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【スコット×麻薬カルテル】2本立て/『バーニング・ブラッド』&『デンジャラス・プラン 裏切りの国境線』

 

vs麻薬カルテル

現代のハリウッド映画における「敵」は、テロリストから麻薬カルテルに移行しつつある。かくいう僕も麻薬カルテルものが大好きだ。ドラマで言うと『ブレイキング・バッド』を始めとして『ナルコス』、『オザークへようこそ』と傑作揃い。あのシュワちゃんなんて『ラストスタンド』、『サボタージュ』と2作連続で麻薬カルテルとぶつかっているし、 『ランボー』最新作は麻薬カルテルが相手という噂が立ってから、はや二年が経っている。

 

実はつい最近も僕は麻薬カルテルものの映画を2本観た。そして偶然にもどちらも主演がスコットという名の俳優だったのだ。スコット・アドキンススコット・イーストウッドである。どちらもこじんまりとした映画だが、光る部分のある作品で面白かった。

 

 

 

スコット・アドキンスvs麻薬カルテル/『バーニング・ブラッド

 

 

スコット・アドキンスといえばめちゃくちゃ動けるアクション俳優。『ウルヴァリン:X-MEN ZERO』ではあの悪名高いデッドプールのスタントも担当している。『エクスペンダブルズ2』ではヴァン・ダムの右腕を演じ、あのジェイソン・ステイサムとバネとキレのある格闘を披露していたし、最近だと『ドクター・ストレンジ』でマッツ・ミケルセンの部下も演じていた。

 

本作では、開始早々アドキンスが麻薬カルテルの本拠地に単身殴りこみ。ベルトのバックルに仕込んだナイフ一つで武装した男たちを次々と殺していく。彼の身体能力が遺憾なく発揮されていて、めちゃくちゃ楽しい。

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でもどうしてこんな無茶を?と思っていると、彼は奥の部屋に監禁されていた一人の女性を救出する。それはアドキンスの姪だった。姉の再婚相手が麻薬密輸の仲介人なのだが、お金を誤魔化したかなにかでカルテルの怒りを買い、娘を人質に取られていたのだ。おじであるアドキンスは元軍人で、上官をぶん殴って逃走するほどの暴れん坊。姪っ子奪還に一役買ったわけだ。

 

そんなアドキンスは姪っ子を連れて姉の家に帰宅。ろくでもない男と結婚しやがって! と姉を詰りつつ、いますぐ荷物をまとめ追手から逃げるよう忠告。しかしカルテルに買収されている保安官(ニック・チンランド)が訪問し、逃亡の身であるアドキンスを逮捕しようと時間を稼ぐ。こういうキャラも麻薬カルテルものには欠かせませんね。

 

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その間、メキシコからはSUV三台分の武装した男たちが向かってくるのだが、ここでいちいち全員の名前をテロップで紹介。心憎い演出だ。

 

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なかでも“狂犬”J.J.クルスが印象深い。中盤でスコット・アドキンスとタイマンを張るのだが、アドキンスにも引けをとらない身体能力を見せるのである。

 

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ラッパーの般若にちょっと似てる。 

 

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ナイフでさっさと殺してしまおうと向かってくるアドキンスに対し、自らのベルトを素早く外して応戦するなど、「実戦に長けている」演出もあり。アドキンスのサッカーボールキックへのカウンターとして、体をよじらせ地面に押し倒すなどアッ!と驚く動きも見せる。ついつい嬉しくなってしまいます。

 

カルテルには復讐の他にも目的があった。それはアドキンスがうっかり持ち帰った手錠の鍵に、滅茶苦茶大事な情報の詰まったUSBフラッシュメモリもぶら下げられていたのだ。かくしてアドキンスは姉の家に立てこもり、警察にも頼れない状況でカルテルの殺し屋たちを迎え討つ。人手が足りないので姉や姪の力も借りる。ど田舎の荒野と一軒家を主な舞台に据えることで低予算でも問題なし。あとは役者たちの身体性で引っ張るという潔い映画で、しかもたったの85分。このちょうどよさ。ごちそうさまでした。

 

 

 

 

スコット・イーストウッドvs麻薬カルテル?/『デンジャラス・プラン 裏切りの国境線』

 続く二本目は、クリント・イーストウッドの息子、スコット・イーストウッド主演で綴られるあまりにも苦い青春映画。

 

 

主人公は無職。仕事を探せどろくな求人がない。あっても経験者のみの募集。母親は乱暴な男と付き合っているし、家にいても退屈なテレビを眺める無為な時間がただ過ぎゆくだけ。

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そんなある日、彼は友人の誘いに乗ってメキシコまで遊びに行く。友人はバーで女を買うが、なかなか戻ってこない。カウンターで飲んでいた主人公のもとにやってくるのは怒りに震えるメキシコ人の男だった。

「金を払え。おまえのダチは俺の女房を抱いて逃げた」

バカバカしい強請りだ。主人公は相手にしない。しかし男があまりにもしつこく高圧的なことから、ビールの瓶でその頭を殴ってしまう。有り金をすべて奪われた状態で放り出される主人公。そこに一人の若者が近づいてくる。

「見てたよ。散々だったな。朝食をおごるぜ」

おしゃべりなその若者は仕事を紹介したいという。彼が呼び寄せたのはキャプテンと呼ばれる初老の男だった。キャプテンは麻薬カルテルを襲撃し、金を奪うことで生計を立てていた。帰りたい場所などどこにもない主人公は、キャプテンについていくことにする。

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といった感じのあらすじなのだが、本作では麻薬カルテルはあまり登場しない。キャプテンという男は麻薬カルテルへの襲撃や強奪を生業としているが、その実行は引き取った不良や身寄りの無い子供たちで組織した私設部隊にさせているというろくでもない男だ。そんなキャプテンのもとで働きながら、少しずつ頭角を現す主人公。おまえにはリーダーとしてみんなをまとめてほしい。キャプテンから直々にそう伝えられるが、本作の主人公はどんなときであろうとどこか居心地の悪そうな顔をしている。立ち入り禁止の母屋でキャプテンが囲っている愛人とこっそり関係をもったりもするのだが、かといって深い仲になるわけでもない。常にどこか虚無に包まれている。

 

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ちなみに愛人役のアンジェラ・サラフィアンがこれがまた眠そうな目をした美女なので、「うっかり一線を越えてしまいそう」な説得力がある。

 

 この主人公は暗黙のうちに「そういうものだ」とされている物事に対してどこか敏感だ。きついシゴキに対しても、キャプテンのやり方に対してもどこかのれないまま、仕方なく付き合っている感じ。こいつがずっと無職だったのもわかる気がする。そんな彼の窮屈な心情を、メキシコ国境沿いの広大な荒野が象徴している。どこに行ってもなにもない。ああ面倒くさい。しかしそんな彼にも捨てきれないものがある。それはちょっとした正しさだった。

 

ということでこれといった派手な見せ場があるわけじゃないが、子供も容赦なく死んでいく倫理の彼岸メキシコと、そこでのあまりにも苦い青春の物語として観ると胸に迫るものがある。また今作のように、麻薬カルテルの悪行から派生した隙間の物語が、今後はどんどん増えていくんだろうなとも感じた。

 

 

今後の麻薬カルテルものに欠かせないもの

何の気なしに「麻薬カルテルものであること」「主演がたまたまどっちもスコット」などを理由に選んだこの二作だが、意外な共通点が見受けられた。

 

 

 

 

 

 

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どっちもニック・チンランド!

 

 

麻薬カルテルの悪行から甘い汁を吸おうとする悪いアメリカ人像を担う俳優として、向こうではポジションが確立されているのかもしれない。今後麻薬カルテルものにニック・チンランドが登場した際は、充分警戒したい。今後も麻薬カルテルものから、ますます目が離せない。

 

 

 

 

能動的絶対生存宣言

 

小学生のころ、ある本を読んでいてとても印象的な言葉に出会った。それはトンチを利かす小坊主が活躍するシリーズもので(たぶん)、夜道で出くわすと必ず質問をしてくるという怪僧との問答の中に出てきた(と思う)。

 

「“生きている者”とは?」

 

「“必ず死ぬ者”なり」

 

確かに!と思った。それからやべえじゃんという強烈な不安にも襲われた。おれもいつか死ぬんじゃん、というのちのち定期的に直面することとなるこの世界の約束事を強く意識した初めての瞬間だったかもしれない。生きてるってことはいつか死ぬ。それがたまらなく恐ろしい夜もあった。とはいえそれも遠い日の記憶で、今じゃいつか死ぬのかとかそういうことを考えようとしても、いたずらに切迫しないよう脳が深追いしなくなった。蓄積された時間と記憶から成る制御装置がこめかみのあたりに入っているのだ。

 

 

去る金曜日、沖縄のともだちふたりと新宿で飲んだ。

このふたりとはちょうど1ヶ月前にも渋谷で飲んでいる。関東のあちこちに散らばっているので、飲むとなれば東京都心と相場は決まっていた。待ち合わせ場所である新宿駅東口の広場に一番乗りしていたのは友人Hで、僕は二番目だった。居酒屋を予約してくれていた友人Yはまだ来ていなかったので、僕とHは中野区が配布している路上生活者向けの活動案内パンフレットを読んで過ごした。

 

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登場したYは真っ黒に日焼けし、ヒゲだらけの顔を人懐っこそうに崩していた。向かった居酒屋の個室にはブラックライトが設けられていて、おしぼりが光っていた。僕らはビールを飲みながら、お盆休みをどう過ごしたかという話をした。Yは沖縄に帰っていたそうだ。Hは会社勤めではないのでお盆休みというものがなく、その話はすぐに終わった。そういうこともあって、僕はHが吉原の高級ソープにいったものの射精はあくまで射精でしかなかったと感じて虚しかったという話をしてくれとふった。僕はその話が好きで、Hに会うたびせがんでいる。さすがに飽きてきた気もしていたけど、今回はその話に対する「ぐっさんも同じことテレビで言ってたぜ」というYのコメントが引き出せたのが新鮮だった。思えば僕らはもう十年以上も射精しているのだ。数字で見るとばかみたいだね。ビールが倍苦くなった。

 

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金曜日でお店も混んでいたから、僕らは時間きっちりに追い出された。新宿はまだまだ全然賑わっていたし、どこも明るく視界がクリアだ。僕とYは二丁目で飲もうと提案したが、Hは強烈に渋った。その日公開のアニメ版『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』をバルト9で観るつもりだったそうだ。いいよやめとけよ、どうせ『君の名は』みたいにはいかないぜ、と僕は言ったが、それでもHは帰りたがった。映画はあくまで言い訳だということもわかっていた。Hは自分の時間もしっかり大事にする男だ。僕もそこんところは同じスタンスなので気持ちはわかる。しょうがないので三人でラーメン屋に入り、とんこつラーメンを食べた。僕はぜんぜんお腹が空いていなかったが、ふたりがすぐに完食してしまうので、慌てて麺をすすった。

 

Hと別れた僕とYは宣言通り新宿二丁目に向かった。去年の四月にも遊びに行ったお店があって、そこはノンケの人や女性でも入れる。入り口を開けた瞬間、浴衣を身に着けたママならぬパパが友人Yの顔を見て声を上げた。一年以上も空いているのに覚えているらしかった。僕らはそこで朝の五時まで飲んだ。Yは異常なバイタリティの持ち主なので、来る人来る人に話しかけては「女とはやったことある?」というヒヤヒヤするほどデリカシーのない質問を繰り返していた。なのに、Yは異常にモテた。この店一番のイケメンに「一回フェラさせて。そうすればわかるから」と言わせたあたりまではまあそういう接客トークなんだろうで片付けられたが、来店した若いイケメンに「いまいるなかで一番タイプは誰?」と尋ね、恥ずかしそうに指を差されていたあたりからは漂う信憑性を無視できなくなっていた。僕はお酒のせいで若干気分が優れなかったこともあり、そんなYの隣りにいるなんでもないやつみたいな空気にはっきりとした不満を覚え、ウソでもいいから少しくらい僕もチヤホヤしてくれよ!とひっそり寂寥にもたれかかっていた。

