日本にも『FARGO』はあった
『ファーゴ』といえば、コーエン兄弟が1996年に制作した映画で知られている。ノースダコタ州の都市ファーゴとその周辺を舞台に、ちょっとした邪な思いつきをきっかけとして、事態が徐々に酸鼻を極めていく様子をブラックでオフビートなコメディタッチで描いている。さらには物語の頭で「これは実話である(THIS IS A TRUE STORY)」という文言を提示してみせるという大胆な演出も本作の特徴として有名だ。
2014年にスタートしたドラマ版『ファーゴ/FARGO』は、映画版を原案としたシリーズであり、こちらの方も2017年現在、サードシーズンまで製作されるなど好評を博している。
シリーズとして見た場合の特色としては、田舎を舞台にちょっとした欲望が悪い連鎖を起こす点と、その過程、あるいは行く末にオカルト的要素が絡んでくる点などが挙げられる。なんとなく、日本を舞台にしてもでもできそうな気がする。
和製『ファーゴ』で思い浮かぶのは、2005年に山下敦弘監督が撮った『松ヶ根乱射事件』だ。雪の降り積もる「日本のどこか」を舞台に、本家よろしく「実話」であることを堂々提示しながら次々と陰惨な出来事が進行していくところなど、「田舎は最悪映画」としても個人的に大好きな一本である(過去記事でも触れています)。
今度の舞台は日本の関東
そして今回、なんと本当に日本版『FARGO』と呼べるドラマが登場した。その舞台はなんと関東。しかも埼玉なのである。タイトルはずばり『GYODA』。まんま行田市だ。
ここです。
行田市 - Wikipedia
このドラマも本家『FARGO』と同じように、タイトルとなった地、及び近隣の町々を舞台に物語が展開していく。いったい埼玉県北部にどんな物語が待ち受けているというのか。 作中のキーワードを確認したい。
作中キーワード
【爬虫類専門店 Exotic Pleasure】
熊谷にある爬虫類専門店。物語の中心を担う。
星野幸雄(ダンカン)
55歳。Exotic Pleasure店長。輸入した爬虫類を法外な値段で売りつける詐欺行為に手を染めている。そのためトラブルには事欠かないが、何年も前から殺人にも手を染め、その遺体を秩父山中にある心霊スポット『闇の森公園』内の廃墟で解体している。自称30人殺し。
斎藤常信(児嶋一哉:アンジャッシュ)
43歳。爬虫類専門店を経営していたが、星野に声をかけられビジネスパートナーとなる。妻子持ちであり、星野の凶行と、共犯としての自分に強い恐怖を感じている。
星野愛子(浅野温子)
54歳。星野幸雄の妻。前夫との間にできた長女と、星野との間にできた次女がいる。夫の犯罪行為を指揮している。
【埼玉県警】
渡部ふみ(荒木優子)
28歳。刑事部捜査第一課所属。数年前から埼玉県北部で度々発生している失踪事件に目をつける。
新井康夫(安田顕)
49歳。刑事部捜査第一課所属。2年前に妻を亡くした。幼少期の星野幸雄を知っている。
後藤太郎(山口智充)
43歳。刑事部捜査第四課。城石組若頭の失踪に関して捜査を進めている。
【城石組】
埼玉県北部を縄張りとする暴力団。
及川喜久雄 (花山司)
55歳。城石組若頭。星野と懇意な間柄だったが、金銭的なトラブルにより関係が破綻。脅迫を続けていたところ、星野に殺害される。県内の高校に通う15歳の愛人がいる。
村田眞一(青木崇高)
35歳。城石組構成員。及川の失踪に関与していると確信を持ち、星野を執拗に追い詰める。極真空手二段。
窪田想(池松壮亮)
21歳。高校を中退し、地元の友人らと不良行為に明け暮れていたところ、親の知人であった及川のもとに預けられる。及川の運転手として見習いを続けているが、盃をもらい城石組の正式な構成員となることを望んでいる。
【須藤会】
群馬に拠点を置く暴力団。城石組の縄張りを奪おうと画策している。
山之内昇司(木下ほうか)
50歳。須藤会若頭。早稲田大学商学部卒。
真壁彰(渋川清彦)
40歳。須藤会若頭補佐。柔道三段。一卵性双生児。
真壁優(渋川清彦)
40歳。須藤会若頭補佐。剣道三段。一卵性双生児。
【窪田会】
