MidnightInvincibleChildren

殺し放題12時間!/『パージ』&『パージ:アナーキー』

 

世の中には「変な法律もの」というジャンルがあります。スティーブン・キング死のロングウォーク』とか、その影響を色濃く受けている『バトル・ロワイアル』、『ハンガー・ゲーム』、山田悠介の小説などなど、枚挙に暇がありません。国の偉い人たちがめちゃくちゃな理屈からめちゃくちゃな法律を施行して、それに振り回される恐怖を市井の人々の視点で描くのが主流だ。そんな「変な法律もの」に新たなる息吹が。『パージ』シリーズの登場です。

 

 


 

 

『パージ』

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舞台となるのは経済崩壊後「新しいアメリカ建国の父たち」と呼ばれる人たちによって統治されている2022年のアメリカ。「パージ」とは「浄化」を意味し、1年で一晩(12時間)だけ全犯罪が合法化することで国民のフラストレーションを発散(犯罪率の低下が目的)させたり、非常時に自分の身を守れないような低所得者や路上生活者などを間引くことによる貧困率の低下を目論むとんでもない法律。人々はその日になると暴力行為のために武装したり、暴動に巻き込まれないよう自宅を厳重に施錠したりして過ごす。そんなパージ当日、富裕層の集まる一帯に住んでいるイーサン・ホークもまた豪華な自宅を万全のセキュリティで防護して家族と一晩のんびり過ごそうとしていた……。

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防犯カメラのモニターを眺めるイーサン一家。手前の少年は長男です。

 

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こちらは長女。歳上彼氏との交際を反対されているためパパとは喧嘩中。

 

しかし!パージが始まるやいなや、防犯モニターを眺めていた息子が逃げ惑う浮浪者の男を発見。泣きながら助けを呼ぶその姿にいてもたってもいられず、防犯システムを一時解除。邸内に招き入れてしまうのだった。倫理的には大正解でも、家族を守らなければならないお父さん的にはとんだアクシデント。なんてことをしてくれるんだ……。

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「ごめんなさいパパ……」と反省した様子ならまだしも、この長男、「ぼく間違ってないよね?」という態度でなかなかウザい。

 

招き入れた男をどうするか迷っているイーサン。このままじゃこの家が暴徒に襲われてしまう。混乱と不安でおろおろしていると、そこに突然娘の彼氏が登場!

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「死ね!!!」

 

なんと娘の彼氏、交際を反対されていたことを根に持っており、パージに乗じてイーサンの殺害を計画していたのだった。娘の男を見る目のなさにパパ号泣。16歳巨乳女子校生と付き合っていることを漫画化した34歳のオタクのように、「歳下女と付き合う男は色々と伴っていない」という偏見を強化させるようなダメっぷり。『親父の一番長い日』を百回聞いて反省してほしい。

 

バカ彼氏と撃ち合っているうちに、招き入れた浮浪者がいなくなってしまいもう大変。トラブルは矢継ぎ早にやってくるのだった。外を確認してみると、我が庭に銃器や刃物で武装した集団がわらわらと入ってくるではないか。

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ドキドキ……

 

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「こんばんはー!」

 

今年の10月末にも渋谷でたくさん見かけたような人たちがドアの前に立っている!彼らはマスクで顔を隠し正装に身を包んだ姿で挨拶をする。

「ども!ご自宅を拝見する限り、あなた様も僕らと同類のようですね。そんな貧乏人かくまってないで、早々に差し出してください。タイムリミットは、僕らがこのドアを破壊する道具を用意できるまでです。ワハハハハ!

馬鹿な大学生じみた集団はそう言い残すと庭でわいわい遊びだす。やばい!急いで浮浪者を探さなきゃ!かくして一家は、自宅内でかくれんぼを始めた浮浪者を探すことにするのだった。

 

 

 

パージという規模のでかい舞台設定を背景に、恐怖の一夜を過ごすこととなる一家に焦点を当てた今作。こじんまりとした話ではありながらもスリリングな展開のつるべ打ち。こういうパニック映画では半ばお約束である「あ、テメエ!余計なことしやがって!」という場面も多々見られますが、85分という短さに免じて目をつぶりましょう。「とはいえ、人助けはいいことだ!」と感じさせる展開もなかなかグッときます。

 

 

 

そして恐怖の一夜から1年後……

 

 

 

『パージ:アナーキー

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2023年アメリカ。今年もパージがやってきた!前作から一年後を舞台に、「今度は戦争だ!」と言わんばかりに無法地帯と化した都市部での地獄巡りを描いている。舞台が広がったため、登場人物も多いのである。

 

その①:親子

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ウエイトレスのエヴァは、父と娘の三人暮らし。来るパージに備え、住んでいるアパートの出入り口を施錠中。そんな中、父はこっそり部屋を抜け出し、表に停まっていた高級車に乗り込む。部屋で置き手紙を見つけたエヴァは、余命幾ばくかの父が富裕層のパージに身を提供するかわりに10万ドルを振り込ませる契約をしたことを知る。そんな……と悲しみに暮れる矢先、謎の特殊部隊に部屋を襲撃される。

 

その②:夫婦

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車で姉の家に向かっていたシェーンとリズの夫婦は、途中で立ち寄ったスーパーマーケットでパージに備える武装集団を見かける。おーこわ。早く行きましょうと先を急ぐが、道路の真ん中で車が故障。調べてみると何者かの手によって意図的に壊されていることを知る。スーパーマーケットにいたやつらだ……。残り数時間でパージが始まってしまう。目的地まで徒歩で向かうしかないのだが……。

 

その③:警察官

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自宅で銃器の用意をしている警察官のレオ。彼はパージに乗じ、飲酒運転で息子の命を奪った男への復讐を決行しようとしていた。改造車に乗って目的地へと向かう道中、彼は謎の武装集団に拉致される親子を目撃する……

 

 

人口密度の高い都市部でのパージはいったいどんな感じなの?というこちらの見たかったもうひとつのパージを描いたのが今作。画面奥を炎上した消防車が横切ったり、血まみれの女性が立ち尽くしているなど、ショッキングなカットの挟み方がなかなか気が利いている。ビール缶6本パックを引っさげて屋上でライフルを構えるおっさんや、改造バスに乗って爆走する男たち、オリジナルな宗教観をむき出しに高架でサブマシンガンを乱射するおばさんなど、明日からまた普通の生活に戻るとはとても思えないパージャーたちの描写もゴキゲンだ。中でも大型トレーラーに乗って移動し、拉致した住民を路上に並べてミニガンで一掃するオッサンが強烈。お金あるな~と思っていたら案の定なお方なので、権力への嫌悪感もどんどん沸騰。特設ステージまで用意された富裕層によるパージ・パーティーも催されていて、本当にうんざりだ。劇中でも、反パージ勢力によるネットでの呼びかけなどが描かれたりしている。

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パージが終了する朝の7時以降、この人たちはどんなテンションなんでしょうか。心配です。

 

そんな中、自らの目的があるにも関わらず出会った人々を助ける正義漢レオの活躍が熱い。劇中屈指の戦闘力で、迫り来るぶっ飛びパージャーを次々と撃退。そのくせ助けてもらっている側はギャーギャーうるさいしことごとく足を引っ張ってくるので、こちらも涙を禁じえなかったりする。

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一応前作との直接的なつながりはパージという世界設定以外にはあまり見られないのだけど、一人だけ引き続き登場する人物がいる。そのチョイスからも明らかだけど、このシリーズは「それでも助ける」ことを選択した人々をちゃんと肯定するし、そういう人たちは報われるべきだという倫理観が根底にあるので、安心して子供にも観せられるのだった。

 

 


 

 

ということでこの『パージ』シリーズ、監督は三作目も考えているらしいので楽しみですね。そういえばこれを書いていてふと思い出したんだけど、富裕層のパージに身を捧げたおじいちゃん、結局パージの残酷な側面として描かれただけで片付けられちゃってたけど、次回作ではちゃんとおじいちゃんの仇を討ってほしい。『パージ』、『パージ:アナーキー』と来ているので、プリクエルなんかにはしないで『パージ:アルマゲドン』とかにして、もう国家が壊れるところまで描くといいんじゃないでしょうか。悪い政治家とか悪い富裕層の頭が派手に爆発したりして……

 

 

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無職はBARにいる

 

 

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七尾旅人(TAVITO NANAO) "TELE〇POTION" (Official ...

