ぼくはジャックの上昇する血圧です

f:id:sakabar:20160626200438p:plain

 

 

つい最近のことだけど、血圧の高さが原因で臨床試験のボランティアに参加することができず、大金を逃すというさんざんな目に遭ってひどく荒れた。高血圧の原因であるはずの酒をあえてあおり、飲み屋で喧嘩し、好きでもない女を抱いてぶん殴って追い返した。ぼくはこの血圧をどうにかしたい。でもそう上手くは回らないのが世の常らしいのだ。

 


MONGOL800 神様/ 歌詞付き

 

 

村上龍の書いた『昭和歌謡大全集』という小説がある。「カラオケが趣味のキモい若者たちが、同じ名前のおばさんで結成されたグループ『ミドリ会』の面々と血で血を洗う殺し合いを始める」というキャッチーさだけに惹かれたぼくは当時高校二年生。同じく村上龍の書いた『69 sixty nine』が好きだったこともあり、その流れで手にとった部分もあるのだが、これが予想を上回る楽しさですぐさまお気に入りの一冊となった。なにが楽しかったのかというと、全編を占める不謹慎さと豪快なハッタリ、それらを心から楽しむかのような筆の走った文体。「いい大人がこんなものを書いていいんだ……」という喜びに胸が弾み、そこに詰まるものすべてが刺激的だった。ぼくにとって、フィクションの醍醐味を痛感したエポックな一冊でもあったのだ。 

 

f:id:sakabar:20160626200700j:image  

 

ぼくには会うたび……というよりも会ってすらいないのに必ず喧嘩になる友人がいる。根本的に考えが合わず、互いに頑固なので、摩擦させると火花を撒き散らさずにはいられない。また悲しいことにどちらも脳機能の発達に大きな問題を抱えているため、議論というものができないのである。そのため関係は悪化の一途を辿り、たぶん今後よくなることもありえないだろう。そんな犬と猿、水と油なぼくらが二人きりになる機会が久しぶりに訪れた。とはいえぼくは人と争うことが嫌いなので、極力ことを荒立てないよう、揉めそうな話題を避けるよう、落ち着いた態度で、彼と会話しようと思った。ぼくは当たり障りのない会話党支持派だ。力のこもっていない当たり障りのない会話にこそ、透き通る瞬間が舞い降りると信じている。今日はなんだか上手くいけそうだなと思った。友人が今日一日どう過ごしたのかを聞いたり、会社の社長の悪口を聞いたり、ジムにいる怖いお兄さんの職業を予想したりと、穏やかな時間が流れていった。こんなふうに過ごすのも久しぶりだな、と思うぼくは大学の頃に彼と仲良くなり始めた当初、互いにどぎまぎしながらも、一生懸命に言葉を紡いだあの日々を振り返ったりもした。話題は本棚に収められていた『限りなく透明に近いブルー』へと移る。村上龍の句点がなかなか使われない独特の文体について「すごいねえ」と繰り返し、そこから川上未映子芥川賞受賞作『乳と卵』の文体にまで言及、やはり「すごいねえ」を繰り返していた。すると彼が突然「ごめん」と一言、“先に謝っておくけど”的不穏な前置きをしたのである。嫌な予感に顔をこわばらせるぼくに、彼は慇懃無礼ともとれる申し訳なさそうな表情を作ってみせ、こう続けた。

 

「『昭和歌謡大全集』なんですけど……燃料気化爆弾? あれ個人で作るのは無理です。はい。そもそも燃料気化爆弾でもない。核兵器の代替とか、そういうんでもない。あんなに広い範囲を吹き飛ばせる威力もないんですね~、はい。いや、ほんとYouTubeとか見ればいっぱい出てくるからペチャクチャペチャクチャペラペラペ〜ラ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

う、うわあああああああああああ!!!

f:id:sakabar:20160626203836j:image

 

ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!

f:id:sakabar:20160626203950j:image 

 

 

 