 

茨城からきたという二十代前半の仲良しノンケ三人組とも話した。彼らも久々に都内で飲んでいたらしく、キャバクラか二丁目で迷って、この店を選んだそうだ。それを聞いた店員のイケメンは「それは正解。キャバクラのなにがいいの?」とキャバ嬢のトークスキルの低さをこれでもかと罵った。僕は沖縄で働いていたころに上司に連れていってもらった地元のしょぼい店にしか知らなかったが、概ね同意した。途中、『ピンクフラミンゴ』のディヴィアンそっくりのベテランと同伴する男の人が来店。たぶんなんらかの業界人なんだろうなと思って眺めていたら、どこかで見たような顔で、何回か前の芥川賞を受賞した作家にそっくりだった。そんなこんなで始発の時間を迎え、僕らは店を出た。帰り際、イケメン店員が見送りに出てくれ「すごく癒やされた。あなたみたいな人がいると日本もまだ安心だわ」と豪快なことを言ってくれた。なに言ってんだとも思ったが、こういう優しい嘘に信じるという嘘を重ねることに酔って刹那的な事実に変えてしまえるんじゃないかと思い、やったー!と言った。

 

外はすっかり明るくなっていた。頭が痛く、これから電車にのることが億劫で仕方なかった。Yはゾッとしないほど元気で、「これから朝キャバ行こう」と言った。冗談だろと思ったので絶対嫌だと言ったら渋々引き下がってくれたが、底なしのバイタリティにめまいがした。

 

僕は新宿駅から東京駅に向かい、そこから乗り継いで家まで帰ることにした。中央線に乗って東京駅まで向かうと、ここらで一旦吐いておいたほうがいいと思った僕はトイレを探した。構内には始発を待つ人たちがそこかしこにいた。見つけたトイレの個室に入ると、僕は気合を入れて喉の奥に指を突っ込んだが、なかなか胃の中のブツは出てこなかった。ちくしょうめ、こちとら電車で酔いたくないんだ。しばらく試行錯誤していると、昨夜のラーメンの塊がちょっとだけ出てきた。えらく水分が少ないな、と思っていると喉に違和感。咳払いを続けても呼吸が楽にならない。しまった、と思った。完全に油断していた。小説なんかではよく目にしていた「嘔吐物が喉に詰まる」という描写だが、それがまさか自分の身に起こるだなんて想像もしてなかった。僕は個室から飛び出ると、かすれた声を上げながら壁掛洗面器に向かった。どれだけ強く咳き込んでも喉の通りはまったくよくならない。パニック状態の頭は一方でひどく冷たく、意外と人はこうやって死ぬのかもしれないな、と考えていた。

 

まず思ったのが、たくさん嘘をついてきた、ということだった。現在進行形の嘘だって山ほどあった。死んでようやく明るみに出ることだってあるんだろうな。それを知った人たちのリアクションなんかを想像してみる。このまま死ぬのはちょっとみっともないな、と思った。

 

自動水栓からの水を手のひらに受け、それを飲み下すと同時に呼吸が楽になった。引いてダメなら押すんだ。僕は拍子抜けすると同時に、また急に呼吸ができなくなってしまうんじゃないかという恐怖にまとわりつかれていた。死ななくてよかった。早朝の駅のトイレで、友人と別れた直後に死にたくなんてなかった。本当によかった。酔いは覚めていたが寝不足気味ではあったので頭はぼんやりとしていたが、瞬間最大風速的恐怖の名残はしばらく尾を引いていた。

 

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死んでたまるか。僕は帰りの電車で爆睡した。ちゃんと生きるためだ。建前ではなく、能動的に湧いてきた欲求に感動して、土曜日は結局一日中寝ていた。ご飯もよく噛んで食べるよう意識し始めた。バリカタ麺を急いで食べなければ喉に詰まることもなかったはずなのだ。いや、それ以前に気持ち悪くなるまで酒なんて飲むのがくだらない。身の程を知り、余裕を維持するのだ。臨死体験の反動からバイタリティを得た僕は、先日クソみたいな営業マンのあやふやなセールストークに飲まれて契約してしまったWi-Fiも速攻で解約した。いまの僕なら営業マンをぶん殴って追い返せる。拉致ってボコボコにする様子をビデオに録画し、本社に送りつけ身代金を要求したっていい。でもやらない。僕の大事な人生への関与を、絶対に許可してやりたくないからだ。

 

今後の日本のためにも、食べ物はとにかくよく噛まなければならない。

 

 

 

 

 

日本版『ファーゴ/FARGO』の舞台は血にまみれた埼玉!/『GYODA』

 

 

 

 

日本にも『FARGO』はあった

『ファーゴ』といえば、コーエン兄弟が1996年に制作した映画で知られている。ノースダコタ州の都市ファーゴとその周辺を舞台に、ちょっとした邪な思いつきをきっかけとして、事態が徐々に酸鼻を極めていく様子をブラックでオフビートなコメディタッチで描いている。さらには物語の頭で「これは実話である(THIS IS A TRUE STORY)」という文言を提示してみせるという大胆な演出も本作の特徴として有名だ。

2014年にスタートしたドラマ版『ファーゴ/FARGO』は、映画版を原案としたシリーズであり、こちらの方も2017年現在、サードシーズンまで製作されるなど好評を博している。

 

     

 

シリーズとして見た場合の特色としては、田舎を舞台にちょっとした欲望が悪い連鎖を起こす点と、その過程、あるいは行く末にオカルト的要素が絡んでくる点などが挙げられる。なんとなく、日本を舞台にしてもでもできそうな気がする。

 

和製『ファーゴ』で思い浮かぶのは、2005年に山下敦弘監督が撮った『松ヶ根乱射事件』だ。雪の降り積もる「日本のどこか」を舞台に、本家よろしく「実話」であることを堂々提示しながら次々と陰惨な出来事が進行していくところなど、「田舎は最悪映画」としても個人的に大好きな一本である(過去記事でも触れています)。

 

 

 

 

 

 今度の舞台は日本の関東

そして今回、なんと本当に日本版『FARGO』と呼べるドラマが登場した。その舞台はなんと関東。しかも埼玉なのである。タイトルはずばり『GYODA』。まんま行田市だ。

 

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ここです。

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行田市 - Wikipedia

 

このドラマも本家『FARGO』と同じように、タイトルとなった地、及び近隣の町々を舞台に物語が展開していく。いったい埼玉県北部にどんな物語が待ち受けているというのか。 作中のキーワードを確認したい。

 

 

作中キーワード

 

【爬虫類専門店 Exotic Pleasure】

熊谷にある爬虫類専門店。物語の中心を担う。

 

 星野幸雄(ダンカン)

55歳。Exotic Pleasure店長。輸入した爬虫類を法外な値段で売りつける詐欺行為に手を染めている。そのためトラブルには事欠かないが、何年も前から殺人にも手を染め、その遺体を秩父山中にある心霊スポット『闇の森公園』内の廃墟で解体している。自称30人殺し。

 

斎藤常信(児嶋一哉アンジャッシュ

43歳。爬虫類専門店を経営していたが、星野に声をかけられビジネスパートナーとなる。妻子持ちであり、星野の凶行と、共犯としての自分に強い恐怖を感じている。

 

星野愛子(浅野温子

54歳。星野幸雄の妻。前夫との間にできた長女と、星野との間にできた次女がいる。夫の犯罪行為を指揮している。

 

 

 

【埼玉県警】

渡部ふみ(荒木優子)

28歳。刑事部捜査第一課所属。数年前から埼玉県北部で度々発生している失踪事件に目をつける。

 

新井康夫(安田顕

49歳。刑事部捜査第一課所属。2年前に妻を亡くした。幼少期の星野幸雄を知っている。

 

後藤太郎(山口智充

43歳。刑事部捜査第四課。城石組若頭の失踪に関して捜査を進めている。

 

 

 

【城石組】

埼玉県北部を縄張りとする暴力団

 

及川喜久雄 (花山司)

55歳。城石組若頭。星野と懇意な間柄だったが、金銭的なトラブルにより関係が破綻。脅迫を続けていたところ、星野に殺害される。県内の高校に通う15歳の愛人がいる。

 

村田眞一(青木崇高

35歳。城石組構成員。及川の失踪に関与していると確信を持ち、星野を執拗に追い詰める。極真空手二段。

 

窪田想(池松壮亮

21歳。高校を中退し、地元の友人らと不良行為に明け暮れていたところ、親の知人であった及川のもとに預けられる。及川の運転手として見習いを続けているが、盃をもらい城石組の正式な構成員となることを望んでいる。

 

 

 

【須藤会】

群馬に拠点を置く暴力団。城石組の縄張りを奪おうと画策している。

 

山之内昇司(木下ほうか)

50歳。須藤会若頭。早稲田大学商学部卒。

 

真壁彰(渋川清彦)

40歳。須藤会若頭補佐。柔道三段。一卵性双生児。

 

真壁優(渋川清彦) 

40歳。須藤会若頭補佐。剣道三段。一卵性双生児。

 

 

 

【窪田会】

城石組の窪田想を中心とした不良グループ。

 

工藤勇太(駒木根隆介)

28歳。自動車修理工。窪田想の幼なじみ。ヤクザの見習いをしている窪田に羨望の念を抱いている。別れた妻との間に子供が二人いる。

 

萩野晋平(高杉真宙

19歳。ヤンキー。窪田の後輩。 

 

 

カップル】

行田のアパートで暮らすカップル。

 

水田譲治(満島真之介

30歳。上尾の警備会社社員。精神を病んだ彼女と同棲、結婚を考えている。 

 

橋本久美山田真歩

28歳。元看護師。鬱病を患い、自宅で療養している。

 

山岡さん(黒田大輔

49歳。水田と同じ警備会社社員。親身に相談に乗ってくれている。

 

 

【工藤姉弟

母親からネグレクトを受けている小学生の姉弟

 

工藤紗綾(福田美姫)

11歳。家に帰らなくなった母親の代わりに弟の面倒を見ている。

 

工藤焚摩(加藤憲史郎

10歳。「闇の森」でUFOを呼ぶことによる救済に密かな希望を抱いている。

 

工藤麻美子(本田翼)

28歳。新たな恋人ができたことを機に、子供を置いて家を出た。

 

 

 

【殺し屋】

須藤会によって東京から招かれた五人組。

 

佐藤くん(山口一郎:サカナクション

無口。

 

鈴木くん(岩寺基晴サカナクション

しゃべらない。

 

高橋さん(草刈愛美サカナクション

しゃべらない。

 

田中さん(岡崎英美サカナクション

しゃべらない。

 

伊藤くん(江島啓一サカナクション

しゃべらない。まばたきもしない。

 

 

 

【闇の森公園】

秩父山中にあると言われている地図に載っていない謎の敷地。廃墟が点在しており、心霊スポットとしても知られている。建ち並ぶ建造物の内部にはトイレがなかったり、二階へと続く階段がないなどの不思議な点が多いこと、またその近辺で謎の発光体がたびたび目撃されていることなどから「UFO基地」なのではないかとの噂もある。モデルとなったのは心霊スポットの『山の牧場』。

 

 

 日本一気温の高い地獄

 鬱蒼とした木々の輪郭がぼんやりと浮かびあがる月夜。画面中央には文字が映し出される。

 

【これは実話である。】

 

