MidnightInvincibleChildren

書き下ろし短編:『水泡にキス』

「え? コスプレイヤーの陰毛?」
 ひなこの第一声に驚愕したぼくは、思わずその言葉を声に出して繰り返す。網の上で焼けていくカルビからは煙がもうもうと立ちのぼっているが、その向こう側で彼女が「うん」と頷く。ひなこはつい先日、駅前を歩いているときにコスプレイヤーを見かけた。その人物はセーラー服を身につけていたが、どこからどう見ても現役の女子高生には見えなかったそうだ。彼女いわく、化粧の仕方でだいたいわかるもの、らしい。遠巻きにその女の子を眺めていると、ひなこは不意に自分が何をしようとしていたのか思い出せなくなったという。
「駅前を歩いていたんだから電車に乗ろうとしていたんじゃないの」
 シーザーサラダを食べながら言うぼくだったが、その態度に自分が軽視されている雰囲気を勝手に感じ取ったひなこは、むっと膨れて首を振る。
「ちがうよ。そのときは駅から出てきたばっかりだったの。でね? なんだっけなあ、どうしよう、わかんないなあと思っていたら、ふとそのコスプレイヤーと目が合ったの。で、その瞬間、あれ? って思ったの。そういえばそのコスプレイヤー、さっきからずっとそこに突っ立ってるだけなの。なにかしてるってわけでもなく、近くにカメラ持ってる人が居るとかでもなくよ? そんでわたしこう思ってね、ああ、なんか魔法っぽいことされたのかもしれないって」
「ああ」
「魔法は言葉の綾だけども。だってよく考えてみてよ。そこは人ごみです。大勢の人が行き交っている中で、ひとり、違和感をまとった人物が立っています。それもみんながみんな気づく違和感じゃなくて、わかる人はわかるって程度のね。それにうっかり気づいてしまった人は、なんだろうって考えちゃうじゃない? 変だなって。何が変なんだろう。ああ、やっぱり変だって」
「うん」
「そうやって急にいろんなことを考えさせられるわけじゃん? そしたらね、脳がパニックを起こすと思うの。それでね、混乱したわたしの頭は、わたしが今からしようとしていたことを一旦どっかにやっちゃったのよ」
 トングでつまんだカルビを裏返した。「うん。それでそれで?」
「そういうことって、でもたまにない? 普段から冷蔵庫開けてあれ、なにとろうとしたんだっけ? ってなったり。まさにわたし、あんな感じだったんだけどね。でも気になったのはそのコスプレイヤーよ。わたし思ったの。そいつ、わたしに混乱を招くためにそこに立っていたんじゃないか、って」
 ぼくは眉間にシワを寄せる。「このカルビ食べていい?」
「うん。で、わたし慌てて周囲を見渡してみたの。そしたら、歩いている人たちの中にちらほらわたしみたいに狐に包まれたような顔をしている人がいたのよ。で、もう一回コスプレイヤーの方を見てみたの。そしたらね。いなくなってるの」
「ええ? まってまって、ちょ……ええ?」
「わたし、もしかしたらって思ったのね。これは、そういう実験だったんじゃないかって。わたし、なにかとんでもないものに巻き込まれたんじゃないかって」
「で、結局ひなこは何をしようとしていたのか思い出せた?」
「ああ、それはしばらくしてから思い出した。トイレに行こうとしてたのわたし。おしっこしたくて」
「ちょっと待った、生理現象を忘れてたってこと? だって尿意だぜ?」
 驚きを表明したかったので「ありえないよ!」と叫びながら両手を広げてみたら、テーブルの端の方に寄せていた紙ナプキンの束を吹き飛ばし、床の上に散乱させてしまった。
「だからこそだよ。やばくない? 政府とか関わってたりして。ほら、口裂け女の都市伝説ってCIAが情報の広がるスピードを調査するために流したって説あるじゃん? 一節では噂の広がる速度は時速四十キロくらいらしいけどね。まあいまはこれ関係ないんだけど、ちょっと陰謀史観入ってるかなあ?」
「え? 陰毛歯間?」
 床の上の紙ナプキンを拾っていたせいで最後のほうが上手く聞き取れなかった。つい聞き返してしまうぼくだったが、一通り話し終えて水を飲んでいる彼女にその声は届かなかったらしい。結局コスプレイヤーの陰毛がどういうことなのかもわからず終い。最後の方に関しては、陰毛で歯の隙間を掃除する話に着地したようにも聞き取れた。
「なんだか大変だったみたいね」
「うん、いやまあ、べつに大変ってほどではないけど」
「健忘症なんじゃない?」
「あ、ひどーい。違うわ」
「でも不思議な話だよなあ」そう言うぼくはすべての紙ナプキンを拾い終え、再びシートの上に戻る。ふと斜め前の四人がけの席にてひとりで食事をしている高齢男性が目に入った。焼けた肉を黙々と皿の上に盛り、山のようになったところで今度は黙々と食べ始める。ぼくの記憶が定かなら、ぼくらがこの店を訪れたときからあの席に座っていたはずだ。見た感じ太っているわけでもなく、強く押せば死んでしまうんじゃないかと思うくらいには平均的な高齢者に見える。しかし、肉を口に運ぶペースが一定で乱れがないうえ、皿が空くたびに新たな肉を調達しにバイキングコーナーへと向かう姿を見るに、相当の大食らいであることが想像できた。それともよほど空腹なのだろうか。高齢者が空腹ということは、家族から満足に食事も与えられていないのかもしれない、とぼくは思う。高齢者虐待は、我々が思っている以上に身近で深刻な問題だ。
「で、歯がなんだっけ?」
「んあ?」肉を頬張っていたひなこが目を見開いてみせる。
「だからほら、最後の方で歯の隙間を陰毛でどうのこうの言ってなかった? それがコスプレイヤーの陰毛ってこと?」
「え? 陰謀の話はしてたけど、ちょっとなに言ってるかわかんないな。歯ってなに? あ、待ってね、そういやわたし次の歯医者さんいつだっけ?」
「まさか……また忘れたとか?」
「あれ? 木曜? ちょっと待ってよ、あれ~? さっきあんな話をした矢先にこれじゃあちょっと怖くなるじゃん。あれえ?」
「健忘症だよ」
「だからやめてよ、たまたま物忘れに関する話題が連続しただけだって」
「なんだよ! そっちは政府がどうのこうの言ってたくせに、ぼくの言ってることは取り合わないのかよ! 健忘症の方がよっぽどリアルだぜ!」
「いや水曜だったかなあ? うーん。もう降参。スマホで確認しちゃお」
「普段から脳を甘やかしてるからだよ。政府のせいにする前にちょっとは自分で頑張ってみろってんだ」
「はいはい。あ、なんだやっぱ木曜じゃん」
「情けないね、まったく」
「うるさいなわかったから。あ、これ焼けたよ」
「ふん。ありがとう」
「ふふふ。ちゃんとありがとう言えたね、えらいねえ」
「育ちがいいからな」
 ぼくは皿にのせられたハラミを箸でつまんで口に運ぶ。咀嚼をしながらもう一度斜め前の席に座っている男性に目をやった。ひなこの健忘症から連想して、ぼくはその男性が認知症を患っているのではないかと考えてしまう。認知症の症状の一つとして徘徊が挙げられるが、男性は先程から皿に肉を盛って戻ってきたかと思うと、取りつかれたように再び新たな肉を調達に向かうのである。いくら大食らいであるとは言え、あの量を一人で食べられるとはとても思えない。彼自身の判断能力に任せることで自分が悪しき傍観者に成り下がってしまうかのような、居心地の悪い不穏さがその光景にはあった。
「そうそう。それでね。なんかわたし歯垢が多いんだって」
「恥垢?」
「うん。だから今度その除去に行くんだけどね」
「え、そうなんだ……がんばって……」
 現在、我が国における認知症患者数は約四六二万人だと言われている。
「歯はやっぱり大事だよ。8020運動って知ってる? 八十歳までに歯を二十本残そうって運動ね。歯がないとまず食べられるものが限られてくるでしょ? こうやってお肉を食べるのもままならなくなったりしてね。そしたら栄養も偏ってくるよね。何一ついいことないんだよ。あとね、脅すつもりはないんだけど、歯周病で死ぬこともあるんだってよ」
歯周病で? たまったもんじゃない!」
「でしょ? 歯周病が悪化すると歯周病菌が血管の中に入り込んじゃってそこに血栓を作るらしいの。そしたら血管が詰まって心筋梗塞になることもあるんだって」
 男性はまた黙々と肉を口に運んでいる。あの虚ろな目。周囲のことなどもはや意識の外にあるとでも言わんばかりだ。ぼくは頭を振って意識を目の前のひなこに向ける。彼女は先程からぺちゃくちゃぺちゃくちゃしゃべり続けているが、驚くほど頭に入ってこない。あの高齢者が次にどんな行動に移るのか、またその結果、店内にいる他の客がどのような反応を示すのか、ひなこでさえも黙るのか、すべてを同時に考えてしまっている。普段ならひなこが公共の場で下品な話を始めようものなら鋭く制止し、「ここは実家か」との強烈な一言で沈黙を強要してみせるのだが、今のぼくは明らかに動揺している。ぼくとしたことが……なんて思う一方で、先ほどひなこの話していたコスプレイヤーのことをふと思い出してしてしまう。

 まさかあのジジイ……。

「でね、一度歯を磨いたあとに、そのまま普通に生活するでしょ? そしたら九時間後、口内の虫歯菌は約三十倍にも増殖しているんだって。だから歯を磨き忘れるって、実はかなりやばいことなんだって。口臭の原因にもなるしね。口臭といえば、それは歯周病が進行しているというサインでもあるから、本当はちゃんと言ってあげたほうがいいんだよね? でも難しくない? あなた口臭いですよとは流石に言わないとしても、歯周病とかチェックしてみたらどうですか? って言われてもさ、あ、じゃあわたし口臭かったんだって遅れて気づくだけダメージでかい気がしない?」
「なるほど」
「なにがなるほどなのよ。よく考えてみてよ。だって遠まわしに言われた方がつらいことって世の中あるじゃん? 例えばそうだね、まあいまはなにも思いつかないけど、臭いに関しては全般きついよね。そうそう、わたしの高校のころの現文の先生がさ、キモイよりクサイの方が人を傷つけるんだって言ってたよ。なんかいまふと思い出しちゃったな」
「なあ、ひなこ」
「ん? この肉食べていいよ。わたしちょっと休憩」
「聞けって。ひなこの斜め後ろの席におじいさん座ってるのわかるだろ? あ、ばか、振り返るなよ」
「え、なになになに。なんなの。その人がなに?」
「いや、べつにこれといってどうって話でもないんだけど、もしかしてと思って」
「え、芸能人?」
「違うよ。さっきひなこ、駅前で見かけたコスプレイヤーの話してただろ? ほら陰毛がどうのこうのって」
「ああ、陰謀ね。それがどうした?」
「ぼくもね、あの話聞いてたときはいまいち想像できなかったんだけど、なんかちょっと分かる気がするんだ。というのも、あのおじいさんを見てるとちょっと変でさ。ずっと肉食ってるの」
「うちらもそうじゃん」
「もっとずっと食ってるの。もうずっと。ひなこがいろんな話してる間もおれずっとその食べっぷりに圧倒されててさ。ひなこの話ぜんぜん頭の中に入ってこないの。もうほんとうに集中できない。集中できないのにどんどんガーガー喋ってるから、しまいには殺したくなってきたんだけど」
「言ってよ」
「いや、男にはよくあることだよ。それで本題はここからなんだけど、あのおじいさん、もしかしてひなこの話していたような、実験を行っている人なのかもしれない」
 しばらく目を伏せて動かなくなったひなこが、はっとした表情をする。
「どうしよう」
「いや、どうせ害はないんだろうから、ほうっておけばいいんだろうけど」
「でもわたしに続いてタツヒコまで実験の対象になるって、やっぱりなにか理由があるんじゃない? どうしよう、なんかやばいことに巻き込まれてたら……」
「いいから落ち着けよ。気づいたことを勘付かれるのが一番危険な気がする」
 ぼくとひなこは静かに肉を焼き、静かに肉を食べた。さっきまでの饒舌さはどこへやら、ひなこはお葬式のような面持ちだ。お葬式といえば人の死だが、そもそも人の死とは、往々にして突拍子もない訪れを見せるものだ。ぼくらの生活とは、日々その可能性を孕みながら流れていくのである。こうやってひなことぼくが立て続けに奇怪な行動を見せる人物と遭遇している現状、思考の混乱、得体の知れない恐怖だって元をたどれば、ぼくらがいつ死に見舞われるかわからないという無邪気で残酷な可能性に喚起される至極原始的な感情なのかもしれない。ぼくはひなこを見つめる。ぷるぷると震えながら肉を食むその姿は、ぼくをより不安にさせる。それは逆説的に、彼女とのこの時間、この日々を奪われたくないという確固たる証左なのだ。ぼくは彼女と明日も明後日も楽しく、温かく、にこにこ笑い合って生きていきたい。同じ時間を共有したい。そう思った途端、ぼくは伏せた両の目が熱を帯びていくのを感じる。ああ、そうだ。ぼくはもっと彼女の話を真剣に聴いておけばよかったのだ。審判的態度をとらず、感情表現を意図的に促し、ふたりの時間をより心地のいい、かけがえのないものにするべきだったのだ。ごめんよ、ひなこ。ぼくは声を出さずに彼女に語りかける。彼女は肉を咀嚼する。ひなこ。君が肉を噛んで、ああ美味しいと思ってくれているのであれば、それ以上の幸せなんてない。余計な不安に晒されることなく、心地のいい場所で風に吹かれていてほしい。どうかこのぼくに、そのお供をさせてはくれないだろうか?
 ぼくはサラダ用に取っておいたフォークをズボンのポケットに忍ばせる。手は震えているが、声はなんとか抑えることができた。
「ひなこ、動揺せずに、聞いてほしいんだ」
 彼女は噛み切っている途中の肉を口にぶらさげながら肩をこわばらせる。
「んん……?」
「ひなこの言うとおりかもしれない」
「やめてよ、どういうこと? こわい、ちゃんと説明して」
「落ち着いて。動揺せずに」
 コスプレイヤーの陰毛。
 高齢者問題、認知症
 歯。
 愛。
 ひなこ。
 ぼくは微笑み、ひなこの震える手を握る。

