描き下ろし掌編:『ウキウキ、キックミーアップ!』

 

 

眠れぬ夜をこえて迎えた朝に、俺は思う。眠すぎる。これ以外思いようがないので、ベッドから降り立ったさいの、ぺたりとした足の裏の感触や、背中一面を覆う鈍重な後ろめたさに気分をかすかに上下させつつ、カーテンを開け、朝陽を浴びた。するとどうだろう。これは合図だ、と言わんばかりに頭が冴えてきて、冴えたら冴えたでもうなにもかもが嫌になって、そのなにもかも、例えば今日一日にやるべきこと……というかやっておいたほうがいいこと、例えばなんの気なしに触れた乳首に生えている硬い毛を抜くとか、まあその程度のことなんだけど、ってことはなんだ? 俺はべつになすべきことなどほとんどもたないのである。仕事してないし。ならばなぜ早く起きたのかというと、睡魔を上回る飢餓感に襲われたからだ。そもそも空腹だったから眠れなかったのかもしれないし、だったら今日は腹いっぱいにものを食べ、爆睡してやろう。後のことはもう知らない。たっぷり睡眠をとった、未来の自分に任せます。そう決めてしまえば、途端にこの一日が輝かしいものに見えてきた。いまからアイスコーヒーでも飲んで、なすべきことを探そう。俺は自由で、自由は無敵だ。誰でもいいからかかってこい。

 

その意気込みが態度に現れていたのか、散歩がてら立ち寄ったコンビニでニッカボッカを穿いた赤ん坊のように小さな目をした男に舌打ちされた。道を塞いでいたからだと思う。確かにこちらが悪い。でも、態度が不快だ。頭に血が上ったままおりてこない。殺してえ。こんなことならもっとちゃんと眠っていればよかった。おさまらない怒りも睡眠不足が原因なのだろう。睡眠は大事だ。カフェインの含まれたアイスコーヒーなんて飲んでいる場合じゃない。帰り道、八つ当たりも兼ねて半分ほど残ったコーヒーを道端に撒いてみた。すると犬を散歩中の、定年退職を迎えたばかりで、髪が薄く、黒縁の眼鏡をかけ、ラコステの鮮やかなグリーンのポロシャツを着た男に舌打ちをされた。真っ白でふわふわの大型犬を連れていて、はねたコーヒーで犬が汚れるのを懸念したのかもしれない。でも俺は頭に血が上っているので、ロジックでの理解を上回る怒りにより、はっきりと表情を歪めた。向こうは向こうで、朝からなんて男に会ってしまったんだと言わんばかりに、顔を歪め返してきた。鼻の穴がむず痒くてしかたがないというような、目も当てられない表情だった。こらえきれず、叫んだ。

 

「でけえ犬だなおい!」

 

家もでかくねえと飼えねえよな! いい気なもんだぜ……。

 

それから家に帰って八時間寝た。

 

寝起きに頬を撫でたそよ風が心地よく、急に自分が嫌になり、大声を上げて泣いた。

 

 

 

聞こえますか。

 

 

 

いつでも遊びに来てください。

 

 

 

 

 

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