聞こえてくるのは誰かの鼻歌。そのメロディは玉置浩二の『田園』だ。バスルームと思しきタイル張りの部屋で、真っ赤な肉魂を解体する中年の男女(ダンカン&浅野温子。顔を見合わせ微笑み合うふたり。そこに一人の男(アンジャッシュ児島)が現れる。

 

「コーヒーどうぞ」

 

『田園』のイントロ鳴り響く中、血に塗れた状態でコーヒーブレイクをする三人の姿。彼らの日常をモンタージュで見せていく。爬虫類専門店で接客する姿。多くの客を騙し、トラブルになった者は殺害。「闇の森公園」と呼ばれる廃墟にてその死体を処分する。翌日、店で振りまく笑顔に変化はない。そのモラルなきバイタリティ。彼らはまた新たに一人の男を殺害した。それは城石組の若頭(花山司)だった。 

 

この殺人事件をきっかけに、物語は動き始める。行方不明になった若頭を探して城石組が動き出し、混乱状態にある城石組のシノギを狙う須藤会も暗躍を始める。その不穏な動きを嗅ぎつけた埼玉県警も捜査に乗り出す。

 

捜査第一課に配属されたばかりの渡部ふみ(荒木優子)は、過去の捜査資料に目を通していた。彼女はここ数年の間に県内で起きた数々の失踪事件に、ある男の影があることに気づいた。上司である新井康夫(安田顕に相談したところ、新井は幼いころからその男を知っていると話す。街一番のホラ吹きだったその男は、虚栄心の塊で、息を吐くように嘘をついた。高校には進学せず地元の寿司屋で働いていたが、その店はのちに火事で全焼。それ以降、この男の周囲には不穏な事件が度々見られるという。もちろん捜査の手は及んだが、どうしても逮捕の決め手となる物的証拠が見つからない。

 

死体が見つからないのだ。

 

そこに業を煮やしているのは警察だけではなかった。以前から若頭と親交のあった星野に目をつけた城石組の村田眞一(青木崇高は、こちらの追求をのらりくらりと交わしていく星野に怒りをつのらせ、次第に過激な行動へと乗り出していく。かくして地獄の扉が開かれるのだった。

 

 

 メインである爬虫類店をめぐる物語は、かの有名な埼玉愛犬家殺人事件をモデルとしている。園子温監督の手によって映画化もされたあの陰惨極まりない事件だ。

 

 

しかし本ドラマの第1話においては、事件の詳しい経緯は描かれない。知名度ある事件がモデルであり、でんでんの怪演や過激な描写から話題を呼んだ映画などを考慮したうえでの判断かもしれない。しかしなにより、「事件はこれまでも、そしてこれからもこの地で起こり続ける」という視点を視聴者に植え付けるため、第1話で渦中に叩き込む狙いが感じられる。不穏で軽薄な茫漠がすべてを包み込んでいる。

 

 

 脇を固める市井の人々

 

どこまでも広がる畑と建ち並ぶ鉄塔。閑散とした国道沿いにぽつんと現れる、場違いな外観のラブホテル。

 

この物語は殺人鬼とヤクザの揉め事に終始しない。その地に住むあらゆる人間が混沌の一員として事件に絡め取られていく。

 

 

第一話の中盤にて、城石組の窪田がATMに入金するためコンビニに立ち寄る場面が出てくる。その際に漫画雑誌を立ち読みしている小学生の男の子が、のちの第二話以降も登場する少年・工藤焚摩(加藤憲史郎だ。彼はゴミだらけのアパートで、ふたつ上の姉・工藤紗綾(福田美姫)と二人だけで生活している。母親は新しい恋人の元へ出かけたきり帰ってこない。そんな彼らが夜な夜な耽るのは「闇の森公園」の噂話だった。

 

 

城石組で運転手を務める青年・窪田想(池松壮亮には地元の不良仲間がいる。先輩である工藤勇太(駒木根隆介)は、首元まで覗くタトゥーが印象的であると同時にどこか憎めない雰囲気をまとう。彼は歳下でありながら城石組で働く窪田に憧憬と嫉妬の入り混じった複雑な思いを抱く。物語中盤において、窪田が盃を交わすことで正式に城石組の組員となった際、全国チェーンの居酒屋でささやかな祝賀パーティを催すその哀愁。泥酔した彼らは、かつての自由な日々に思いを馳せる。真夜中、あてのないドライブを続ける工藤は、一人道を歩く女性に目をつける。

 

 

上尾にある警備会社で働く水田譲治(満島真之介は、行田市内の安アパートで橋本久美山田真歩と同棲していた。橋本久美はもともと看護師をしていたが、鬱を患い退職。現在は自宅で療養生活を送っている。安い月給で生活も苦しかったが、水田は近いうちに彼女と籍を入れようと考え、職場の先輩・山岡(黒田大輔に相談していた。そんなある日、仕事で疲弊していた水田は今後への不安を吐露する橋本と言い合いになってしまい、不眠気味の彼女に背を向け、先に就寝する。

翌朝水田が目覚めると、部屋に橋本の姿はなかった。

 

 

ハイエースの車内でタバコを吸う工藤たち。後部シートには顔を腫らした橋本の亡骸が横たわっている。外で電話をかけていた窪田がスライドドアを開け工藤に言う。

 

「死体消せる人間を知ってる」

 

窪田は、現在自らも若頭失踪の件で追求を続けている爬虫類専門店、Exotic Pleasureに向かうのだった。

 

 

そしてオカルト

 

※以下、終盤の展開に関するネタバレあり

 

 

混乱の中にある城石組を潰そうと須藤会が乗り出す。彼らは東京から殺し屋(サカナクションを招き、城石組に差し向けるのだった。一方の城石組も人員と武器を増強させ、須藤会との抗争と同時進行で星野夫婦の殺害も決定する。

 

そんななか、密かに死体の処理を依頼していた窪田(池松壮亮星野(ダンカン)から二百万円を要求される。しかし星野殺害が決定した今、その二百万円を用意する必要はない。しかし窪田は二百万円を工面するよう工藤(駒木根隆介)らに伝える。その金を自らの上納金に充てるつもりだった。

 

失踪した彼女の捜索を続ける水田(満島真之介は、山岡(黒田大輔の力も借り、他の部署から複数の映像を入手する。失踪当日に近くを走っていた車や人影をくまなく調べる。やがて生活安全課の刑事から伝えられた情報などから、窪田会の関与を知るのだった。

 

際限のない暴力は加速していく。物語は佳境を迎える。

 

命の危機を察知し逃亡を企てた星野夫婦だったが、その直前に城石組に拉致される。村田(青木崇高によって拷問される星野(ダンカン)。妻の愛子(浅野温子がすんでのところで遺体の在り処をほのめかしたことにより、「闇の森公園」まで案内するよう命じられる。

 

そんな村田たちの後をつける一台の車。その車内には須藤組の双子(渋川清彦:二役)と若い衆が乗っていた。双子は殺し屋に連絡を入れる。殺し屋たちはすでに「闇の森公園」で待機していた。

 

復讐の鬼と化した水田(満島真之介工藤(駒木根隆介)の働く板金工場にて彼を拷問する。この場面は、星野の拷問シーンとカットバックされる。暴力によってそれぞれの行先が開かれる、おぞましくも目の離せない場面となっている。あの日なにがあったか、橋本久美がいまどこにいるのかを吐き出させた水田は、工藤にガソリンをかけ火を放った。

 

捜査第一課の渡部ふみ(荒木優子)新井康夫(安田顕は、斉藤常信(アンジャッシュ児島)失踪の件で話を聞くため、星野夫婦の自宅を訪ねた。しかしそこに星野夫婦の姿はなく、渡部は捜査第四課の後藤太郎(山内智充)に連絡を入れる。

 

 

すべてが「闇の森公園」に引き寄せられていく。

 

 

「闇の森公園」内にある廃墟で待ち構えていた殺し屋の襲撃により、すべての火蓋は切って落とされる。反撃に追われる城石組の隙を突いて逃走を図る星野夫婦。結束バンドによって互いに結び付けられているため、その姿は運動会の二人三脚さながらだ。この夫婦がこれまでもこうしてお互い支えあいながら生きてきたことが感じられる。どこまでも軽薄で冷酷な二人だが、夫は妻を、妻は夫を確かに必要としている。

 

そこに現れる復讐鬼・水田。板金工場から拝借してきたと思しき工具と、仕事で使っている特殊警棒を手に狙うは城石組の窪田想だ。

 

廃墟にはもうふたつ小さな影がある。工藤姉弟だ。UFOの噂を信じ、道無き獣道を歩いてのぼってきたのだ。彼らは廃墟の二階から、目下で繰り広げられる殺し合いを眺めていた。

 

そしてあたりは突然まばゆい光に包まれる。

 

 

 

 

 

 

 

木々に囲まれ四角いキャンバスさながらの空にはまばゆい光を放つなにかが浮かんでいた。その尋常じゃない光量にあてられ、誰もが動きを止める。

 

腹を撃たれ息も絶え絶えに空を見上げる村田。

 

殺戮の限りを尽くしていた殺し屋たちすらその目に困惑の色を浮かべている。

 

須藤組の真壁彰は、顔を撃たれて動かなくなった弟の手を握りながら光に目を細めた。

 

混乱に乗じて逃走を図っていた窪田想は、後方に広がる光に目を奪われ滑落。全身の骨を折り、茂みの中に消えてしまう。

 

誰もが空を見上げる中、水田は地面に落ちていた切れかけのヘアバンドを見つける。それは橋本久美のものだった。

 

工藤紗綾と焚摩も空を見上げている。その表情からは、彼らの心情がはっきりとは読み取れない。その光は彼らの求めていた希望なのだろうか。

 

正体不明の発光体は、「闇の森公園」に向かう県警のパトカーからも見えていた。山の中腹がまばゆく光を放っている。渡部ふみは心もとない表情でその光を見つめる。

星野夫婦は、廃墟の壁にもたれながら光りに照らされた互いの顔を見る。

 

「愛してるよ」

 

「当然でしょ」

 

日本犯罪史上類を見ない大事件は、こうして幕を閉じた。

 

 

呪われた地

全10話をイッキ観した僕は衝撃で動けなくなった。最終話で「光」と対面した登場人物さながらだ。 人々の思惑など一切構わない、そんな抗いようのない力が有象無象を飲み込むかのようなあの展開に、僕はこの世界の持つ魔力のようなものを感じた。

 

最終話のエンドロールあとについている映像も印象深い。そこでは失踪したと思われていた斉藤(アンジャッシュ児島)がバスタ新宿の待合室に座っている。隣りに座る外国人のスマホに映し出される事件のニュースを横目に、時計を確認する斉藤。彼の乗るバスの行き先は秋田。そこでドラマは完全に終了する。しかしどうしてここまで不穏な余韻が僕を掴んで離さないのだろう。おそらく彼の乗ったバスの行き先がどこを示していようとも、同じような胸騒ぎを覚えたかもしれない。きっとまたどこかで凄惨な事件が起こる。というよりも、きっといまも起こり続けているのだ。我々の欲望や、それに応じた知略がどれだけめぐらされようと、そんなものなどまったく通用しない強大な摂理が待ち受けているのだ。

 

いまも世界の何処かで『FARGO』は誕生し続けている。空回りする我々の絶望を飲み込みながら、その茫漠が永遠に膨張し続ける様をこのドラマは描いている。

 

 

 

 

 

 

 あわせて読みたい過去記事 ↓

sakamoto-the-barbarian.hatenablog.com

 

 

彼女がオリTに着替えたら

 
 
かねてからの約束だった初デートの日、待ち合わせ場所である東武東上線成増駅に現れた彼女は真っ白な無地Tシャツを着ていた。
違った。
無地じゃなった。
 
 
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「それなに?」

 
「これ?」
 
「うん」
 
「もっとよく見ていいよ」
 
僕は眉根を寄せながら腰を折って顔を近づける。彼女の胸元に。なんてところをまじまじ見つめているのだ。すかさず顔を引いた。
 
「あ、ごめん」
 
「なにが?」
 
「いや、別に」
 
「よく見てよ」
 
「うん……」
 
「わかる?」
 
「黄色い……なんだろう」
 
「もっと見て」
 
「んん……?」
 
「わかった?」
 
「ええっと……」
 
彼女は笑みをたたえながら、悪戯っぽく目を細めて言った。
 
「マンゴー」
 
「え?」
 
「冷たくて美味しいマンゴー」
 
 
 
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実家から送られてきたマンゴーをモデルにしてTシャツをつくりました。
 
その他にも 
 

「冷たくて美味しいマンゴー(よそ行き)」

 
 
 
 

「冷たくて美味しいマンゴー(party time)」

 
 
 
 などをご用意しております。
 
これらを身につけ、実家に帰省したり、ナイトプールに行ってはいかがでしょうか。


 

 

 
 

我が家にハンドスピナーがやってきました

 

みさなんこんにちは(*^^*)v

先日迎えた誕生日に、ハンドスピナーをいただきました。

 

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巷で話題になっているのを知りつつも、なかなか手が出せなかった代物。人からいただいたことで、まっさらな気持ちで向き合えそうです。

 

それでは早速、ハンドスピナーと言ったらアレ!のアレを試してみましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

ハンドスピナーで遊んでみよう!