 

ハロウィンにより無法地帯と化した渋谷で25歳の無職が警官をモデルガンで殴ったその日、警官を殴らなかった方の無職は高円寺にいた。高円寺フェスが催されていたので、友達とぶらぶらしてきたのだ。高円寺を訪れたのは今年の四月以来かもしれない。歩いていればなにかが起こる街として認識しているのだけど、今回もいろいろ起きた。

 

まず最新作『ラスト・ナイツ』のプロモーションを行っている紀里谷和明監督を見た。華があるというか妙に目を引く男の人だなと思って顔を見たらまさにその人だったのだ。でもぼくは紀里谷監督作を一本も観ていないので、後を追ったりはしなかった。最新作ヒットするといいですね、とは思った。

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高円寺駅周辺をウロウロしていると、仮面ライダーを見つけた。特定のポーズを取る際、スーツに付けられた電飾がピカピカ光るのだが、素肌にピカピカの模様を彫ったおじさんの登場で場は騒然。タバコと酒の匂いがひどいそのおじさんは、それからしばらくしてから再度見かけたのだけど、道端でバタンキューしていました。不摂政の極みにも耐えうる圧倒的なタフネス。凍死には気をつけてほしいものだ。

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それからも高円寺フェスを満喫するつもりでいたのだけど、友達がなんの脈略もなく触法行為に走り、どんな言い訳が飛び出そうとも有耶無耶にできないくらい、むしろ言い訳されればされるほど空気がみるみる最悪になっていったので解散。いつまでもずっと一緒だって思ってたのに……。ぼくはその後、沖縄の友達より高円寺で飲んでいるからお前もこないかとの連絡を受け、そちらに合流することとなった。

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場所は某BAR。いざ合流すると、落語家の友人と俳優志望工場勤務の友人のほかに見知らぬ顔が。その人は落語家の友人が大阪でお笑い芸人をしていたころの同期らしく、今年の七月に上京したとかなんとか聞いた。なんでも大阪の同期全員に嫌われたので東京に進出したらしいのだ。品川祐みたいなやつだったらどうしよう。ぼくに緊張が走る。

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とはいえそんな不安は杞憂に終わり、みんなで楽しくおしゃべりをした。BARのマスターに「君はなにしてる人なの?」と聞かれ、実家にいる両親のプライドのためにも無職とは言いたくなかったので、「作家志望です」などと、さもただものではないかのような顔をして言ってしまった。高円寺は文化の街なので「落語家」「芸人」「俳優志望」などと名乗っても「そりゃあいいね!」という受け入れられ方をするので素敵だ。ぼくもその仲間に入れてほしかったのである。

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文化の街の中心にあるBARだけにあらゆる情報が飛び交う。ぼくらが、男の人を愛せるようになれば人生の選択肢が増えて潤うのではないかという話をしていると某漫画家の方が現れたりした。某編集部の人間がかつてこのお店に来てあの新進気鋭若手直木賞作家の悪口を言っていたという話を教えてもらったりもした。なんとも刺激的だ。ぼくもよくTwitterなどで某部活やめる系作家への嫉妬の念を渦巻かせたりしていたので、「そりゃあ愉快だ」とその日一番の笑顔になった。「どんな悪口を言っていたの?」と質問してみると、友達は「いやあ……よくわかんないけどとにかくずっと悪口言ってた」とのこと。居合わせられたらどんなによかったかとぼくは悔やんだ。

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その後も話は弾み、「いきものがかりの聖恵ちゃんの顔は人々を対立させる」という話とか「人生で天才だと思える人に出会ったことはあるか」という話題について侃々諤々。天才と言われてもなあ……と思うぼくらに対して落語家の友人は自分の師匠を例に出し、「頭がとんでもなく良く、人のことを基本上から見ているので、相手に合わせてへりくだることも容易にできる」とか「ひとりの人間でそこまで出来るのかというレベルで物事を為す」みたいなことを言った。そりゃ君は芸事の世界に身を置いているんだからそういう人に出会える機会は圧倒的に多いし、日々成長って感じなんだろうねなどと思いつつ「天才か……。会ったことないけど橋本環奈かなあ」とだけ答えた。

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これは毎度のことなんだけど、俳優志望が酒の力によって言葉選びや他者への態度などあらゆる面で乱暴になってきたため、ぼくらはBARをあとにして始発までカラオケで過ごすこととなり、横になって眠ろうかとも思っていたのだが、落語家の知り合いである34歳経営者のお兄さんがハロウィンパーティーでたまたまカラオケ店に居合わせていたことから接待カラオケのような感じになって一睡することもできずに始発の時間を迎えることとなった。ぼくは「沖縄の気のいい兄ちゃん」的ノリが大の苦手なのだが、そのお兄さんも北海道出身でありながら沖縄の大学に通っていたらしくぼくら以上に訛りや方言が完璧で、ノリもまんま沖縄の青年会って感じだったため、改めてぼくは自分を見つめ直すことができた。ぼくは生まれ育った沖縄でさえうまくやれない落ちこぼれうちなーんちゅなのだ。自己嫌悪で人を殺せそうな気分だった。

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 朝の五時にみんなと別れ、早朝の高円寺をひとり歩く。ぼくはその日新宿で『バクマン。8:50の回を予約していたので、このままじゃ100%寝てしまうなと思いながら丸ノ内線に乗った。新宿のマックで三十分ほど仮眠をとってから映画を観たのだけど、面白かったので一瞬たりとも寝ませんでした。感想は以下のとおりです。絵はペイントで描きました。

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いまなんの脈略もなくふと思ったんだけど、朝井リョウの『武道館』でも読んでみようかな。 調べたところ、仕事の方は辞めてたみたいですね。ふーん。お疲れ。

 

 

 

小松菜奈という呪い。/『バクマン。』

 

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(Illustration by sakamoto)

 

バクマン。』を観た。大根仁監督の劇場用映画三作目となるそうです。記念すべき一作目である『モテキ』では女のためにあっち行ったりこっち行っする主人公が業界ノリな世界の中でヘラヘラしている感じにゲー!っとなったものの、続く『恋の渦』では監督の嫌味~な眼差しが物語に上手く作用していてかなり面白かったので気分はイーブン。で、今回の『バクマン。』。原作は大場つぐみ×小畑健の『デスノート』コンビが手がけた人気コミック。『デスノート』といえばロジカルな駆け引きのゲーム的な面白さが魅力ではあったものの、論破論破うるさい馬鹿なオタクが好きそうな大人げない話だと受け取っていたソリッドな感性のぼくは、同コンビの最新作と言われたところで食指も伸びずじまい。そのせいで今の今まで原作漫画もテレビアニメも一切見ていない状態だったのですが、信頼できる筋での映画『バクマン。』の評判があまりにも良かったのでサービスデイを利用して鑑賞。やられました。

 

信じられない数のアイディアを惜しみなく注ぎ込んで作られた作品で、至るところで気が利いている。冒頭に見せる週刊少年ジャンプの歴史からエンドロールの細かい芸に至るまで、あらゆる工夫が下地としてあるのでこちらも安心して物語にのめり込めるのだった。女の為に、という動機はあくまできっかけに過ぎず(最後までそのままだったら殺したくなっていたはず)、ライバルに打ち勝ちたいという思いから「漫画を描きたい」というエモーションに突き動かされる主人公たちには胸を打たれた。

 

ちなみにぼくも小学校五年のころに五ミリ方眼ノートに漫画を描き始め、ある程度たまったら友人に見せるということを繰り返していた人間だった。小六になると友達と一緒に自分たちのクラス版『バトル・ロワイアル』をスケッチブックに書き、クラスメイトをバンバン勝手に殺し合わせた上でそれを本人たちに読ませるという問題のある行動に出ていたし、中学に上がると今度は42人のオリジナルキャラを創作してまた『バトル・ロワイアル』を描き始めたのだけど、一緒に描いていた友達が中2で不良になったことを機に完結させるという目標は頓挫した。映画の劇中でも読者アンケートという残酷なシステムにより打ち切りになった漫画家であるおじさんのエピソードが出てきたが、ぼくはそのシーンを観ながら友達が不良になってしまったことを思い出したのであった。

 

役者陣の好演も印象的な今作。原作との印象が違う、と原作ファンが叫ぶ声を耳にしたりもするが、映画化に併せて調整したということなんじゃないかなと思うくらいに、一本の映画として観ている分にはなんの不満もなかった。実際には取材を断られたらしい連載会議のシーンなんて、俳優たちの演技による説得力で「こんな感じなんだろうな」と思わせてくれるところが素晴らしかった。

 

そしてなにより小松菜奈。映画『渇き。』では、関わる者すべてを闇に引きずり込むファムファタールを演じていた彼女だったけど、今作ではギャグっぽいくらいシンボリックなヒロインを演じており、とても可愛いなあと思いました。彼女が出てくるシーンでは決まって背景などがぼやけているので、もしかすると主人公の妄想の産物なのかもしれないとすら思えるところが“小松菜奈”力なのではないだろうか。

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まるで透き通るようだ

 

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はやく『富江』を撮ってくれ

 

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暑いのかな……

 

そんなこんなで映画『バクマン。』、すごく面白かったです。ほぼ徹夜状態での朝イチ鑑賞だったにも関わらず、一切寝落ちしなかったのはこの作品の持つ力に引っ張られたからだなのではないでしょうか。いや、そうに違いない。人によっては、この映画を観たあとは多幸感に包まれながら「なにかを作りたく」なるかもしれません。いや、そうに違いない。

 

大根仁監督の次回作にもご期待下さい!

