MidnightInvincibleChildren

日の出まで潰走

 

去る金曜日、ぼくは東京に出て以来座布団の上で独り言を喋るようになってしまった友人に会いに行った。会いに行ったといっても彼は地元一大きいホールで講演会と称して演目を披露するとのことだったので、お客さんとして鑑賞しに行ったのだ(無料)。

 

彼とは保育園から高校までずっと一緒で、それこそ蒙古斑の付き合いと言える存在なのだった。実際、本格的に仲良くなったのは中二で同じクラスになってからだったけど、彼はそのころにはすでにお笑いに傾倒していて、中三に上がって当時同級生たちの間でも半笑いで語られていたような塾に一緒に通うようになったころも、ずっと松本人志の著作を読んでいた。同じ高校に進学し、ぼくが本当に好きなことに向き合うことも全うすることもできずに中途半端な時間を過ごしている間にも、彼は漫才のネタを書き続け、本を読み、勉強もそこそこ頑張り、部活ではチームで全国大会にも出場するなどしていた。ぼくは多少の嫉妬を覚えながらも、当時大好きだった下品な村上龍作品を勧めたり、彼が好きだと公言していたキングコング西野をこき下ろしたり、『20世紀少年』全巻を借りたりしていた。学園祭などの後夜祭では漫才を披露し盛り上がったはいいが、顔とノリのいい相方だけがチヤホヤされている姿を見ているといくらか同情はするものの、そんなの高校という狭い世界での話であって、この枠さえ消えてなくなればきっとあいつの努力と培ってきたものが正当に評価されるようになり、バカでブスな田舎の女子どもなんて比較にならないような教養と分別のある洗練されたサブカル女がチヤホヤしてくれるから頑張れ、と祈っていた。

 

そんなぼくの祈りなんて関係なく彼は高校卒業後、なんの迷いもなく大阪にいってお笑い養成学校に入学、相方が心を折って地元に帰ってしまったあともピン芸人として一時活動。大阪のローカル番組だけじゃなくあの『あ〇びき団』にも出演しネットで叩かれるという偉業を次々と成し遂げていく。すごい。当時大学在学中だったクソッタレなぼくは大阪にある彼の部屋に遊びに行き、一緒に『涼宮ハルヒの消失』を鑑賞し「長門最高だったな」と語らったり、芸人仲間との飲みに加えてもらったりした。酔いにまどろみながら、こいつはたった一人でこんな環境に身を置けるまでとなったのか、と胸騒ぎを覚えていた。

 

彼はその後、「やりたくもないネタを強要された挙句にネットで叩かれた」ことを機に東京への移住を決意。座布団の上で情緒豊かに喋っていた師匠に弟子入りし、本人曰く「やりたくないことだけをやらされる」日々を経て「人間として扱ってもらえる」地位にまでのぼりつめた。そんなこんなで地元での凱旋公演を今年九月に敢行、地元のテレビにまで取材される。そして今回、地元中の地元であるおらが村での公演を依頼される運びとなったのである。試しに今回のギャラを尋ねたところ、日雇いバイト二週間分ほどの値段をもらっていることを知る。なんてこった。

 

今回も今回で彼には地元テレビ局の取材カメラが張り付いていた。実家で友人と飲んでいる画がほしいとのことで、ぼくを含めた数名が招待される。いざ彼の実家にお邪魔すると、本当にカメラが入っている。「空気だと思っていつもどおり飲んでいてください」とは言われるけど、全員がうつむきがちにビールを飲む光景が一時間ほど続いた。さらにただ飲むだけだと思っていたぼくらはそれぞれインタビューを受けることとなる。

 

「彼に関してなんですけど昔と変わったところ、変わらなかったところなどはありますか?」

 

ぼくはその質問に対して「物事に関する姿勢は中学生当時から一貫していると思います。ブレがないといいますか、一直線ですね」という内容のことを1000字ほど使ってもたもたと語った。緊張のあまりいま自分が話していることが途中から分からなくなり、友人の芸名も間違えた。とにかく散々だった。

 

一方、当の彼はさすがにカメラ慣れしている。自らカメラに話しかけたりもするし、質問への返答も軽快。

 

「一貫して頑張ったって友達は言ってくれてるんですけど、自分は単に好きなことをしてきただけですからね。言っちゃえばやりたくないこと全部やらずに好きなことだけやってきただけなんで」

 

 

 

はあああああああああああああああああああああああああ?????

 

カッコつけてんじゃねええええええええええええええええ!!!!!

 

 

しかしぼくは知っている。彼は部屋でオナニーをずっとしていたわけじゃない。 ダラダラとDVDを観て寝落ちしていただけでもない。生活が苦しい時にはコンビニでのバイトもしながらオーディションに通ったり、裏方仕事も買って出ていたことも聞いていた。芸の道という環境のなかで、一念発起の大転職もかましている。たくさんの思い出が詰まった町をあとにし、知人一人いない東京へ乗り出したのだ。テレビでよく観た芸能人のクソッタレな一面に触れたこともあるらしい。アホですっからかんで高圧的なTVディレクターに振り回されてもいるし、盛大にすべった経験も数知れず、反省に精進を繰り返し、今の地位にいてなお、高みを目指し続けている。

 

そんないまだからこそ言える最高の謙遜。

 

 

「一貫して頑張ったって友達は言ってくれてるんですけど、自分は単に好きなことをしてきただけですからね。言っちゃえばやりたくないこと全部やらずに好きなことだけやってきただけなんで」

 

「自分は単に好きなことをしてきただけですからね。言っちゃえばやりたくないこと全部やらずに好きなことだけやってきただけなんで」

 

「やりたくないこと全部やらずに好きなことだけやってきただけなんで」

 

 

 

もっと早く聞いとけばよかった。やりたくないことやらなきゃいいのか。うわー。失敗した。変に周囲を意識して生きてきてしまった。でもぼくは金曜に友人と飲んで以来、まだ一度もオナニーしていない。あんなに好きだったのに。とどのつまり好きなことを一貫するのも難しいのである。好きなことを一貫するには、まずそのための流れをみずから生まなければならないのだ。そしてその流れに沿って、うまく泳ぎきらなくてはならないのだ。夢を追う全力疾走か、夜明けを夢見た潰走か。あ、でもこうやって極端な二択ばかりを目の前に用意して挫けてばかりいるからよくないのかもしれません。選択肢は常にたくさん持っていたい。ぼくはそう思いますね(笑)。