能動的絶対生存宣言

 

小学生のころ、ある本を読んでいてとても印象的な言葉に出会った。それはトンチを利かす小坊主が活躍するシリーズもので(たぶん)、夜道で出くわすと必ず質問をしてくるという怪僧との問答の中に出てきた(と思う)。

 

「“生きている者”とは?」

 

「“必ず死ぬ者”なり」

 

確かに!と思った。それからやべえじゃんという強烈な不安にも襲われた。おれもいつか死ぬんじゃん、というのちのち定期的に直面することとなるこの世界の約束事を強く意識した初めての瞬間だったかもしれない。生きてるってことはいつか死ぬ。それがたまらなく恐ろしい夜もあった。とはいえそれも遠い日の記憶で、今じゃいつか死ぬのかとかそういうことを考えようとしても、いたずらに切迫しないよう脳が深追いしなくなった。蓄積された時間と記憶から成る制御装置がこめかみのあたりに入っているのだ。

 

 

去る金曜日、沖縄のともだちふたりと新宿で飲んだ。

このふたりとはちょうど1ヶ月前にも渋谷で飲んでいる。関東のあちこちに散らばっているので、飲むとなれば東京都心と相場は決まっていた。待ち合わせ場所である新宿駅東口の広場に一番乗りしていたのは友人Hで、僕は二番目だった。居酒屋を予約してくれていた友人Yはまだ来ていなかったので、僕とHは中野区が配布している路上生活者向けの活動案内パンフレットを読んで過ごした。

 

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登場したYは真っ黒に日焼けし、ヒゲだらけの顔を人懐っこそうに崩していた。向かった居酒屋の個室にはブラックライトが設けられていて、おしぼりが光っていた。僕らはビールを飲みながら、お盆休みをどう過ごしたかという話をした。Yは沖縄に帰っていたそうだ。Hは会社勤めではないのでお盆休みというものがなく、その話はすぐに終わった。そういうこともあって、僕はHが吉原の高級ソープにいったものの射精はあくまで射精でしかなかったと感じて虚しかったという話をしてくれとふった。僕はその話が好きで、Hに会うたびせがんでいる。さすがに飽きてきた気もしていたけど、今回はその話に対する「ぐっさんも同じことテレビで言ってたぜ」というYのコメントが引き出せたのが新鮮だった。思えば僕らはもう十年以上も射精しているのだ。数字で見るとばかみたいだね。ビールが倍苦くなった。

 

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金曜日でお店も混んでいたから、僕らは時間きっちりに追い出された。新宿はまだまだ全然賑わっていたし、どこも明るく視界がクリアだ。僕とYは二丁目で飲もうと提案したが、Hは強烈に渋った。その日公開のアニメ版『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』をバルト9で観るつもりだったそうだ。いいよやめとけよ、どうせ『君の名は』みたいにはいかないぜ、と僕は言ったが、それでもHは帰りたがった。映画はあくまで言い訳だということもわかっていた。Hは自分の時間もしっかり大事にする男だ。僕もそこんところは同じスタンスなので気持ちはわかる。しょうがないので三人でラーメン屋に入り、とんこつラーメンを食べた。僕はぜんぜんお腹が空いていなかったが、ふたりがすぐに完食してしまうので、慌てて麺をすすった。

 

Hと別れた僕とYは宣言通り新宿二丁目に向かった。去年の四月にも遊びに行ったお店があって、そこはノンケの人や女性でも入れる。入り口を開けた瞬間、浴衣を身に着けたママならぬパパが友人Yの顔を見て声を上げた。一年以上も空いているのに覚えているらしかった。僕らはそこで朝の五時まで飲んだ。Yは異常なバイタリティの持ち主なので、来る人来る人に話しかけては「女とはやったことある?」というヒヤヒヤするほどデリカシーのない質問を繰り返していた。なのに、Yは異常にモテた。この店一番のイケメンに「一回フェラさせて。そうすればわかるから」と言わせたあたりまではまあそういう接客トークなんだろうで片付けられたが、来店した若いイケメンに「いまいるなかで一番タイプは誰?」と尋ね、恥ずかしそうに指を差されていたあたりからは漂う信憑性を無視できなくなっていた。僕はお酒のせいで若干気分が優れなかったこともあり、そんなYの隣りにいるなんでもないやつみたいな空気にはっきりとした不満を覚え、ウソでもいいから少しくらい僕もチヤホヤしてくれよ!とひっそり寂寥にもたれかかっていた。

 