ぼくは彼と話していると、人を殺す人の気持ちを理解できる気がしてくる。彼はぼくが『昭和歌謡大全集』を好きだということを知っていて、この話題をわざわざ持ち出したということに間違いはない。ぼくが一番理解に苦しむのは、「その話題を出すことで、ぼくにどうしてほしいのか?」という点である。「てことはこの作品には考証的に誤りがあるのか。じゃあダメだね」とでも言ってほしいのだろうか? ぼくのこの作品への愛情が、その程度の情報で揺らぐような脆弱さだとでも思っているのだろうか? だとしたらぼくの想いを見くびったひどく傲慢な態度であるので、彼は死ぬべきだ。あるいは、「おまえは考証的に間違った作品をベストに上げているのだ」ということを親切心から指摘してくれているのだろうか?「YouTubeとか見ればいっぱい出てくるから」という言葉から感じられる高圧的なニュアンス。「それくらい調べればわかるから」「知らないで褒めてたら恥かくよ?」ということなのだろうか? “余計なお世話”という恥ずべき行為への恐れはないのだろうか?ぼくはひとまず落ち着くことにした。血圧を下げるためにいろいろ調べた際に学んだ、ゆっくり長く息を吐く、という技を用い、撃鉄を起こしたこの心をなだめることにした。震えながら息を吐き続けるぼくのそばでも彼はしゃべり続けていたが、ショーツに包まれた女の人のお尻を想像してやりすごす。いくら彼でも、さすがにそこまで好戦的な振る舞いをするとは思えない。そもそも本人にこれが好戦的に受け取られてしまいかねない言動だという自覚があればの話だけど。自覚がないのであれば、それもひどく浅薄で傲慢で無神経な行いなので、人間的欠陥を恥じて死ぬべきだ。しかし仮に、いま挙げた二つの理由がどちらも違うとした場合、彼はいったいこの発言で何を伝えたかったのだろうか。ぼくが思うに、彼はただ単純に「正しい情報」を伝えたかっただけなのかもしれない。聞き手がそれを受けてどう思うかなどにはいっさい考えを巡らせず、そういうことを吐き出し、すっきりしたかっただけなのかもしれない。だとしたらぼくは、彼の拙く幼稚で扇情的な言葉からではなく、インターネットから直接学んだほうがいくらかマシだと思う。そもそも、考証的な誤りが作品評価に甚大な影響を与えるという考え方自体、ぼくは持ち合わせていない。それは、これまで数多くの言い合いを経て、彼にもちょっとくらい伝わっているものだと思っていた。彼はかつて、SF映画に出てくるレーザー光線に文句をつけたことがあった。そこまでくるとはっきり言って、彼はフィクションを鑑賞することそのものが向いていない。ぼくは『昭和歌謡大全集』という作品の持つフィクショナルな部分にこそ魅力を感じているし、物語がエスカレートする快楽を愛していた。そんなぼくからすれば、「実際は~」などと、とくとく説明してくること自体がナンセンスなのだけど、人の心のそういう繊細な部分はうまく理解できないのだと思う。ぼくは短く息を吐き続ける。君の信奉するその退屈な「正しさ」で、人の感動に水を差さないでほしい。ぼくの好きなものに、金輪際、触れないでいてほしい。その汚く礼節のなっていない足で、上がってこないでほしい。偉い、すごいと思われたいのなら、瞳孔の開いた目で御託を並べるのではなく、小手先以外の考えでもってぼくを感動させてほしい。いつまでそういう「インターネットが大好きな中学生」じみたスタンスでいるつもりなんだ。ぼくらもう25だろ。周りはみんな結婚とかしてるんだぞ。ぼくもなんでこんなことをブログに長々と書いているんだよ。本当に恥ずかしい。誰も得をしないし。あと前例がいくつもあるから一応書いておくけど、人が曲がりなりにも考えたり感じたりしたことの表明を「ひねくれてる」の一言で一蹴するのもやめてね。そういうことを平気で言ってくる無神経なやつらに高らかな笑い声をぶつけるためにぼくら面白いことを求めているんじゃなかったのかよ。いつからこんなにつまらないことになっちゃったんだよ。でも違ったね。君が最初からそういう人間だったということに遅れて気がついたぼくが悪いってことくらい知っている。勝手に期待したほうが悪いのだ。だからぼくはぼくの人生のために頑張ることに決めた。君の些細な言葉でカッとなるのも、ぼくがひどく狭い環境の中で君を寄る辺として捉えているからに過ぎない。数少ない友人である君に、元も子もない、つまらないことを言ってほしくない、そんな独りよがりな希望ありきの絶望こそ、なにもかもをだめにさせた原因なのかもしれない。「期待なんてしないほうが楽」みたいな悲しい言葉がある。そのそっけない「正しさ」にそれでも抗いたいと思うこの気持ちがしょうもない青臭さなのだとしたら、ぼくはもっと広い世界を知り、もっと面白い人がいることを実感し、大らかな態度で君に接せられるよう頑張ろうと思う。

 

f:id:sakabar:20160626203448p:plain

 

 

彼がその話題を出したとき、ぼくはテレビの真っ黒な画面に映る自分の輪郭を眺めていた。肩幅が狭くて、猫背で、ひどく情けない形をしていた。結局、本当に考証的誤りを指摘しただけで、そのあとに続くものはなにもなかったことにも驚いた。ぼくの好きなものをなんとか否定してみせたかった、以外に受け取り様がなくて、本当に困った。ぼくは散らばった愛をまとめる時間に、もう振り回されたくないので、彼のいないところで頑張って、彼がしょうもないわがままをぶつける対象としてぼくを選ばなくなるまで、どんどん広い世界を見つめようと思った。最後に『昭和歌謡大全集』最終章のタイトルでもある尾崎紀世彦の『また逢う日まで』を彼に送ろうと思う。できることなら町ごとてめえを消し去ってやりたいところだけど、現実的には、ありえないことなので。さようなら。

 

 


また会う日まで 尾崎紀世彦

 

 

 

【PS】

彼は件の話題を出す前に『サウスポー』のムビチケとスミノフをぼくに恵んでくれました。優しいだけではなく、筋肉質でスタイルもよく、顔もかっこよければ、喧嘩も強いので、それを踏まえたうえで改めて上記の内容を振り返ってみてください。そのときあなたの目に映るのは、いったいどちらの愚かしさなのでしょうか……