「ひなこ。愛してる」

 ぼくは席から立ち上がり、依然として肉を口に運び続けている虚ろな目の高齢男性に歩み寄る。
 ポケットの中のフォークを強く握り締めながら。
「タツヒコ!」
 ひなこの呼ぶ声がする。でもぼくは振り返らない。
「あの、すみませんが」
 そう声をかけた瞬間、ぼくの声を合図としたように目の前の高齢男性が地獄の底から響くような声を漏らした。
 口から溢れる嘔吐物。
 網の上に降り注いだそれは、高熱により瞬く間に気化して立ちのぼり、その悪臭でもって店内にいるすべての者の嘔吐を誘発した。

 

 

 

 

書き下ろし短編:『上司を殺せ!』

 二杯目のビールがなくなるころになって、サカモトが「中嶋を殺しませんか?」と口に出したとき、カスガは「あ、それいいね」と間を置かずに返した。もちろん冗談だと思っていたからだったが、それは違ったし、カスガ自身、本気だといいなとも思っていた。
 サカモトはカスガの同期であったが、配属先が違った。どちらにせよ中嶋という上司との接点があった。中嶋は全体を総括する部署に在籍しており、日々あらゆる社員に罵声を浴びせていた。百歩譲るとして、そこに愛があるのならとカスガは思う。しかし中嶋のそれは衝動的な感情の暴投であり、増えるワカメに注がれる水と同じで、みんなのストレスを何倍にも膨らまし、神経を削り取っていた。
「尊敬できる人間だったら、ある程度は我慢できるんすけどね」
 サカモトは口の片端を持ち上げて力なく笑う。仕事を始めて十キロ太ったと言っていた。もともとふくよかな体型をしていたサカモトだが、ストレスの影響は明らかだった。
「あのクソ野郎、めちゃくちゃじゃないすか? 異常ですよ。おれこの前あいつが営業のアマミヤさんに話してんの聞いたっすよ。中嶋、休みの日パチンコしかやってないんすよ。あとキャバクラ。この二つしか趣味ないんですって。いやいや、あの人もう四十らしいんすよ。で、結婚もしてないし子供もいないじゃないですか。なんか若いころヤンチャしてたとかで、親ともほぼ勘当状態らしいですし、こんな話、自慢気にしますか? おまえ何歳なんだって。いつまで馬鹿な中学生みたいな精神で生きてんだって。もう絶対若い奴のこと妬んでるんすよ。いやわかんないすよ? でも潜在意識でとか、心のどこかでは絶対よくは思ってないじゃないですか? 自分には未来がないからあんなクソみたいな会社にしがみついて若い後輩怒鳴り散らしたりシカトするしかないんですよ。逆に哀れっすよ。いや、同情しないすけどね。おえ。あ、ほんとに吐きそう」
 サカモトは現在精神科に通院中の身であり、日付の箇所だけを空白にした手書きの退職届をお守りとして毎日鞄に忍ばせていると言った。カスガも中嶋のせいで、入社時より五キロほど痩せたクチだ。他のもろもろには慣れてきたというのに、中嶋に関しては一向に馴染めなかった。というのも、中嶋は罵倒による手応えを感じられなくなると、手を替え品を替え攻撃を継続する陰湿さを持っていた。こちらがうっかり麻痺した態度を見せるや否や、無闇矢鱈と机を叩いたり、椅子を蹴り上げるなどして、遠まわしな威嚇を始めたりした。
「周りも中嶋の横暴にはノータッチだもんなあ」
 カスガはジョッキの底に薄く残った黄色い液体を眺めながら、深い息を吐いた。中嶋の質の悪いところは、分け隔てなく部下を攻撃するわけではないところにあった。例えば事務のオカエという女性社員には気さくに声をかけていたし、自分を慕う者には(例えそれがまやかしの敬慕だとしても)理不尽な言動で接することはなかった。カスガもサカモトも、よりにもよって自分があんな人間に睨まれてしまったのだという事実に疲弊しているところがあった。周囲の人間との扱いの落差に打ちのめされていた。なんでおれなんだよ、ちょっと内気なだけじゃねえかとカスガは思っていたし、なんでおれなんだよ、ちょっとデブで要領悪くて汗っかきで気が弱いだけじゃねえかとサカモトは思っていた。ただでさえ拘束時間が長く激務続きの毎日だというのに、なぜあのような人間の近くで圧を感じなければならないのだという怒りと悲しみから、家具に当たったり、枕に顔をうずめて泣いたりすることも少なくなかった。
「はあ」
 サカモトの溜息を合図に、長い沈黙が訪れた。カスガはまた明日になれば中嶋に会わなければならないこと、様々な理不尽に耐えなければならないことなどを考えてうんざりしていた。サカモトは先月退職した営業のヤスダさんのこと、先々月退職したタカハシさんのことを思い出し、しんみりしていた。ヤスダさんはある日の朝、出社して早々に、会社の入口で嘔吐し倒れた。救急車で運ばれ、休職に入り、そのまま辞めてしまった。タカハシさんは神経症を発症し、休職に入り、そのまま辞めてしまった。ヤスダさんもタカハシさんも中嶋に目の敵にされていた人物だった。二人の休職を知った際の、中嶋のあの蔑むような顔を、サカモトはお風呂に入っている最中などに思い出しては、全身をこわばらせ唸り声を上げた。
 殺してやる。

 亡き二人のためにも。
 ビールをおかわりしたカスガとサカモトは、キャバクラ好きという中嶋の特性を活かして、飲みに誘い、泥酔にまで持ち込んだあと、近くを走る高速道路に高架から投げ入れ、大型トラックに轢き潰してもらう計画を訥々と話し合った。はじめこそ、酒の勢いで出た戯言のように捉えていたのだが、話が進むにつれ、ふたりはああ、これは本当に実行する他ないなあ、と思うようになっていた。

 

 実行日まではすぐだった。計画のようなものがぼんやり形づけられていくにつれ、ふたりともいてもたってもいられなくなったのだ。
 ふたりは会社の廊下やトイレで鉢合わせた際にも、会話をすることを避けて過ごした。シンプルな計画の内容などは、すべて頭の中に叩き込んであった。
 その日も中嶋は電話越しに相手を罵倒し、報告に現れたヒラヤマさんを慇懃無礼な態度で長時間に渡り“指導”した。ヒラヤマさんは先月の頭に中途採用で入ってきた初老の男性で、どう見ても中嶋より歳を召していたのだが、小刻みに頭を下げる態度や、声の小ささから、格好の餌食となっていたのだった。高齢者虐待だ、とサカモトは怒りを禁じ得なかったが、それもすべて計画実行へのモチベーションに転化した。
 その日は金曜で、中嶋がお気に入りの飲み屋に向かうことはリサーチ済みであった。カスガは作戦にあたり、自宅アパートを提供する算段となっていた。キャバクラ帰りの中嶋に偶然を装って声をかけ、飲みに誘い、タクシーに乗せて部屋まで誘い込むのだ。中嶋は後輩のそういうお誘いを自分への信奉としてごく当たり前のように捉えるであろうから、意外と有効な計画に思えた。普段からそうやって器用におべっかを使えていれば苦労しないのだが、これがなかなか難しいのであった。しかしいざ対象を殺害するとなると、人は大抵のことなら勢いでこなせてしまうようになるのだと、カスガは実感し、浮ついた。
 部屋に誘い込むことに成功すれば、あとはサカモトの出番である。大学時代に遭遇したという飲みの席での集団昏倒事件を参考に、大勢を意識不明にまで追い込んだというスペシャルサワーを中嶋に煽らせ、レンタカーに連れ込み高架まで運ぶのだ。
 すべては恐ろしいほど滞りなく進んだ。中嶋は暴力的なアルコール度数を誇るスペシャルサワーによってカスガ宅の真ん中で大の字になった。顔は部下を叱責する際と同じくらい赤くむくれ上がり、それがよりふたりを殺る気にさせた。ふと、ここまでの足取りを誰かに把握されていないかと不安に思ったカスガが、中嶋の携帯電話を取り出してあれこれ調べ始めた。そばで見守っていたサカモトだったが、カスガの顔が強張るのが見てとれた。


 中ちゃん @na_ka_chandesu 1時間前
偶然会った後輩に誘われて飲み。まさかの宅飲みという。天変地異でも起こるんじゃないか


「こいつ、Twitterなんてしてやがる!」
 カスガが叫べばサカモトも画面を覗く。「くそが……」
 アイコンは咥えタバコをした中嶋自身の横顔だった。加工までしてある。サカモトは歯を食いしばった。
「誰と会ったかまでは明言してないけど、これじゃあ計画に綻びが出てしまうな」
 不安げなカスガにサカモトはtweetの削除を提案した。確認するとフォロワーも二十名ちょっとしかおらず、彼女もおらず、家族とも疎遠なのであれば、この二十数名は会社のくだらないおべっか使いやキャバ嬢の類に違いない。いますぐ削除すれば、なにも起こらなかったことにできるはずだ。カスガは言われるまま削除をし、着ていた服で携帯をまんべんなく拭った。
「車、下まで回してきます」
 サカモトはこの日のために、三日前からレンタカーを借りていた。外に飛び出すと、眩い月が浮かんでいるだけで、表に人の気配はなかった。すべては滞りなく進む。まるでこれが神の与えたもうた使命であるかのように。世界一有名なテロリストを殺したネイビーシールズのように、おれたちが今夜中嶋を殺すのである。揺るぎのない大義に突き動かされている今、なにも怖いものはなかった。たとえ今ここで巡回中のパトカーに見つかったところで、警官たちは精悍な顔つきで敬礼をくれるはずだとすら思えた。
 ふたりで中嶋を運ぶ際も、あたかも介抱しているという体で、だいじょうぶですか、ははは、飲みすぎですよなどと、小声で囁き続けた。
「じゃあ、運転お願いね。おれ、飲んじゃってるから」
 助手席のカスガに促されるままサカモトは車を発進させる。目的地はここから十五分ほどのところだった。車内の沈黙に耐え兼ねて、ふたりは社歌を歌った。入社してすぐの研修で、喉が枯れるほど歌わされたものだ。月が綺麗だなと、カスガは思った。ふたりはどちらからともなく声を震わせ、やがて涙を流しながらも、社歌を歌い続けた。こんな歌、コブクロ以下だ! そう思っていた時期も遥か遠い。ふたりは歌いながら頭を左右に細かく振り、感情の昂ぶりを表現し続けた。あっというまに目的地の高架にたどり着く。道路脇に停車すると、ふたりはシートに頭を預け、静かに呼吸を繰り返したあと、互いに視線を交わし、後部座席に横たわる中嶋を担ぎ出すため車外に出る。会社にいるときの自分よりも、はるかに先を読めていた。はるかに能率的だった。そんな自分がとても誇らしかった。カスガが中嶋の足を引っ張り、滑り出てきた上体をサカモトが支えた。高架下では、とぎれとぎれではあるが大型のトラックが鈍い振動とともに往来している。ふたりは一旦中嶋を地面に置くと、これからこの男が有終の美を飾る道路を見下ろした。アスファルトはオレンジ色の該当に照らされ、どこか暖かな雰囲気さえある。
 ふたりしてしばらくじっとしていた。やがてカスガが「じゃあ、そろそろ」と言って腰をかがめ、中嶋の足を取る。しかし、サカモトは依然として動きを見せなかった。訝しく思ったカスガが声をかけると、サカモトは小さな声でつぶやくのだった。
「こんな時間に、みんなどこ行くんすかね」
 言葉をなくすカスガ。サカモトは迷いの滲む二つの眼でカスガを正視する。
「これ、轢いちゃったドライバーに悪くないですかね……」
「なにいってんのサカモトくん」
「だって、関係ないじゃないですか。こんな時間に運転して、頑張って働いて、家族とか養ってるんじゃないですかね」
「こんなときにやめてよ」
「人生めちゃくちゃになっちゃうじゃないですか」
 サカモトは泣いていた。鼻がつまり、ゴボッとむせた。おれたちはすでにめちゃくちゃじゃないか、とカスガは言った。毎朝起きて薬飲んで出社して、食欲もないのに冷たい弁当食べて、この男の言動に耐えて耐えて耐えて、なのに給料は雀の涙だしさ、忙しすぎて転職活動する暇もないよ、せめてほかの人間がよければとか思うけど、みんな自分が標的にならないように事なかれを貫いててさ、なんなら一緒になって陰口だって言うしさ、薬が切れれば精神科にまた行って、それをこれから先もずっと続けていくんだよ、身体が動かなくなるのを待ち続けるだけの日々なんだぜ、めちゃくちゃだよ、貯金も全然たまらないし、親は言うよ、人生設計をしっかりって、ちょっとまってくれよ、人生設計なんてさ、ある程度の土台がなきゃ考えようもないじゃん、ぶら下げられたまま殴られるサンドバッグだよ、自殺したってさ、こいつはじゃあどうなるっていうんだよ、お咎めなしじゃん、そんなの納得できないだろ、なあサカモトくん、おれたちはこいつを消すことで、ようやく次に進めるんじゃないかな、そう思ったから、今日はこうやって、ほら、もうここまできたんじゃん、いいじゃんもう、ほかの人のことなんて考えてられないよ、そんな余裕ないんだよ、もうどうるするんだよ、どうすればいいんだよじゃあ……。
 カスガもとめどなく溢れる涙に声をなくした。ふたりはそのまま昏倒した中嶋をはさんで、声を殺して泣き続けた。
「だめだできない」
 カスガの言葉にサカモトは跪いた。「ここじゃなきゃいいんですよ」サカモトは依然として嗚咽を繰り返しながら、言葉を絞り出した。
「ここで殺すのはやめましょうってことなんですよう」
 今度はバーベキューにでも誘って、大自然の力を借りましょう。泥酔させて川に放り込めばすぐですよ。サカモトの言葉に、最初からそうすればよかったねと、助手席のカスガが答えた。おれたち、仕事できねえからな。ふたりは泣きながら笑った。もうすぐ朝になる。中嶋を乗せたまま、しばらくドライブをした。サカモトは会社でのカラオケでいつか歌おうと練習していた『明日があるさ』のウルフルズバージョンを小さな声で歌い続けた。
 カスガは途中で寝てしまった。湿った瞳に、朝日が突き刺さるようだった。カスガはその後、ひどい二日酔いを訴える中嶋と丸一日自室で共に過ごした。水を与え、インスタントの味噌汁を出した。味噌汁を飲んだ中嶋は、腫れぼったい目をどろっと動かし、「なんもねえ部屋」と吐き捨てた。

 