 

それではさっそく回転させてみたいと思います。

 

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それ! 

 

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スゲー!

 

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ワハハ!

 

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……ん?

 

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ハンドスピナーを回していると、雑念が消えゆく音が聞こえます。注意散漫で集中力が必要なときほど「あの海外ドラマの1話を監督してたの誰だっけ」みたいなことを考えネットを開くも「何検索しようとしてたっけ?」となるような僕の蜘蛛の巣のように織りなす思考を少しずつ晴らしていくハンドスピナー。持続する回転と風を切る音。川のせせらぎのような風情すら感じる人もいるかもしれません。

 

 

ハンドスピナーとは?

 

ハンドスピナーについてなにも知らなかったので、ハンドスピナーを回しながら調べてみました。

もともとは90年代前半に、アメリカ在住の女性が無筋力症などに罹っている子どもと遊ぶために開発した玩具だそうです。その特許が放棄されたのをきっかけにあらゆるメーカーによって生産され大ブーム。いまに至るとのことでした。

 

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世界はそれを愛と呼ぶのです。

 

 

 

ハンドスピナーで人生を潤わせよう!

 

ハンドスピナーを「ただ回すだけのもの」と見なすのは早計です。

指先を使う作業は脳に良いとあちこちで言われていますが、ハンドスピナーはまさに指を使った作業であり、かつ夢中になれるという点でおそらく脳にとてもいいのではないでしょうか。とてもいいのだと信じてみましょう。すると、とてもいい気がしてきます。人生が瑞々しく感じられませんか?(みなさんの人生が潤っていないものと前提しているわけではありません)

 

それでも刺激が足りないんじゃないか、と思うあなたにはひとつ提案があります。利き手とは逆の手でハンドスピナーを操ってみてください。するとどうでしょう。普段意識して使っていない手に集中することで、脳が喜んでいませんか?喜んでいるのだと信じてみましょう。すると、喜んでいる気がしてきます。

 

ハンドスピナー回してみれば、文明開化の音がする。

 

 

ハンドスピナーファイティングメソッド

 

僕は先日、タクティカルペンを紹介ました。

 

sakamoto-the-barbarian.hatenablog.com

 

 記事の中でも触れていますが、タクティカルペンは護身具兼文房具とはいえ、軽犯罪法に引っかかる恐れのある代物です。よって普段から外で持ち歩くことはお勧めできません。

 

しかし、ハンドスピナーは自由に持ち運べます。アメリカでは、授業中にハンドスピナーで遊ぶ生徒が増えたため、持込を禁止にした学校も出たほどです。

 

もしもそんなハンドスピナーが、いざというときに役立つとしたら……?

 

 

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もちろん拳は無傷です。

このように、ハンドスピナーは護身具としても大変役立つアイテムなのではないでしょうか。

 

 

ハンドスピナーとのこれから

ということでシンプルでいて奥深いハンドスピナーの世界を覗いてみました。これを手に入れてからというもの、僕は朝目覚めると真っ先にハンドスピナーをスピンさせています。二度寝防止のためです。まだ三日目なので効果を実証した形にはならないかもしれませんが、効果があると信じてみましょう。すると、効果があるような気がしてきます。

しかしはっきり言って、効果だのなんだのどうでもいいのです。なによりもこの回転が生活に彩りを与えてくれたことは確かなのです。これからも手持ち無沙汰なとき、注意が散漫なときは、ハンドスピナーに余分な雑念を預けながら、物思いに耽たりするのでしょう。僕が今回紹介したハンドスピナーは雑貨屋で290円で売られていたものですが、値段が上がればそれに比例して回転の心地よさも向上するのかもしれません。色々ためしてみるのもいいかもしれませんね。

 

それではみなさん

 

ごきげんよう

 

 

 

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自宅鑑賞映画(2017年7月編)

 

 

sakamoto-the-barbarian.hatenablog.com

 

 

 

『コーヒーをめぐる冒険』(7/1)

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Netflixで鑑賞。外が土砂降りの雨なのでコーヒーを飲みながら。予備知識ゼロ。とてもよかった。親に内緒で大学中退した二ートが自分の違和感と向き合うまでの話。出てくる人とのちょっとしたやりとりが沁みる。売人の寂しそうなお婆ちゃんとのやりとりが特に好き。

 

 

 

『ワタシが私を見つけるまで』(7/2)

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Netflixで鑑賞。現代っぽい物語だな、とは思いつつも、そこまでのりきれず。タイミングの問題かもしれません。それでも今作に出てくるニューヨークはめちゃくちゃ素敵。OPのテイラー・スウィフトもあがる。主役のダコタ・ジョンソン、なんかみたことあるなと思っていたら『フィフティ・シェイズ・オブ』シリーズの主人公でした。ちょっとイラッとくるカマトトヒロインがたまらないですね。でかい発見として「絵文字」って英語でも「emoji」ってところ。

 

 

 

ミュータント・タートルズ:影<シャドウズ>』(7/14)

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Amazonプライムビデオで鑑賞。全体的に面白いけど妙に長い!ビーバップとロックステディのコンビがまた最高なんです。敵の目的が終始どうでもいいのもポイントですね。

 

 

 

ラブリーボーン』(7/17)

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Netflixで鑑賞。話としてはとても悲しく割り切りがたいものなんだけど(金庫のスローモーション空撮も悲しすぎる)、ものすごく陰惨だからこそ、天国の風景やスージーちゃんのモノローグがズシンと胸にくる。隣のサイコパスものとしてもおぞましくて、サイコパスの辿る顛末のひどく冷たい感じも忘れられない。ちなみに途中、モールの写真屋さんでカメラを覗いているおじさんはピーター・ジャクソン監督本人でしょうか?

 

 

 

キング・コング』(7/17)

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Netflixで鑑賞。二本連続ピーター・ジャクソン映画。三時間オーバーなのでなかなか手が伸びなかった作品だけど、前半の島に行くまでのシーンも楽しかったし、島についてからも楽しい。こっちはモノホンゴリラ感全開のフェティッシュキングコング。かわいい。特に公園でのアイススケーティング場面ではうっとりしてしまった。個人的には『キングコング:髑髏島の巨神』の方が好きなんだけど、とってもロマンティックだよね。

 

 

 

ジェイソン・ボーン』(7/21)

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Amazonプライムビデオで鑑賞。去年劇場公開時から気にはなっていたけど、絶対近いうちに配信されると信じていたので満を持して。ジェイソン・ボーンが早足で非常階段を下りているシーンを見るだけで、シリーズ最新作を観てるなあと実感。ヴァンサン・カッセル演じる暴走系暗殺者とのラスベガスでのチェイスシーンが最高。僕はボーンの格闘術と車を乱暴に扱う点が本当に好きなんだなというしょぼい自己覚知を得た。ただし、空いた期間と薄れた記憶という距離感が功を奏した感じはある。でもボーンというキャラクターがこういうやつで、こう進むのかってことに関しては、僕はけっこう嫌いじゃないぜ。

 

 

 

『セトウツミ』(7/23)

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Amazonプライムビデオで鑑賞。菅田将暉池松壮亮という個人的二大巨悪の戯れを、いくら1時間15分とはいえ耐えきれるのか、と思いつつ、それでも気になって鑑賞。そもそものコンセプト(男子二人のゆるい掛け合い、という体なのに狙いにいっている態度を隠す様子もない)が好きじゃないやつなので、わざわざ当たりに行くのは無粋だと承知していますが、菅田将暉はやっぱり上手い。そして中条あやみ。関西弁がネイティブなだけあって、ナチュラルでいてとんでもなく可愛い。池松壮亮は、不利っちゃ不利なんだけど、結構頑張っていたと思います。でもやっぱ絶妙な間でいまひとつ敵わない感じが残る。

 

 

 

『39 刑法第三十九条』(7/27)

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 Netflixで鑑賞。いやあ面白かった。囁いたり言いよどんだり言葉を濁したりする俳優陣の演技、途切れる音、横移動で影に入ることでの場面転換など演出によって画面に満ちる息苦しさ。この世界のいびつさ。そして女児の遺体の言いようのない禍々しさ。「実は◯◯だった」という話が大好きなので、この作品も途中からぐっとのめり込んで鑑賞した。

 

 

 

ハムナプトラ/失われた砂漠の都』(7/29)

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Amazonプライムビデオで鑑賞。リブートでありダークユニバース第一作目である『ザ・マミー』を観てきて「いやいや……」となったことから再鑑賞。冒険活劇やってて最高に楽しいですね。やたら主人公が二丁拳銃で暴れまわるなど、インディー・ジョーンズミーツジョン・ウーって感じがまた心地いい。あとイムホテップ側のドラマにも感情がのれて、そこもまたいい。

 

 

 

ラストスタンド』(7/30)

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Netflixで鑑賞。去年から誕生日に鑑賞するのはこの映画だと決めていて、今年も実現できました。やっぱり最高。今回の気付きとしては、ラストでシュワちゃんが乗り回す車がハイブリットカーな点です。あと初の吹替版鑑賞だったのだけど、玄田哲章大塚芳忠立木文彦と豪華でそこもまたいいですね。

 

 

以上、10本!

 

 

 

我が家にタクティカルペンがやってきました

 

こんにちは(*^^*)v!

 

早速ですが、誕生日プレゼントとしてS&W社タクティカルペンをいただきました。

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やったー!

 
ずっと欲しかったので、とても嬉しいです!  
 
