その男こと我那覇は、ベローチェの角の席でアイスコーヒーを飲んでいた。トイレが最も近い席だからか、やや臭いを気にしている様子だったが、移動するそぶりは見せない。彼の眺めるスマホの画面にはYouTuberが性犯罪でしかない行為をおさめた動画を発表して大炎上したというニュース。キモすぎる、死にやがれと彼は思っているが、記事の見出しにあった「バスト測定」の文字をみて固まる。数年前、『バスト目測者人口』という小説を書いてネットに上げたことがあったからだ。
我那覇は静かな男だった。大きな欲望を持つには、この世界と仲良くなれていない自覚があった。故郷から会いに来たとおぼしき母親からの連絡に、多忙なふりして返信する場面が印象的だ。可能な限り世界を狭くしようという、男の心理が現れている。用事のない日も好きな服を着て姿見のまえに立ったかと思えば、鏡の中の自分に向かって何度もフェイントをかけ始める。観る人によっては狂気を感じてもおかしくはない。だが同時に、彼の生活の様子にそこはかとない心地よさを覚えるのも事実だ。
孤独は嫌いじゃないが、向いてはいないっぽい。
以下、印象的だったシーン。
・やたらとすぐ横になる
・すぐ座る
・やたらと服を買う(なのにそれらを着ている描写はない)
・同じ日のはずなのにメガネが変わっている
・土手に立って地平線を眺めているシーンでうっすら蝿の羽音が聞こえる
・ニュースを見ているシーンで「キーーーーーン」という耳鳴り演出がやたらと入る
・ちいかわのガチャガチャを見つけて駆け寄るも、しばらく黙ってから「四百円?」とこぼす(「キーーーーーン」と鳴る)
・朝ジョギングの最中、すれ違ったおばあちゃんに挨拶するも無視され、そのまま荒い呼吸とアスファルトを蹴る音が十秒くらい続く
・定期的にチェックしているらしいファッション系YouTuberの「結婚についての質問、答えてみた」という動画がいつもの半分くらいしか再生数がいっておらず、不思議そうに何度もF5キーを連打する彼の姿にビートルズの『BABY、YOU'RE A RICH MAN』のイントロが重なる
・旧友たちと居酒屋に集ったかと思えば『ふわふわ時間』のラップっぽいパートについての長い議論
・「放課後ティータイムのアンチだってあの高校にはいたはずだろ。そういうことを忘れんじゃねえよって言ってんの」
・『わたしの恋はホッチキス』が流れる中、楽しそうに街を歩く面々のスローモーション
・「令和」の文字がおどろおどろしく歪み、サイケデリックに点滅する画面の中、ニュース映像の逆再生がインサートされていく
→暗転
→ キーーーーーン
→エンドロール