 それから一週間も経たずにに中嶋は死んだ。
 ふたりがバーベキューに誘ったわけでも、大自然の力を借りたわけでもなかった。
 会社で、ヒラヤマさんの手によって殺されたのである。
 ヒラヤマさんは朝一で中嶋の罵声を浴びた直後、すみません、すみませんと繰り返しながら、中嶋の口に両手をねじ込み、力任せにこじ開けるとそのまま顎を上下に引き裂いてしまったのだ。オフィスは阿鼻叫喚。吹きこぼれる血がぼたぼたとタイルの上で跳ね、ハウリングするマイクのような声を上げていたかと思った中嶋も、やがてぴたりと静かになった。血を浴びたヒラヤマさんはその場に立つ尽くし、相変わらずすみませんと繰り返しながら、下顎がぼろりと垂れ下がった力のない中嶋をそっと地面に置いた。
 そこから先は誰も見ていない。避難や通報で忙しかったのである。
 カスガとサカモトは中嶋のいなくなった会社でその後もしばらく働いていたが、そもそも根本からしてずさんな労働環境であったため、ほどなくして退職。いまはそれぞれの未来を見つめて動き始めている。
 カスガは刑務所内のヒラヤマさんに何度か手紙を書いた。ヒラヤマさんのお陰で、平穏な日々が訪れました。お勤めが終わりましたら、一緒にお酒を飲みましょう。ヒラヤマさんから一度だけ、厚みのある封筒が返ってきた。そこには手紙への感謝の言葉や、ヒラヤマさんのこれまでの人生、自分の犯した罪への懺悔が、丁寧な文章で長々と綴られていた。カスガはその手紙を、久々に飲むこととなったサカモトにも読ませることにした。ヒラヤマさんはおれたちの恩人だな。感謝してもしきれないよ。そう呟いて焼き鳥を頬張るカスガだったが、サカモトがふとつぶやく。
「これ、縦読みじゃないですか?」
「え、うそ」
 カスガは身を乗り出して便箋を覗き込む。
「なんて書いてある?」

 




度、



































た。

























す。






































































す。







なっ









メッ













し、



































い。













 

 

 

 


 ふたりはしばらくじっとしたり、手紙を読み返したりして過ごした。カスガはジョッキを空にする。
「まあよくわかんないけど、ヒラヤマさんも新たな一歩を踏み出したってことだ。すごいなあ。おれたちも頑張らなきゃ」
「いやあ、ほんとそうすね」
「乾杯しようよ」
「しましょうか」
「中嶋の死に?」
「ヒラヤマさんの再就職に」
「すべての働く人々に」


 乾杯。


       ◆◆◆◆◆◆


【大阪・生野 コーヒーに農薬混入 派遣社員を逮捕】
【オフィス内で刃物振り回す 男女2名重傷 社員を逮捕】
【「部下数名に襲われた」三軒茶屋の路上で暴行 飲みの席での叱責が原因か】
【デスクにガソリン 重傷社員の遺書発見「覚悟を見せる」 三重県
【会議に猟銃 大手町発砲事件 役員2名死亡】
【逮捕社員「練馬の事件に影響を受けた」】
【特集「キレる部下・消される上司」】
【崩壊するブラック企業 増幅した殺意の発露】
【特集「伝染する暴力・オフィスアタックシンドローム」】
【社内暴力が多発 全国で1567件】
厚生労働大臣「労働環境の抜本的改善が必要」】

 

 

ドラマ版『ハンニバル』を観た(season3)

 

 

 

 

 

残酷で陰鬱でリッチなドラマ『ハンニバル』 にどハマリしたぼくは、変に間をあけてはならぬと意気込み、世に言うIkkimi(一気観)を敢行したのであった!

 

【警告】以下ネタバレあり

 

season1~2までのあらすじ

 

FBIアカデミーの講師ウィル・グレアム(ヒュー・ダンシー)は、自閉症スペクトラムの一種として異常なまでの共感能力を有していた。そんな彼の能力を買ったFBI行動分析課のボス、ジャック・クロフォード(ローレンス・フィッシュバーン)は、アメリカ各地で起こる事件の捜査協力者としてウィルの起用を提案する。しかしFBIコンサルタントで元心理学者のアラーナ・ブルーム(カロリン・ダヴァーナス)は精神的な負荷を懸念してウィルの起用に反対。そこでジャックは起用の条件として、高名な精神科医ハンニバル・レクター博士(マッツ・ミケルセン)にウィルの精神鑑定を依頼。かくして全米各地で起こる猟奇事件の捜査が始まるのだった。

 

sakamoto-the-barbarian.hatenablog.com

 

しかし、最強極悪サイコパス・レクターの策略により殺人の容疑をかけられたウィル。彼は拘留中の身でありながら殺人事件を解決に導いたり対レクター用サイコパスを送りつけるなどして善戦。なんとか無実も証明されて釈放となった彼は、いよいよレクターと全面戦争を始める……かと思いきや、そこに食肉加工会社を経営する変態大富豪メイスン・ヴァージャーが登場。ウィルは彼の妹マーゴを妊娠させたり、どういうわけかレクターと蜜月の時を過ごしたりと大忙し。挙句の果てにはレクターといっしょに海外へ逃亡しようとの計画も動き出す。バカ!しっかりしろよ!しかしすべてはレクター逮捕のために仕組んだ作戦だった。決戦の夜、FBI捜査官のジャックとレクターは激しく殺し合い、それを目撃したアラーナはレクターに篭絡されたアビゲイルに二階から突き落とされ、遅れて駆けつけたウィルもレクターの華麗な手さばきで開腹、追い打ちをかけるように目の前でアビゲイルの首まで裂かれてしまう。

 

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まんまと逃げおおせたレクター博士は、海外行きの飛行機の中で、かつて自らのセラピストだったベデリアと談笑するのだった……。

 

レクター逃亡編

 

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第1話『アンティパスト』

フランス・パリ。ハンニバル・レクターは身分を偽り生活していた。しかも優雅に。彼はローマン・フェルの出版パーティに出席。そこでローマンの助手だったというディモンドという青年に出会う。レクターはパーティの後、帰宅するローマンを殺害しその肝臓を食べる。

イタリア・フィレンツェ。前任者を排除することでカッボーニ宮の司書となったレクター。周囲にはデベリアを妻と説明し、高慢な教授に喧嘩を売られつつもその圧倒的知力をもって応答。穏やかな日々を過ごしていた。しかしそこで、フランスで出会った青年ディモンドと再会。協力し合えるはずだと持ちかけてくる彼を、レクターは食事に誘い、ベデリアの目の前で殺害。皮膚を剥がし、その遺体で「人間の心臓」を象ると、礼拝堂に飾るのだった。

 

おい、レクター!

ということで外国逃亡中も次から次へと人を殺し食すハンニバル・レクター。しっかり職に就いているという点からもその常軌を逸したバイタリティがうかがえます。なめた若造を殺害するまでは百歩譲るとしても、派手に装飾して人目につく場所に飾っちゃったらFBIは絶対気づくと思うんですけど、リスクをおかしてどうなるか、どう逃げおおせるかを考えるのが好きなんでしょうね。それともほかの意図が……?前シリーズのラストでめちゃくちゃにされた面々の安否が不明なのが気になるところです。

舞台をヨーロッパに移したことで全編厳かな雰囲気漂うあたりも癪に障りますね。

 

 

第2話『プリマヴェーラ目を覚ましたウィル。裂かれた腹は、レクターが致命傷にならないよう加減していたことを知る。イタリア・フィレンツェの「心臓」が飾られていた礼拝堂を訪れた彼は、これがレクターから自分に捧げられたメッセージだと察しとる。一方、イタリアのパッツィ捜査官は、レクターの犯行から20年前フィレンツェを震撼させた殺人鬼「イル・モストロ」と同一犯であると推理。ウィルに捜査協力を求める。

 

待ってました、我らがウィル・グラハム!

復活して早々にイタリア・フィレンツェを訪れ得意の見立てを披露していました。骨を砕き、皮を剥いで綺麗にたたまれた「心臓」がレクターから自分へのメッセージ。そんな彼を「許す」というウィル。なんだかラブストーリーのそれですが、アビゲイルも殺されているんだし、ちゃんと厳しく接してほしいものです。

 

 

第3話『セコンド』ウィルはレクターの故郷であるリトアニアに向かい、そこにある古城でひとり暮らす千代(TAO)と出会う。彼女はレクターの過去を知っている人物であり、地下にひとりの男を監禁している。一方レクターは無秩序モードに突入、喧嘩をふっかけてきた教授を食事に招くと、人肉を振るまい、そのこめかみにアイスピックを突き立てる。パッツィ捜査官はFBIのジャックに捜査協力を依頼し、イタリアまで呼び寄せる。

 

レクターの過去を調べるウィルの目の前に現れた千代。演じるTAOさんは『ウルヴァリン:SAMURAI』 ウルヴァリンと逃避行する女性だったり『バットマンvsスーパーマン ジャスティスの誕生』 レックス・ルーサーの秘書を演じていた方です。ハンニバル・レクターといえばおばさんが「紫」という名前の日本人なのでその人の子供か孫か親戚とかでしょうか。

一方、満を辞してジャックの登場です。生きててよかった。元気そうなのもそうですけど、すっかり「虎の目」になっていたところも痺れますね。

イタリアに集う主要メンバー。嵐の予感がします。

 

ハンニバル・ハント編

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第4話『アペリティーヴォ』チルトン博士は生きていた。レクターへの復讐に燃える彼は、同じくレクターに顔をめちゃくちゃにされた大富豪メイスン・ヴァージャーのもとを訪れ、顔の傷を見せ合う。メイスンはレクターの情報に100万ドルの懸賞金をかけたという。コーデルという変態医師に身の回りの世話を任せ、ハンニバル狩りの用意を進めていた。同じく重傷を負ったアラーナも、レクターへの復讐のためメイスンのもとを訪れる。

 

第5話『コントルノ』ウィルは千代とレクター探しの旅に出るが、列車で移動中に彼女に突き落とされ大怪我を負う。パッツィ捜査官は大金目当てにメイスンにレクターの情報を売る。前金の条件として、レクターの指紋を持って来くるよう指示を出すメイスン。レクター博士に接近するパッツィ捜査官だが、狙いを見破られて昏睡状態に。目が覚めるとレクターに腹を裂かれ、紐で結ばれた状態で窓から落とされ死亡。撒き散らされた臓物を見下ろすレクターは、こちらを見上げるジャックの姿を見つける。ジャックの容赦なき暴力を受け、満身創痍のレクター。窓から突き落とされるが、足を引きずりつつ逃亡を図る。

 

第6話『ドルチェ』千代は単独でレクターを捜索。べデリアに接触を図り、私たちはレクターに囚われた鳥だと話す。ウィルはレクターと再開。レクターは喜びを口にするが、ウィルは隠し持っていたナイフでレクターを狙う。そんなウィルを狙撃する千代。レクターは治療に見せかけウィルを拉致すると薬を打って椅子に固定、食卓につかせる。一方、教授宅を訪問しようとしていたジャックがドアを開けると拘束されたウィル。レクターに隙を突かれ拉致されたジャックも同じように椅子に固定。ジャックの目の前でウィルの頭蓋骨を切開し、脳を披露すると告げるレクター。叫ぶジャック。

ウィルが目を覚ますと、そこはメイスンの牧場だった。

 

第7話『ディジェスティーヴォ』メイスンに買収された捜査官たちに踏み込まれたレクターはそのまま捕まる。同じく連れて行かれるウィル。残ったジャックに銃を向ける捜査官だったが、千代による狙撃で難を逃れる。一方、メイスンに拉致されたレクターは、変態医師コーデルに烙印を押され、自身の調理過程を説明される。メイスンはウィルの顔面の皮膚を自らに移植し、その顔でレクターを食す計画を立てていた。メイスン邸で再会するウィルとアラーナ。アラーナはウィルを救うため、レクターを解放する。メイスンが麻酔から目覚めると、顔面にはウィルのものではない皮膚がかぶせられていた。目の前には妹マーゴとアラーナ。ふたりはメイスンから精液を採取したことを告げると、水槽に突き落とし、ウツボに食い殺させるのだった。ウィルを連れて逃げおおせたレクター。自宅で目覚めたウィルは、そばにいたレクターに対し、「もうあなたのことを考えたくない」と告げる。その後現れるFBI。逃げたと思われていたレクターは自ら投降する。

 

レクターにひどいことをされた面々が集っての復讐大会。

金と暴力にものをいわせるメイスン。

「二度目はそうはいかない」とばかりに知略を巡らせた容赦のない攻撃でレクターをボコボコにしてみせたジャック。

肝心のウィルは……千代に邪魔されたあげくに開頭されかけ、さらには顔の皮まで剥がされかける始末(ぜんぶ未遂)。傷だらけのヒロインって感じでしたね。一連の話は映画『ハンニバル』 でも描かれていたものですが、メイスンのたどる結末に関しては原作通りみたいです。

そんなこんなでウィルにふられてしまったレクターは、ついに逮捕されます。これまでに一体何人の犠牲者が出たのやら。ここからはいよいよ映画で描かれてきたような、安楽椅子探偵ライクなレクターが拝めそうで、一安心です。

 

 

レッド・ドラゴン

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第8話『レッド・ドラゴン~序章~』

フランシス・ダラハイドという男がいた。彼はウィリアム・ブレイクの水彩画『大いなる赤き竜と日をまとう女』に並ならぬ執着を示していた。彼は自らの背中に「赤い竜」のタトゥーを入れ、乱杭の入れ歯を手に入れる。 

殺人鬼ハンニバル・レクター逮捕から3年。彼は大勢の人間を殺害下にも関わらず、精神異常を理由に死刑を免れていた。ウィルは結婚して家庭を持ち、たくさんの犬たちといっしょに穏やかな日々を送っている。そんな中、「噛みつき魔」による殺人事件が立て続けに発生する。ジャックは操作協力を求めるためウィルのもとを訪れる。同じ頃、ウィルにはレクター博士からの手紙が届いており、そこには「ジャックに協力するな」との内容が書かれていた。しかしウィルは、妻の後押しもあり、捜査への協力を承諾するのだった。

 

ついに 映画化もされた『レッド・ドラゴン』編に突入です。

身持ちを固めたウィルと、精神病院でも相変わらずのレクター。捜査に乗り出すにあたって、ふたりは久々に再会するとのことですが、嫌な予感しかしません。ウィルに家族がいるなら尚更です。

一方で、「噛みつき魔」ことダラハイド。しっかり身体を鍛えているのは、どういうことなんでしょうか。タトゥーを綺麗に見せるためなのでしょうか。変身願望のある人物なので、そういった心理から鍛えているのかもしれません。ぼくも嫌なことがあった日のあとは、髪を切ったりお風呂に入ったり筋トレしたりと、自分を「更新」させるのでなんとなく気持ちがわかる気もします、という余談。