 

 

 

 

正気でなんかいたくない!/『ハッピーボイス・キラー』

 

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『ハッピーボイス・キラー』を観た。『デッドプール』の公開も控えるライアン・レイノルズがちょっぴり変わった好青年、のような人を演じているっぽいぞ、くらいの予備知識だけで観たのだけどこれが本当に良かった。どれくらい良かったのかといえば、ぼくが映画のオールタイムベストを挙げる際に『パニッシャー:ウォー・ゾーン』に次いで名前が浮かんでくるあの大傑作『スーパー!』を思い起こしたくらい良かった。個人的に感銘を受ける類の映画だったのだ。なにに感銘を受けたのかというと、間違ってしまった人、それゆえに幸せにはなれなかった(ように傍からは見えちゃっている)人への優しい眼差しが感じられたのだ。

 

バスタブ工場で働く真面目な青年ジェリーはちょっと変。定期的に精神科の先生のもとへカウンセリングを受けに通い、自宅に戻れば口の悪い猫と慈悲深い犬と楽しくおしゃべり。もちろん犬猫が人間の言葉を話すわけないので ジェリーはなんらかの精神疾患に罹っている様子。まあいいんだそれは。今のご時世、珍しい話じゃないし。そんなジェリーは事務の女の子、イギリス生まれのフィオナに恋をした。社内パーティーで『Sing A Happy Song』に合わせたコンガ・ラインの場面なんて多幸感でいっぱいだ。勇気を出して食事に誘ったりとアプローチをかけてみるジェリーだが、そんなある日、予期せぬ事故が起こってしまうのだった。

 

主人公のジェリーは幼少期に大きなトラウマを抱えている。心を病んだ母親とそんな母親を煩わしく思う粗暴な義父との間で不安に苛まれ続けていた。彼はいまでこそ明るく振舞っているように見えるが、結局精神を病んだ状態は継続している。むしろ、正気のままじゃやっていられないのである。彼は薬の服用を意図的にやめており、脳内の天使と悪魔よろしく挑発する猫と牽制する犬の声に耳を傾けている。一度薬を飲んでしまえば犬や猫は言葉を発しなくなるし、糞尿やゴミにまみれた不潔で薄暗い最低な現実が目の前に突きつけられてしまう。

 

一度の過ちからズルズルとんでもないことになっていくジェリーだったが、正気じゃない彼の目から見た世界には悲壮感などない。露悪的なほどポップでキュートな世界で彼は歌い、笑い、愛し、悩み、時には涙するけど、現実というものは本当に足が速いのでそんなジェリーにもあっさりと追いついてしまうのだった。そんな彼が迎えた「ハッピーエンド」とそこに溢れる多幸感、並びに作り手の優しい眼差しにははじめこそ呆気にとられこそすれ、ぼくは馬鹿みたく泣いてしまった。この映画を観て改めて、主演がライアン・レイノルズなら『デッドプール』も心配ないなと思えた次第。こんなにも愛らしい「7:30」(『誘拐の掟』より)を演じられるのなら、好きなだけ暴れてくれって感じだ。しばらくThe O'Jaysの『Sing A Happy Song』が頭を離れなくなった。いまでもしょっちゅう聴いています。名曲。

 


The O'Jays - Sing A Happy Song (Philadelphia ...

いいから殴りたい

 

神様! 仏様! かんな様!

ちっちゃいけど、態度はデカイ!

橋本 環奈

 

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Gnarls Barkley - Crazy - YouTube

 

もはや死体と区別がつかない。尋常じゃない睡魔に襲われ平気で何時間も寝てしまうし、あれやりたいこれやりたいと思いこそすれ、いざ実行に移すと脳みその真ん中にある拳大の鉛が急に重みを持つかのように愚鈍になる。こうやって「なにも捗らない」の一言で済むことを長々書き連ねるくらい馬鹿。アホ。短気。ごうじょう。どん感。どじ。人とか殴りたい。でも痛いのも責任を負うのも嫌。そんなぼくは今月発売の「新潮」を書店で立ち読みし、新潮新人賞の最終候補者名簿に自分の名前が載っていないことを確認して「死ね」とつぶやきました。今年の二月、帰省していた大学生の弟から聞いた話を参考にしつつ、自分が大学生だった時から温めていたアイディアを煮詰めて書いた小説だったのに、と悔やむのも無駄なのだ。ふざけんなという思いを忘れず、自分の本当にできる範囲で出し惜しみによる遅延を避け進み続けるしかないのだ。ほぼ死体ながら。

 

先週『アントマン』を観た。べらぼうにゴキゲンだった。ぼくは幸いにも大学時代にMCUの世界に触れていたので、新作が発表されるたびに心が踊り、同時にとてもリラックスした状態にもなれるんだけど、『アントマン』はここのところの流れとはまた違った飄々とした態度の中にしっかりしたクオリティが保たれていて、そこがとにかくカッコよかった。シリーズのスケールが異様な広がりを見せるなら、ミニマムな話だろうと主人公を小さくすることででスケールを演出すればいいというスマートなアイディア。天才。こういうカッコよさに憧れてしまう。

 

先々週、あるいは先先々週かもっとまえの土曜日、沖縄出身の同級生があつまる飲み会が新宿で催されたので参加してきました。落語家がいたりバンドマンがいたりお笑い芸人がいたり鬱病がいたり無職がいたりと非常にバラエティ豊富な飲み会。参加メンバーが多種多様であっただけで、特別なにがどう楽しかったとかはなかったけれど、結局みんな始発まで過ごしました。同級生の誰が誰と結婚したとか、誰が逮捕されたとか、そういう話が一番盛り上がるような歳になってしまったことを痛感した次第です。

 

最近、平山夢明の小説を読み返していて思ったのですが、この人は本当に「厭な人」の描き方が神がかっていると改めて感じ入りました。ヤクザ、不良、クソガキ、毒親、教養水準の低い田舎者、キチガイなど、多種多様な「厭な人」を謎の実在感を維持したまま描けるのは才能としか言いようがありません。いまは平山夢明の「厭な人」テクニックの習得に向け、著作を読んではメモを取ったり、駅前までフィールドワークをしたりしています。いまのは嘘だけど、平山氏の『しょっぱいBBQ』と『無垢の祈り』は何度も読み返し「すげー」とつぶやいています。『無垢の祈り』は短編集『独白するユニバーサル横メルカトル』に、『しょっぱいBBQ』はこのブログでも紹介した短編集『他人事』に収録されていますので、ぜひ読んでみてください。

 

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ある日突然謎の能力を手に入れた主人公が公安や過激派やヤクザや殺し屋に追われながらクラス会に出席するべく居酒屋に向かうという話を1日で書き上げようと着手してからもう三週間ほど経ちました。なにも思い浮かばないというよりは書いていて楽しいから広がるだけ広げてストレスなくずっと浸っていたいと思っただけで、射精を我慢してずるずると間延びするオナニーにとてもよく似ている。低賃金で働く人々が副業で殺し屋をやっているという設定にしたり、女子大生が風俗でバイトしちゃうような感覚で殺し屋やってるとか、そういうことを考えながら街を歩いているときは最高に楽しくいそいそしてしまいます。実家に電話しなきゃなあとかも、たまに考えます。

 

近所に「おさせ」と名付けた人懐っこい野良猫がいるのですが、こいつが本当にかわいい。野良猫界のマーゴット・ロビー。すっかりぼくに懐いてくれているので、おさせの前を通りがかるだけで、向こうから走り寄ってきてくれます。しっぽの付け根を執拗に撫でることで、おさせが身をよじったり地面にべたーっと伸びながらニャンニャン鳴く様を眺めるのが心から楽しい。たまに興奮してなのか爪を立ててきたり甘噛みしてくることがあるんだけど、猫に詳しくないのでなにを言いたいのかはわかりません(意図せずしっぽを踏んだときは本気で噛み付いてきました)。おさせの生息するエリアには、毎日決まった時間に猫に餌を与えにくるおばさんが現れるのですが、その人が現れるや否や、おさせはぼくを置いて餌を食べに飛んでいってしまいます。ああいやだ。自分に価値があると信じて疑わない人間みたい。そういうときのおさせは、本当に薄汚い野良猫にしか見えない。実際、清潔ではないのだろうが。

 

そんなこんなでここ数日、体調の優れない日々を過ごしていたのですが、いまはなんだかすこぶる元気。鶏肉を食べたことによりセロトニンが分泌されたことが理由だと思います。こういうことを忘れずに、次回もまた鬱屈とし始めたら鶏肉やカレーを食べ(チキンカレーなら尚良し)運動をしようと思う次第です。あと今気づいたんですけどこの記事が100個目の記事になるらしいです。そんなに書いてきたのか。みんな、いままで読んでくれてありがとう!これからも名伏し難い思い、綴っていくぜ!いま一番ムカつく俳優は三✕春✕。落ち着いてください。本当に嘘です。

おれたちゃパジャマがユニフォーム/熱血治験レポvol.1

 

 


Radiohead ~ You And Whose Army (Kingdom of ...