茨城からきたという二十代前半の仲良しノンケ三人組とも話した。彼らも久々に都内で飲んでいたらしく、キャバクラか二丁目で迷って、この店を選んだそうだ。それを聞いた店員のイケメンは「それは正解。キャバクラのなにがいいの?」とキャバ嬢のトークスキルの低さをこれでもかと罵った。僕は沖縄で働いていたころに上司に連れていってもらった地元のしょぼい店にしか知らなかったが、概ね同意した。途中、『ピンクフラミンゴ』のディヴィアンそっくりのベテランと同伴する男の人が来店。たぶんなんらかの業界人なんだろうなと思って眺めていたら、どこかで見たような顔で、何回か前の芥川賞を受賞した作家にそっくりだった。そんなこんなで始発の時間を迎え、僕らは店を出た。帰り際、イケメン店員が見送りに出てくれ「すごく癒やされた。あなたみたいな人がいると日本もまだ安心だわ」と豪快なことを言ってくれた。なに言ってんだとも思ったが、こういう優しい嘘に信じるという嘘を重ねることに酔って刹那的な事実に変えてしまえるんじゃないかと思い、やったー!と言った。

 

外はすっかり明るくなっていた。頭が痛く、これから電車にのることが億劫で仕方なかった。Yはゾッとしないほど元気で、「これから朝キャバ行こう」と言った。冗談だろと思ったので絶対嫌だと言ったら渋々引き下がってくれたが、底なしのバイタリティにめまいがした。

 

僕は新宿駅から東京駅に向かい、そこから乗り継いで家まで帰ることにした。中央線に乗って東京駅まで向かうと、ここらで一旦吐いておいたほうがいいと思った僕はトイレを探した。構内には始発を待つ人たちがそこかしこにいた。見つけたトイレの個室に入ると、僕は気合を入れて喉の奥に指を突っ込んだが、なかなか胃の中のブツは出てこなかった。ちくしょうめ、こちとら電車で酔いたくないんだ。しばらく試行錯誤していると、昨夜のラーメンの塊がちょっとだけ出てきた。えらく水分が少ないな、と思っていると喉に違和感。咳払いを続けても呼吸が楽にならない。しまった、と思った。完全に油断していた。小説なんかではよく目にしていた「嘔吐物が喉に詰まる」という描写だが、それがまさか自分の身に起こるだなんて想像もしてなかった。僕は個室から飛び出ると、かすれた声を上げながら壁掛洗面器に向かった。どれだけ強く咳き込んでも喉の通りはまったくよくならない。パニック状態の頭は一方でひどく冷たく、意外と人はこうやって死ぬのかもしれないな、と考えていた。

 

まず思ったのが、たくさん嘘をついてきた、ということだった。現在進行形の嘘だって山ほどあった。死んでようやく明るみに出ることだってあるんだろうな。それを知った人たちのリアクションなんかを想像してみる。このまま死ぬのはちょっとみっともないな、と思った。

 

自動水栓からの水を手のひらに受け、それを飲み下すと同時に呼吸が楽になった。引いてダメなら押すんだ。僕は拍子抜けすると同時に、また急に呼吸ができなくなってしまうんじゃないかという恐怖にまとわりつかれていた。死ななくてよかった。早朝の駅のトイレで、友人と別れた直後に死にたくなんてなかった。本当によかった。酔いは覚めていたが寝不足気味ではあったので頭はぼんやりとしていたが、瞬間最大風速的恐怖の名残はしばらく尾を引いていた。

 

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死んでたまるか。僕は帰りの電車で爆睡した。ちゃんと生きるためだ。建前ではなく、能動的に湧いてきた欲求に感動して、土曜日は結局一日中寝ていた。ご飯もよく噛んで食べるよう意識し始めた。バリカタ麺を急いで食べなければ喉に詰まることもなかったはずなのだ。いや、それ以前に気持ち悪くなるまで酒なんて飲むのがくだらない。身の程を知り、余裕を維持するのだ。臨死体験の反動からバイタリティを得た僕は、先日クソみたいな営業マンのあやふやなセールストークに飲まれて契約してしまったWi-Fiも速攻で解約した。いまの僕なら営業マンをぶん殴って追い返せる。拉致ってボコボコにする様子をビデオに録画し、本社に送りつけ身代金を要求したっていい。でもやらない。僕の大事な人生への関与を、絶対に許可してやりたくないからだ。

 

今後の日本のためにも、食べ物はとにかくよく噛まなければならない。