MidnightInvincibleChildren

短篇『れいぐう』

 

 

 

 

※下記はコンビニプリント用ZINE『Midnight Invincible Children Vol.Ⅲ』(2022.06.13~2023.06.21)に収録されたものです 

 

 

 

 

 なのでわたし、「ただいまですと五分ほど、お時間ちょうだいしておりますが」とお伝えしたんです。そしたらお客様、特にリアクションもなかったので、声が届かなかったかなと思いもう一度お伝えしようとしたんですが、ちょうどそのタイミングでなにかおっしゃってきて。そうです。わたしの声とかぶっちゃって。お客様がなんておっしゃったのかわたしは完全には聞きとれなかったので、「失礼しました、もう一度よろしいでしょうか?」とカウンターから身を乗り出したんですが、ええ、わかります? 舌打ちされました。そうですねえ、男性で、五十代か六十代くらいでしょうか。それでそのお客様が「電車に間に合うの?」とおっしゃって。どういう意味? と思ったんですが、ああ、これから駅に向かう方なのかと思って。でも何時の電車に乗るかとかわたしは知りませんし、やっぱり変ですよねあの質問。そうです。混乱しましたねえ。わたし、その、なんていうんだろう。ごめんなさい、個人的な話ですけど、ここのところの疲れを入れておいたコップが逆さになったみたいな感覚になって、ほかで分けて置いといた感情にもそれがかかっちゃった、みたいに、あーあってなったんです。気持ちが。なんか台無しだなっていう。なにが台無しかはよくわかんないですけど。ははは。すみません。でもそういう気持ちになっちゃって。

 ねー。

 わたしはもう雑に答えることもできなくなって、とりあえず「そうですね、五分あればご提供できると思うんですが」とさっきもうすでに伝えてある、それをさらに曖昧な雰囲気でもって口走ってしまったんですね。そうです。よりにもよってですよね。わたし普段からなんだかなめられちゃうんですよ。しゃべり方なんでしょうか? 声? まあ雰囲気とか、そういうのぜんぶ総合してってことなのかもしれませんね。そのお客様、「だから、間に合うの?」と先ほどよりも声を大きくされて。頭はもう全然回ってないんですこっちは。あーあ、スイッチ入れちゃったって思って、そのまま黙って帰って寝たいなとか思った気もします。わかります? ふふ、なんて答えればよかったんだろう。間に合うと思いますよ、でいいんですか。間に合わないかもしれませんとか。でもそういうことじゃないんですもんね。例えば、わたしが電車のお時間を聞くとか? そのうえで早く提供できる物を別で提案したり? 一応、近いことはしましたけど。こちらの商品ですとすぐにご提供できますって。でも無視されて。無視なのかな? 返事しないんですよね。返事ってそんなたいそうなもんでもないか。反応。悪口言うときだけこっち見て。いやなリズムなんです。やりとりのリズムとかテンポというか。絶対に譲らないあの感じ。もう慣れっこだと思っていたことなのに、すごく嫌でした。そう、嫌だったんです。なにもかも。もうほんとすべてが。

 それで、はい。いいました。

「うちの父にそっくりですね」って。

 反応ですか? あったような気がします。ん? みたいに全部の動きが一瞬だけ止まったような感じでした。遅れてわたしのこと見たんですよ。なにが目の前にいるのか、今になってようやく確認するんだって思うとちょっと滑稽で。暢気なもんですよね。自分が安全だと思い込んでいる傲慢さ、愚鈍さ、そんなのがこんなふうに大勢の行き交う世界を歩いているんですか? って思いました。聞けばよかったかもしれないです。愚鈍ですか? って。

 お客様、「は?」っていいました。わたしももう勢いついてますから、すぐですよ。「まあ父は死にましたけどね」って。「弟が殺しました」っていいました。ああ、いえ。父は健在ですし、弟もあれですよ。姉ちゃんおれ芸人なろうかなっていってるような洟垂れ大学生ですし。なってもいいけど、モラルの低い人間に囲まれて、あんたまでモラル低いままじじいになったらなにもかもおしまいだからねって伝えました。わたし、問題の本質も考えずに「そういう時代だから」みたいにやれやれ感だしてコンプラを表面上遵守してますみたいな芸人ゆるせないんです。九割九分そうですもんね。あなたが息苦しい程度に思っているその約束事が、じゃあいったいどういう人のことを守っているのかとか、ちゃんと理解してからロレックス買えば? ってのは思ってます。すみません、そうお客様ですよね。そうそうそう。なんか、あ~って顔してたんです。それで、ひどい言葉吐いて帰られた気がします。とりあえずひどい言葉です。ここで説明したくないくらい。すみません。とりあえず、いまのが一連の流れといいますか、たいへんご迷惑をおかけした、本日のトラブル報告です。本社からもなにかいわれますよね。あーもうほんとすみません。ということで、一つご相談なんですが、カウンターに護身用のアイテムとかって常備することできませんか? テーザーガンでもいいと思います。あ、テーザーガン。見たことないですか? ワイヤーでつながった針を発射して相手に突き刺し、そのまま電気を流す道具です。そうですそうです! 使いたい!