 

金が必要なのだ。虎の眼で東京の街をさまよい歩くぼくは、職なし金なし希望なし。何が正しいのかを判断する利口な脳みそも持ち合わせていないため、衝動的に人を殴り、殴られ、女を抱いた。こんな日々いつまでも続くはずがない。西村賢太の小説を読みながら恵んでもらっている布団の上で丸くなれていることに感涙しつつもこのままじゃダメだ、もうあの手を使うしかない、そう思い喜んで禁忌へと飛び込むことにした。上等だよ。おれは健康優良モルモットだ。

 

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①治験情報紹介サイトに登録

ぼくはまずインターネットで「治験」と検索した。世の中には治験の情報を紹介してくれるサイトがあるらしいので早速登録。ここで登録料なるものをとるサイトもあるようだけど、ぼくの選んだサイトではそんなものはなかった。タダで紹介してもらわなきゃ、モルモットになる意味がない。

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②治験情報紹介サイトから病院を選出

そもそも治験は「どこで行われているものなのか」を知らなければならない。大手製薬会社が市販する新薬のテストをしていたり、既存の市販薬の更新を行うためにテストをしたりなどもあれば、医療現場において薬の効果などのデータを取る際にテストを行うなど様々だ。ここでぼくは気になった実施団体を片っ端からネットで検索し、評判をチェックしてみた。その中で入院中の生活の様子など、なんとなくイメージを固めることもできるのだ。ぼくは評判の良かった医療法人の行っている治験にメールによる申し込みを行った。もちろん人数によっては選考から漏れることもあるのだけど、同時にいくつかの治験を行っている場合がほとんどなので、こちらの希望を伺いながらそれらのうちどれかに食い込めたりもする。2日ほどすると病院側から電話があり、ぼくは希望したやつとは違う治験に参加することが決まった。

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③事前の健康診断

 薬を試す上で、健康状態は重要である。ぼくははるばる治験会場でもある病院へと赴き、健康診断を受けた。身長体重から血圧、尿検査、心電図、採血といった感じだ。前日は夜の九時から絶食。大量の水を飲むよう指示があり、当日の朝も空きっ腹に2リットルほど水を飲むように言われていた。恐らく血がサラサラになるのだろう。看護師さんは若い女性が多く、ぼくは血圧で引っかかってしまった。「緊張してますか」と腕を揉んでくれる看護師さんに対して、頬を赤らめ乙女のようにウブな気持ちになった。この日は健康診断に併せて、治験で使用する薬の説明がある。冊子を渡され、どのような目的か、どういった効果がある薬か、副作用はあるのか、謝礼はいくらなのかなど丁寧な説明がなされる。ぼくが服用する予定の薬は、血中のなにかを上げるか下げるかする薬だった。副作用といえば、やや下痢っぽくなる人が出たり出なかったりと、そんな感じだった。日程は4泊5日を2回。通院1回。説明を受けながら、首の関節と拳を鳴らした。

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④入院までの日々

健康診断で無事に通過したかどうか、後日病院に確認の電話を入れなくてはならない。ぼくはなんと血液検査で引っかかってしまったので、再検査に赴いた。健康診断前は筋トレをするなと言われていたのに、ダンベル運動をせっせと行っていた結果が血中に現れていたのである。再検査をなんとかパスしたぼくはいよいよ入院に向けて身体づくりを始める。脂っこいものや塩分糖分を摂りすぎず、酒もダメ。カフェインも控えるように言われ、飲み物といえば水か麦茶。動物性タンパク質を摂りすぎることにより血中のなんとかが上がることも避けなければならないので、とても健康的な生活を送ることとなった。

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⑤入院当日

ぼくは入院生活に備えてあるものを用意した。それは古本だ。読みたいと思っていた本を買い込んで、日がな優雅に読みふけろうという算段だ。それからパソコンも持込み、創作活動にも勤しんでやろうと思った。結果、荷物は重くなった。本もパソコンもかさばって鬱陶しい。ちなみに入院中はむこうが用意してくれるパジャマに身を包むので着替えは行き帰り分持っていれば問題ない。そのかわり下着は山ほど持っていった(もらすかもしれないと不安だった)。

当日もぼくは水だけを摂取し、病院に到着して早々に尿、血液、血圧などを検査する。ここで引っかかったら当日帰宅を余儀なくされたりもするらしい。ぼくは問題なかったのでそのまま病室へ。部屋は共同。まずベッドにいくと用意されていたパジャマに着替え、番号の入った札を首から下げ、スリッパで院内を移動。スケジュール表が壁に貼られているので、それをチェックしながら空いている時間は基本好きに過ごさせてもらえる。もちろん運動はダメだけど、院内には漫画も数多くあるし、談話室的なところにテレビもあるので、時間はいくらでも潰せるのである。

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⑥入院生活

ぼくはとにかく持参した本や漫画を読み漁った。漫画で言えば『新宿スワン』を読んだ。『うしおととら』も読んだ。あとは適当にいろんな漫画の1、2巻を読んで次といったスタイルですごしていた。驚くべきことにゲームまである。プレステ2で『バイオハザード4』をプレイした。でもメモリーカードがないので、進んだところでセーブはできない。刹那的な遊び方である。

食事はお弁当が支給される。栄養バランスが計算されているので残すことは厳禁だが、おいしかったので問題はない。お風呂は予約表に記入して入るシステム。一人30分。洗面台はずっと解放されているので、顔はいつでも洗い放題だった。

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⑦薬

2日の朝に薬を飲んだ。粉薬で、決められた分量を残すことなくきっちり水で飲み下し、その後、何度も採血を行った。同じところに針をブスブス刺すわけにもいかないので、プラスチックの細い管を血管に刺しっぱなしにし、そこに通したチューブで定期的に血液を採取することとなった。ぼくは自分の血がチューブを出入りするさまを見ていると気分が悪くなったけど、見なければいいだけの話だ。前かがみになった看護師さんの垂れた前髪の揺れを眺め、ぼーっとすることに専念した。ぼくは末端冷え性なので、血の出が悪くなることが多々あり、その都度看護師さんに腕をもんでもらっていた。でも血管に管が刺さった状態で揉まれるとなると、素直に喜べるわけでもなく、ずっと平静を装っていた。生理食塩水でチューブ内の血液を押し返す際のひんやりした感覚は気持ちよかった。

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⑧謝礼

謝礼には様々な受け取り方がある。まず健康診断に赴くだけで交通費3000円が手渡しされる。お金をもらって健康状態を確認できるので、これだけでも素晴らしいことだ。

また、一度目の入院期間が終了し、退所する際にも10,000円が手渡しされる。残りは二度目の入院終了の際に、事前に伝えておいた口座に振込まれるといった手はずだ。もちろんこれは治験内容によって様々ではあるが、結果としてぼくは計10万近くの謝礼金を受け取ることができた。その間のぼくはというと、本を5冊読み切り、数々の漫画の冒頭部に触れ、たっぷり睡眠をとるなど、超健康的な生活を送っていたのである。

 

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ざっくりとここまで書いてきたが、以上がぼくの体験した治験の現場である。治験に参加したいけどなんだか怪しいので迷っている、そんな誰かの参考になれば幸いである。お金をもらって健康診断を受けるという最初の部分だけでも十分お得だと思うので、ぜひお試しあれ。ちなみにぼくは副作用か、女性に対してちょっと怒りっぽくなりました。

 

 

 

はい。私は向上心が高く、仕事の覚えも早い人間です。/『ナイトクローラー』

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『ナイトクローラー』を観た。主演はあのジェイク・ギレンホール。昨年公開されたドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の傑作『プリズナーズ』では事件の謎を負う「刑事」を演じるにあたり、チック症やフリーメイソンの指環、タトゥーなどといった設定を独自で付け足したとか言われている男だ。実際、本筋には直接関わりのないそれらの要素が、映画により濃厚な闇や物語の象徴性を漂わせることに成功していた気がする。そんな彼が一人二役で主演を張った同監督の『複製された男』にもガツンとやられたぼくはもうジェイク・ギレンホールに首ったけ。『デイ・アフター・トゥモロー』に出ていたことはすっかり忘れていたけど『エンド・オブ・ウォッチ』も最高だったし、なにより最新作の『ナイトクローラー』の予告で見せる気味の悪いギョロ目ルックもたまらない。これまた頼まれてもないのに12キロも減量し、一週間寝ずに過ごしたあと撮影に臨んだとか言われている。死ぬぞ!すごいけど早死にだけはしないでくれ。