 

 

第9話『レッド・ドラゴン~誕生~』

レクターは面会に現れたウィルに子供がいることを見抜く。レクターのプロファイリングによれば、犯人は内向的な性格で、醜い容姿、あるいは自らを醜いと思っている人物。被害者一家の選別に関しては、家にヒントがあるはずだ、庭に注目してみるといい、と助言した。「噛みつき魔」ダラハイドは、盲目の女性と惹かれあう。

 

映画と同じように物語が進んでいくので、思い出しながら楽しんでいます。ダラハイドと女性の物語は結構切なかった気もします。孤独な魂が共鳴して、そこにひとつの美しい瞬間が生まれるのであれば、それはそれで物語としてひとつの完結を迎えたっていいとぼくは思いますが、残念なことにこの世界にはレクターがいるんですね。混沌をもたらして楽しむという、その実子供っぽすぎる幼稚な欲求に辟易します。ダラハイドもレクターなんかを崇拝しなければ……。

悔やまれます。

 

 

第10話『レッド・ドラゴン~覚醒~』

弁護士を名乗ってレクターに電話をかけるダラハイド。彼は「あなただけが理解者だ」と述べる。盲目の女性リーバと動物園へ向かったダラハイドは、彼女に麻酔で眠らされた虎に触れさせる。涙を流すリーバ。彼女を自宅に招き、愛を深め合う二人。ダラハイドにはリーバが女神に見えていた。事件現場の庭の樹に刻まれていた「中」の文字。それは「レッド・ドラゴン」を意味すると伝えたウィルに、レクターはウィリアム・ブレイクの絵の話を伝える。さっそくウィルが実物を見に美術館に赴くと、そこには先客のダラハイドがおり、揉み合いの末に逃げられてしまう。

 

やはりダラハイドとリーバの関係は切ないですね。後半ではまさかのウィルとダラハイドがエンカウント。ウィルはぶん投げられていました。やはり体を鍛えていることもあって、ダラハイドはフィジカル面でも強敵なのかもしれません。

 

 

第11話『レッド・ドラゴン~葛藤~』

レクターの誘導により、ダラハイドはウィル家を襲撃する。ウィルの妻はいち早く気配を察知し、息子を連れて逃走。間一髪で逃れられたかと思いきや、肩に被弾してしまう。

 

でましたね、レクターの悪行。しかしウィルの奥さんが肝っ玉母さんでなによりでした。とはいえ重傷を負い、息子は父の過去を知ってしょんぼり。散々です。

残すところあと2話。この時点ですでに映画とは違う「レッド・ドラゴン」との決着のつけ方に期待が高まります。

 

 

第12話『レッド・ドラゴン~暴走~』

家族との絆に危機感を覚えた ウィルはベデリアのもとでセラピーを受ける。FBIは雑誌に扇情的な記事を書くことで、「レッド・ドラゴン」を誘い出す計画を立てる。協力者でもあるチルトン博士だったが、ダラハイドによって拉致される。拘束されたチルトン博士はダラハイドからさんざん脅迫を受けたあと、唇を噛み切られ、生きたまま焼かれてしまう。

 

チルトン博士はこのシリーズ一不憫です。かつては殺人鬼に腹を割かれて臓器を取られ、レクターに罪をなすりつけられた挙句に顔面を銃撃されたかと思えば今回の仕打ち。あんまりですね。すべてはレクターが醸すバイブスとそれに感化された周囲の責任。ということで相変わらずハンニバル・レクターへの怒りに燃える回でした。にも関わらず、ウィルはといえばレクターからの愛に気づいてハッとするなどずいぶんと暢気なものです。

ということでついに次回で最終話。大団円と行くのでしょうか。 

 

 

第13話『羊の怒り』

殺人を犯したことをリーバに告白し、ショットガンで自らの頭を吹き飛ばしたダラハイド。しかしそれは彼の偽装工作だった。レッド・ドラゴンを捕まえるため、レクターを囮とした作戦を実行するウィル。レクターの移送中、警察用車両に乗ったダラハイドが急襲。警察官を大勢殺害するが、肝心のレクターは放置。ウィルとレクターは逃避行を開始する。向かった先はレクターがアビゲイルと身を寄せ合っていたという別荘。ワインでの乾杯を前に、ダラハイドが再び襲撃。腹に被弾したレクター。ナイフで頬を突き刺されたウィルは反撃に出る。レクター&ウィルの必死の攻撃によって「レッド・ドラゴン」ことフランシス・ダラハイドは絶命。満身創痍のふたりは、抱き合いながら崖下の海へと落ちていくのだった。

 

最終回ということもあって「レッド・ドラゴン」の恐ろしい戦闘力が発揮されていました。ドライブバイで車列を混乱させたあと、いったい何人の警官を射殺したのでしょうか。なんにせよ、そこから始まるウィル&レクターの逃避行に愕然。なるほど、というか最初の方からずっと気づいていましたが、作り手は今作を倒錯したラブストーリーとして描いていたようです。そういう意味ではジジイの目線で見た『殺し屋1』 みたいなもんですね。仲違いばかりしていたふたりが、最後の最後に協力して恋の邪魔者をボコボコにする。美しいと思います。

 

 

 

全話完走の感想

 

は~終わった!

ということで『ハンニバル』season3もこれにて終了。打ち切りだなんだという噂は耳にしていますが、このラストを見ると初めから終わらせる気満々だったようにも思えます。撮影中に打ち切りが決まったからこのオチにしたとかそういうことでしょうか?どちらにせよ、物語的なオチもついてぼくは満足です。

全39話を鑑賞したことになるのですが、season1の「びっくり猟奇大会」みたいなテンポが個人的には好みですね。様々な死体を見ているだけで元が取れる、といった気持ちになれました。レクターに厳しくしろ!との思いはモーフィアスことジャック・クロフォードが代弁するかのように熾烈な暴力をお見舞いしてくれたのである程度満足です。それにしてもseason3の最終話のタイトルが『羊の怒り』ということなので、どうしたって『羊たちの沈黙』 を意識せざるを得ません。やはりseason4の制作は念頭に置いていたのかも。噂では、いろいろと準備さえ整えばseason4だってやるよ、と製作者の方がおっしゃっていたそうなので、俄然期待しておきます。それまではトマス・ハリスの原作 でも読もうかな。クラリス役は誰になるのでしょうか、とかそういうことを考えながら、準備を整えておきましょう。

バッファロー・ビルのチン隠しダンスは絶対観たい!!!

 

 

ドラマ版『ハンニバル』を観た(season2)

 

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残酷で陰鬱でリッチなドラマ『ハンニバル』 にどハマリしたぼくは、変に間をあけてはならぬと意気込み、世に言うIkkimi(一気観)を敢行したのであった。

 

【警告】以下ネタバレあり

 

season1までのあらすじ

FBIアカデミーの講師ウィル・グレアム(ヒュー・ダンシー)は、自閉症スペクトラムの一種として異常なまでの共感能力を有していた。そんな彼の能力を買ったFBI行動分析課のボス、ジャック・クロフォード(ローレンス・フィッシュバーン)は、アメリカ各地で起こる事件の捜査協力者としてウィルの起用を提案する。しかしFBIコンサルタントで元心理学者のアラーナ・ブルーム(カロリン・ダヴァーナス)は精神的な負荷を懸念してウィルの起用に反対。そこでジャックは起用の条件として、高名な精神科医ハンニバル・レクター博士(マッツ・ミケルセン)にウィルの精神鑑定を依頼。かくして全米各地で起こる猟奇事件の捜査が始まるのだった。

 

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が、いろいろあった末にウィルは殺人容疑で逮捕されてしまう。

すべては元外科医の精神科医で美食家でありながら食人天才サイコパスという素顔を隠し持ったレクター博士の策略だった……。

 

 

 

第1話『懐石』FBI捜査官のジャックとレクター博士が壮絶な殺し合いをする。致命傷を負うジャック。物語は「12週間前」まで遡る……。ウィルのことを心配する面々と心配する演技を続けるレクター博士。その日々と併せて今回も事件が発生。川の中から大量の遺体が発見され、それらすべてに魚の剥製をつくる工程と同じ処理が施されていた。

 

冒頭からFBI捜査官ジャックとレクター博士の激しい殺し合いシークエンス。こちらが呆気にとられていると、そこから時間をさかのぼってみせるという憎い演出が。この作品に限らず、ドラマは「引き」をつくるためのためらいがないので楽しい。

一方でちゃんと殺人事件を起こしてくれるところもサービス過剰な感じでありがたいですね。

今回は大量の死体を使って「作品」を作るアーティストタイプの殺人鬼が登場。

過多な情報が錯綜するなか第2話へ。

 

 

第2話『先付』拘留中のウィルはレクター博士の動向を探るために、自らのセラピーを依頼する。一方、川からは新たに遺体が発見される。

 

一線を越えてくる相手に対し、こっちも一線を越えてやるというウィルの意気込み感じられる回でした。犯人の所業と、迎える結末にはハンニバル・レクターという男のいやらしいほどのカリスマが見てとれますね。相変わらず時間と労力のかかる異常な犯罪を犯すやつらが後を絶たないので、そういう意味でもリッチな気分に浸れる素晴らしいドラマだと思いました。

あと、レクター博士が悪いことを行う際に着用する透明な雨合羽みたいなやつ。あれを着て年末の大掃除などに励んだらテンションが上がりそうです。

 

 

 第3話『八寸』ウィルの裁判中に切断された耳が届けられる。その切断面から使用されたナイフはウィルに容疑がかけられている事件の証拠品であることが判明。保管庫の管理担当者が犯人か?と警察がその人物の家に突入したところ、トラップが作動し部屋が爆発。消火された部屋からは、保管庫管理担当の男が鹿の角に突き刺された状態で発見される。 

 

 鹿の角に突き刺された遺体はこれで何体目なのでしょうか。しかしこの一件のおかげで裁判中で動けないウィル以外の異常犯罪者が隠れているのでは?とみんなが思ってくれてひと安心。どうせレクターだろ、と思っていると、レクター以外の第三者の存在が匂わされ、さらに情報が混み合ってきます。ぼーっとしているとおいていかれてしまうのがこのドラマの魅力。最後の方でもう一体派手な遺体が出てきますが、そのころになるともはや異様な遺体ごときじゃ驚けなくなった自分に気づけます。

 

 

 第4話『炊合せ』ウィルは面会に来た行動科学捜査員のビヴァリーに、死体絵画の中央に位置していた人物を徹底的に調べるよう助言する。その人物こそ死体絵画を作成した張本人であり、レクターによる説得で自らアートの一部となった被害者であるとウィルは読んでいた。一方、森の中では新たな遺体が発見される。遺体の脳と眼球はくり抜かれ、そこに蜂たちが巣を作っていた。

 

人間養蜂場というseason1「人体きのこ栽培」に次ぐ異常な遺体の登場。

犯人の正体は善意を暴走させたロハス系サイコでしたが、みんないろんな技術を持っていて恐ろしいですね。一方で本筋であるレクター絡みの事件ですが、ウィルの助言によってビヴァリーがレクター宅に侵入し、「なにか」を発見。その背後に佇むレクター。銃声が轟いて次回へ。

主要キャラクターも平気な顔して退場させていく点も海外ドラマの醍醐味って感じがしてたまりません。

 

 

第5話『向付』ビヴァリーの切断遺体が発見される。ウィルは「彼女は僕を信じたから死んだ。同じことは繰り返さない」と宣言。精神病院の看護師であり彼のファンだと声をかけてきた保管庫担当職員惨殺事件の犯人を名乗る若い男を懐柔、レクター殺害を指示するのだった。

 

ビヴァリーのあまりにあんまりな切断遺体にドン引き。レクターの悪行&涼しい顔に怒りを禁じえません。そこにきてついに一線を越えるウィルの行動にも興奮。「バケモンにはバケモンをぶつけるんだよ」という『貞子vs伽椰子』 っぽい発想に胸が熱くなります。そんなウィルの刺客ですが、とはいえ天下のレクターと渡り合えるかと言ったら……意外と善戦していましたね。ジャックの登場がもう少し遅れていればレクターは死んでいたはずです。後一歩でした。彼の健闘を称えましょう。

 

 

第6話『蓋物』桜の木と一体化した遺体が発見される。ウィルはseason1に登場した殺人鬼ギデオンと接触し、レクターを挑発する。ウィルの策略に気づいたレクターは、ウィルと仲のいいFBIコンサルタントのブルームと寝る。また、二年前に「チェサピークの切り裂き魔」によって殺害されたと思われていたFBIアカデミーの訓練生ミリアムが発見される。

  

発生する猟奇殺人事件と並行して白熱するウィルvsレクター。ウィルはかつてレクターと接触した殺人鬼のギデオンと精神病院内で接触。一方のレクターはウィルの淡い恋心を弄びます。この過程でどんどん名も無きものたちが死んで行くので胸が痛い……。見張りの警官にだって人生があるんだぞ!

 

 

第7話『焼物』「チェサピークの切り裂き魔」の被害者であり唯一の生存者でもあるミリアム。彼女に面通しをしてもらうが、レクター博士には反応を見せない。一方でもうひとりの容疑者として浮上したのが精神病院の院長チルトン。彼の家に現れたレクター博士はチルトンを眠らせ、チルトン宅を訪問したふたりのFBI捜査官を派手に殺害。さらには四肢を切断されて死亡したギリアムの遺体も放置することでチルトンにすべての罪をなすりつける。ジャックに逮捕されたチルトンをマジックミラー越しに確認したミリアムは突然パニックに陥り、一瞬にして拳銃を奪い取るとチルトンの頭めがけて発砲してしまった。 

 

チルトン博士が不憫すぎる!全部の罪をなすりつけられ、挙句の果てに銃撃されるなんて。レクター博士の偽装工作技術はやや豪快すぎて、逆に疑われなさそうな感じが嫌ですね。細かいことはいいから撃っちゃえよ、というのは責任を持たない外野の意見でしかありませんし、ぼくらは事の成り行きを見守ることしかできません。

 

 

第8話『酢肴』死んだ馬の胎内から人間の遺体が発見される。勾留を解かれたウィルはレクター博士にセラピーの再開を依頼。一方、レクター博士のもとに通う女性患者マーゴは自らの兄を殺しかけたことをセラピーで報告。レクター博士守秘義務を守ると告げたあと、お兄さんを殺すことこそ一番の治療になると伝え、計画をさらに練るか、代行者を探すように助言する。

 

馬の胎内から遺体が発見され疑われる動物保護施設職員のピーターだけど、真犯人の正体はそのソーシャルワーカーという展開に唸らされました。レクター博士精神科医。犯人のソーシャルワーカーも含めて人を助ける立場を利用して弱者を操作する卑劣なやつら。福祉業界の暗部を見せられたような回でゾクゾクします。ちなみに新たな登場人物マーゴといえば原作『ハンニバル』 にも登場する大富豪メイスン・ヴァージャーの妹。『ハンニバル』的展開に突入しそうなので興奮します。ちなみにこの回の監督は『CUBE』 『スプライス』 ヴィンチェンゾ・ナタリです。「馬の胎内」とかそういう要素がぽかった気もします。

 

 

第9話『強肴』獣に襲われたかのような無残な惨殺死体が発見される。損傷は激しいながらも食べられた形跡がないことなどから、これは獣になりたいと願う人間の犯行だとウィルは推理。いろいろ調べた結果、レクター博士の患者の中に、かつてそのような願望を持った少年がいたことが発覚。現在、そのランドールという名の男性は博物館に勤めていた。

 

とても好きな回です。というのも「生まれ持った自分の肉体に違和感を覚えながら生活してきた“獣”の心を持った男」というランドールのキャラクターが素晴らしい。また動物の骨で作成したアーマーで武装して、夜な夜な人間を狩るという行動もさることながら、かつてお世話になったレクターに操られウィルを殺しに向かうという展開も楽しかったです。しかもウィルが見事返り討ちにしてランドールの亡骸を持参しレクター邸に現れるシーンもクール。神経衰弱王子ウィルというよりはすっかりタフガイ。レクター博士も「君にはサイコパスを送りつけれたのでこれでおあいこだよ」とか言っていました。確かに!