 

タクティカルペンとは 

 
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S&W社といえばリボルバーなどで有名な銃器メーカーです。『ダーティハリー』に登場した44マグナム・M29もS&W社の製品ですね。そんなS&W社がつくったタクティカルペンですが、最近でいうと漫画『闇金ウシジマくん』にも登場したことで知られる護身用のペンです。
 
 
護身用とはいえ、ペンはペンです。蓋はかなり固いですが、書き心地も良いうえにインクの取り換えも行えます。
 
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これなら「手に入れたはいいが敵がいない」と焦るひつようもありません。敵を探す生き方なんて疲れますもんね。  
 
 
 

その威力

 
とはいえ、自分が所有しているこのペンが一体どれほどの威力を有したものなのか、僕には知る責任があると思います。冗談で人に突き立てたところ即死した、などが起こってからでは後の祭り。覆水盆に返らず。後悔先に立たず。先人が口を酸っぱくしてまで伝えようとしたことを忘れてはなりません。耳にタコができようとも折に触れて思い返さなければならないことはある。
 
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フルメタルジャケットさながらの鋭利さ。硬度もかなりのものです。日本にいるとどうしても「銃器メーカー」という概念がいまいち掴みづらいところがありますが、人を殺傷する製品を製造する会社なのです。そう思うと、浮かれた心に冷や水がかけられたような気持ちになります。 
 
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握ってみます。伝わる硬質な肌触り。これはかなり凶暴な代物。 ということで、生き物以外に使用してみたいと思います。 
 
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  部屋の中を探し回ったところ、先日実家から送られてきたマンゴーの箱を見つけました。しかし心は浮きません。まだこの箱に母の愛が残っているように感じられたからです。我が家きってのバカ息子が誕生日を迎えるとのことで送られてきた冷たくて美味しいマンゴー。それを梱包していたこの箱をタクティカルペンで突くことは、僕にはできませんでした。もっと心的距離のあるものが必要です。 
 
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 去年の12月にAmazonでなにかを購入した際に商品を梱包していたダンボールを発見。これなら思い入れも薄く、今回の実験にピッタリです。 せっかくなので、タクティカルペンのペンとしての側面もフューチャーしたいと思います。無地のダンボールではまだいまいち気が進みません。そこで、タクティカルペンを使って個人的に嫌いなものを書き込んでいきます。
 
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 ダンボールなのでペン先が沈みがちではありますが、書き心地は悪くありません。思わず筆が走ります。 
 
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 完成しました。
 
プレゼントをいただけた喜びからか機嫌が良かったため、数はこの程度に収まりました。毎日こうありたいものです。  それでは早速試してみます。 
 
 
 
 
 
 喰らえッ!
 
 
 
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 突き立つタクティカルペン。 いとも容易く耳なし芳一ライクなダンボールを貫きました。 
 
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 ちょうど「昭和を生きてるジジイ」と「UV中毒営業マン」を同時に仕留めるような形で風穴が空いています。
 
その破壊力はもはや疑いようもありません。  
 
 
 

 タクティカルペンとのこれから

 
ちなみにタクティカルペン、護身具だしペンでもあることから「持ち歩いても違法ではない」とのイメージを持たれがちですが、外で携帯することは軽犯罪法には引っかかるそうです。「大いなる力には、大いなる責任が伴う」 とはベンおじさんの弁ですが、タクティカルペンとて例外ではないということです。今回は比較的柔らかいダンボールで試しましたが、その気になればペットボトルも容易に貫通するほどの代物なので、あくまで自室で楽しむコレクションのひとつとして大事に使っていきたいと思います。 
 
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うん、なかなか悪くないですね(*^^*)!
 
ちなみにもうお気づきの方もいらっしゃると思いますが、本記事の禁止ワードは「ペンは剣よりも強し」でした。
 
それでは皆さんの健やかなる日々を願いまして……
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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今度は後処理!/『ジョン・ウィック:チャプター2』

 

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ジョン・ウィック:チャプター2』を観た。キアヌ・リーヴス柔術ベースの格闘術とコンバットシューティングを組み合わせた画期的なアクションを披露して話題を呼んだ殺し屋映画の続編。キアヌ、殺し屋、銃、格闘術、復讐と、個人的に好きな要素だらけだったからこそ、チラつく鈍臭さをスルーできなかった映画でもあった。 
 
 
 
今作のオープニング、殺し屋ジョン・ウィックは売り飛ばされた愛車を取り戻すべく犯罪組織に殴り込みをかける。そこでは悪役俳優ピーター・ストーメアが部下に言う。
 
「あれが誰の車が知ってるのか。ジョン・ウィックだぞ……やつがくる」
 
敵はもうビビっている。今作は2作目なので、続編としての掴みでいえばそれもありだとは思うけど、『ジョン・ウィック』シリーズに関して言えば1作目からすでにこんな感じだった。「あの伝説の……」という前提がみんなの中に共有されているところから物語が始まるのだ。ジョン・ウィックについて語るとき、人々は彼をあらゆるものに例える。ブギーマン、死神……。前作でも僕はこの時間が苦手だった。なぜなら何回も出てくるからだ。1作目の最初の1回まではワクワクできても、頻出するとガスがたまってくる。観客が勝手に思っているぶんには全然良いのに、劇中のキャラまでもが念を押してくるので、その間話が停滞して見えてくる。
 
この「ジョン・ウィック一目置かれすぎ問題」は、ジョン・ウィックを演じている愛され俳優キアヌを前提としたメタ的な要素なのはわかる。わかるけど、このくどさじゃキアヌの押し売り、ずっと話しかけてくる服屋の店員と同じだ。欲しくても一旦店を出たくなってしまう。
 
またストーリーとしても今作は「復讐」ではなく過去を清算する話なので、興味の持続も弱まった気がしないでもない。アクションもクラヴ・マガのような手数の多いものではなく柔術ベースなので取っ組み合いからの投げ、その一連の流れを長回しや引きの画で撮っているため、後半になるとやや鈍重さの方が前に出てきて失速感も否めなくなってくるし……
 
 
 
それでもキアヌはやっぱり良いのです。

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鍛錬を積んだ柔術や、実弾でトレーニングした銃の扱いは、とはいえ相変わらずカッコいい。前作では基本装備がアサルトライフルにハンドガンだったが、今回はそこにセミオートショットガンが加わっており、シームレスな動きからガツンと重い一撃が飛び出す、そのテンポが超気持ちいいのだ。弾詰まりを直し、排莢口からチャンバー内に直接散弾を装填して撃つ手捌きもちゃんと決まっていて惚れぼれする。
 
それに何度も出てくるマガジンチェンジの場面。銃を握ったまま手首をねじるその勢いで空のマガジンを脇に飛ばしたり、リロードのたびにキンバー1911のスライドをちょっとだけ後退させチャンバー内を確認するなど、実銃を扱う際にやるであろうマジっぽい動作をキチンと見せてくれることで殺しの説得力が増す。思えばチャンバー内のチェックなんかはデビッド・エアー監督作『フェイク・シティ』でもやっていたので、あの頃からすでにキアヌの銃捌きは磨かれていたのかもしれません。いや、『ハート・ブルー』のころかも。とにかくキアヌはガンアクションが上手いのだ。
 
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その他にも個人的に印象に残ったのが、コモン演じる殺し屋と雑踏の中でサイレンサー付きの拳銃でプシュプシュ撃ち合うシーン。人混みの中、周囲に気づかれないように澄まし顔でスタスタ歩きながら撃ち合うふたりの姿はあまりにもギャグっぽくて笑ってしまった。海外の映画館で鑑賞した弟に聞いてみたところ、そのシーンで観客はみんな爆笑していたらしい。それにキアヌとコモンが戦うと言えば、ここでもやはり『フェイク・シティ』が想起される。その他にも『マトリックス』シリーズで共演したローレンス・フィッシュバーンも出演しているので、キアヌのフィルモグラフィーに並ぶ作品群へのオマージュ的キャスティングなのかもしれない。
 

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後半に出てくる『燃えよドラゴン』オマージュと思しき鏡間でのアクションもハッとさせられる。アクションというのは一手一手ロジックの積み重ねだと思って見ているので、戦う2人の動きが鏡によって反対側からも確認でき、一方向からしか見ることができないという視点の縛りが解かれ、とても充実していた。AVなどでもフェラチオシーンにおいて女優の顔を正面から撮りつつ、背後に置いた姿見鏡などでお尻も同時に収めてみせる画づくりがよくみられるが、僕はその構図が大好きだ。パンツを穿いたお尻が一番好きだからだ。
 

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今作のラストを観るかぎりでは続編もきっとあるのだと思います。展開を見るに、僕好みの話になっていきそうなところも期待が膨らむ。一方で、前作を共同監督したデヴィッド・リーチ監督によるシャーリーズ・セロン版『ジョン・ウィック』こと『アトミック・ブロンド』も公開を控えている。てっきりそっちもチャド監督だと思っていたけど、同じスタント出身監督としてどう色の違いを見せてくれるのか、滅茶苦茶楽しみ。
 
この『ジョン・ウィック』と『アトミック・ブロンド』を観たあとに『スウィート・ノベンバー』を観るのも感慨深いかもしれない。
 
 
 
 

 

書き下ろし短編:『ゼラチン』

 

 

 

 

 生理がきて外も雨だから、せっかくの休日がさっさと終わってほしいだけの日曜日。

この先期待することなんてなにひとつないかのように、私は機微のない心をもてあましている。こんな日にふっと生きることやめに走ったりしかねないかもなあ、なんてことを思うのは、元来、この私に宿る自殺願望の露呈なのかしら。どうなのかしら。

 お腹いたい。

 イライラしてんのかな私。これはイライラか?

 やる気のないときのおまえはただの役立たずだ。そこんとこわきまえなさい。わきまえつつ、せいぜい無感動な、限られた機能を果たすだけのモノに甘んじてろ。

 ゴッドファーザー、もといゴッドマザーは私だ。おまえはゼラチン。役立たず。返事は要らない。ご機嫌取りもいい。そういうのにうんざりしているからこそ、私はあんたに喋るのだ。

 んね。

 ゴッドマザーなんて響きはちょっと大仰かもだけど、私はいろいろ名前をつける。ケンちゃんがケンちゃんたる所以は、アルコールに身を任せた私の、ほんのいっときの厚かましさからである。「近所にいる子っぽい名前だからやめてよ」と笑う彼をみて、なんとなくよっしゃと思った。

 こいつは落とせる。

 で、本当に落ちた。

 一緒に暮らしてみてわかったことだが、名づけたことで芽生える感情ってのは確かにある。何割増しかで愛おしく思える。たとえばその人、私の場合でいうケンちゃんが第一印象となんだか違うってときも、まあ、いいかってなる。私は別に意外性とか好きじゃないはずだから、これはやっぱり、私がゴッドマザーであるがゆえなのかもしれない。

 そもそもケンちゃん性格がよくないとはいわなくとも、心はだらしなくて、嫌なこととかすぐ顔にでるし、それに対して私が呆れようもんなら、それに傷ついてより一層深刻化するからけっこう面倒くさい。私は面倒なのも嫌いで、なんだよてめーまた塞ぎこんでんじゃねえよとか、人に当たるとかしょーもないことしてんじゃねーとかつい口走っちゃって、自ら正面衝突を臨んだりすることもあり、このあいだなんてついには取っ組み合いにまで発展して頭突きを見舞った。ケンちゃんは信じ難いといった表情でおでこを押さえたあと、「やりすぎ」と笑った。力なく。ああもういま思い出してもそうなのだけど、そのとき私の胸は痛いくらいにしぼんだのだった。私はこれまでもずっとそんな感じだった。けっこう、自分の感情をまっとうできない。肝心なところで、というかスタートの時点で、この感情についていけないなってどこか思いつつも、抗えなかったりする。

 私たちは今日も同じ部屋で、ベッドの上で隣り合ってすごせている。不思議なもんだ。今日なんかはもういろいろ不快なことが重なってどこにも出かけられないけど、まあいいかって、ちょっとは思う。

「夕飯どうしようか」

 私は彼の目を見ずに聞く。返事がくるまえに、「なんでもいいはナシね」と付け足して。

「あー」と彼。「どうしようかなあ」

「どうしようかねえ」

「本当になんでもいいんだけどなあ」

「はいはい」

「ちがうちがう。いつもなにつくってもおいしいよって意味だよ」

「だからわかったって。じゃあ冷蔵庫に残っているやつでなんかつくるよ」

「ありがたいです、ほんと」

 といわれたところですぐには動かず。私はうつぶせになって、湿っぽいシーツに顔をうずめている。

 なあゼラチン。

 私はこれからも、ある程度大丈夫なんだろう。根拠は全然ないもんだから、時たますごく不安になるけど、そういうネガティブも、なんだかんだで意外と脆い。

 私は彼に呼び名をつけたときから、きっとずっと彼のことを好きになるって予感がしていた。で、それ相応の見返りがあって当然だとも。傲慢だよなあ。自分でも思うさ。でも私はそれを疑わずに、そのままいまに至っている。

 ゴッドマザーには「後見人」といった意味合いの方が強いみたい。親に次ぐ責任を持った者。

 じゃあゼラチンよ。私はおまえの後見人でもあるとするのなら、おまえの面倒もずっと見なくちゃならないの? 