映画『ナイトクローラー』予告編 - YouTube

 

主人公、ルイスは無職。偶然なことにぼくも無職であるからか、この時点でつい身を乗り出してしまった。彼は銅線などを盗んで販売することで生計を立てている後藤祐樹のような男。そんな彼が高速を移動中に、交通事故現場に遭遇する。そこにはカメラを持った男がいて、警察が怪我人を救出する姿を撮影していた。その男は報道専門のパパラッチa.k.a.ナイトクローラーで、「それって儲かる?」と訊ねるルイスに「儲かるぜ!」と男は返した。これだ!ピンときたルイスは盗んだ自転車を質屋に売り、その金でカメラと無線機を買う。警察の無線を傍受し、事故現場を撮影していく。刺激的な映像が撮れれば大金持ちになれるぞ!かくしてモラル無き無職のアメリカンドリームが、いま幕を開ける。

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今作の主役、ルイスは完全にサイコパスだ。人当たりだけはいい信用ならない笑みを終始浮かべ、ペラペラとどうでもいいことを捲し立て、欲しいものを手に入れるためなら手段を選ばない。後悔や反省とは無縁で、自尊心がすこぶる高く、Facebookに蔓延るような胡散臭い自己啓発文を暗唱し、わからないことはなんでもネットで調べる。ネットさえあればなんでもできる。ネットでわかることにしか用はない。彼にはそれで充分なのだ。

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身近にいたら絶対に迷惑なはずのルイスだけど、夜のLAを走り回る彼は残酷なまでに魅力的だ。安物カメラを片手に、車を飛ばし血まみれの犯罪被害者を接写する。テレビ局に売り込みに行けば、熟女プロデューサーがアドバイスをくれる。

「被害者は貧困層マイノリティじゃダメ。富裕層の白人が一番よ」

自らを「覚えが早い」と豪語するルイスは即ガッテン!夜のLAを徘徊し、数々の不幸にカメラを向ける。画的にショッキングであれば問題ない。ライバルパパラッチに先を越され悔しい思いをしても自分の信念を曲げずに邁進。そのモラル無きゆえの快進撃に不謹慎な高揚を覚えてしまうのも確かだ。自宅でコメディ番組を観るルイスが、オチからワンテンポ遅れて大袈裟に笑うシーンには寒気を覚えるが、それでも彼が次にどんな恐ろしい手を使うのかどこかで期待している自分がいる。彼には迷いがない。後ろめたさにもたつくこともない。目標への最短距離をあっさり選択してみせる。たとえそこに他者の不幸が多分に含まれていようとも躊躇なんて微塵も見せない。ルイスはみるみる衝撃的な映像を撮影し、周囲からの評価を得ていく。この世界は、彼のような人間が出世するには最適の場所なのだ。多くの欺瞞に目くじらをたてるのではなく、共犯関係に身を置くことこそ成功への近道なのかもしれない。そんなクソみたいな話信じたくはないけど、この映画はこの世界におけるそういった気の滅入るような真実を強烈に皮肉ってみせる。そこにまた不謹慎な高揚が伴っているのも心憎い。ルイスの目の前でショッキングな出来事が起こるたび、ぼくも恐ろしく興奮した。ラストに待つ展開なんて、わけもわからず涙が溢れてきたほどだった。

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おそらく本作は今年を代表する猛毒エンタテインメントになるので、現在無職でFacebookの友人の投稿に心を折られている人なんかはこの『ナイトクローラー』を観るといいでしょう。また、ブラック企業に勤め、「上の考えてることがわからない。最悪だ」と思っている人も、敵の側面に立って世界を観ることができるという意味でも『ナイトクローラー』を観るといいでしょう。現在の日本には上記二種類の人間しかいないので、みんな『ナイトクローラー』を観るといいでしょう。みんなもそろそろ、モラルが邪魔だと思っていたころでしょう。

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ここは最悪迎えに来て/最低田舎映画の世界

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ぼくは沖縄にあるサトウキビと芋ばかりの村で生まれ育った生粋の田舎者なので、小さい頃からジャスコに行くだけで高揚したし、オタクは気持ち悪いと思っていたし、世界がけっこう広いということを理屈以上に認識したことがあまりなかった。考えるだけ途方も無くなるので、考えないようにしていたのかもしれない。その後、北海道にある大学に進学し、思っていた以上に世界は広いということの片鱗を体感したぼくは、いろいろあって今現在田舎者を心の底から憎んでいる。ここでいう田舎者とは、かつての(そしてその延長線上である現在の)ぼくのような人間のことである。世界の広さから目をそらし、煮詰められた価値観を疑うより先に倣っているすべての人間への怒りで、腕立て伏せを日課にすることができた。客観視点を排することに躍起になるやつらには、ぜひとも自らの醜悪な姿を自覚して、陰気で内向的で毎朝発作的な不安に苛まれるぼくのような生き物に成り下がってほしい。ということで「悪しき田舎イズム」に対して冷ややかな視線を投げつける人々だって大勢いるということを再認識して精神衛生を保つためには、そういう創作物に多く触れるほかない。触れるほかないってこともないけど、おおっぴらに田舎の文句を言うよりは、物語に落とし込みその愚かしさ、腹立たしさを浮かび上がらせた作品の力を借りることで「ほらみろ!」と騒いだほうが粋だ。フィクションの良さはそういうところにある。今回は、ぼくの貧困な引き出しから頑張って五本を選出してみたので、一緒に性格の悪い田舎者に憤ろう。

 

 

 

 

〇『わらの犬
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言わずと知れた「田舎は野蛮」映画の金字塔。都会の喧騒から逃れるため奥さんの地元である田舎に越してきた気弱な男が、奥さんの元カレを含む粗暴で差別的で徒党を組んだ田舎者たちにひたすら嫌な目に遭わされるという散々な話。主人公を演じるダスティン・ホフマンはメガネをかけたインテリ風だけど背が低く愛想笑いを浮かべまくるいかにも気弱そうな男なのだが、田舎者の攻撃があまりにあんまりなため、映画終盤ではちゃんと激怒し、より強大な暴力をもって閉じた世界に風穴を空ける。しかしそもそも元をたどれば、この田舎の連中がみんな優しく、多様な価値観を受け入れ、乱暴なことをしてこなければこんなことにはならなかったのだ。自ら蒔いた種で破滅する田舎者たちを見て胸のすく思いになれること請け合いだ。

 

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ホフマンは激怒した。かまうものか!どんどん殺せ!

 

 

 

 

 

〇『ホット・ファズ 俺たちスーパーポリスメン!
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これも『わらの犬』と同じくイギリスの田舎で田舎者が悪いことをするので怒るという映画。ロンドンの敏腕警官であるニコラス・エンジェルは、周囲の嫉妬から「犯罪ゼロ」を謳うド田舎へと左遷される。かつての多忙な日々から一転、やりがいのないのどかな日々にテンション急降下のエンジェルだったが、その優れた嗅覚はこの村に潜む不穏な空気を逃さなかった。連続して起こる陰惨な殺人事件がすべて事故として処理されていく中、ニコラスは恐ろしい真実へとたどり着くのである。まあ田舎者の「見栄っ張り」さが「排他的」な空気を過剰にして多くの被害者を生んでいたという話。そもそもこの物語自体、先述した『わらの犬』へのオマージュも多分に含んでいるため、ラストには派手な反撃が待ち受けていて気分爽快。本作の監督であるエドガー・ライトが映画監督として大成する前に、鬱屈とした気持ちを抱えながらバイトしていたというスーパーマーケットが銃撃戦の舞台になっているなど、おらが村への恨み節が炸裂していて胸が熱くなる。悪い田舎は、フィクションの中でくらい遠慮なくめちゃくちゃにしてやろうではないか。やる気がみなぎってくるゴキゲンな一本だ。

 

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田舎者はすぐに徒党を組んで襲って来るので、これくらいの装備でちょうどいいのである。

 

 

 

 

〇『野良犬たち』
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続いては韓国からの一本。博打で借金の山を抱えたり、先輩の奥さんを寝とったりしている不良記者が失踪した先輩記者のあとを追って「犯罪率ゼロの村」に赴くという話。ってこれも『ホット・ファズ』パターンで、「田舎者の見栄」の裏には大抵汚いものが隠れているという話である。優れた韓国映画には自国に対する批評的な視線が備わっているものだが、今作も閉鎖的で男尊女卑上等の世界を容赦なく描くし、弱者に尊厳なしと言わんばかりの極悪非道な物語が展開する。なんでも実際に韓国で起こった知的障害児童性暴行事件をモチーフにしているのだとか。本作の日本版キャッチコピーが“「クズ」を見抜くのは、同じ「クズ」!”という威勢のいいものだったが、秋田の無医村にマッドサイエンティストライクな医者が派遣されたというネットの一部で話題になっていた話を思い出したりもする。