城石組の窪田想を中心とした不良グループ。
工藤勇太(駒木根隆介)
28歳。自動車修理工。窪田想の幼なじみ。ヤクザの見習いをしている窪田に羨望の念を抱いている。別れた妻との間に子供が二人いる。
萩野晋平(高杉真宙)
19歳。ヤンキー。窪田の後輩。
行田のアパートで暮らすカップル。
水田譲治(満島真之介)
30歳。上尾の警備会社社員。精神を病んだ彼女と同棲、結婚を考えている。
橋本久美(山田真歩)
28歳。元看護師。鬱病を患い、自宅で療養している。
山岡さん(黒田大輔)
49歳。水田と同じ警備会社社員。親身に相談に乗ってくれている。
母親からネグレクトを受けている小学生の姉弟。
工藤紗綾(福田美姫)
11歳。家に帰らなくなった母親の代わりに弟の面倒を見ている。
工藤焚摩(加藤憲史郎)
10歳。「闇の森」でUFOを呼ぶことによる救済に密かな希望を抱いている。
工藤麻美子(本田翼)
28歳。新たな恋人ができたことを機に、子供を置いて家を出た。
【殺し屋】
須藤会によって東京から招かれた五人組。
佐藤くん(山口一郎:サカナクション)
無口。
鈴木くん(岩寺基晴:サカナクション)
しゃべらない。
高橋さん(草刈愛美:サカナクション)
しゃべらない。
田中さん(岡崎英美:サカナクション)
しゃべらない。
伊藤くん(江島啓一:サカナクション)
しゃべらない。まばたきもしない。
【闇の森公園】
秩父山中にあると言われている地図に載っていない謎の敷地。廃墟が点在しており、心霊スポットとしても知られている。建ち並ぶ建造物の内部にはトイレがなかったり、二階へと続く階段がないなどの不思議な点が多いこと、またその近辺で謎の発光体がたびたび目撃されていることなどから「UFO基地」なのではないかとの噂もある。モデルとなったのは心霊スポットの『山の牧場』。
日本一気温の高い地獄
鬱蒼とした木々の輪郭がぼんやりと浮かびあがる月夜。画面中央には文字が映し出される。
【これは実話である。】
聞こえてくるのは誰かの鼻歌。そのメロディは玉置浩二の『田園』だ。バスルームと思しきタイル張りの部屋で、真っ赤な肉魂を解体する中年の男女(ダンカン&浅野温子)。顔を見合わせ微笑み合うふたり。そこに一人の男(アンジャッシュ児島)が現れる。
「コーヒーどうぞ」
『田園』のイントロ鳴り響く中、血に塗れた状態でコーヒーブレイクをする三人の姿。彼らの日常をモンタージュで見せていく。爬虫類専門店で接客する姿。多くの客を騙し、トラブルになった者は殺害。「闇の森公園」と呼ばれる廃墟にてその死体を処分する。翌日、店で振りまく笑顔に変化はない。そのモラルなきバイタリティ。彼らはまた新たに一人の男を殺害した。それは城石組の若頭(花山司)だった。
この殺人事件をきっかけに、物語は動き始める。行方不明になった若頭を探して城石組が動き出し、混乱状態にある城石組のシノギを狙う須藤会も暗躍を始める。その不穏な動きを嗅ぎつけた埼玉県警も捜査に乗り出す。
捜査第一課に配属されたばかりの渡部ふみ(荒木優子)は、過去の捜査資料に目を通していた。彼女はここ数年の間に県内で起きた数々の失踪事件に、ある男の影があることに気づいた。上司である新井康夫(安田顕)に相談したところ、新井は幼いころからその男を知っていると話す。街一番のホラ吹きだったその男は、虚栄心の塊で、息を吐くように嘘をついた。高校には進学せず地元の寿司屋で働いていたが、その店はのちに火事で全焼。それ以降、この男の周囲には不穏な事件が度々見られるという。もちろん捜査の手は及んだが、どうしても逮捕の決め手となる物的証拠が見つからない。
死体が見つからないのだ。
そこに業を煮やしているのは警察だけではなかった。以前から若頭と親交のあった星野に目をつけた城石組の村田眞一(青木崇高)は、こちらの追求をのらりくらりと交わしていく星野に怒りをつのらせ、次第に過激な行動へと乗り出していく。かくして地獄の扉が開かれるのだった。
メインである爬虫類店をめぐる物語は、かの有名な埼玉愛犬家殺人事件をモデルとしている。園子温監督の手によって映画化もされたあの陰惨極まりない事件だ。
