MidnightInvincibleChildren

はい。私は向上心が高く、仕事の覚えも早い人間です。/『ナイトクローラー』

f:id:sakabar:20150827181111j:plain

『ナイトクローラー』を観た。主演はあのジェイク・ギレンホール。昨年公開されたドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の傑作『プリズナーズ』では事件の謎を負う「刑事」を演じるにあたり、チック症やフリーメイソンの指環、タトゥーなどといった設定を独自で付け足したとか言われている男だ。実際、本筋には直接関わりのないそれらの要素が、映画により濃厚な闇や物語の象徴性を漂わせることに成功していた気がする。そんな彼が一人二役で主演を張った同監督の『複製された男』にもガツンとやられたぼくはもうジェイク・ギレンホールに首ったけ。『デイ・アフター・トゥモロー』に出ていたことはすっかり忘れていたけど『エンド・オブ・ウォッチ』も最高だったし、なにより最新作の『ナイトクローラー』の予告で見せる気味の悪いギョロ目ルックもたまらない。これまた頼まれてもないのに12キロも減量し、一週間寝ずに過ごしたあと撮影に臨んだとか言われている。死ぬぞ!すごいけど早死にだけはしないでくれ。


映画『ナイトクローラー』予告編 - YouTube

 

主人公、ルイスは無職。偶然なことにぼくも無職であるからか、この時点でつい身を乗り出してしまった。彼は銅線などを盗んで販売することで生計を立てている後藤祐樹のような男。そんな彼が高速を移動中に、交通事故現場に遭遇する。そこにはカメラを持った男がいて、警察が怪我人を救出する姿を撮影していた。その男は報道専門のパパラッチa.k.a.ナイトクローラーで、「それって儲かる?」と訊ねるルイスに「儲かるぜ!」と男は返した。これだ!ピンときたルイスは盗んだ自転車を質屋に売り、その金でカメラと無線機を買う。警察の無線を傍受し、事故現場を撮影していく。刺激的な映像が撮れれば大金持ちになれるぞ!かくしてモラル無き無職のアメリカンドリームが、いま幕を開ける。

f:id:sakabar:20150827233513j:image

今作の主役、ルイスは完全にサイコパスだ。人当たりだけはいい信用ならない笑みを終始浮かべ、ペラペラとどうでもいいことを捲し立て、欲しいものを手に入れるためなら手段を選ばない。後悔や反省とは無縁で、自尊心がすこぶる高く、Facebookに蔓延るような胡散臭い自己啓発文を暗唱し、わからないことはなんでもネットで調べる。ネットさえあればなんでもできる。ネットでわかることにしか用はない。彼にはそれで充分なのだ。

f:id:sakabar:20150827233622j:image

 

身近にいたら絶対に迷惑なはずのルイスだけど、夜のLAを走り回る彼は残酷なまでに魅力的だ。安物カメラを片手に、車を飛ばし血まみれの犯罪被害者を接写する。テレビ局に売り込みに行けば、熟女プロデューサーがアドバイスをくれる。

「被害者は貧困層マイノリティじゃダメ。富裕層の白人が一番よ」

自らを「覚えが早い」と豪語するルイスは即ガッテン!夜のLAを徘徊し、数々の不幸にカメラを向ける。画的にショッキングであれば問題ない。ライバルパパラッチに先を越され悔しい思いをしても自分の信念を曲げずに邁進。そのモラル無きゆえの快進撃に不謹慎な高揚を覚えてしまうのも確かだ。自宅でコメディ番組を観るルイスが、オチからワンテンポ遅れて大袈裟に笑うシーンには寒気を覚えるが、それでも彼が次にどんな恐ろしい手を使うのかどこかで期待している自分がいる。彼には迷いがない。後ろめたさにもたつくこともない。目標への最短距離をあっさり選択してみせる。たとえそこに他者の不幸が多分に含まれていようとも躊躇なんて微塵も見せない。ルイスはみるみる衝撃的な映像を撮影し、周囲からの評価を得ていく。この世界は、彼のような人間が出世するには最適の場所なのだ。多くの欺瞞に目くじらをたてるのではなく、共犯関係に身を置くことこそ成功への近道なのかもしれない。そんなクソみたいな話信じたくはないけど、この映画はこの世界におけるそういった気の滅入るような真実を強烈に皮肉ってみせる。そこにまた不謹慎な高揚が伴っているのも心憎い。ルイスの目の前でショッキングな出来事が起こるたび、ぼくも恐ろしく興奮した。ラストに待つ展開なんて、わけもわからず涙が溢れてきたほどだった。

f:id:sakabar:20150827233528j:image

 

おそらく本作は今年を代表する猛毒エンタテインメントになるので、現在無職でFacebookの友人の投稿に心を折られている人なんかはこの『ナイトクローラー』を観るといいでしょう。また、ブラック企業に勤め、「上の考えてることがわからない。最悪だ」と思っている人も、敵の側面に立って世界を観ることができるという意味でも『ナイトクローラー』を観るといいでしょう。現在の日本には上記二種類の人間しかいないので、みんな『ナイトクローラー』を観るといいでしょう。みんなもそろそろ、モラルが邪魔だと思っていたころでしょう。

f:id:sakabar:20150827233533j:image