【悲報】 医者いじめで有名な秋田の上小阿仁村に乗り込んだマッド医師・西村勇さん、たった一ヶ月で退職 また無医村へ | ニュース2ちゃんねる

田舎を代表とした閉鎖的な空間は、いとも簡単に悪感情の温床となり得ることを忘れずにいたいものだ。

 

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都会のクズvs田舎のクズ。数と地の利は田舎側にあるのであった……。

 

 

 

 

〇『丑三つの村

 

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いよいよみなさんお待ちかね!我が国の田舎っぺだって負けちゃいない!本作は昭和13年に岡山県で起こった「津山三十人殺し」を題材にした物語。(参照:津山事件 - Wikipedia)村一の秀才で、ここのところエッチな奥様方相手の夜這いも覚えた犬丸継男は、結核を患ったことにより徴兵検査に落ちてしまう。それをきっかけに社会的落伍者の烙印を押され村八分に見舞われる彼は、現実から逃れるように夜這いに耽るが、女たちもやがて彼のことを「役立たず」とあざ笑う。時を同じくして、継男は村の男たちが、夜這いに訪れたよその若者を集団で暴行し殺す様を目撃してしまう。死体は首吊り自殺を図ったかのように偽装されており、いずれ自分も「村の平穏」のために殺されてしまうのではないかと恐れた継男は、ポンプアクション式のショットガンと日本刀で武装、村人への復讐を決意するのであった。閉じた世界でもがく青年の凶行を描いた本作、自己実現も叶わぬまま惨めな目に遭い続け、逃げる場所すら見失った末の怒りが血飛沫とともにほとばしる。女優陣がひたすらエッチだったり、2003年に自殺した古尾谷雅人の「本当は悪い人ではないのに……」と思わせるどこか不憫な佇まいが、凄惨な殺戮に悲哀を添えている。丘の上から村を望みながら「皆様方よ、今に見ておれで御座居ますよ」と呟くシーンがかなり印象的だ。実際の事件でもそうだったらしいが、普段から悪口を言わなかった者には手をかけないなど冷静な面も見せる継男の姿に、「人の悪口は言うもんじゃない」という至極当たり前のことを痛感する。田舎者に限ったことではないのだが、田舎の人にこそ特に気をつけていただきたいものである。

 

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「皆様方よ、今に見ておれで御座居ますよ!」
 

 

 

 

〇『松ヶ根乱射事件
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本特集最後の一本にして陰湿度では他の追随を許さない純国産最低最悪田舎映画。1990年代前半、日本のどこかにある寒い田舎に双子の兄弟がいた。兄は一度上京するもすぐに戻り、実家の牧場をかな~り適当に手伝っている無職気質。一方で弟は立派に警察官となって松ヶ根駐在所に勤務しており、フィアンセとの結婚もそろそろな感じ。ある夜、兄がドライブ中に女の人を轢き逃げしてしまったことから繰り広げられる「事件」に併せて、おぞましく滑稽な田舎の日々が淡々と描かれていく。外部からやってきた闇と内側で蠢いていた闇をじめっとしたユーモアで見せてくれる本作は、「田舎って最悪じゃん……」と思うには充分すぎるほど露悪的で最高だ。知的障害を持っているっぽい女に関連するエピソードなんてどれも本当におぞましいし、ぐーたらな兄とは対照的に世間体を維持しようと躍起になる弟に隠されたある闇が浮き彫りになりだすころには、逃げ出したくなるほどの緊張感にからめとられているはずだ。本作ではタイトルにもあるようにラストである「乱射事件」が起こるのだが、静かに精神の崩壊を迎えた彼が撃ち抜いたのは他でもない「松ヶ根」という空気そのものなのかもしれない。序盤で示される「これは、実話に基づいた話である」という嘘や、辺鄙な田舎に邪悪な存在が現れてとんでもない事態になるという要素などは諸々日本版『ファーゴ』とも言えるが、その後ろに広がる「松ヶ根」という底なしの闇は、ぼくらの生活するこの国のどこかに、いまも確実に存在していると思わせる説得力がある。「松ヶ根」はぼくらの胸の奥に存在する「悪しき田舎」そのものだ。田舎名物である精神病から「みんな知ってんだよ」という一発で足元を揺るがせる強烈な台詞が飛び出す本作をもって、本特集の幕を下ろそうと思う。

 

 

いま現在、いわゆる概念としての「田舎」にお住まいで、ありとあらゆる閉塞感にもがき苦しむ人がいたとして、その人たちがここで挙げた映画に興味を持っていただけたら幸いに思う。どれも「暴力による突破」がメインで描かれてはいるが、そこから何らかのエネルギーを受け取って、空を覆う厚い膜に怒髪で風穴を空けてほしい。みんながみんな「それでいい」だなんて思っていないことを忘れないでほしい。世界はそんなに狭くないのだということを何度も思い出してほしい。無力な自分が嫌になるが、なによりお金があればなんでも解決できるので、宝くじとか買ってみてほしい。本当に勝手ながら、どうか、あきらめないでほしい。

 

 

ぼくが心からそう願うこの瞬間も、田舎者はお茶をすすりながら陰口を叩き、閉じた世界で邪悪な宇宙を創造しているのである。

 

 

 

 

ふざけやがって。

 

 

 

 

 

     

 

お母さん、セミナー以外の趣味を見つけて


DONOVAN- ATLANTIS - YouTube

 

ちょっと前だけど『子宮に沈める』というDVDを観た。2010年、大阪でマンションの一室に閉じ込められたふたりの児童が餓死した事件を元にしている映画だった。母親がいなくなり、部屋に残された幼い姉と乳児の弟二人だけの生活をBGMもなしに淡々と描いていて、正視に耐えない緊張感に満ちた壮絶な映画だった。虐待する親はぶっ飛ばすと繰り返してきたぼくだけど、親を追い詰める環境こそなんとかするべきだしじゃあもうどうすればいいんだろうという途方もない気持ちになった。とはいえ世の中には「親だってかわいそうなのだ」という論旨が通用しない「何も考えていないだけ」の人たちもいて、本当に難しい。一筋縄でいかない問題を徹底的に無視して生きていけたのならどれだけいいだろうと思わなくもないけど、それじゃあ人間として生きる意味もない気がしてくる。だからもう迷うことなく人を愛していくしかないんだ。バカバカしくて恥ずかしいことをそれでも率先して実行していく人間が必要なのだ。

 

ちなみに『子宮に沈める』のすぐあとに『エヴァリー』というDVDも観たのだけど、こちらは娘のために血眼になってヤクザを殺しまくる母親が主人公で、世界の広さを痛感した。

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↑ 『エヴァリー』よりヤクザにマシンガンを撃ちまくるお母さん

 

虐待もそうだけど、危機的状況にある人に対してなにができるかというのは永遠の課題である。無根拠な「大丈夫」を繰り返したって人は救われないし、問題の根源に対して暴力をふるうのは現実的じゃない。じゃあどうすればいいのかといえば、とにかく自分が今いる世界を閉じたものにしないことがなにより重要なのかもしれない。閉じた世界の重たい扉を、内や外から開けることのできる力をもたなければならない。多くの知識とか経験がその力なのかもしれない。それが備わっていない間は、世界が閉じないよう、息継ぎを欠かしてはならない。

 

去る日曜日、某駅前のベンチに腰掛けていたら帰宅途中と思しきサラリーマン風の男に声をかけられた。「ちょっと聞きたいんだけど、この辺詳しい?」とその男は言った。「詳しくはないですけど、なにかお探しですか」と言うと、その男は「このへんにハッテン場ってない?」と言った。いや嘘だろ~……!と思いながら「ちょっとわかんないです」と言うぼくに男は続ける。

「行ったことある?新宿二丁目とか」

「ないです。すみません」

なぜかぼくは謝っていた。

「誘っちゃおっかなあ……」

不意にそうつぶやいた男は人差し指をぼくの股間めがけて突き出してきたので、反射的に腰を引く。「いやいや……」小さな声でぼくはつぶやいていた。そんなぼくを残し、男は駅から続々と出てくる人の流れに乗って夜の街へと消えていった。ぼくは今しがた自分の発した「いやいや……」という声の情けなさを思いながら、男とは反対方向へ走って逃げる。何度も後ろを振り返った。やがてたどり着いたゲオに入ると、迷わずアダルトコーナーへと向かい、ソフトオンデマンドの新作エリアでじっとした。ぼくの気持ちは完全にふさぎ込んでいたし、絶対に開いてなるものかと思っていた。そういうぼくを誰かが助けるべきだとも思った。できれば男以外の人が。

 