 

 

第10話『中猪口』前回、獣男ランドールを返り討ちにしたウィルは、レクター博士に「生の実感を得た」と過激な告白をする。レクター博士はそんな彼に傷の手当てを施し、協力的な態度を示すのだった。後日博物館では、バラバラにされ、動物の骨と組み合わされたランドールの遺体が発見される。悪に染まったウィルはマーゴと寝る。レクター博士はマーゴの兄でありサディストの大富豪メイスンと接触、君もセラピーを受けてはどうかと誘う。

 

このあたりからぼくは物語の先行きに不安を覚え始めます。レクターvsウィルを楽しんでいた者としては、ウィルがレクターに取り込まれちゃう展開なんて見ていられません。ラストのある行動なんてもう……。その一方でヴァージャー家絡みの話が盛り上がってきたため興味は持続されます。妹にモラハラしまくり、泣かした子供の涙を採取して酒に入れて飲むという気持ち悪い嗜好を持つメイスン。映画『ハンニバル』ではとんでもない姿になっていましたが、彼もこれからそうなるのでしょうか。期待が膨らみます。

 

 

第11話『香の物』FBIの駐車場で車椅子に固定されたまま焼かれた遺体が発見される。検死の結果、遺体は新聞記者ラウンズのものだった。一方でマーゴが妊娠する。父親はウィルだ。マーゴは後継者である息子を手に入れるためウィルと関係を持ったのだった。それを知った兄のメイスンは、マーゴを襲わせ、腫瘍が発見されたと適当な理由をつけてマーゴの子宮を摘出してしまう。それを知ったウィルは激怒。メイスンを殴り、「お前の豚にはすべての元凶であるレクターを食わせろ」と唆す。 

 

前回に引き続きウィルへの気持ちが離れつつあるぼくは、サイコな大富豪メイスンから目が離せません。レクター博士とイチャイチャするウィルよりも、妹の心体と尊厳をここまで蹂躙するのかという鬼畜な所業にドン引きすること請け合いの展開でした。しかしその一方でラストのウィルの発言から、ウィルは決してレクター博士に篭絡されたわけではなく、密かに反撃の機会を狙っているらしい様子がうかがえます。これにはとてもテンションが上がりました。

 

 

第12話『止め椀』マーゴの復讐案として「メイスンの殺害」で意見を一致させるレクターとウィル。一方でウィルはメイスンにレクター博士を拉致させる。豚小屋で吊るされたレクター博士の前に登場するメイスンとウィル。しかしここぞという隙を突いてウィルはレクターの拘束具をナイフで切断。メイスンの手下たちに殴られ気絶したウィルが目を覚ますと、そこにメイスンやレクターの姿はなく、豚の餌食となったメイスンのボロボロになった手下がぶら下がっているだけだった。そのころ、レクターはウィルの家に。彼はメイスンに薬を飲ませたあと、自らの顔の肉を削ぎ落としたあとで犬に食べさせるよう暗示をかける。かけつけたウィルはドン引き。トドメをさせというレクター博士の指示も拒否。レクター博士は、やれやれといった様子でメイスンの首の骨を折るのだった。

  

メイスンの顔面破壊、ついにきました。首の骨が折れても生きながらえたようで、ものすごい顔のまま車椅子生活に突入、ということで映画『ハンニバル』のあの姿になったわけです。ウィルはレクターに篭絡されたふりをして彼の逮捕を画策しているようですが、レクターにバレてないはずはない、そんな気がして落ち着きません。なにはともあれ次回でseason2は最終回。ウィルがレクターに対し、みんなに正体をばらすよう諭していました。これでようやく第1話の壮絶な殺し合いにつながることになりそうですね。楽しみ。

 

 

第13話『水物』ウィルはレクターと逃亡の計画を立てるその裏で、FBIのジャックとレクター逮捕の作戦を進めていた。

  

ついにレクター博士が大量殺人の容疑者としてジャックと衝突。

激しい殺し合いの末にジャックは致命傷を負い、ワインセラーに篭城。ドアを破ろうとするレクターの姿をブルームまで目撃、というラストにふさわしい本性大公開っぷりに興奮が抑えきれません。

ジャックの加勢としてレクター邸を訪れるウィルですが、そこには死んだはずのアビゲイルの姿が。彼女はブルームを2階から突き落としたあと、ウィルの目の前でレクターに首を切られてしまいます。これってseason1第1話の模倣ですね。ウィルからアビゲイルを何度でも奪ってみせるレクターの底意地の悪さ、超憎たらしいです。

ということで、結果全員がレクター相手に惨敗を喫したわけですが、これだけ派手に暴れたらもう陰湿な裏工作は通用しなくなりそうなので、season3でどういった展開になるのでしょうか。外国に逃げるのだとしたら、映画『ハンニバル』のような展開が待ち受けていそうです。  

 

 


 

 

ということで以上、『ハンニバル』season2でした。season1を意図的にざっくりまとめたこともあったので、その反動からか大変長くなってしまいました。

season3の感想はまた次回。「メイスンリベンジ編」に期待大!

 

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ドラマ版『ハンニバル』を観た(season1)

 

みなさんお元気ですか。

 

ぼくは最近いろいろあった末にネットを開通させました。なので心が浮ついてしまい、あのHuluに登録してみたのです。なぜかというと、前々から気になっていたドラマ『ハンニバル』が配信されているから。NetflixAmazonプライムビデオなど、定額制動画配信サービスは数あれど、ドラマ版『ハンニバル』を配信しているのはいまのところHuluだけっぽいですよね。ということで土日を使ってseason1の一気観を試みたので、その感想を疲れるよりも先に書ききろうと思います。急がなきゃ。時はすべてを破壊する。

 

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あらすじ

FBIアカデミーの講師ウィル・グレアム(ヒュー・ダンシー)は、自閉症スペクトラムの一種として異常なまでの共感能力を有していた。そんな彼の能力を買ったFBI行動分析課のボス、ジャック・クロフォード(ローレンス・フィッシュバーン)は、アメリカ各地で起こる事件の捜査協力者としてウィルの起用を提案する。しかしFBIコンサルタントで元心理学者のアラーナ・ブルーム(カロリン・ダヴァーナス)は精神的な負荷を懸念してウィルの起用に反対。そこでジャックは起用の条件として、高名な精神科医ハンニバル・レクター博士(マッツ・ミケルセン)にウィルの精神鑑定を依頼。かくして全米各地で起こる猟奇事件の捜査が始まるのだった。

 

 

【以下ネタバレあり】

 

第1話『アペリティフ若い女性ばかりが被害に遭っている連続殺人事件が発生

 

残酷かつ陰鬱。なによりも美術や映像に凝っていてとてもリッチ。幸先いいスタートです。

 

 

第2話『アミューズ・ブーシュ』山中で人間の体を栄養源としたキノコ栽培畑が発見される

 

ひーキモチワルイ!グロに関してはかなり踏み込んで見せてくれるドラマなので、こちらも気が抜けません。

 

 

第3話『ポタージュ』第1話の事件の続き

 

あちゃー!

 

 

第4話『ウフ』綺麗に整えられた食卓での一家射殺事件が発生するが、その家の息子だけが失踪中で……

  

明らかになった犯人の目的にグッときました。グロに関しては控えめでしたが、犯行や動機の面がグロテスクに造形されており、とても好みの回です。

 

 

第5話『コキーユ』モーテルの一室で背中の皮を剥がされ「天使」に見立てられた夫婦の遺体が見つかる

 

第5話にして、何かが吹っ切れたようなインパクトの遺体が登場です。犯人の行動や被害者の正体など、どことなく韓国映画『悪魔を見た』 イズムを感じました。

 

 

第6話『アントレ』精神病院で看護師が惨殺される。その手口から、容疑者である患者の男が、二年前に大勢の犠牲者を出した「チェサピークの切り裂き魔」ではないかとの疑念が生まれるがウィル的には微妙で…… 

 

盛り沢山な内容になってまいりました。この回に関してはハンニバルの所業にドン引きです。

 

第7話『ソルベ』ホテルで臓器を取り除かれた遺体が発見される。この事件も「チェサピークの切り裂き魔」なのか……

 

比較的落ち着いた回でした。

 

 

第8話『フロマージュ喉を裂かれ弦楽器にされた男の遺体が発見される。レクターのもとに通う患者の友人が楽器職人で……

 

レクターにライバル心を燃やす人物の登場です。レクターvs殺人鬼の格闘シーンが観られる愉快な回でした。よくわからない紐を急に振り回すシーンが好みです。

 

 

第9話『トゥルー・ノルマン』ビーチで、17体の遺体で構成されたトーテムポールが発見される

 

第5話と並んでインパクト大な遺体が素晴らしい。「発想とその実現」に毎回唸らされるシリーズです。

 

 

第10話『ビュッフェ・フロワ』女性が何者かに惨殺される。現場検証を行っていたウィルは、ベッドの下に皮膚の変色した謎の女を見つける。

 

そんな病気が!?というびっくり医学回。そしてレクター博士の所業冴え渡る回でもありました。あの透明スーツがかっこいい。

 

 

第11話『ロティ』第6話に登場した殺人鬼が護送中に逃走。かつて自分を診た精神科医たちの殺害行脚を開始する

  

この犯人にはもっと厳しくするべきだ、というモヤモヤは多少残るものの、グロシーンのオンパレードでビュッフェのような満腹感。今回のエピソードタイトルがビュッフェだったらうまいことかけてたんですけどね。「ロティ」は蒸し焼きにした肉料理のことらしいです。

 

 

第12話『ルルヴェ』ウィルがどんどん不調を見せる

 

主人公の情緒がめちゃくちゃになってきます。不穏な空気が濃厚です。レクターがとんでもなくよからぬことを企んでいるようで気が気じゃありません。

 

 

第13話『ザヴルー』朦朧としたウィルが起床即嘔吐すると、そこには人間の耳が混じっていて……

  

ウィル!しっかりしろ!負けないで!!!と思っていると予想外(レクター的には狙い通り)の展開に。はっきり言ってとても悔しいですが、ラストのウィルの目力に期待が高まりますね。心は折れていないようです。反撃開始はまた次回!

 

 

 

総評

面白すぎて一気観してしまいました。全米各地で起こる猟奇殺人と同時進行する本筋、それらすべてをコントロールし、支配するレクター博士。ひどすぎる。サイコパス界のスーパースターを演じるマッツ・ミケルセンのハマりっぷりも憎いです。それにしてもよくもまあこんなに異常な事件を思いつくなあと感動しました。画的なインパクトで言えば第5話の「天使の羽根」と第9話「死体トーテムポール」が最高。犯人の異常度で言えば、個人的には第4話が好み。なによりもレクター博士バイタリティとサイコパスとしての矜持には頭が上がりません。頼むウィル。映画『レッド・ドラゴン』 ではレクターを捕まえた伝説の捜査官、という扱いだったので、いくらドラマが映画版と関係ないとはいえ、今後に期待しているぜ。

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ちなみに今作、season3で打ち切られたという事前情報が伝わっているので、その点では気持ちが塞ぎかけますが、変な死体や変な動機を拝めるのであればどこまでもついていくぜという気持ちでおります。クラリス捜査官は出てくるのでしょうか。ドラマ版でも玉隠しダンスが拝めるのかも!?

