まあまあだけど楽しんでいる方です

 

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埼玉県内にある某大学に行ってきた。知らない町をぶらぶらするのは楽しいが、その延長として知らない大学の構内に入るのも楽しい。大学は概ね広い。僕の通っていた大学はかなり狭い方だったので、その他の大学はどこも大抵広く思える。隣の大学は広い。

 

その大学にはでかい広場があった。広い場所に出ると無性に走り出したくなるのは人間も犬も一緒だ。僕らは大いなる力に使われるだけの憐れな犬。そんなペシミズムも最大瞬間風速的ウキウキで忘れてしまえる。僕は大学の中庭などに置かれたベンチも好きなので、走り疲れたらそこで休んだ。お腹も空いてきたので、なにか食べたい。僕は大学の周辺を散策することにした。

 

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大学はその周辺も楽しい。学生が多く住んでいるアパートを眺めると、ここに住んでいる学生たちは夜な夜な友人の部屋に出入りしているんだろうな、などと考え、切ない気持ちになる。ふと目に入ったのはメニューの書かれた紙がいたるところに貼られたラーメン屋。ランチセットが550円ということで入店を即決。学生街の飲食店は、安くて量の多い傾向にあるので嬉しい。中に入ると刃牙のコンビニ本がたくさん並んでいた。高齢夫婦が切り盛りしていて、腰は曲がっているがよく声の通るおばあちゃんが接客してくれる。このまま夕方まで過ごせそうだな、と思い椅子に深くもたれこみながらテレビを観ているとランチセットが運ばれてきた。ライスにはふりかけがかけられていて、僕は胸が一杯になり、思わず目頭を熱くしてしまう。本当に祖父母の家に来ているみたいだ。ラーメンの素朴な味を楽しんでいると、不意に大学時代を思い出した。

 

 

 

僕が大学生の頃住んでいたアパートの近くには、傾きかけた古い家屋があった。そこは昔からある天ぷら屋らしく、よぼよぼのおばあちゃんがひとり、朝早くから天ぷらを揚げている姿をよく見かけた。通りかかるたびに「今度寄ってみよう」と思ったまま一年半もの月日が経ち、このまま機会を逃し続ける可能性もあると薄々感じていた、そんなある日のことだった。

お隣さんである大学院生に古着を見にいかないかと誘われた。その日は大学も休みで、僕は部屋でインターネットをして過ごしていた。古着に用はなかったが、誘いを無下にできなかったので、自転車で20分ほどのところにあるセカンドストリートに向かった。その帰り道、例の天ぷら屋の前を通りかかったのである。すると大学院生が、「ここずっと気になってたんだよね」と言った。

「あ、俺もです」

「ほんと? じゃあさ、ちょっとよってみない?」

「いいですね」

僕らは立て付けの悪い引き戸を引いて、店の中に入る。畳間に座った割烹着姿のおばあちゃんが「いらっしゃい」と言った。

「すみません、ここって天ぷら屋でいいんですか?」

大学院生が尋ねると、おばあちゃんは照れくさそうにうなずいた。おばあちゃんの口調は見かけによらず、昔から商売をしてきた人特有のテキパキしたものだった。

「といってもいまはボケ防止みたいなものよ。毎朝起きて天ぷら揚げる。買ってくれる人がいるんなら売る」

僕と大学院生は「へ~」と言いながら、トレーに敷かれたキッチンペーパーに並ぶ天ぷらたちを眺める。どれも揚げてからそれなりに時間の経った様子だったが、衣がサンゴのように立っていて美味しそうだった。

「じゃあすみません、これひとつください」

大学院生がさつまいもの天ぷらを注文した。僕も同じものを選ぶ。「時間経っちゃってるから」と、おばあちゃんは50円で売ってくれた。

「朝来てくれたら揚げたてのものを食べられるよ」

おばあちゃんとの雑談が始まったので、僕らはお店の中で天ぷらを食べた。普通に冷たく、衣もしなびていたが、深い感慨の味がした。感慨には味がある。

話によると、おばあちゃんの家族は遠くに住んでいるとのことで、いつもはここでひとり天ぷらを揚げ続けているという。おばあちゃんは饒舌だ。まったくぼんやりした様子がない。これも毎朝欠かさず天ぷらを揚げ続けてきたおかげなのだ。

僕らは店を出た。そこで大学院生は「いや~」となにか改まったことを口に出す気配を見せた。このとき僕は、ここでこの大学院生があの天ぷらの悪口を言うんじゃないかとちょっとだけ心を強張らせた。はっきりいって、そんな言葉聞きたくない。いまはそういった元も子もなさに用はない。そんな僕に大学院生は言った。

 

「あの天ぷら、良かったね。あれをうまいとかまずいとかいう貧しい基準で捉えたくないよね」

 

僕は部屋に戻り、ベッドに寝転がりながら携帯をいじったりして午後を使いきった。お隣からは壁越しにギターの音が聞こえる。大学院生は得意のギターで作詞作曲をするのが趣味の人だ。何度か聴かせてもらったことがあるが、当時流行り始めだったRADWIMPSに似ている、エモ良い曲を大量にこさえていた。ずっと知っていたはずなのだ。あの大学院生がかっこいいということを。

 

 

 

ランチセットを完食した僕は、おばあちゃんに声をかけ会計を頼んだ。おばあちゃんはレジの下にある小さなカゴからチケットのような小さな黄色い紙切れを2枚くれた。それはこのお店だけで利用できる、手作りの10円割引券だった。それをお守りのように財布にしまった僕は、また来なくちゃな、と思った。大学時代のあの天ぷら屋さんは、しばらくして更地になってしまった。詳しいことはわからないけど、あのおばあちゃんが亡くなってしまったらしいことは、なんとなくわかった。「いつまでもあると思うな」に続く言葉が年々自分の中に増えていく。天ぷら屋、自分の体力、Netflixの映画。力んだところで、間に合わないものには間に合わない。でも、間に合うものだってたくさんあるはずなのだ。

 

 

 

ということで、つい最近『スリー・ビルボード』を観ました。

 

暫定ベスト。あんな小説が書きたいと打ちひしがれた。