結局、自分は傷ついた人を助けることなんてできないという諦観に身を委ねるのは楽なことかもしれないが、そんなやつにくれてやる愛などこの世にない。世界を開くことで憎悪とか悪意とか無邪気な暴力が入り込むかもしれないが、同じように愛を受け入れることだってできる。

 

今日の夕飯としてさっきもやし炒めをつくったんだけど、賞味期限が今日までだったせいかちょっとだけ酸っぱいような気もする。あと橋本環奈のCMが続々流されているが、どれも最高でちょっと怖い。

ブローグではなくオックスフォード/『キングスマン』

「マナーが人を作る Manners Maketh Man」 

ハリー・ハート

 

今年は「絶対いいはずだ」と観る前から確信してしまうような映画が目白押しな気がするが、その中でも『マッドマックス 怒りのデス・ロード』 に次いで個人的に期待値を高めていたのがこの『キングスマン』だった。監督は『キック・アス』 のマシュー・ヴォーン。原作はマーク・ミラーのアメコミで、夢も希望もない街のチンピラが秘密組織にスカウトされ訓練を受けることにより最強のスパイになるというもの。同じマーク・ミラー原作で映画化もされた『ウォンテッド』 も冴えないサラリーマンが秘密組織にスカウトされて最強の殺し屋になる話だった。いいのだそれで。ここじゃないどこかへ連れて行ってもらい、そこで華々しく暴れる物語はみんな好きだ。ぼくも大好きだ。『シンデレラ』に憧れる女の子がいるように、ここじゃないどこかにまだ見ぬやばい世界があって、そこで暴れることを夢見ている25歳の無職だっているのだ。

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幼い頃に父を亡くしたエグジーは、大学を中退し母と同居している無職。まずここで泣かずにはいられない。家には二人目のパパもいるが、いい歳して子分を引き連れている地元ヤクザなので、子供の目の前でセックスをおっぱじめるしDVだってお手の物。クソみたいな環境から脱するための仕事もなく、自己評価も下がる一方なのでとりあえずグレている。盗んだ車で走り出したはいいものの、害獣指定のキツネを避けて事故を起こす始末。お先真っ暗だ!消沈する彼のもとにひとりの紳士が現れる。彼の名はハリー・ハート。高級テイラーキングスマン」の仕立て職人にして国際諜報機関のエージェントだった。

「マナーが人を作る」とハリーは言う。

「『大逆転』という映画を観たことある?」

「ない」

「『ニキータ』は?」

「いや……」

「『プリティ・ウーマン』は?」

「……」

「まあいい。人は生まれじゃない。私は君をぜひともキングスマンにしたい」

「『マイ・フェア・レディ』みたいに?」

かくしてやさぐれエグジーは精鋭紳士キングスマンになるべく過酷な試験を受けることになるのだった。がんばれ無職!試験に受かって世界を救え!

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貧しい労働者の家に生まれ、肉体労働を転々としていたショーン・コネリーが後にジェームズ・ボンド役に抜擢されたように、粗暴な若者にスーツを着させ、紳士へと成長させるスパイ映画がこの『キングスマン』だ。キングスマンであるハリーは、自己評価の低迷に喘ぐエグジーに紳士たるマナーと自信を与え、新世代を担う立派なエージェントへと育てていく。 今作は本当にスーツが色っぽくフェティッシュに撮られていてかっこいいし、それを身にまとい大暴れを繰り広げるエージェントたちを見ているとその様式美に陶酔せずにはいられない。

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演出面でもマシュー・ヴォーン監督お得意の不謹慎なケレン味で溢れている。部位破壊や人体切断などのバイオレンスシーンだって下品になる一歩手前の涼しげな見せ方をしているし、全体に漂うそこはかとない余裕とすました雰囲気が英国紳士の佇まい然としていて心憎い。なによりマシュー・ヴォーンはここ最近のスパイ映画がリアル志向に全力疾走している現状へのカウンターとして今作を遊び心あふれる楽しいスパイ映画にしているみたいなので、そういやあんまり見なくなってきているなあと思っていた秘密兵器も数々登場する。防弾スーツに防弾傘、毒針シューズにライター型手榴弾から電気ショック機能のついた指輪までバラエティに富んでいる。キングスマンの使用する銃がトカレフなのはちょっと不思議だけど、これだってただのトカレフじゃない。バレルの下にショットシェル用の発射器がとりつけられているゴキゲンな代物。とんでもないなあ。

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↑ とんでもなさ

 

スパイ映画に欠かせないのは「とんでもないことを目論む悪役」だけど、今作の敵はサミュエル・L・ジャクソン演じる黒いスティーブ・ジョブズ。世界を良くしようと真剣に考えるIT成金の彼は、「人類こそ地球のウイルス」という考えに行きつき、世界規模の大殺戮を計画する。一方でこいつがなかなか憎めない。血が大の苦手で目にするだけで吐いてしまう繊細な性格であり、ハンバーガーをこよなく愛するリベラルなアメリカ人なのだ。

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↑ ニューヨークヤンキースのキャップをいつもかぶってるよ。モデルはラッセル・シモンズだって

 

さらに悪役の側近としてキャラの立った殺し屋を用意するのも忘れない。ガゼルは両足にブレード付き義足を装着しており、ぴょんぴょん飛び跳ねながら敵をバラバラに切り刻む女版殺し屋1。顔がブルース・リーに似ているのも最高だ。

 

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↑ 愛想はいいよ

ラストは世界中が大混乱に陥ったり秘密基地が登場したりたくさん人が死んだりするので本当にお祭りのような高揚感に酔いしれることができる。相変わらず派手なアクションシーンでの選曲がゴキゲンだった。ぼくは『キングスマン』鑑賞以来ずっとKC & The Sunshine Bandの『Give It Up』を聴いて踊っています。


Give It Up - KC & The Sunshine Band - YouTube

 

今作『キングスマン』は9月11日に公開されることが決定しているそうです。今回ぼくは試写で一足先に鑑賞させてもらったのだけど、それだけでもラッキーだというのに、なんと試写終了後にトークショーまで開かれたので驚いた。そこには敬愛する映画秘宝アートディレクターでありライターの高橋ヨシキさんをはじめ、脚本家の中野貴雄さん、映画監督の松江哲明さんが登場。マシュー・ヴォーンの生い立ちもこの映画と重なっていることや、スパイ映画の醍醐味という点から楽しい話を約三十分ほど聞くことができた。最高だ。「金持ちが大勢死ぬ映画は最高」「映画の中でくらいスカっとしよう」など頼もしい発言まで飛び出し大満足。

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興奮冷めやらぬ思いで上映室を出て、スタッフに劇中の暗号を伝えると傘と非売品プレスをもらえました。KADOKAWA最高。『涼宮ハルヒの消失』 を観たときからずっと大好き。ぼくは夜の飯田橋で中華そばを食べて帰りました。最高の誕生日だと思いました。

 

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ちなみにそれはバンジージャンプではない

 

修学旅行の夢を見た。三津田信三の『作者不詳 ミステリ作家の読む本』という分厚いお化け小説を読んでいるうちに寝落ちしてしまい、真夜中に目覚め、自分が北枕で寝ていたことにゾッとしたあと二度寝した。夢の中でぼくはちゃんと高校生だったが、登場した友人は落語家で、ちょっとした休みを利用して参加した、みたいな態度がムカついた。所詮は夢なのでいざどこへ行ったなどという重要なところは一切登場せず、気が付けば最終日、バスターミナルで解散した生徒たちがぱらぱらと散っていく中、ぼくはしばらく友人とベンチに座って寂寥感を噛み締めたあと、家に向かって歩き始めた。楽しい時間の終わりに直面しているのに、流れる時間に為すすべもなく、でもまあいいか、またなにか楽しいことでもあるだろうと思う、あの感傷や諦観が凝縮された夢だった。

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バンジージャンプする』という2001年公開の韓国映画を見た。主演はいまやハリウッドでも活躍するイ・ビョンホン。ヒロインには2005年に24歳の若さで自殺したイ・ウンジュ。以前から「この映画はやばい」という評判を耳にしていたのだが、最近感受性が著しく鈍化しているぼくはこの映画を楽しめるのだろうかと不安だった。結果から言えばできた。物語前半は、公開当時大ブームを巻き起こしていた『冬のソナタ』にも通じる淡い恋物語。大学生のイ・ビョンホンが、ある雨の日に相合傘をしてバス停まで送っていった名も知らぬ女性に一目惚れするのだが、なんとその人は同じ大学の彫刻科に在籍していて……というものだ。いろいろあって付き合うようになったふたりは愛を深めていくのだけど、中盤から物語は17年後に飛び、国語教師となったイ・ビョンホンの日常を描いていく。ここから物語は「おや?」という方向に進み出すのだけど、興味のある人はぜひ観てほしい。ぼくは真綿で首を締められるように狂気に侵食され、見終わるころには寒気すら覚えていた。日本の映画やドラマに出てくるキチガイといえば、目を見開いて呼吸を乱し、刃物を力強く握りながら舌を出して凄むのが常だけど、この映画はその対極にある佇まいだ。穏やかで落ち着いていて警戒心を抱かせない佇まいの人がいて、ついこちらもその人の話に耳を傾けるんだけど、別れ際の挨拶のときになってようやくそいつが完全に壊れている人間だったと発覚するみたいな、そういうどんでん返しを味わった。いったいどういう気持ちで作ったんだろう。まったく察せなくてとにかく怖い。