 うーん。

 いいよいいよ。あんたはケンちゃんほど面倒くさくないしね。あはは。

 ベッドから起き上がり、窓を開けた。雨は大粒で、でも静かだった。貼りつくような冷気が、その湿った香りが、私の頬を通りすぎ、後ろへと流れていく。

 思わず溜息をついた。頼りない私の呼気は一瞬で流れに飲まれ、消えてしまう。なんだか泣いてしまいそうなのは、鈴の音を聞く犬と同じで、べつにきっと意味はない。

 これまでがずっとそうだったように、私はいまも相変わらず根拠とかが大好き。欲してる。でもそれってなんかダサいっても思っている。信じるとか。ばかかよ。

 綺麗な言葉のその価値を、私は保ち続けていたい。

 そういうこったゼラチンちゃん。そんじゃあまたあとでね。私、夕飯つくらなきゃだから。

 ベッドから抜けだす際に、私はケンちゃんの日に焼けていないだらんと伸びた青白い足をペチンと叩く。「ん~」なんて眠たい声で、彼はぐいっとパンツを上げる。

 窓の外から流れ込んでくる風に、ほんのりシャンプーの香りがまじってて、だれか、どこかに出かけるんだろうか? なんて考える。

 まだぜんぜん遅くないしね。

 

 

 

 

 

 

自宅鑑賞映画(2017年6月編)

 

 

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 『ヘッドショット』(6/3)

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Netflixで鑑賞。『ザ・レイド』の監督ギャレス・エヴァンスはアクションに関してとても繊細な目を持っていると思う。少なくとも今作みたいに「頑張ってる」感を凄みで圧倒できない、みたいなことにはなっていないし。
 
 
 
 『8MM』(6/10)

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Netflixで鑑賞。私立探偵がポルノ業界の闇に踏み込んでいくノワールだけど、闇に敗北するのではなく愚直なまでの怒りでもって反撃するという最高の映画。ニコラス・ケイジ、超ハマリ役。ホアキン・フェニックス演じるズリネタ屋のバイトもめちゃくちゃいいやつ。
 
 
 
籠の中の乙女』(6/11) 

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Netflixで鑑賞。なにこれ。食傷気味な気持ちもある一方で、意外と後味が悪くない。
 
 
 
『彼とわたしの漂流日記』(6/15) 

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Netflixで鑑賞。号泣した。暴力はないけど孤独とぼやきと生命力で見せる最高の漂流日記。ちょっとしたつながりの描写が涙腺をぶん殴ってくる。

 

 

 

 『物静かな男の復讐』(6/16)

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Netflixで鑑賞。スペイン版『ブルー・リベンジ』といった感じ。主役の顔が『ザ・ギフト』のときのジョエル・エドガートンに似ていた。復讐のきっかけとなる強盗の防犯カメラの映像に代表されるとても厭な暴力描写が忘れられない。

 

 

 

かちこみ!ドラゴン・タイガー・ゲート』(6/17)

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 Netflixで鑑賞。漫画っぽく何でもありにしている映画はそんなに好きではないんだけど、ドニー・イェンのアクションのキレは無視できない。光りすぎ。マジですごい。主要三人に髪を切ればいいのにとも思わなくもないけど、たぶんあれは正装なのだ、この映画において。

 

 

『シェアハウス・ウィズ・ヴァンパイア』(6/18)

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Netflixで鑑賞。本作の監督が『マイティ・ソー/バトルロイヤル』の監督であると言う前情報から観てみたけど軽妙で楽しかった。あと、人は大勢死ぬけどムードが妙に温かいのもいい。さらに長くない!

 

 

 

ブラック・ダリア』(6/18)

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Netflixで鑑賞。ヒラリー・スワンクが絶世の美女、という設定がいい。ラストの一連の流れは、ちょっと捲くし立てすぎな気もしたけど。

 

 

『コードネーム:プリンス』(6/18)

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Netflixで鑑賞。薬中になって失踪した大学生の娘を探す冴えないオッサンが実は殺人マシンで……という前半がすごく楽しい。因縁のある犯罪組織のボスの復讐が娘の失踪とそんなに関係のないところから動き出す点など、色々気にはなるところはあれど、まあまあ、心地いい程度には楽しかったです。ブルース・ウィリスジョン・キューザック、50セントなどの妙に豪華なキャストも謎だ。主役は『スピード2』のジェイソン・パトリック!という父の日映画でした。

 

 

 『Mr.ビーン カンヌで大迷惑!?』(6/19)

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 Netflixで鑑賞。Mr.ビーンはそんなに好きじゃなかったけどラストの『La Mer』で泣いてしまった。『裏切りのサーカス』とはまた違った、すごくいいラストだ。

 

 

 

ハンニバル』(6/19)

f:id:sakabar:20170619155904p:plainNetflixで鑑賞。初鑑賞時はテレビ放映版で、親の目もあって途中で断念。二度目は高二の夏。『時をかける少女(細田版)』、『ファイト・クラブ』と一緒に借りた。そして三度目が今回。ドラマ版『ハンニバル』を鑑賞した後ということもあってか、とてもテンポが良くてあっという間の2時間だった。まあ、クラリス好きすぎ問題は確かにカリスマ性を持続させる上ではノイズに感じられたけど、やっぱ楽しい。

 

 

 

ハドソン川の奇跡』(6/25)

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Netflixで鑑賞。ここ数日『パトリオット・デイ』、『ハクソー・リッジ』と実話映画ばかり観ていたのでその流れ。すごくよかった。

 

 

 

サムサッカー 17歳、フツーに心配なボクの未来

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 Twitterでフォローしている方が勧めていたのでAmazonプライムビデオで鑑賞。主人公の少年の脇を固める大人たちのキャストが超豪華。ティルダ・スウィントンヴィンセント・ドノフリオヴィンス・ヴォーンキアヌ・リーヴス。みんながみんな、ちゃんと他人でありちょっとずつ優しい。

 

 

 

『孤高の遠吠』(6/29)

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レンタルDVDで鑑賞。ヤンキー大嫌い人間なので、なかなか手が伸びなかった作品だけどめちゃくちゃ面白かった。むしろ「ヤンキーのこういうところが厭だ」をものすごく客観的に見つめて描いているし、手持ちカメラの映像から引きの画になる気持ちよさなど、編集も巧い。リアルヤンキーがキャスティングされているからこその発見もたくさんあってこの企画の意義もばっちり。やっぱりマジで怖い人ほど演技が達者な気がする。ちなみに小林勇貴監督は僕と同い歳。普段ならそういうの知っちゃうとへこむんだけど、今回は素直に最高って気分です。今後も超楽しみ。

 

 

 

『オクジャ/Okja』(6/29)

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Netflixで鑑賞。オクジャの実在感。でっぷりとした尻がたまらない。救出作戦の血沸き肉踊るアクションだったり後半の割り切れなさだったりとさすがポン・ジュノ映画って感じ。監督はふと頭に浮かんだひとつのビジョンに物語を肉付けしていく流れで脚本を書き進めたそうで、あの縦横無尽な展開と、辿り着いた先に待つ「この世界で生きる方法のひとつ」から感じる苦さなど、つくづく面白いなあと思った。エンドロール後の映像に関しても、現実の戦い方を経た主人公が大人への第一歩を踏み出した一方で、理想を追い求めている(ガキっぽくもある)やつらの戦いだってちゃんと続いていく、あの開けた感じもとてもいい。

 

 

 

『イット・フォローズ』(6/30)

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 レンタルDVDで鑑賞。最高。撮影がいいから、画を観ているだけで飽きない。セックス感染ホラーという本筋も楽しんだけど、愛してやまない「青春のたそがれ」映画としても抜群でした。風の匂いも感じられる、という点においてもばっちり。デトロイトの寂れた町並みは青春ホラーの舞台としてもはやクラシックとなりつつあるなあと改めて感じた一作。ソフトを買ったら『マジック・マイク』の隣に並べたい。

 

 

 

 

 

以上、16本!今月はたくさん楽しめました。サイコー!

 

 

 

 

書き下ろし短編:『式では泣かないタイプです』【後編】

 

 

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 我が文芸部の部室のドアには、星のカービィのシールが貼られている。ボロボロになって腐敗の進んだゾンビみたいなやつで、一年のころに先輩に聞いたところ、先輩の先輩の先輩の代からずっとあったものらしい。毎日のように目にしていたはずなのだ。なのに改めて目の前に立ったとき、僕はそいつと偶然出くわしてしまったような気持ちになった。廊下では吹奏楽部の他に軽音楽部の練習する音が響き渡っていて、立ち止まればビリビリと肌が振動するのがわかるが、その中でまたしても僕はぼーっとしている。なにかを掴みそこねている感覚がずっと付きまとっていて、もどかしい。億劫だった。
 不思議。

 重いドアなので表面に肩を押し当てながらノブをひねりかけた僕だが、隙間ができるか否かのその瞬間、扉の奥から微かに人の声が聞こえたかと思うと、無意識のうちに身体を硬直させ、耳をすませていた。なんだか盛り上がっている。会話? そう思ったけど違う。なにかを歌っているのだ。僕はその邪魔をしたくなくて、ドアを開ける次のタイミングを待っていて、せっかくだからとドアに両手と耳を当ててみる。この声はなっちゃんのものか? 桐子もいるのかもしれない。手拍子まで聞こえる気がした。なにかの合唱曲か歌謡曲っぽいメロディが続き、やがてわー! と声が沸くので、僕はそのどさくさにまぎれて勢いよくドアを開ける。
 八重子教諭が卒倒しそうなほどの熱気が漏れ出てきて、いっきに僕の前半分を湿らせるように撫でていった。
 そこでようやく気づいた。
 僕はちょっとビビっているのだ。

 