 

season2の感想も書く予定なのでまた次回。

 

 

 

 

 

のんと能年玲奈/『この世界の片隅に』&『海月姫』

 

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能年玲奈が「のん」への改名を発表してから4ヶ月。 その報せを初めて聞いたとき、ぼくははっきりとした違和感を覚えていた。「いや、のんって!」ということではない。そもそも「能年玲奈」という名が彼女の本名のはずなのに、なんでその使用を禁じられているんだ、バカ野郎、冗談じゃねえ、ということだ。いくらかわだかまりも残ってはいたが、なにはともあれ能年玲奈が戻ってくる。その点に関してはまごうことなき吉報で、ぼくはとても嬉しかった。振り返ってみればなんと1年半もメディア露出がなかったのだ。ぼくは週刊誌が大好きなので、彼女の「騒動」に関するいろいろな記事を読んでいたし、彼女に対するネガティブな記事を書いた媒体すべてを記録したメモに「どうでもいい圧力に屈した雑魚ども」と銘打ち、これらを二度と読まないと誓ったりもした。メディアの露出が減ろうとも日々ブログを更新し続けていた能年ちゃん。あわよくばを期待して新宿御苑周辺をウロウロしたこともあった。そんな彼女がようやく、その才を発揮できる場を得るためだというのなら、改名だってなんのその。いろんな戦い方をしてほしいし、できる応援ならしていきたいと思っている人は大勢いるのだ。

 

sakamoto-the-barbarian.hatenablog.com

 

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ということで『この世界の片隅に』を鑑賞してきた。能年玲奈が「のん」に改名して初の主演作品ということになる。アニメーション映画なので声での出演だ。こうの史代さんの描いた原作は未読だけど、映画におけるその柔らかなタッチで描かれた「日常」のあまりの情報量とテンポに、のんびり構えていた頭がちょっと混乱した。しかしそれも押し付けがましい圧の強いものではなく、映画で描かれている時代、場所で、確かに流れている時間を、いっしょになって体験しているかのような没入感を与えてくれるものだった。なにより主人公すずを演じたのんa.k.a.能年玲奈の声。「ぼーっとしている」と自嘲気味に話すすずに、文字通り息を吹き込む、命を宿すという偉業を彼女はやってのけていたと思う。そのおかげもあって、ぼくらは知りもしない昭和の、反省や後知恵で構築された初めから忌むべき対象としてあるのではない、そこにある「戦時」を味わうことができたのだ。だからこそ、彼女がなにを喪失するかも痛く響いてくるのではないだろうか。やったぜ能年ちゃん!ぼくはこの映画に携わったあらゆる人に畏敬の念を抱いるけど、これまでの経緯などをふまえたうえで、今作の能年ちゃんには顔面の失禁をこらえることができなかった。今年公開された中でもベスト級の作品に能年ちゃんが出演していて、かつめちゃくちゃいい演技をしていた、それを大勢が観て感動して褒めてくれている、その構図がぼくの胸中をぬくもりで満たしてくれた。

 

結果ぼくは『この世界の片隅に』及びのんa.k.a.能年玲奈のことが頭を離れなくなった。しかし原作や関連商品に手を出そうにも現在清々しいほどお金がないので、その欲求に関してはただじっと耐え忍ぶしかない。いまの自分に出来ることといえばかねてから気にはなっていたものの中々手が伸びなかった彼女の主演作『海月姫』 を鑑賞すること。ということで『海月姫』を鑑賞した。ぼくは能年玲奈を吸収し、明日へと歩を進める活力に変えたかったのだ。

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はっきりいって『海月姫』の能年玲奈はとてつもなくかわいい。魅力が溢れていて、尊い。この映画には、彼女の輝かしい瞬間がギュッと詰められている。さらに書くとすれば、キャストもとても豪華だ。能年玲奈のほかにも菅田将暉長谷川博己が好演を見せている。2016年に話題となった映画(『ディストラクション・ベイビーズ』『シン・ゴジラ』『この世界の片隅に』)の出演者たちがこぞって共演している様を見ると、未来人として感慨を覚えてしまう。また、『アイアムアヒーロー』で見事なゾンビっぷりを見せつけてくれた片瀬那奈のコメディエンヌぶりにもびっくり。周りが漫画っぽい演技を「頑張る」中、片瀬那奈の演技はこちらが気を遣わずにすんなりコメディとして受け入れられる「技」を感じた。それにしてもこの映画の能年ちゃん、撮影がさぞ楽しかったんだろうなと思えるほど目を爛々とさせていて、この勢いが2016年に復活したことを考えたときに、改めてジーンとした。

 

いろいろあるけど、頑張ろうよ。ぼくはのんa.k.a.能年玲奈について考えるとき、決まって最後はそう思う。なんてことのない言葉だけど、それを実践する様を見せられると言い訳するのも野暮に思えてくるから不思議だ。彼女の今後の活躍が、いまから楽しみで仕方がありません。

 

 

 

 

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Twitter最高!/『何者』

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『何者』予告編

 

 

『何者』を観た。朝井リョウの書いた原作 は発売直後に購入して一気読み。当時大学四年生だったぼくは無内定のまま就職活動を放り投げ、せめて卒業だけはしようと卒論を書いていた時期だったので、読了後は原作を宙に放り投げたあとでワンワン泣いて過ごした。ぼくは朝井リョウ早稲田大学在学中に『桐島、部活やめるってよ』で華々しくデビューし、卒業後はあえて専業作家の道を選ばず就職したことも知っていた。会社での業務をこなしながら「就活とSNSによって浮かび上がる大学生の危うい自意識」を描いたこの『何者』を上梓したってことなのか?物語のそんな背景にまず心を折られていたし、それがのちに直木賞を受賞することも併せて、ひとり絶望感を募らせていた。さらにぼくは劇中にも登場するSNSTwitterにちょうどドハマリしていた時期でもあったので、そんな思いをあーだこーだTwitter上に書き散らしもしたが、まるでやつの手のひらで踊らされているような気分だった。できるやつはできて、できないやつはできないという身も蓋もない現実を見せつける朝井リョウという存在に怒りを燃やしたぼくは、それまで苦手だった腕立て伏せを休まずに百回こなせるほどに落ち着きがなくなった。どう考えたって『何者』はいけすかない小説だ。就活という大学生の一大イベントで明らかな勝利を収めた作者が、下々のすったもんだをこういう風に描くなんて、下々である当時のぼくには見過ごせなかった。いったいいくつ痛いところを突けば気が済むんだとの怒りで湯が沸きそうだった。それくらい大学四年時のぼくは混乱していたのだ。将来というものの得体の知れなさに。

 

この物語において、登場人物たちは人生の分岐点に立ち、混乱している。まだ自分のことをどう捉えていいのかもわからないのに、社会からは上手く提示するよう求められ、試行錯誤を重ねる。それが「得意」である人間もいれば「苦手」な人間も当然いて、その違いはいったいなんだ? というドツボにはまってしまう。

 

はっきり言って今回映画化された『何者』を観て、ぼくはかつてのようなバツの悪さを味わうことはなかった。バツの悪さが極限で炸裂するあのラストも、いま観ると「君たちはお似合いなんだからそのまま付き合っちゃえば……?」くらいに思えたほどだ。それはたぶん演者が全員超魅力的だったおかげもあると思う。就活のために髪を短くしました感あふれる佐藤健、狂おしいほどの人たらし菅田将暉、象徴としての有村架純、感じ悪いのにちゃんとダサエロい二階堂ふみ、妙に清々しい岡田将生、安定の山田孝之と、各々がキャラクターをしっかり立てていた。旬の実力派若手俳優たちが一堂に会するという点だけでも、観ていてとても楽しかった。

 

 「Twitterに垂れ流される自意識問題」みたいな点に関しても、別にいいじゃないのと思う程度で、まるで自分の心臓が左から右に移動してしまったかのような気持ちで観終えることができた。Twitterは最高だ。なにを隠そう、今回こうやって『何者』を鑑賞できたのも、Twitterがご縁で仲良くさせてもらっている方にポイントを恵んでもらえたからだ。Twitterは最高なのだ。そもそもぼくのいま使っているアカウントだって元々は「裏アカ」だったわけだし、そんな小さなことを気にしてぐるぐるしている間は、朝井リョウの思うツボなのだ。

 

Twitter最高!

 

ぼくはついに勝利を収めた。かつての自分にフォロワー数で。

 

 

 

 

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「出逢う」というSF/『君の名は。』

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君の名は。』を観た。新海誠監督の作品は『秒速5センチメートル』しか観たことがなかったので、綺麗な絵を描くいじけた童貞といった印象しか持っていなかったのだけど、その最新作である『君の名は。』を観た弟が興奮のあまりネタバレさせてほしいと懇願するほどに感動していたので、冗談じゃない、ぼくも劇場へと急いだのだった。綺麗な絵を描くいじけた童貞の何が悪い?ていうかそもそも、いじけてなんかいなかった。ごめんよ!

 

アラン・ムーア原作のアメコミ『ウォッチメン』に登場する無敵のヒーロー、Drマンハッタンは「地球上のあらゆる人間が奇跡だ」と言った。酸素が自然と金に変わるほどの天文学的低確率で我々はこの世に誕生しているのだ。人と人とが出逢うことも、その奇跡を成す重要な一部なのだ。本作は人と人とが出逢うことの、狂おしいほどの奇跡的側面を、美しい作画と糸のように織り成す時間を用いて描いていた。

 

はっきり言ってこの映画そのものが監督の祈りのようなもので、劇中で描かれていたようにフィクションの中で救える命があるのならいくらでも救えばいいとぼくは思う。もう戻れない過去に祈りが届いたっていい。忘れるべきではないと思うのに、忘れてしまっていたあらゆる過去に、いま一度振り返る機会をこの映画はくれたようにも思う。

 

ということで弟がエモいエモいと繰り返したのも納得のバックトゥザ思春期……以上の映画だった。大学生のころ、大阪で芸人をやっていた友達と『涼宮ハルヒの消失』を観に行った帰りの電車で「背景とかあれだけリアルに描かれるともう実写でよくない?と思わない?」と言われたことを思い出した。「いや!それは違う!」と返そうと思ったのに理由がうまく説明できずに言葉を飲んだのだけど、今のぼくなら言える気がする!言うぞ!アニメーションとはなにかを再現する行為であって、そこには描き手の表現したい、伝えたい想いがはっきりと込められる。的なあれをあの日友人に言ってやりたかったのだ。そしてぼくは新海誠監督の描く美しいアニメーションから監督自身の強い祈りを感じた。今作は、より明確に多くの人たちに祈りが届くよう開かれた物語でもあった。今作がこれだけヒットしているということは、その祈りは確実に多くの人の内側に隠れていたあらゆる感情を揺さぶったということなのだとぼくは思う。

 

P.S.

朝起きて異性の身体になっていたらまずすること、という話題で盛り上がれるのもこの映画の特徴だ。個人的にはパンツを穿いた自分のお尻を鏡に映しながら、飽きるまで撫で回したい。

 

 

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悪でもって悪を討つ!/『スーサイド・スクワッド』

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あらすじ

そこはスーパーマンの存在する世界。政府は彼のような能力を持つ「邪悪」な存在の出現を懸念し、「タスクフォースX」計画を発動した。それは凶悪犯罪者専門刑務所に収監されている悪党どもだけで結成された特攻部隊(スーサイド・スクワッド)の創設。恩赦と引き換えに人権もコンプライアンスも関係ない無謀な任務を強制される使い捨て集団だ。そんな中、人類の脅威となるメタヒューマンが活動を開始。世界を破滅の危機に陥れる。出番だ暴れろ!スーサイド・スクワッド

 

「タスクフォースX」選抜メンバー

ハーレイ・クインマーゴット・ロビー)】

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ハ~イ♡わたしはハーレイ・クイン。昔はハーリーン・クインゼルとか名乗ってたかも。元々精神科医をやってたんだけどアーカムアサイラムプリンちゃんに出会ってから人生が一変!脱走に協力して二人でたくさん悪いことしまくる最高の日々を過ごしていたんだけどお邪魔虫のバッツィに捕まえられてあたちだけ刑務所へ。ガーン!プリンちゃんと離れ離れになっちゃったよ~~~ファックザバッツィ!ロビン同様殺してやる!ってことで毎日退屈だしさみしいから布にぶら下がったり鉄格子を舐めたりして過ごしてるの……。そんな折、首に爆弾?仕込まれてテロリストと戦う?ことを命じられちゃうんだけどう〜んやっぱり興味なし。世界の危機よりふたりの愛。わたしはただプリンちゃんに会いたいだけ。会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい……。

 

【デッドショット(ウィル・スミス)】

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クソったれめ!俺はフロイド・ロートン。デッドショットと呼ばれる百発百中の殺し屋さ。数少ない楽しみである娘とのデート中にクソったれバットマンに捕まえられたのが運の尽き。いまは独房暮らしだがいつの日か必ず脱獄してみせるぜ。なんて考えていた矢先、政府の連中からの勧誘が。冗談じゃねえ。ただし俺と娘の明るい未来を約束してくれるのなら話は別だ。ちゃんとメモしときな、お偉いさん!

 

エル・ディアブロ(ジェイ・ヘルナンデス)】

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ヘイYOワッサップ?俺はチャト・サンタナa.k.a.エル・ディアブロ。炎を自在に出現させ、操作できる能力を持っているが、そのおかげで最低最悪の事態を招いてしまったことがある。こんな力、ない方がいいのさ。例え政府の連中に「利用できる」と期待されたところで関係ねえ。任務?参加したくないよ。どうでもいい。ほっといてくれ。

 

キラー・クロック(アドウェール=アキノエ・アグバエ)】

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ガハハ。俺はウェイロン・ジョーンズ。通称キラー・クロックだ。ワニ男呼ばわりがウザってえから下水でのんびり暮らしていたってのにあのコウモリ野郎に捕まえられちまった。政府のスカウトは鬱陶しいがまたシャバの下水に戻れるのは嬉しいから頑張るぜ。

 

【キャプテン・ブーメラン(ジェイ・コートニー)】

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どきやがれ!俺はジョージ・ハークネスだ。人呼んでキャプテン・ブーメラン。人間と違ってブーメランは裏切らねえ。ぬいぐるみもな。オーストラリアで強盗しすぎたせいで襲う場所がなくなってきた俺はアメリカに遠征、よくわかんねえ光速野郎に捕まっちまった。もち、任務になんて興味ねえよ。隙を突いて逃げてやるぜ!!!なあ!スリップノット

 

スリップノット(アダム・ビーチ)】

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やあ!俺はスリップノット!お得意のロープを使えばどこにだって上れるぜ。そんな俺に目をつけた政府の人間たち。ある特殊任務につくことになったんだ。首には小型の爆弾。逃げたら死ぬって?上等、上等!いっちょ暴れてやりますか!え?キャプテン・ブーメラン、いまなにか言った……?

 

【リック・フラッグ大佐(ジョエル・キナマン)】

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諸君、俺はリック・フラッグ大佐だ。今回とある事情によりならずもの軍団の指揮を執ることになった。危険な狂人どもめ、貴様らの首に仕掛けた爆弾は俺の采配で起爆させることができる。俺に危害を加えようとしたり、逃げようとしても同じだ。各々、肝に銘じるように。あと余計なことを口走るな!指示に従え!うるさいぞ!魔女とのファックは最高に決まってる!

 

【カタナ(福原カレン)】

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初めまして、わたくしはカタナと申します。本名はヤマシロ・タツです。この日本刀でリック大佐をお守りするべく参上いたしました。悪党どもに慈悲などいらぬ。余計な動きを見せたものは即一刀両断。重々覚悟をしておくように。

 

【エンチャントレス(カーラ・デルヴィーニュ)】

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こんにちは、ジューン・ムーンです。考古学の博士をしています。以前、ある洞窟に調査に赴いたときに長年封印されていたエンチャントレスと言う……私はエンチャントレス。長い眠りから目覚めた古よりの支配者。私の大事な心臓が人間の手によって管理されているので、奴隷のような扱いを受けている。我慢ならない。同じく封印されている弟を復活させ、この世界を支配してやるわ!

 

その他

ジョーカー(ジャレッド・レト)】

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 HAHAHA!オレだよ~!スウィートハート!いま迎えに行くからね~~~!