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先週木曜に同級生と成増で飲んだ。彼はいま埼玉に住みながら俳優を目指しているらしい。映画を一切観ないのに園子温の映画にエキストラで参加したり、園子温の個展にスーツを着て赴いてスカウトを期待してそのまま帰ったりしているアクティヴな男だ。ビールを飲みながら共通の友人である落語家(夢のあいつ)のことを「妙な説教癖がある」と馬鹿にして過ごした。入った沖縄料理屋の窓からは、向かいのビルにあるトレーニングジムが見えた。屈強な黒人がバーベルを上げ下げする様を眺めていると、不意に友人が「おれもう筋トレしてないよ。頑張ることをやめたんだ」と言い出した。彼はぼくの知る人間の中でも、一・二位を争うほどの筋トレお化けだったはずなのに。理由を尋ねてみると、彼はある日ふと、自分は自信がないから筋トレをしているんじゃないのかと思ったらしい。怖かったから筋肉が欲しかったんだ。おれはもうそいう頑張りをやめたとゲラゲラ笑いながら言うのである。ぼくはその夜以来、筋トレを始めることにした。頑張れるやつが頑張るのをやめた今こそ頑張らなきゃ、ぼくは一生頑張れる人間には勝てない。勝てるうちに勝っておかないと、負け癖はついてまわる。ぼくはもう本当に頑張るし、引き算ばかりのやりとりもやめるし、全員殴る。

 


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『マッドマックス 怒りのデス・ロード』を観……た……!

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去る6月20日(怒)にマッドマックス 怒りのデス・ロード』IMAX3D版を鑑賞したところ、ぼくのIQがグングン上がってしまったため、今回の記事はとりたてて知性に富んだ内容となっているかと思われます。

 

鑑賞前より、試写等で鑑賞していた方々から発せられる「素晴らしい!」という賛辞の嵐に見舞われたぼくの心はすっかり貞操帯をつけられた美女のように潤いつつも固く強張り、「期待する恐怖」に震える夜をいくつも過ごす羽目となりました。もちろん予告の段階で目の覚めるような映像の乱れ打ちに血圧を上昇させていたのですが、とはいえ、とはいえと臆病風に吹かれるぼくは血圧を抑えるべく毎日水を大量に飲み始めた始末。水が貴重となった世界を描く『マッドマックス』を、まるで挑発しているかのような愚行。ぼくはすっかりボロボロだった。

 

いま思えばなんて馬鹿な男なのだろうと、自分をあざ笑うことだけで腹筋が割れてしまいそうだ。この映画はぼくのチンケな不安なんてハナから相手になどしていない。ものすごい勢いで突き進み、衝突し、突き破り、突き破り、突き破り続ける暴走車のように、ぼくの頭の中の取るに足らない雑念たちをスクラップへと変えていった。

うわああああああああああああああああ!

いまの咆哮に意味はない。ただ叫びたかったから叫んだまでだ。何度だって叫んでやる。ほら!(いまこれを書きながら叫んでいます)。人生最高!

 

まず驚いたのが、今作がとても美しい映画だったというところ。鑑賞前はこれでもかと野蛮で猛々しく残酷な映画だと思っていたし、実際に違うわけではないのだけど、本当に息を呑むほど美しい場面も山ほどある。むしろ野蛮で残酷で猛々しいシーンほど、そこに溢れる衝動たちに胸を打たれ美しく感じる。そうしたいと思ったら走るし飛ぶし殴るし蹴る。それで何が悪い。叫ぶしぶつけるし奏でてやる!ワー!!!みんな死ね!

 

この映画、誰ひとりとしてモタモタしない。序盤、烙印を押されそうになるマックスが砦の中を逃げ回るシーンですでに早回しが使われていてどんぐり眼。人の追いかけっこなんてカーチェイスに比べたらそりゃスピードの面で遅くなるのは当然なはずなのにワー!!!もう早い!もちろん狂気の改造車が入り乱れるチェイスシーンはとにかく衝突、大破の乱れ打ち。人間が車外にいるのは当たり前!ぶつかりゃ飛んでいくけど仕方ない!砦の支配者イモータン・ジョー率いる「ウォーボーイズ」は名誉の死を誇りとするマッドなやつら!みんなよく観てろ!派手に死んでやるぜ!ワー!!!本当に死んだ!!!

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この映画、例え敵であろうともその行動にこちらの感情が揺さぶられてしまうところが実に良い。大勢で出撃したかと思うとその中の一台に大量のドラムが備え付けられていて、士気高揚のためにみんなでドンドコやっているシーンなんか笑いながらも興奮で目に涙が浮かんでくる。なによりあのギター野郎!ずっと弾いてるんですけど!炎も出る!偉い!劇場にいた軽音部たちが嫉妬の炎を燃やしていた。

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 ここでマックスの魅力についても触れておきたい。今回はシリーズ初のキャスト変更がなされており、オーストラリアの暴れん坊メル・ギブソンからイギリスの多動野郎トム・ハーディにバトンが渡されている。かすれた声で愚痴をこぼしたり女相手だろうと容赦のない取っ組み合いを観せる一方、視線を交わすことで意思疎通を図ったり、渋い顔で遠慮がちに親指を立てるなど「森のくまさん」のような愛らしさを放ってみせる。美女たちに囲まれても「おれに構うな!」と警戒を解かない少年性も素晴らしい。あとこれに触れないわけにもいかないのだが、気高き女戦士フュリオサとの激しい攻防の末、奪い取ったグロックを自らの太ももでワンハンドコックしてみせるシーンの手際なんてワー!カッコイイ!!!献血をしたあとなんかは激しい運動を控えるように言われるものだが、生きた血袋にされていたはずのマックスは管を外した直後だろうと休むことなく激しい動きを見せまくっていた。彼が世紀末ヒーローたる所以なのである。

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女性陣の活躍も今作における重要なファクターだ。イモータン・ジョーからの信頼も厚い女戦士フュリオサ、演じるシャーリーズ・セロンの熱演も相まって本当に高貴。左の義手もかっこよく、目的地を目指し邁進する姿は今作のMVP間違いなし。ジョーの美人妻軍団もさることながら、シャーリーズ・セロンの美しさ(かっこよさ)は際立っていた。マックスの肩を銃座にして狙撃するシーンがすごく良いですね。ちなみに美人妻軍団の中では、個人的にあの白髪の生意気そうな人が好きです(オリジナルの祈りを見せたり、ある人物に植物の種を抱かせてあげる優しさで涙……)。

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ここまで今作の勢いのいい点ばかりを挙げてきた。しかしこの映画、荒々しい戦闘が去り、夜が訪れるや否やハッと息を呑むようなブルーに包まれる。束の間の静けさには荘厳さすら感じる。今作は映像がとにかく美しい。日中でも真っ青な空と黄色い砂地のコントラストが映え、加えて真っ赤な爆炎が添えられる。だからずっとリッチな気分!

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まだまだいいところは山ほどある。ぼくは観ているあいだずっと興奮で感極まり、ついには一瞬だけゲロを吐きそうになったほどだ。でもここで一から十まで論うのは野暮だ!というか、観ればわかる!観なきゃわからない!ストーリーもちゃんとある!怒り、拳を固く握るはずだ!触れていないトンデモ要素も山ほどあってウワーオとなること請け合い!ちょっとでも気になるのなら劇場に急いで損はない(はず)なのだ!

 

ちなみにぼくはあと数回ウワーオとなる予定でいる。今作の鑑賞後、震える足を引きずって歌舞伎町のキャッチロードを歩いていると、高音で笑いながらキャッチの腕を掴んで離そうとしないマッドネス・ババアを見かけたのですが、「なんか物足りないなあ」と思う程度にはIQと精神のタフネスが向上します。つまり観れば観るほどどんどん賢く、どんどん強くなる。まるで『さんねん峠』みたいな映画ですね。これを観たあとなら『スカーフェイス』のクライマックスのような大暴れも可能!心の中のイモータン・ジョーに「Say hello! My little friends!!!」と言いながら何も持たずに飛び蹴りしましょう。困っている人がいたら力を貸し、立ちはだかる敵に対しては始めこそ逃げちゃったとしても戻って皆殺しにすればオールオッケーなのだ。またひとつ生きる技を映画から学んでしまった。とどまることなくこのフューリーロードを突き進んでやろうではないか。