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書き下ろし短編:『白濁を耳に』

「う、ゥウッ……グッ……アッ……!」 その少年の放った声は、講義室の静寂にいとも簡単に飲み込まれてしまった。おれはすぐさま言葉を添えることはせず、肌を刺すようなこの沈黙をもって、彼自身に感じてもらうことにする。少年はひどい猫背姿で立ち尽くしたまま…

書き下ろし短編:『蓬ヶ丘殺人事件』【後編】

蓬ヶ丘近辺で立て続けに三人の児童が行方不明となり、街が一気に騒がしくなる。各小学校では集団下校が実施され、いたるところで張り紙を見かけるようになるが誰ひとりとして見つからない。噂によると身代金の要求もないらしい。 じゃあみんななんで消えたん…

書き下ろし短編:『蓬ヶ丘殺人事件』【前編】

この町にあるいくつかの丘のうち、最高でも最低でもないなだらかな高台の上に蓬ヶ丘団地があった。周囲は深い茂みに覆われていて、各階二部屋ずつの四階建て、造りも古い棟が無数に並び建ち、それがちょっとだけ墓石に見えなくもないとぼくが思うのは、四号…

書き下ろし短編:『水泡にキス』

「え? コスプレイヤーの陰毛?」 ひなこの第一声に驚愕したぼくは、思わずその言葉を声に出して繰り返す。網の上で焼けていくカルビからは煙がもうもうと立ちのぼっているが、その向こう側で彼女が「うん」と頷く。ひなこはつい先日、駅前を歩いているとき…

書き下ろし短編:『上司を殺せ!』

二杯目のビールがなくなるころになって、サカモトが「中嶋を殺しませんか?」と口に出したとき、カスガは「あ、それいいね」と間を置かずに返した。もちろん冗談だと思っていたからだったが、それは違ったし、カスガ自身、本気だといいなとも思っていた。 サ…

書き下ろし短編:『Good morning, everyone.』

深夜四時を回っていた。煙草を一本手に取り、先端を眺め始めてから一体どれだけの時間が経ったのだろう。矢野は考えていた。特別気になる箇所がある訳ではなかったが、そうすることで落ちつくことができた。矢野はライターを持っていない。そもそも煙草を吸…

書き下ろし短編:『欝子の角栓』

いろいろあるだろうとみんなは言うけど、別にみんなが思っているようなことはなにもないし、そのなにもなさこそ、わたしが部屋を出ない理由なのだ。朝~昼に起きてまずやることなんてなにもない。ああ起きてしまったんだと後悔して、また明日も目覚めてしま…

書き下ろし短編:『赤文字自重』

彼女がニコ生での顔出しを目論んでいる。 「かれこれ二年くらい動画を上げてきてるし、あたしの動画を楽しみにしてくれてるって人も増えてきたでしょ? そろそろ新しい試みが必要だと思うの」 「それで顔を!」 「そうなの。しかも今夜の金曜ロードショー、…

書き下ろし短編:『処女膜からやまびこ』

「やっべえ! おれもっこりしちまった!」 喉をきゅっと絞り、腹から押し出すように放ったその言葉は虚空を漂って誰にも承認されず消滅した。 「一回ちょっと止めます」 監督の指示が入る。おれが唇を噛むのと同時に、だれかの溜息が聞こえた。 「いまのと…

新春書き下ろし短編:『無職・ザ・バーバリアン』

みんな集まっているからはやくこいとの電話があって、おれは親父に伝える。親父はソファーに寝そべりながら録画した『マッチスティック・メン』を観ていて、おれの声は届かない。すべては大塚明夫の声で吠えるニコラス・ケイジのせいだ。 「は?」 引き出し…