 

感想

デヴィッド・エアー監督といえば、少年時代をロスにあるサウスセントラルで過ごし、17で海軍に入隊したというザ・タフな監督。ガラの悪い人がガラの悪いやつらとぶつかって誰かが死ぬ、そんな映画を多く撮ってきた印象だ。そんな監督にとって悪が悪を討つストーリーである今作なんて最適じゃん!と思ったのは紛れもない事実であり、ヤンキーイズムむき出しの衣装や美術がグッとくるスチール、Queenの『ボヘミアン・ラプソディ』流れる予告編などを見るにつれ、期待に胸中を温かくしていた。監督の過去作は全部好きだもんね。『バッドタイム』なんて心の一本だぜ!ということで、今回は自分がなぜ今作にのれなかったのか、それを記しておこうと思う。いつかこの作品の光る部分を能動的に見つめられたときに、過去の自分を振り返るためだ。

 

身も蓋もなく言っちゃえば、おおよそ期待していたことが起こらなかった。ここでの「期待」が何かといえば、悪党の活躍に自由を見たり、ならずものの心が通じ合う気持ちよさだったり、ケレン味溢れるアクションのことを指しています。そんでいざ鑑賞すると、全然そういうことじゃなかった。なにがケレン味溢れるアクションだ馬鹿野郎!ぼくはアクションが退屈だという一点だけで急に冷めてしまうところがあるが、それを除いても、いまのぼくの頭じゃこの映画のいびつさを補完する力が足りない。映画、盛り上げちゃダメなの?と思った場面が何度もあった。同時に、監督めちゃくちゃ大変だったのかも、という心配も胸をよぎった。魂を込めたのに、その縁取りを邪魔されたとか、そういう拭い去り難い「本当はこんなつもりじゃなかったんだけど」感を感じてしまった。好き嫌いで言えば好きだけど、それで片付けるにはこの混乱を無視することができない。この映画を嫌う気にはならない。でもちょっとどうしていいかもわからない。だから人と話したい。そんな感じでまた面疔ができた。

 

今作のジョーカーに関してもぼくはなかなかに複雑な想いを抱いている。ヒース版ジョーカーとの比較はお門違いだとの声もあるが、別にそういうことじゃない。ジャレッド・レトの演じ方に文句はない。ただあのキャラクターが、ぼくの高校時代のある友人を想起させるものでつらかっただけだ。そいつは高校に通って初めてできた彼女と近所でも問題視されるほどの愛欲の日々に溺れるのだけど、次第に感情はねじれを見せ、ついにはその彼女をきつく束縛するようになった。彼女が自分に冷たい態度をとれば、誰かと浮気しているんじゃないか、その相手はお前なんじゃないかといった内容の長文メールをぼくに寄越してくるほどの攻撃性を見せる一方で、そんな自分の行動を「愛」という乱暴なくくりで美化し、吹聴できる傲慢さを持っていた。殺そうと思ったこともある。なので今回のジョーカーも自分の「所有物」であるところのハーレイちゃんを「愛」という名の独占欲のもと奪い返そうとしては人の邪魔ばかりする男にしか見えず、今回のバットマンがやむを得ない殺生は実行するタイプで本当に良かったと思った。しまった、今回のジョーカーがどうこうって話じゃなくなっている。ぼくはかつてのあの友人へ抱いた怒りを再燃させているだけに過ぎない。

※ちなみに調べてみたところ、今回、ジョーカーのシーンが大量に削除されているとの話だが、その中には彼のDV彼氏的側面の描かれたシーンが含まれていたそうだし、マーゴット・ロビー本人もこのふたりの関係には肯定的じゃないらしい

 

 ということで『スーサイド・スクワッド』、願わくば登場人物の中にショットガンを操るキャラクターがいれば最高だった。ぼくは映画に出てくるショットガンが大好きだし、絶対この映画にもショットガンが似合うはずなのだ。ふざけてなんかいない。ぼくは真剣にそう思っている。

 

 

 

 

 

時代遅れのジジイを止めろ!/『X-MEN:アポカリプス』

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神の目覚め

かつて人類史上初であり最強のミュータントが世界を支配した時代があった。最も神に近い存在として君臨する男の名はエン・サバー・ヌールa.k.a.アポカリプス(オスカー・アイザック)。しかし!新しい体に魂を移送する儀式の最中、色々あって長い眠りに入ってしまう。時は過ぎ1983年。カルト集団の儀式によって復活したアポカリプスは、かつての習慣から四人の下僕a.k.a.黙示録の四騎士(フォー・ホースメン)探しの旅へと出ることに。一方カルト集団を追っていたCIAのエージェントことモイラ・マクタガートローズ・バーンは、記憶こそ消されてはいるがミュータント周知のきっかけとなった事件に大きく関わった重要人物。異変を察知したチャールズa.k.a.プロフェッサーX(ジェームズ・マカヴォイはかつてキスをした仲でもあるモイラにコンタクトを取り、アポカリプスのあとを追うのだった。アポカリプスの目的は退廃した現文明のスクラップアンドビルド。そうはさせまい!X-MENを再結成だ!

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ということでX-MEN』シリーズ六作目(スピンオフを除く)にして後期トリロジーの完結編でもあるっぽいX-MEN:アポカリプス』(ややこしすぎる)。ぼくは2000年公開のX-MEN以外はすべて劇場でリアルタイム鑑賞してきた。いろいろ言われている三作目X-MEN:ファイナル・ディシジョン』も大好きだったりする。マグニートーが道路の真ん中に立って列をなす車を磁気操作能力で潰しては投げ潰しては投げしていくシーンなんて嫌なことのあった帰り道なんかよく想像する。そう、いまでも。シリーズに対するそんな感じの思いをまとめた過去記事があるのでよければ読んでください。

sakamoto-the-barbarian.hatenablog.com

 

さて、今回の『アポカリプス』はどうだったか。ざっくりと振り返っていきたい。

 

黙示録の四騎士(フォー・ホースメン)

今回は史上最強のミュータントが数千年の眠りから目覚め、テレビを観ることで人類の堕落を知り、この文明を一旦無に帰すべきだと地球規模の大破壊を始める。アポカリプスは様々な能力を保持した万能ミュータントなので、世界の一つや二つ朝飯前と言わんばかりにめちゃくちゃにしていく。そんな彼が黙示録の四騎士としてスカウトしたのは以下のミュータントたちだ。

 

【ストーム/オロロ・モンロー】(アレクサンドラ・シップ)

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天候を操るミュータント。突風を起こして気をそらせつつ物を盗む、というせこい盗賊をしていたがアポカリプスに見初められ仲間入り。シリーズを追ってきた人はご存知のとおり前期トリロジーではX-MENの主要メンバーでもあった人。なので予想通りそんなに悪いやつではない。

 

【サイロック】(オリビア・マン)

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日本刀とエネルギーソードであらゆるものを切り裂くミュータント。ミュータント情報屋のもとでボディーガードをしていたところ、アポカリプスにスカウトされた。ちなみに谷間と太ももガッツリな過激コスチュームはアポカリプスがつくったものだ。アポカリプスは偉そうなうえにスケベなのである。最悪だ。

 

【エンジェル】(ベン・ハーディ)

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背中に天使の羽が生えたミュータント。ドイツでミュータント版ジ・アウトサイダーのような地下格闘に参加しては他のミュータントを血祭りにあげていた。ぶっちゃけ羽が生えているだけなので飛行能力以外の利点があまり感じられないが、アポカリプスがなぜか気に入り、羽を鋼鉄製にしてくれる。そのため羽毛をナイフのように飛ばすことが出来るのだが、それでもまだもう一声ほしいところだ。メンバー内に天候を操るやつがいるのも彼をよりいたたまれなくさせる。現実でもたまに見かける「あいつ、大したことないくせに妙に上に気に入られてるよな……」系ミュータントなのかもしれませんね。

 

マグニートー/エリック・レーンシャー】(マイケル・ファスベンダー

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磁力を操るミュータント。これまで受けた余りにもひどい仕打ちの数々から人類への底なしの怒りに震えるテロリストでもある。しかし今回は色々あって人間社会に順応し、幸せに生きていこうと努力しているのだが、新たな災厄が彼の安寧をいたずらに乱し、破壊衝動に再び点火させるのであった。そんなタイミングでアポカリプスに声をかけられたもんだからもう大変。もともと最強クラスであるその能力をより高めてもらったことで、その強さはアラレちゃんレベルに。とはいえ誰かの下僕に成り下がるようなタマかよ!辛いのはわかるけど、つけ込まれないで!と、みんなが心配している。

 

このように実に頼もしい面子を引き連れてなお、アポカリプスはチャールズの能力にも並々ならぬ興味を抱き、接触を図ってくるのであった。こうしちゃいられねえ。世界崩壊を防ぐために立ち向かうは以下のメンバーだ!

 

 

新生X-MEN

【ミスティーク/レイヴン】(ジェニファー・ローレンス

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驚異的な身体能力と変身能力を持ったミュータント。 前作での活躍からミュータントたちの間で英雄視されている。身を潜めながら世界中の悩めるミュータントを救済すべく動き回っているが、アポカリプスの復活に伴い、かつての家族であるチャールズの元を訪れるのだった。

 

【ビースト/ハンク・マッコイ】(ニコラス・ホルト

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 天才的な頭脳と野獣のような凶暴性を併せ持つミュータント。普段は自分で開発した薬を用いて人間の姿を維持している。チャールズと一緒に「恵まれし子らの学園」に暮らしていたが、アポカリスに連れ去られたチャールズ奪還と世界崩壊を止めるため、ミスティークとともに頼れる先輩としてみんなをまとめる。

 

サイクロップス/スコット・サマーズ】(タイ・シェリダン)

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目から破壊光線が出続けるミュータント。そのため目隠しをして生活していたが、兄であり初代X-MENメンバーでもあったハボック(ルーカス・ティル)に連れられ「恵まれし子らの学園」を訪れる。そこで偶然ぶつかったジーンにドキドキ。ビーストの開発した光線を抑えるサングラスを装着することで、日常生活を快適におくれるようになった。

 

【ジーン・グレイ】(ソフィー・ターナー

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テレパシーとテレキネシス(念力)が使えるミュータント。しかしその能力があまりに強大なため、ときおり制御不能になってしまう。 シリーズを追ってきた人からすれば、「でもこいつがいるのなら……」そう思わずにはいられないはずだろう。とはいえ相手は「神」。油断はできまい。

 

ナイトクローラー/カート・ワグナー】(コディ・スミット=マクフィー)

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「見える場所」と「行ったことのある近場」へなら瞬間移動できるミュータント。青い肌と尻尾を持っている。ドイツのサーカス団にいたが拉致され地下格闘試合に参加させられていたところをミスティークに助けてもらう。人懐っこくお茶目な性格をしている。戦闘は得意じゃないが、触れた人も一緒に瞬間移動させることができるのでかなり助かる。

 

クイックシルバー/ピーター・マキシモフ】(エバン・ピーターズ)

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 めちゃくちゃ速いミュータント。あまりにも速すぎてあらゆる雑念にも追いつかれないためか、あっけらかんとした性格をしている。高速での大仕事の前になるとお気に入りの曲を再生することがある。フォー・ホースメンのメンバーの中に思い入れのある人物がいるようで、プロフェッサーXに会うため「恵まれし子らの学園」を尋ねてくる。今回もとびきりアガる活躍シーンが用意されていて、超最高!

 

かくしてアポカリプス&フォー・ホースメンvs新生X-MENの世界をかけた戦いがいま始まるのであった……。

 

アポカリプスとは……

X-MEN史上最強の敵……それは神」といったふうに宣伝されている強敵アポカリプスだが、彼は一体なにを象徴とする存在なのだろう?数千年も寝ていたくせに、目覚めるやいなや「ひどい時代だ」と順応を拒否。その気持ちだってわからいじゃないが、とはいえもうちょっと人の話を聴いてくれ、と思ってしまう。なぜならぼくは、いきなりスマホを向けられても笑顔で応えるアスガルドの神、マイティ・ソーをすでに知っているんだし……。

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愛される神様の代表例。神対応とはまさにこのことである。

 

今作『X-MEN:アポカリプス』は、傲慢な態度で「まったく今どきのやつは……」とのたまう目上の人に対し、新たな若い世代が立ち向かう話となっている。初めこそ高圧的な態度、インパクトのある顔面や能力に気圧されていたX-MENだったが、「いい加減にしろクソジジイ!紀元前に帰れ!」と次々と己の持つ能力をフル活用して牙を剥く様には大変胸を打たれた。よくみりゃ背も低いし、大したことねえよこんなやつ。顔がちょっと怖くて偉そうなだけじゃん。ぼくたちはミュータントではないので、モノを操ったり得体の知れないエネルギーを放出したり空を飛んだりはできない。しかし、空気に飲まれることなく、相手と自分の力量を客観的に見極める能力は、頑張れば身につけることができるのではないだろうか?ぼくらはやれる。一人じゃ難しくとも、力を合わせ、頭を使い、強大な敵を打ち倒すことができる。なぜならぼくらは、恵まれし子なのだから。

 

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こ、こわい……!

 

でも

 

時代遅れのジジイを止めるのだ。

 

今すぐに。

 

 

いつか夢見たあの仕事/『ゴーストバスターズ』

 

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~あらすじ~

大学で教鞭をとるエリン・ギルバート(クリステン・ウィグはかつて友人と超常現象を研究した本を出版するも、時間の経過と社会の軋轢の中で黒歴史化していき、大学での終身雇用の話にもかげりが出てしまう。そこで共同著者である友人のアビー(メリッサ・マッカーシーに「Amazonでの販売をやめてもらう」ようお願いに行くのだが、アビーは相棒のジリアン・ホルツマン(ケイト・マッキノン)といまだに超常現象に関する研究を進めており、怪奇現象のあった屋敷の調査に赴くことに。同行したエリンは、そこで本物の幽霊を目の当たりにして興奮をカメラにまくし立ててしまうが、その動画がYouTubeアップされ、結果失業。同じくアビー&ホルツマンのコンビも大学を追い出され、仕事のない三人は地下鉄職員のパティ・トーナン(レスリー・ジョーンズ)と面接に来たバカ、ケヴィン(クリス・ヘムスワーズ)を仲間に加え、超常現象を専門に取り扱う会社「ゴーストバスターズ」を設立するのだった。

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前作『ゴーストバスターズ』が1984年の映画らしい。ぼくがそれを観たのも20年ほど前の話で、テレビのゴールデン洋画劇場で放送していたやつを一回っきり。観た直後は興奮のあまりノートを開き、マシュマロマンにビームを放つ棒人間の絵を描いたほどだった。で、今作を鑑賞するにあたり一作目くらい鑑賞しなおすか、Amazonプライムビデオで見放題だし、と思っていたぼくだったのだが

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のシーンで10秒くらい笑ってそのときの気持ちを誰かに伝えたくなったままふらふら外に出てしまったので、続きを観ることもなく、時節柄、情緒的な不安定に悩まされたこともあって、けっきょく冒頭中の冒頭しか確認せずに最新作へと臨むこととなったのだ。やややケッタイな!