しかし本ドラマの第1話においては、事件の詳しい経緯は描かれない。知名度ある事件がモデルであり、でんでんの怪演や過激な描写から話題を呼んだ映画などを考慮したうえでの判断かもしれない。しかしなにより、「事件はこれまでも、そしてこれからもこの地で起こり続ける」という視点を視聴者に植え付けるため、第1話で渦中に叩き込む狙いが感じられる。不穏で軽薄な茫漠がすべてを包み込んでいる。
脇を固める市井の人々
どこまでも広がる畑と建ち並ぶ鉄塔。閑散とした国道沿いにぽつんと現れる、場違いな外観のラブホテル。
この物語は殺人鬼とヤクザの揉め事に終始しない。その地に住むあらゆる人間が混沌の一員として事件に絡め取られていく。
第一話の中盤にて、城石組の窪田がATMに入金するためコンビニに立ち寄る場面が出てくる。その際に漫画雑誌を立ち読みしている小学生の男の子が、のちの第二話以降も登場する少年・工藤焚摩(加藤憲史郎)だ。彼はゴミだらけのアパートで、ふたつ上の姉・工藤紗綾(福田美姫)と二人だけで生活している。母親は新しい恋人の元へ出かけたきり帰ってこない。そんな彼らが夜な夜な耽るのは「闇の森公園」の噂話だった。
城石組で運転手を務める青年・窪田想(池松壮亮)には地元の不良仲間がいる。先輩である工藤勇太(駒木根隆介)は、首元まで覗くタトゥーが印象的であると同時にどこか憎めない雰囲気をまとう。彼は歳下でありながら城石組で働く窪田に憧憬と嫉妬の入り混じった複雑な思いを抱く。物語中盤において、窪田が盃を交わすことで正式に城石組の組員となった際、全国チェーンの居酒屋でささやかな祝賀パーティを催すその哀愁。泥酔した彼らは、かつての自由な日々に思いを馳せる。真夜中、あてのないドライブを続ける工藤は、一人道を歩く女性に目をつける。
上尾にある警備会社で働く水田譲治(満島真之介)は、行田市内の安アパートで橋本久美(山田真歩)と同棲していた。橋本久美はもともと看護師をしていたが、鬱を患い退職。現在は自宅で療養生活を送っている。安い月給で生活も苦しかったが、水田は近いうちに彼女と籍を入れようと考え、職場の先輩・山岡(黒田大輔)に相談していた。そんなある日、仕事で疲弊していた水田は今後への不安を吐露する橋本と言い合いになってしまい、不眠気味の彼女に背を向け、先に就寝する。
翌朝水田が目覚めると、部屋に橋本の姿はなかった。
ハイエースの車内でタバコを吸う工藤たち。後部シートには顔を腫らした橋本の亡骸が横たわっている。外で電話をかけていた窪田がスライドドアを開け工藤に言う。
「死体消せる人間を知ってる」
窪田は、現在自らも若頭失踪の件で追求を続けている爬虫類専門店、Exotic Pleasureに向かうのだった。
そしてオカルト
※以下、終盤の展開に関するネタバレあり
混乱の中にある城石組を潰そうと須藤会が乗り出す。彼らは東京から殺し屋(サカナクション)を招き、城石組に差し向けるのだった。一方の城石組も人員と武器を増強させ、須藤会との抗争と同時進行で星野夫婦の殺害も決定する。
そんななか、密かに死体の処理を依頼していた窪田(池松壮亮)は星野(ダンカン)から二百万円を要求される。しかし星野殺害が決定した今、その二百万円を用意する必要はない。しかし窪田は二百万円を工面するよう工藤(駒木根隆介)らに伝える。その金を自らの上納金に充てるつもりだった。
失踪した彼女の捜索を続ける水田(満島真之介)は、山岡(黒田大輔)の力も借り、他の部署から複数の映像を入手する。失踪当日に近くを走っていた車や人影をくまなく調べる。やがて生活安全課の刑事から伝えられた情報などから、窪田会の関与を知るのだった。
際限のない暴力は加速していく。物語は佳境を迎える。
命の危機を察知し逃亡を企てた星野夫婦だったが、その直前に城石組に拉致される。村田(青木崇高)によって拷問される星野(ダンカン)。妻の愛子(浅野温子)がすんでのところで遺体の在り処をほのめかしたことにより、「闇の森公園」まで案内するよう命じられる。
そんな村田たちの後をつける一台の車。その車内には須藤組の双子(渋川清彦:二役)と若い衆が乗っていた。双子は殺し屋に連絡を入れる。殺し屋たちはすでに「闇の森公園」で待機していた。
