いま日本でＰＯＶ映画を撮らせると右に出るものがいないといっても過言ではない白石晃士監督の最新作『ある優しき殺人者の記録』を観た。白石監督初の海外が舞台で、その場所は韓国。なにかが起こるという予感に胸を躍らせながらレイトショー限定の新宿バルト９へ。
個人的に白石監督の最高傑作は2009年の『オカルト』だと思っていて、それは全編に張り巡らされた不穏な緊張感に黒い笑い、そしてラストで露わになる「向こう側」の光景など、全部に圧倒されて、こんなに面白い映画をなんで知らなかったんだろうと後悔したほどだった。それを機に白石監督作品を観るようになり、好き嫌いはあれどどれも楽しんで鑑賞した。個人的には『オカルト』の他に『超・悪人』や『グロテスク』、『カルト』が好きだ。白石監督のお家芸であるワキガネタもけっこう好き。
今回の『ある優しき殺人者の記録』は、韓国の障害者施設から脱走した殺人鬼から取材を要請されたジャーナリストと日本人カメラマンが、ボロアパートの一室にてその殺人者に対してインタビューを行うという内容。この殺人鬼はある奇跡を起こすために、神の啓示どおり27人の殺害に挑戦中で現在25人を殺害済み。奇跡に必要な残り2名は、心から愛し合う2人でなければならないとかなんとかほざいていているので取材班はかなり困ってしまう。これから行う儀式としての殺人と、その結果である奇跡をカメラにすべて収めろと言っているのだけど、殺人をカメラに収めるなんてのはちょっと……。しかし基地外に包丁＝有無を言わせぬ強制力を前に為すすべもなく、なし崩し的に撮影は進んでいくのだった。ということでこの作品は86分ワンカットで進んでいく。観客はこの「記録」を最後まで見届けなければならないのだ。
あらすじを見る限りでは白石監督の『オカルト』っぽい話でもあるし、『カルト』におけるカルト集団も似たような目的を持っていたように思えるしで過去作との類似点もまあまあある。ただ今回の殺人者である男の目的である「奇跡」とは、幼少時代に事故で亡くなった幼馴染を蘇らせること。『オカルト』の江野くんは結局のところ現実逃避が目的の利己的な行いだったけど、今回のこいつは名目上、利他的な理由から動いているという点ではなんだか新しい。その他の人からすれば超迷惑だけど、こいつは嫌々ながらも人を殺し続けるのだ。少女のために。
このピュアピュアマーダーを演じるのはヨン・ジェウクという俳優さん。どこかで見たことあるなと思って調べたら暴力青春映画である『暴力サークル』（そのまんますぎる邦題）の憎たらしく残酷な他校の不良番長を演じていた男らしい。『ある優しき殺人者の記録』内で見せるさりげない蹴りも妙に決まっていたりして不思議に思っていたがテコンドー2段だとか。このアパートの一室に神の予言どおりに現れる新婚旅行中の日本人チンピラカップルもインパクト大。男はギャーギャー騒いでは殺人者を挑発し、女は関西弁でたしなめたりおだてたりと絶妙な立ち位置ではあるけど、ちょいちょいちゃんと鬱陶しい。こいつらの登場により密室がしっちゃかめっちゃかになっていく一方なのだが、2人が愛し合っているという証明を得なければ奇跡のための生贄にはできないからと、殺人鬼側もとんでもない方法でその愛を試す。ここは白石監督の『グロテスク』を髣髴とさせる。『オカルト』×『グロテスク』＝『ある優しき殺人者の記録』といった感じだ。とても贅沢な合わせ技。
予算が比較的にあったのかラストの例のシーンはこれまで以上に艶かしく規模の大きいものが出てきてゾクゾクした。一瞬だけ覗ける向こう側もクオリティが上がっていて、観ちゃいけないものが観えてしまった緊張感が増していたし。白石監督作品で「向こう側」のシーンが出てくると無条件で興奮するのも『オカルト』で味わったショックの賜物だと思う。
血で血を洗う攻防の果てにたどり着く屋上のシーンには開放感があった。さわやかですらある。奇跡まではあと十秒。『オカルト』における、悪意と皮肉に満ちたあの光景とはまた違った「奇跡」。それは愚かしくも尊い一つの選択が、残酷で乾いた現実を凌駕する瞬間に思えた。
ただ、こういう話において大事な「こいつはただのキチガイだし」という信用できない語り手演出があまりうまく機能していないようにも感じたのは、ぼくが白石監督のファンでこの映画の予告も観まくってしまっていたからなのだと思う。つまり「何も知らない」という贅沢な状態で臨むのが、やっぱりベストなんだと痛感した次第。なのでもうここまで読んじゃったよという人の中でこの映画を観ようと思っている人は壁に思い切り頭を打ち付けてください。