 

でもいざ鑑賞してみると続編ではなくリブートだったのだ。やったー!話によればメインキャストを女性にしたことで一部の人間が炎上したらしいし、それをとりまくみっともない有様なんかも情報として事前にバンバン入ってきたこともあってうんざりしていた部分もあったのだけど、映画はそういう空気を意に介さないゴキゲンな内容だったので、ぼくは改めて「映画っていいなあ~」と思ったのだった。 ぼくはクリステン・ウィグの「ズーイー・デシャネルの実家に遊びに行ったら奥から出てきそう」な感じが好きなので今回の主演も嬉しかったし、『ブライズメイズ』以来の共演となるメリッサ・マッカーシーとの掛け合いも楽しい。そもそも同性同士の気の張らないやりとりが好きなぼくは、今回のゴーストバスターズに溢れる大人の放課後感が心地よかった。なによりメンバーの4分の3が職を失ってから物語が動き始める点にも勇気をもらえる。ぼくは映画を観ながら、ゴーストバスターズのイントロを背にしてつなぎを身にまとい、中腰で廊下を進みたい願望を自分の中に見た。そうだ、ぼくは小学生のころ、「ゴーストバスターズ」という職業に憧れを抱いていたのだ。胸が震えた。

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胸が震えたといえばクリス・ヘムズワース演じるケヴィンだ。今年観た映画に出てくる誰よりもバカだった。出てくるだけで劇場がざわついたので、このキャラクターは大勝利を収めたことになるのだろう。『トロピック・サンダー』も彷彿とさせるあのエンディングも最高だ。マッチョでハンサムなケヴィンがあまりにも屈託なく病的な行動に出るので、先述したように同性同士の心地いいやりとりの阻害要因にもなりようがなかった点が素晴らしかった。サックスに耳を当てても「聴いてる」ことにはならないんだぜケヴィン。

 

リブート版『ゴーストバスターズ』はテンポよく進んでくれる。二時間があっという間だった。ゲラゲラ笑って劇場を後にし、一緒に鑑賞した弟とふたりおなじみのテーマ曲をハミングしながら帰った。あのリズムに足を踊らせるぼくらはきっと仲良くなれるはずなのさ。こんな世の中だろうとニヒリズムに甘えず、DMXの『Party Up』を聴きながら踊っていようぜ。ゴーストを狩れ。いますぐに。

 

 

 

 

 

 

 

書き下ろし短編:『Good morning, everyone.』

 

 深夜四時を回っていた。煙草を一本手に取り、先端を眺め始めてから一体どれだけの時間が経ったのだろう。矢野は考えていた。特別気になる箇所がある訳ではなかったが、そうすることで落ちつくことができた。矢野はライターを持っていない。そもそも煙草を吸う習慣さえなかった。マッチならどこかにあるはずだったが、それより先にコンロが目に入った。ガスの元栓を開け、つまみを捻ると、真っ暗な部屋に青い炎が浮かび上がり、仄かに空気を焦がした。煙草を青い光に近付ければ先端が赤くなり、鼻孔をくすぐる甘い香りが漂ってくる。矢野はそのまま煙草の燃える様を眺めていようと思ったが、コンロから離した途端に赤い光はみるみる弱まり消えてしまった。同時に先ほどまで滾っていた「燃やしたい」という衝動さえも醒めてしまったため、矢野は煙草を流し台に放り投げて水で濡らした。漂う残り香さえ鬱陶しく思えた。窓へと向かいカーテンを引く。朝日はまだ昇っておらず、触れられそうな闇が広がっていた。しばらく目を凝らしてみれば、夜空に浮かぶ雲がぼんやりと確認できる。直に朝日を拝めるだろう。矢野は椅子に腰を下ろし、机の上に置いてあった包丁を手に取った。広げられた新聞紙の上には、皮と実が削り取られ、蝋燭のように細くなったりんごの芯がのっている。矢野は窓に向かったまま、新聞紙目がけて包丁の刃を振り下ろした。芯は二つに折れ、床の上に落ちて転がった。肘かけに肘を置き、重力に任せ、包丁を握る手を地面目がけて振り下ろした。包丁は雑誌の上に突き立つと、静かに角度を変え、床の上に倒れる。目の前の窓ガラスには何も映っていない。実際には映っているのだけれど見えていないだけなのかもしれない。矢野は顔を近づけ息を吹きかけた。曇りは霧散してしまうが、残された黒い窓ガラスには、微かに自分の輪郭が映っていたので安心した。僅かに開かれた窓からは湿った風が入りこみ、室内をじめじめと汚していくかのような気がしてならなかったが、矢野はそれを放っておくことにした。この部屋に住み始めてまだ二週間ほどだが、今となってはすっかり矢野の安住の地へと変化を遂げている。色、温度、匂い、全てが矢野を安堵させた。日中はほとんど外に出ることもなくこの部屋で本を読んだり、ごくたまにテレビを見たりして過ごしていた。矢野は定職に就いていない。以前薬局でアルバイトをしていたことがあったが、頭痛薬を購入した男性の後をつけ、自宅前でその両足の骨を踏み砕いて以来通わなくなった。その男性客と面識はなかった。怨恨など生まれる余地すらないほどの関係性だったが、矢野はそうしなければならないと感じたのだ。風の匂いはかつて嗅いだことのあるものだったが、妙な郷愁に浸るのは避けたいと窓を閉めることにした。時計の針は四時三十分を指している。ふと、矢野は窓ガラスに映る自分に話しかけたい衝動に駆られた。しかし何を話せばいいのかが思い浮かばず、そんな自分を情けないと苛んでいるうちに涙が溢れてきた。二時間前にコンビニに行った。アパートから歩いて五分の場所にあるそのコンビニに、矢野は週に二回ほど買い物に行く。時間は決まって深夜だ。店員は主に床を磨いている。大学生だと思われる目の細い青年で、店内には彼の姿しか見えなかった。矢野が自動ドアを抜けてその店員の横を過ぎる際、小さな声でいらっしゃいませと聞こえた。矢野はその日発売の週刊誌を手に取っては適当にめくり、元の場所へ戻した。客は矢野一人だけだった。五分ほど経って自動ドアが開き、二人の男が入ってきた。一人は四十代ほどの背の低い男で、色の薄いサングラスをかけ、頭を角刈りにしていた。その後ろに続く若い坊主頭はくっきりとした二重瞼で、頭が小さく、両耳の鈍い光沢を放つピアスがやけに目立っていた。再び店員の小さなあいさつが矢野には聞こえたが、果たしてあの二人には届いたのだろうか。二人の男は首や肩を回しながら栄養ドリンクを一人三本ずつ手に取り、他の商品には目もくれずレジへと向かう。床にモップをかけていた店員は小走りでレジの中へと入り清算を始めた。矢野はその様子をじっと眺めていた。店員が釣銭をうっかり落としてしまわないかと期待した。その時に二人の男がどういう反応を見せるのかが気になったのだ。結局店員は無事清算を終えてしまったので、矢野は週刊誌を棚に戻し、果物の缶を五つかごに入れてレジへと向かった。坊主頭が栄養ドリンクの入ったビニール袋を手に、自動ドアに近づく。しかし外には出ずに、先に角刈りを通してからその後に続いた。店員がか細い声で値段を告げる。彼の鼻の頭にはぬらぬらと光る脂が浮いていた。矢野は脇に抱えていた焦げ茶色の袋を店員の前に差し出す。それは底の方に大きな染みの付いた布製の袋で、色を合わせる意思の伺えない白や緑や赤や青の糸で所々縫合されていた。その薄汚い袋を見て店員は細い目の奥で真っ黒な瞳を左右に動かし「困惑」の色を一瞬、その顔に浮かべた。その様子がどうしても演技にしか見えなかった矢野は、この店員はどこか自分に似ていると思った。袋を手にコンビニを出て辺りを見回し、矢野は先ほどの二人を探した。すぐ前の横断歩道を渡っている人影が目に入った。信号は赤だったが矢野もその後を追い横断歩道を渡った。車のライトが遠くに確認できる程度で、道路は実に静かだった。距離を十メートルほど保ったまま、矢野は二人の後をつけた。どちらも矢野の存在に気付いている様子はなく一度も振り返らない。どこかで彼らが、彼らの居場所、例えば住居などの矢野の侵入できない領域に入ってしまったら、この尾行は終了させるつもりだった。先を歩く二人は何かを話している。矢野がかすかに足を速めると、夜の冷たい空気が頬を撫でる。矢野にはそれが、堪らなく鬱陶しかった。二人の男はテナント募集の張り紙が窓に貼られている、老朽化した建物の脇に入った。矢野の靴底がアスファルトを蹴る。袋がズボンに擦れ、缶がぶつかり合う小さな音が届いたのか、角刈りの男が音もなく振り返った。口には着火前の煙草が咥えられている。矢野はその煙草の先端を見つめたまま袋を振り上げると、その男の頭頂部目がけ、勢いよく振り下ろした。袋によって一つの塊と化した五つの缶は、男の頭皮を容易く裂いて骨を砕き、意識を遥か遠くへと一瞬で飛ばしたようだった。続いて膝を踏み潰そうと考えた矢野は足を持ち上げたが、角刈りの男は声一つ発さないまま、アスファルト目がけてうつ伏せに倒れ込んだ。坊主頭の男は、隣で肩をすくめたまま動かない。袋を手放すと、缶のぶつかり合う音がくぐもりながら響き渡った。矢野は角刈りの背中に跨り、その頭を両手で掴むと、顔面を地面に叩きつけた。角刈りの頭頂部の裂傷から血が跳ね、地面に無数の斑点を描いた。坊主頭が何かを叫び、矢野の肩を殴るように押した。矢野は崩れた体制を整えると、再び単調な動作に戻った。両腕を動かしたまま、坊主頭の方を見た。その男は瞬きをしていなかった。血で滑り、その手が角刈りの頭から離れると、矢野は立ち上がってポケットに入っていたスプーンの柄を握りしめる。坊主頭は必死で頭の中を整理している様子で、地面に横たわったまま髪の毛の隙間から血を噴き出している角刈りを、虚ろな目で眺めている。矢野は坊主頭の耳を鷲掴みにし、路地のさらに奥へと引きずり込んだ。坊主頭が声を上げたので、その喉に何度も拳を打ちつけた。坊主頭の真っ黒な瞳のみが、闇の中でぬらぬらと光っていた。手に握られたスプーンは、肌に張り付くかのようだった。坊主頭のくっきりした二重瞼にスプーンの先端をねじ込むと、時計の針と同じ向きに拳を回した。瞼のささやかな弾力に抗い、スプーンの先端は坊主頭の眼球を押し潰した。矢野の手が生温かい液体で濡れる。坊主頭が悲鳴を上げようとしたため、矢野はもう一度その喉に拳を叩きこんだ。咳き込むと同時に、坊主頭の口から唾液に交じった血が飛んだ。自らの顔に押し付けられる矢野の拳を、坊主頭は力強く掴み、退けようとするが、スプーンの先端は更に奥へと突き進み、遂には脳へと達した。力のない擦れた声を絞り出しながら、矢野の腕を掴む力を弱めていく坊主頭は、身体を震わせ地面に膝から崩れ落ちた。眼孔から抜けたスプーンの先には黒い塊が付着していて、矢野は虫を追い払うような仕草でそれを地面に振り落とす。坊主頭は顔を両手で押さえたままアスファルトの上で依然震え続けている。矢野はその様子を眺めながら、手に付いたあらゆる液体が不快だったので、着ている服の裾で拭った。生温かい鉄の臭気が漂っている。強烈な焦燥が矢野を襲った。しかしそれは不愉快なものではなかった。ふと足元に転がっている栄養ドリンクが目に入ったので矢野はそれを強く蹴飛ばした。静まり返った道路の真ん中でビンが軽快な音を立てて回り、夜の闇の中へと消えていった。角刈りの男は爪先で脇腹を突いても反応を見せなかったが、念のために血の噴き出している頭部を思い切り踏みつけると、五度目でその硬い骨が陥没し、更に大量の血が溢れ出て足元を広く濡らした。焦燥は少しずつ消失していった。矢野は血でじっとりと湿った袋を拾うと、破れていないか手でなぞった。無事だった。この頑丈さが気に入っており、これまでずっと使い続けていたのだ。袋の下に落ちていた一本の煙草。矢野はそれを拾ってポケットに入れる。坊主頭の耳に刺さったピアスが、男の揺れに合わせて外灯の光を反射し続け、矢野の目にはそれがストロボのように映った。先ほどの焦燥は、視覚の片端に入り込んだこの点滅を無意識に察知していたからなのかもしれない。血に塗れたスプーンはそのままポケットの中へ入れておいた。少し遠回りをして帰ろう。公園で手と靴を洗わなくては。矢野はふと、さっきの店員の顔を思い出した。しかしその理由が自分でもわからず、まあいいかと地面に靴底を擦りつけながら最寄りの公園へと向かった。遠くで連なるビルの隙間から、微かな光が漏れている。今日もまた朝がやってきたのだ。コンビニで買った缶の内、破れていない三つを次々と平らげた。帰ってきて鏡を見ると頬に糸くずのような黒い塊がついていた。しかし矢野にとってはそれ以上に、鏡に映る自分の顔が知らない誰かのように思え、しばらくの間、不安な気持ちのまま眺めていた。汚れた服と袋は、風呂場の浴槽に張った「スープ」に浸してある。生温かい臭気は未だ漂っていたが、もう気にならなかった。そろそろ布団に入ろう。椅子の上で窓を眺めるのにも飽きた矢野は欠伸をする。窓に映る自分の顔が、相変わらず疑わしく思えてならない。今日はきっと気持ちの良い日になるだろう。矢野は目を細め朝日をしばらく眺めていた。そういえばあの角刈りはうつ伏せに倒れたままだった。どうせなら仰向けにしてやればよかっただろうか。そうすれば朝日を拝むことができただろうに。布団の中に潜り込み目を閉じる。窓から差し込む陽光に顔を照らされていると、再び涙が溢れてきた。この涙がどの感情によって流れ出たものなのか皆目見当もつかなかった。それでも矢野は毎日、朝日を受ける度に泣いている。明日もまた泣いてしまうのだろうか。涙の止め方を矢野は知らない。