 部室には予想した通りなっちゃんと桐子、その他に久留米と、なんと照本肇までいて、彼は部室に常備してある安物のサングラスをかけ、カーディガンをディレクター巻きしている。坂本の姿はなかった。僕がなにかをしゃべりだすよりも先に「なんだよその格好」と言ってきたのは久留米だった。相も変わらず真っ黒で動きの乏しい目をしている。声の抑揚も乏しいが、合唱の直後だからか、どことなく紅潮しているようにも見える。
 照本肇がサングラスを外しながら「まだ見つかってないのか!」と満面の笑みを見せるなか、僕は腰に手を当て、俯き、考える。学ランもない。肝心の坂本もいない。全身に力が入っているので妙に緊張しているような気分だったが、単純に寒いのだった。
「ほらほら、ドア」
 桐子に促されるまま扉を閉め、しばらくその場に立ち尽くしていた。じゃあ僕はこれからどうするべきなんだっけ?
「泣けてきた」となっちゃんがなんらかの文脈で突然つぶやいた。奇遇にも僕もまったく同じことを思っていた。彼女はペンをもち、その尻でおでこをかいている。今日はコンタクトの日だ。
 横で落ち着きなく腕を組んだりおろしたりしていた照本が、とつぜん「あ、そうだ」と言い、肩にかけていたカーディガンをするりと外す。
「安藤、これを着たらいいよ」
「え?」
「いいから。からから。学ラン見つかったら返してね」
「でも照本、寒いでしょ?」
「いや。おれには学ランあるし」
「あそうか。ありがたいね。いつまで借りてていいの?」
「どうでもいいよ」と言った、照本は妙にゆったりと笑った。ように見えた。それから「あしたでもいいし」と言う。
 明日は土曜だな、と思う僕は合掌した。「あたたかい」。ちなみにこれは加藤が貸してくれたんだ。ほら、知ってる? 二組の、とマフラーを直しながら言うと、照本肇はパン! と顔の前で手を叩くのでちょっとびっくりする。
「もしかしてあのハンサム?」
「たぶん」
「あ、加藤くんのなんだ」となっちゃんがパイプ椅子の背にもたれ、ギュイイイ、と鈍い音を立てた。「厳密には、加藤の妹のだけどね」と僕が言うと、「うおーう。いいね」と久留米。スマホを触っている。「そうそう」と答える僕は改めて照本肇にお礼を言い、「二つの意味で恩に着ます!」と言いながらカーディガンを羽織った。意味があまり伝わらなかったようで一瞬固まった照本は「構いません!」と敬礼。そんな僕らを見てなんだそれ、という顔をしていた桐子だったが、「加藤さんって妹いましたっけ?」と机に肘を立てながら訊ねる。
「そうそう、いるね」
「へー」
「美少女だよ」
「えーうそー。でもぽいぽい。加藤さんも女装似合いそうですもんね。だってほら」
「ん?」
「見た目がこう……なんだっけ。フェ……フェフェフェフェフェ」
「どうしたんだよ」
「フェから始まる言葉」
フェラチオ
「死ね」
「わかったフェミニン!」となっちゃんが言うと
「それ! フェミニンな感じありますもんね」
「なるほどね」僕はフェミニンの意味をよく知らなかった。
「なんかね、ユニセックスというか」と桐子が続けるので、僕がひとり笑っていると「下ネタじゃねえよ馬鹿」と彼女。馬鹿は響くぜ。

「学ランもないくせに」

「やめてよ」
「でもあんなもん、ふたつもいらないのにな」と言いながらソファーの久留米が脇によってくれるので、僕は敷き詰めるようにその隣に座る。「ていうか盗まれたかどうかも謎なんだよね。謎が謎を呼ぶ状況ですよ」
「坂本に聞けば?」
 という久留米の言葉で僕は思い出す。「ああ、そうそう。それなんだけど、あいつ今日きてないの?」
「きてない」

「そうなんだ」

「きてない」
 了解。
 一息つこうとの思いは満々なのだけど、空のペットボトルや借りっぱなしの本、落書きだらけのルーズリーフやA4サイズのコピー用紙で埋め尽くされた机の上を眺めていると、渡部先生の声が蘇ってくるので僕はちっとも落ち着かない。掃除か~。掃除もしなきゃならないんだったな~。もしこれで坂本が学ラン持ってなかったらどうすんだ、と僕はどんどん心的ぬかるみにはまっていくのだった。


 ずっと考えないようにしていたけど、サッカー部でもないのなら、本当にまだ進路が決まっていない誰かが僕を攻撃していることになってしまう。となると容疑者は三年生の半数以上だ。今夜は眠れなくなるだろう。そうなると日中眠くなる。自習時間に僕がウトウトしていようもんなら、あいつは進路が決まってるからいい気なもんだね、死ねばいいのに、とか思われるんだろうし、そういうのって思っている以上に空気にのって肌を刺してくるものだ。でも明日は土曜日で、あ、よかったよかった、と一瞬僕は思うけど、まだ安心に足るほどではないのだ。たとえ明日が土曜日だとしても、土日の夜ふかしはいつものことで、月曜まで寝不足を引きずる可能性は充分にある。
 オナ禁しようかな。


 なんて自ら不安がることで免罪符を得ようとしているしみったれた逃避に興醒めした僕だが、とはいえこれまでの抑圧からくる反動を理由に最後の最後で仕返しの意味も込めて意図的にはしゃいで見せるんじゃなかった、と心から思い始める。どう考えたって悪手だった。そんな自分の浅ましさにはもう涙すら出ないが、ひどく思いつめてるかといえば実のところそこまで本気にもなれなくて、もうどんな理由で、犯人がだれであろうとかまわないから、学ランさえ返ってくればそれでいいや、なんて僕は思う。神様。
「そうだ安藤、図書館いって『火の鳥』読む?」
 唐突に隣の久留米がそう言うが、うっかり聞き落としてしまったのか、どういう流れかまったくわからないうえに気分でもなかったので、「いまからか」と発したっきり黙っていると「そこまで嫌がられると逆に新鮮だな」と隣から小さく聞こえてくる。まってくれ、嫌ではないんだよ。今じゃないだけで。と口に出せばいいのに、僕は笑うだけでなにも言わない。久留米は「おれひとりで行くわ」と独り言を漏らしたが、特に動き出すこともなくスマホを眺めている。照本が笑うのに続いて桐子が「えーそれはない!」と叫んだ。なにがないのか耳を傾けてみると、「そういや桐子ちゃん久々に部室いるね」となっちゃんが言って、結局新しい話に移る。
「あ、そうですね。練習の順番待ってるんですよ。軽音の」
 桐子が言うとなっちゃんが「あー。ねー」と首を傾げる。
「ああ、それでか」
 僕がなんの気なしにつぶやくも誰も反応しなかったので、ちょっとびっくりして、ついついひとりで喋り続ける。
「いやほら、みんなで歌ってたじゃん。けっこう長く」
「あれ、なんで知ってるんですか?」
「外まで聞こえてたよ」
「えー! ていうかずっと聴いてたんですか?」
「まあ途中からだけど」
「ドアの前で?」
「そう」
「変質者じゃん」
「遠慮だよ」
「入ってこればよかったのに」となっちゃんが本当にそう思っている感じの口調で言うので、桐子が笑う。僕は腰を浮かせると机の上のティッシュを一枚手に取り、鼻をかんだ。
 ブ、ズボー! 
 で、思い出す。
「あ」
「え?」
「そういやなんか桐子さんに言わなきゃならないことがあったような」と僕が言うと「なんすか」と彼女はみんなの顔を見る。みんなも彼女のことを見て僕を見る。
「いやいや、そう構えることじゃないよ」
「はあ」
「そうそう。最後にまた文集つくるんだよね。これはごめん、もう決定事項なんだけど」
「ん?」
「卒業文集ね」
 そう口にした瞬間、隣の久留米と目が合った。なぜか久留米も「え?」という顔をしている。
「まあ、わかりますよ。だってもうそういう時期ですもんね」という桐子は、拍子抜けしたように口角だけを持ち上げる。「でも時期って言ってもそういうのはもっと早く言ったりするもんじゃないんですか?」
「ごめん、一昨日くらいに決めたからさ」
「いやいや、例年の流れってやつがあるんじゃないんですか」
「まさにそうなんだけど、それを思い出したのが一昨日で」
「だったらせめて一昨日の時点で連絡するとか」
 ぐうの音もでず。
「安藤さんしっかりしてくださいよ」
 なんか今日はそんなことばっかり言われるなあと思っていると、隣の久留米が「あ、くそ」と言ってスマホを自分の腿に放り投げる。「電池切れた」
「充電器あるよ」
「おれも持ってるけどつなぎっぱなしにしてないとすぐ切れる」

「じゃあつなぎっぱなしで使えば」

「このソファーコンセントから遠いんだもん」
「機種変、機種変」
「まあ、四月になる前までには」
 黙っていた桐子が急に「あ、てことは後藤先輩も書く?」と言う。なっちゃんはしばらくなにかにペンを走らせたあと、「ん?」と顔を上げて辺りを見回した。そういやなっちゃんはさっきからなにを書いているんだろう。スプリングのいかれたこのソファーからじゃ彼女の手元が見えない。
「なにか書くのかって」照本が改めて伝えてやると「ああ、書く書く。え、書くでしょ?」となっちゃんが僕を見るのでびっくりする。

「あ、おねがいします」

「うん」

「おー! 後藤さんの小説また読めるんだ。超いいじゃん」と桐子。

「え、そう? へへへ。そんなに?」とわざとらしいなっちゃんのテンションに桐子はあえて合わせない。

「わたし後藤さんの書くやつが一番好きかも」
 ぎこちなく微笑むなっちゃんは目を細めたまま腰をねじりだした。以前にも、照れると体操を始める癖があると本人から聞いたことがある。
「やばい。がんばろ」
「ところでなに書くとかは決まってます?」
「えー。全然」
 よし、ここは部長としてひとこと言わなければ、と思った僕が特に考えずに「過去作の続編書けば?」と提案してみる。そのくせ肝心の名前が出てこない。自分のこういうところが嫌いだ。「例えばあれとか。えっとなんだっけ……ちょっと待ってね」
「『毒婦』のこと?」
「そうそう。あと、もうひとつまえの」
「『でかいちわわ』?」
「あーそれ!」
「続編って、でもそんな話じゃなくない?」
「まあ、あくまで提案なんだし、そっちが決めてよ」
「えー適当」
「これ、みんな間に合うか?」と久留米が固い目元をそのままに笑ったので、「そう思うでしょ? 実は浅野はもう書いてるんだよ」と僕はポケットからルーズリーフの筒を取り出してみせる。照本以外のみんなが漏れる声に各々の感情をのせた。
「出たよ、浅野のやろう。手書きだし」

「あははは」
「やめろやめろ、正しい人を責めるな」と言う僕は僕で、部長のくせしてなにも書いていなければ案もない。言わなくてもいいことは言わなくていい。
「だから桐子さんには急で悪いんだけど、もしストックとかあれば出してほしいんだ。もちろんこれから新しいやつ書いてくれても大歓迎だし」
 桐子は椅子の背にもたれて腕を組む。それから首をかしげ、自慢のボブヘアーを揺らしてみせた。いちいち溜めるところが面倒なやつだ。
「がんばります」
「さすが」
「ふふふ。わたしも一応部員ですから」
「ありがとう。軽音部もあるのに」
「あ、そうか桐子ちゃん、忙しくない?」となっちゃんが顔を寄せると、桐子は下唇で上唇を覆い隠す。
「いや全然ですって。わたし受験生じゃないですし」
「でも軽音部の練習はあるんでしょ?」
「あるけど家帰ってから書けばいいじゃないですか」
「ええ、マジで? 過労死しないでよ」と僕が言うと久留米も続く。

「思った。おれには無理」
「まあ、つってもわたし、んな大したもの書かないですもん」
 おっ、言ってくれるぜ。僕と久留米が肩をすくめると桐子はそっぽを向いてしまう。僕はその他の連絡事項を思いついた順に口に出す。
「ちなみに小説じゃなくて、詩とかでもいいからね。大歓迎だから」