復讐の鬼と化した水田(満島真之介)は工藤(駒木根隆介)の働く板金工場にて彼を拷問する。この場面は、星野の拷問シーンとカットバックされる。暴力によってそれぞれの行先が開かれる、おぞましくも目の離せない場面となっている。あの日なにがあったか、橋本久美がいまどこにいるのかを吐き出させた水田は、工藤にガソリンをかけ火を放った。
捜査第一課の渡部ふみ(荒木優子)と新井康夫(安田顕)は、斉藤常信(アンジャッシュ児島)失踪の件で話を聞くため、星野夫婦の自宅を訪ねた。しかしそこに星野夫婦の姿はなく、渡部は捜査第四課の後藤太郎(山内智充)に連絡を入れる。
すべてが「闇の森公園」に引き寄せられていく。
「闇の森公園」内にある廃墟で待ち構えていた殺し屋の襲撃により、すべての火蓋は切って落とされる。反撃に追われる城石組の隙を突いて逃走を図る星野夫婦。結束バンドによって互いに結び付けられているため、その姿は運動会の二人三脚さながらだ。この夫婦がこれまでもこうしてお互い支えあいながら生きてきたことが感じられる。どこまでも軽薄で冷酷な二人だが、夫は妻を、妻は夫を確かに必要としている。
そこに現れる復讐鬼・水田。板金工場から拝借してきたと思しき工具と、仕事で使っている特殊警棒を手に狙うは城石組の窪田想だ。
廃墟にはもうふたつ小さな影がある。工藤姉弟だ。UFOの噂を信じ、道無き獣道を歩いてのぼってきたのだ。彼らは廃墟の二階から、目下で繰り広げられる殺し合いを眺めていた。
そしてあたりは突然まばゆい光に包まれる。
木々に囲まれ四角いキャンバスさながらの空にはまばゆい光を放つなにかが浮かんでいた。その尋常じゃない光量にあてられ、誰もが動きを止める。
腹を撃たれ息も絶え絶えに空を見上げる村田。
殺戮の限りを尽くしていた殺し屋たちすらその目に困惑の色を浮かべている。
須藤組の真壁彰は、顔を撃たれて動かなくなった弟の手を握りながら光に目を細めた。
混乱に乗じて逃走を図っていた窪田想は、後方に広がる光に目を奪われ滑落。全身の骨を折り、茂みの中に消えてしまう。
誰もが空を見上げる中、水田は地面に落ちていた切れかけのヘアバンドを見つける。それは橋本久美のものだった。
工藤紗綾と焚摩も空を見上げている。その表情からは、彼らの心情がはっきりとは読み取れない。その光は彼らの求めていた希望なのだろうか。
正体不明の発光体は、「闇の森公園」に向かう県警のパトカーからも見えていた。山の中腹がまばゆく光を放っている。渡部ふみは心もとない表情でその光を見つめる。
星野夫婦は、廃墟の壁にもたれながら光りに照らされた互いの顔を見る。
「愛してるよ」
「当然でしょ」
日本犯罪史上類を見ない大事件は、こうして幕を閉じた。
呪われた地
全10話をイッキ観した僕は衝撃で動けなくなった。最終話で「光」と対面した登場人物さながらだ。 人々の思惑など一切構わない、そんな抗いようのない力が有象無象を飲み込むかのようなあの展開に、僕はこの世界の持つ魔力のようなものを感じた。
最終話のエンドロールあとについている映像も印象深い。そこでは失踪したと思われていた斉藤(アンジャッシュ児島)がバスタ新宿の待合室に座っている。隣りに座る外国人のスマホに映し出される事件のニュースを横目に、時計を確認する斉藤。彼の乗るバスの行き先は秋田。そこでドラマは完全に終了する。しかしどうしてここまで不穏な余韻が僕を掴んで離さないのだろう。おそらく彼の乗ったバスの行き先がどこを示していようとも、同じような胸騒ぎを覚えたかもしれない。きっとまたどこかで凄惨な事件が起こる。というよりも、きっといまも起こり続けているのだ。我々の欲望や、それに応じた知略がどれだけめぐらされようと、そんなものなどまったく通用しない強大な摂理が待ち受けているのだ。
いまも世界の何処かで『FARGO』は誕生し続けている。空回りする我々の絶望を飲み込みながら、その茫漠が永遠に膨張し続ける様をこのドラマは描いている。
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