱきとトラックに積み込んでいく。ぼくはひーひー言いながらとにかく荷物を押したり押し付けたりしては「おなしゃっす!」と叫び続けていた。

 

一通りの搬入を終え、フロア移動を促され向かった先にも大量の荷物が敷き詰められている。ぼくはなにか楽しいことを見つけなければと考えて辺りを見回していた。派遣のメンバーにはぽっちゃりした松田龍平みたいな人から大和田獏みたいなおじさんまで様々な人がいた。松田龍平は無口ながらブレのない態度が頼もしいし、大和田獏さんはどこか人任せな感じにシンパシーを覚えるナイスミドル。寺島のアニキは「二列になって入れてんだからさ!順番にやってかなきゃ詰まるでしょ!」とか「おっ!押せ押せ押せえええ!!!」と叫んでいるところからも豊富な経験を感じさせ、とても頼もしい誰もが認めるリーダー的存在。作業をこなしていくうちに少しずつではあるけれどフロアに空間ができていく様を糧に、ぼくもヒーヒー言いながら動き続けた。そのころになると疲れている状態にも慣れてきていて、頭の中では『葛飾ラプソディー』がリピート再生を始め「たいしゃくてんってどういう漢字なんだろう?」とかを考えながら作業に勤しんでいた。「これ、ぜったい中途半端な時間に終わりますよ」と誰かが言うと、大和田獏さんが「これもう終電ないですよね」と言った。「この辺なんもないっすよ。せめてネカフェとかあれば始発まで潰せるんですけどね」

 

朝五時過ぎまでのはずが作業は午前一時頃に終了。会話の少なかった派遣メンバーもひと仕事終えた達成感からかあちらこちらで気さくな会話を繰り広げていた。話題は専ら「どうやって帰るか」で、どいつもこいつも「ぼくは歩ける距離なんで」みたいなことをほざいてやがる。そもそも土地感のまったくないぼくはコンビニで立ち読みでもして始発を待つか、くらいに思いながら、険しい顔でほかのメンバーと駅までの道を歩くことにした。すると隣に立っていた大和田獏さんがぼくの帰る先を尋ねてきたので、素直に答えてみると「え?そこまでなら高速沿いをまっすぐ歩けば10キロもないですし、始発より先に着けると思いますよ」と思いもよらないお言葉。マジかよと思ったぼくは、「じゃあぼくも歩いて帰ることにします」と告げた。それを聞いた大和田獏さんが「あ、じゃあ一緒に行きますか?方向いっしょなんで」と言ってくれたので、気持ちの悪い笑顔を浮かべたぼくは「これもなにかの縁かもしれないですね」とノリノリで同行する旨を伝えたのであった。


ぼくは大和田獏さんと夜の見知らぬ街を歩いた。途中で荒川の上を通る橋を通過する。橋の上から見渡す街並みは、高いビルなどはなにもなく、遠くに民家の灯りが煌き車のライトが流れているような、どこか情緒を刺激する素敵な光景だった。点々と建ち並ぶ鉄塔が、東京の郊外の青い春を象徴しているように思えてならなかった。
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隣でタバコを吸う大和田獏さん。ぼくらは他愛のない会話を続けた。どうして派遣を?大和田獏さんは本業がありながら小遣い稼ぎで派遣をしているらしい。深くは訊かなかったが「遊びすぎた」と彼は言っていた。途中で本当に話すことがなくなったが、それでも知らないおっさんと知らない場所を夜歩くというこの経験を噛みしめるしかないと思った。それから2時間ほど歩き、ようやく見覚えのある風景にたどり着くことができて感動したぼくは、半ば本当にこの道でいいのかよと疑いを抱いていた大和田獏さんにひたすら頭を下げた。「いえいえ、それじゃあ」と彼はそこからさらに数キロほど先の街へと歩き始めた。頼もしい後ろ姿だ。ぼくはこの夜の出来事をあと2週間くらいは忘れないだろうと感じていた。橋の上から望む、広くて静かで寂しげで、かつどこか懐かしくもある景色。夜の涼しげな空気の匂い。大和田獏さんのパンを貪る姿。

見慣れた街を歩くぼくはコンビニでビールを買い、月光浴をしながらそれを飲んでいた。早朝まで動けるようにエナジードリンクをがぶ飲みしていたのでまるで眠くなかった。休憩時用にと買っておいたおにぎりが余っていたのでそれを食べていると、どこからともなく猫がたくさん集まってきた。餌に見せかけ小石を投げるとそれを追いかける猫たち。本当に脳みそ小さいんだな。気がつくとぼくは5匹ほどの猫に囲まれていた。こいつらはゴミの日に袋をズタズタにするストリートのギャングスタだからぼくはみるみる猫を恨めしく思い、鼻息を荒げながら連中を追い払ったあと、棒のようになったふくらはぎをもみもみしながら気を失うように寝た。