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エンタメ全部乗せ映画『シークレット・ミッション』

 

 


映画『シークレット・ミッション』予告編 - YouTube

 

『シークレット・ミッション』を観た。事前情報はほぼなし。結果としては、北の超エリート工作員が韓国の貧困街で「近所のバカ」になりきりながら党からの指令を待ち続けている……という潜入物を大枠としながら、コメディ、人情劇、BL、アクションをそれぞれ全力でやってみたといった感じの映画だった。イケメン若手俳優を売り出すだけの内容に終始するのかな? という失礼な疑念もバカバカしくなるくらい全方位に本気なので、ぼくはもう土下座したい気分になった。

 

中盤まででそれぞれの登場人物たちを観客に愛させ、後半のハードな展開にハラハラさせるという丁寧な作りも心憎い。本当はめちゃくちゃ戦闘力が高く優秀なエリート工作員なのに、任務上街の人々を相手にずっとニヤニヤヘラヘラしていなければならない主人公たちと映画の構成そのものがなんだかだぶって見えてくる気もする。この映画も観終わったあとで振り返ってみれば、内包されていたテーマの重さに前半のおどけた部分すら切なく思えてくるのですごい。とにかく主演のキム・スヒョンの「近所のバカ」演技は素晴らしく、シリアスな会話から一転して表情を切り替えるその姿からも工作員の意地を感じさせる。

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毎日同じ格好(これもたぶん党の指令)

 

また、若い工作員たちの青春物語として楽しめるという点でもお得。「近所のバカ」として潜入する超エリート工作員の主人公の他に、韓国でロックスターとなるよう潜入したギターもまともに弾けない工作員もいれば、そんなふたりを監視するために送られた子犬系工作員も出てきて、この三人の立場や任務の垣根を越えた束の間の交流に微笑ましい気持ちになったりもする。生活や思想も違う韓国での、ささやかな憩いのひとときだ。

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三人一緒に煮干の下ごしらえをするシーン。それぞれの今後のことや北に残してきた家族のことなどを話す。青春とは過ぎ去ってからようやく気づくものである。

 

ふたりの監視を担当する子犬系工作員のヘジンは、部隊でも極めて優秀だった主人公を幼い頃より尊敬し、未だに畏敬の念を抱いている。が、それを上手く表現できずにぎくしゃくしたりする。ん?この感じはなに?とこちらがやや訝しんでいると、路地裏で会話をしていたふたりが何者かの気配に気づく、という場面が出てくるのだが。

 

「隠れろ」

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(トキン・・・トキン・・・)

 

あれええええ???なにドキドキしてんのお前???

ていうかこういう要素も入ってくるんだ、と思って調べると原作は韓国で凄まじい閲覧数を稼いだWeb漫画だとか。なるほどな~。

 

そんな腐った展開まである一方、同時進行する「党の思惑」で不穏な動きを醸すのが本作の魅力である。中盤以降、動き始める敵たちもどうかと思うくらいHARDCORE。韓国の特殊警察から北の監視員、更には北の討伐部隊までもが入り乱れることとなるので感動すら覚えるが、その中でもやはり今作の白眉でもあるのが北のエリート集団の育ての親でもある総教官。その顔面力は近年観たどの暴力映画の悪役たちよりも恐ろしいという加減のなさが凄い。

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総教官のご尊顔。数々の修羅場をくぐってきた凄みが顔面から溢れている。こいつが党の命令により韓国に上陸するのだが、その背後にとてつもなくでかい嵐の予感を漂わせているところに圧倒される。

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繰り広げられるアクションシーンもクオリティが高く容赦なし。民家の屋根を飛び回って移動するなどのパルクールシーンまである。最近流行りの「工作員っぽい動き」が大好きなぼくとしては、素早くて手数の多い格闘描写に大満足だった。カメラを下手に揺らさず、引きの画を差し込むことで、位置関係、俳優の動きをしっかりと見せてくれる点も信頼できるしたまらない。

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主役はもちろん、イケメン若手俳優のみなさんがちゃんと良いアクションをしてくれているところもこの映画のたまらないところ

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大ボスである総教官だってちゃんと動けるし滅茶苦茶強いという点もたまらない。

 

こちらがほしいものを「へいお待ち!」と次々提供してくれるこの映画、めちゃくちゃ楽しい!と興奮する。エンタメに徹する姿がむしろ凄みにすら思えてくる。とにかく間口も広いのにこの満足度、恐ろしい。舐めててごめん。タイトルやポスターを観て完全に油断していました。エンターテイメント作品の中にも、現在の北朝鮮との情勢問題を遠慮なくぶち込んでは昇華させるその根性に定評のある韓国映画だけど、この映画とて例外ではないのだった。監督は誰かと思いきや、あの排他的で閉じた孤島で繰り広げられるブチギレ大殺戮を描いた映画『ビー・デビル』を撮ったチャン・チョルス。なんでも撮れるのかよ。