「ならストックあります。超余裕」

「なんなら日記とかでもいいからね」
「それは書いてないです」

「みんなそう言うんだよ、最初はさ」

「なんにせよ過労死はないっすね。八時間寝れます」

桐子渾身のパンチラインなっちゃん吹き出し、それを見て照本も笑う。そのままふたりは互いに互いを見て笑い続け、そんな二人を見て久留米も笑った。
「いや~」と深い溜息をついたのは照本が先で、ヤブカラボウにこう言った。
「おれ正直キミらがなにやってるか知らなかったけど、めちゃくちゃ楽しそうだね」
 なのでみんなが黙った。褒められた際のリアクションをきちんと用意することなく生きてきた人ばかりだった。照本にそう言ってもらえたその幸甚と、同時に押し寄せてくる「本当にそうだろうか?」という疑念に混乱している。
 一足先にまあいいやという脳内麻薬を分泌させたなっちゃんが、照れを滲ませ「ありがとう」と低い声で笑うと、その声に便乗して久留米も笑った。僕も久留米に倣って顔面を弛緩させながら、それでいて妙な焦りを覚えつつ、ソファーから立ち上がる。
「照本くんってなにかつくったりするの、興味ある?」
「いや、どうなんだろ。考えたこともない。でも楽しそうだなとは思う」
「じゃあ、文芸部、入る?」
 口に出した瞬間、心臓が大きく脈打つのを感じた。僕の言葉に照本はちょっとだけ固まって、じろりと目を動かす。
「え?」
「どうかな」
「あ、マジで言ってる?」
 ここで久留米が「ふきだまりだけどな」などと言い出さないか、僕は内心不安だった。それは桐子が入部する際に発された一言で、「はい、だいじょうぶです」と答えた桐子は、たまたまそういう煽りを楽しめる人間だっただけかもしれないじゃないか。焦りが僕を饒舌にする。
「超、歓迎。卒業まであとちょっとだけど」
「いいじゃん入っちゃいなよ照本さん」と桐子が拍手をする。「歓迎、歓迎」となっちゃんも続く。「去年入ればよかったのに」と久留米も拍手をするので、照本はいきなり天井を仰ぎ見たかと思うと、強く目をつぶる。そして開く。
「なんだよおまえら! おれだってもっと早く仲間になりたかったぜ!」
 胸に込み上げるものが、確かにあった。その熱はついには頬を染め、頭頂部からスポン! と抜けていく。僕は腐っても部長なので、照本と熱くハグを交わし握手する。桐子がスマホを構えているので、僕と照本は握手したまま体を斜めにし、シャッター音を待った。画面を確認してうなずく彼女は、ふいに口をひらく。
「ようこそふきだまりへ!」
 あ、おまえふざけんなよという目で僕が桐子を見つめていると、照本は軽やかな口調で言う。

「あ、ごめん、ふきだまりってなに?」

彼がそういう言葉と無縁で良かったし、これからもそうあればいいなと思った。
「気にしないでいいよ。ようこそ照本氏!」
「あは、あははは。よろしくお願いしますです」
「残りちょっとだけど思い出たくさんつくろうね」
「つくるぜマジで~。あ、てことはおれもなにか書いたほうがいいのかな?」
 真剣な目で尋ねる照本。ああ、この瞳をごらんなさい。僕は久留米にそう言ってやりたかった。
「そうだね。小説に限定せず、エッセイでも詩でもなんでもいいよ。一番大事なことは、照本氏の思いを表現するってことだから。なんにせよ、気を張らず、遣わず、楽しんで書いてよ」
「おお……」
 照本は意を決した様子で喉を鳴らしたあと、小さな声を絞り出した。
「実はおれ日記書いてんだよね」

 

 日は暮れかけていた。
 あと十分もしないうちに夜に飲まれてしまうそんな気配が窓から忍び込んできている。照本に過去の文集一式を渡していると、不意にドアがノックされる。あれ、いまなんか音した? とみんなで固まっていると、ドアが勝手に開き、その隙間から知らない女子が顔をのぞかせる。
「失礼します。島崎さん、います?」
「あ、はいはい」と桐子が応えると、その女子は「もうちょっとで部室空くよ」と言ったあと、「失礼しました」と静かにドアを閉めた。視線を移せば、桐子がその細い腕に荷物を次々とかけている。
「じゃあわたし行ってきますね。ありがとうございました」
 誰もなにも言わなかったが、一人残らず立ち上がっていた。我が校きってのジェントルパーソンたち。桐子は最後のカバンを肩にかけると「先輩たちの新作、楽しみにしてますから」と部室内のみんなに向けて言った。そんなこと言われたのは初めてだった。桐子は人の作品に本気で蹴りを入れられる人間だったし、僕も何度か痛い目を見ていたので、どちらかといえば、みんなを身構えさせることが多かったのだ。
 例えば僕が去年の文化祭用の文集に載せた『てんてこ舞のすっとこどっ恋』は、ウラジミール・ソローキンの短編集『愛』の真似をして変なことをやりたい一心で書き殴った魂なき一作で、何行にも渡る単語の羅列や三点リーダの多様を用いて主人公「舞」の恋煩いを描いたのち、脈略のない猟銃自殺で幕を閉じるだけの短編だったのだけど、自分でも三度読み返すのが限界で、普段はもっぱら忘れて過ごしていたというのに、後日部室で鉢合わせた桐子が
「なんか、そう、あれはなんでしょうね。『おふざけ』だけで『遊び』はなかった感じでしたね。いや、わかんないですけど。でもふざけて書くのって正直誰にでもできるじゃないですか。もっと適切に言うと『おどけ』っていうんですか? まあいいんですけど、今度はちゃんと『おどけ』とか『おふざけ』を『遊び』にまで昇華させてるやつか、それかもう本気で、安藤先輩の強く思っていること、感じてることをてらいなく注ぎ込んだ、熱とにおいに溢れたやつを読みたいですよね」
 と言ってきて、僕はまずショックで壁まで吹っ飛んだ。というのはもちろん心象表現で、実際はソファーに沈み込んだまま目を伏せて「熱とにおい……なるほどね」とつぶやくことしかできなかったのだけど、それ以来自分の得意技であった「猟銃自殺」を封印せざるをえなくなった。
 怖くなったのだ。
 桐子の揺れるボブヘアーを眺めながら、だからこそ今回はなにを書こうかな、と僕は考える。これまであまりにもぼーっと過ごしていたが、途端にいま考えなきゃならないことが山ほどあるような気がしてならない。いや、なにも考えなくていいときなんてそもそもあったのか? これはやばい状況なのだ。僕は羅列してみる。
 学ランを見つけること。
 帰って小説を書くこと。
 卒業までのこと。
 四月までのこと。
 四月からのこと。
 ……。
「あ、そうだ安藤先輩」
 ドアの向こうに消えたはずの桐子が、僅かな隙間から上半身だけを覗かせている。
「なに? あ、締切?」
「そうそう。いつですか?」
「そんなに部数刷るわけじゃないし、二月の中旬なんてどうですか。三年生はもう休み入ってるけど」
 僕が視線を向けると久留米も肯く。なっちゃんも。照本は「お~中旬か~」と言いながらひとりはにかんでいる。
「了解です。それじゃあ、近々提出します」
「よろしくお願いします。メールでもいいし、おれに直接持ってきてもいいから」
「了解です」
 扉が閉まり、僕はみんなの顔を見回して、「というわけだから、よろしくおねがいします」と言った。
 それからついでに渡部先生から掃除を命じられたことも伝えた。
「わたしもしようと思ってたの。月曜くらいから」
 と机の上を見つめるなっちゃんの手元に広げられている数枚のはがきが目に入った。よく見るとそれは年賀状で、僕は混乱する。
「え、なっちゃんもしかして年賀状書いてた?」
「うん。お返しのやつを」
「一月終わるけど?」
「ね~。もっとはやく書けたらよかったんだけど。進路のこととかでバタバタしてたし」
 ああ、そんな感じね。とりあえず肯くと、なっちゃんも肯いた。
 照本は過去の文集を捲っていたし、久留米はようやくソファーから離れ、スマホに充電器を挿している。
 そんなみんなを見て、いや、厳密にはさっき桐子が椅子から立ち上がって、みんなも立ち上がったそのときから、僕はかすかな立ちくらみに併せて、まどろみのような、意識の中で曖昧にゆらめく部分が気になり始めていた。
 そのときの僕はふと強烈に予感していたのだ。
 いずれこの瞬間のことを懐かしむ時が訪れることを。
 これまでのあらゆる過去にそうしてきたように。
 反射的にその直感を誤魔化そうと、無意識に手を伸ばした先には図書館の本がいくつもあって、その一番上がジョン・ミルトンの『失楽園』で、教養をつけようと借りたままとうとう読破できなかったなと思う僕はその返却日がとっくに過ぎていることにも気づく。ほかに積まれている本も、坂本とか久留米とか浅野とか加藤とかなっちゃんとか桐子とかが適当に借りてきたまま放置しているもので、いい加減返却しなきゃ、図書室の舞先生は絶対僕らのことをブラックリストに入れてるし、なにか言われちゃうんだろうけど、でもこれ以上の先延ばしはもうやめなきゃならない。部室のすみに転がっていたダンボールを手に取った僕は、その中に一冊ずつ本を入れていく。
「あ、返しに行くの?」となっちゃんが言う。僕は彼女の手元に広げられた年賀状のお返しの中に、自分宛てのものがあることがちょっと嬉しい。
「わたしが返しとこうか」
「いいよ。いつもこういうの、なっちゃんやってくれてるじゃん。おれ教室にかばん取りに行くし、ついでだから」
「あ、じゃあおれも途中まで行こうかな」と照本が言った。今日はもうそのまま帰るつもりらしい。照本は僕の抱えるダンボールを指さし、持とうか? と言ってくれる。僕はもちろん遠慮した。久留米は再びソファーに沈んだあと、二人いれば十分でしょ、とつぶやく。いやおまえさっき『火の鳥』読みに行こうとか言ってたじゃねえかよ。でもこういうとき、久留米は本当についてこない。テスト前に「全然勉強してねえわ」と言って、後日赤点をとった問題用紙を堂々掲げるような男なのだ。
「よろしくな」
 そんな久留米になっちゃんが笑う。
 陽はとっくに沈んでいて、夜を背にした窓に部室の様子が鮮明に映っていた。

 

 浅野の原稿の最後の一枚には「あとがき」と称された文章が載っていた。三年間の活動に対する感慨から始まり、糧となったもの、反省点、今後の目標などが抜かりなく記されていた。それを読み、さすがは読書感想文で外したことのない男だ、と僕は思うのだが、最後の最後で出てくる一文だけはやや趣が違った。

 そこにはこう書いてある。

 

『これからもくだらないこと大袈裟にしながらクソッたれな大人になっていこうぜ』

 

 図書館前まで付き合ってくれた照本に僕は礼を言う。
 カーディガンと、部員になってくれたことも含めて。照本は改めて「学ラン見つかるといいな」と言ってくれる。
「見つけてみせるぜ。卒業式で恥かきたくないし」
「あーそうか。卒業式か。ほんとすぐだな」
「はやいよな」
「あ、そういや安藤。今日はもう塾いかないでしょ?」
「あー。うん。でも明日は行こうかな。またマックで……そうだよマックで小説書こうぜ」
「お! おー! それいいな!」
「じゃあ来週はそれだから!」わははと笑う僕と照本のスキンシップはエスカレートする。肩、腕、腰、腿、お尻。
「それじゃあおれは帰るぜ! 今日はマジでありがとう、安藤部長」
「よせやい、こちらこそありがとうだぜ」
 気をつけてな、と手を掲げる僕に、照本は角を曲がるまで独特なステップを踏み続けてみせた。
「なにそれ!」
 大声でたずねると、角の向こうから「オリジナル!」という彼の声が響いてきた。

 

 僕は足元に置いたダンボールを再び抱えて図書室へと入っていく。
 舞先生がカウンターの中でパソコンを打っている。目が合うと、その太めの眉が持ち上がった。
 カウンターにダンボールを載せ、すみませんが……と事情を説明する僕に、舞先生は「ちょっと部長さん、頼みますよ」と苦笑してみせ、本を一冊ずつ取り出してはバーコードを読み取っていく。
「あ、『失楽園』ある。これちゃんと読んだ?」
「一応、冒頭くらいは」
「えー? 面白いのに」
渡辺淳一の方は読みましたけど」
「ははは。どっちも安藤くんくらいじゃない? 借りてるの」
 思っていたよりも怒られなかったことに安心している自分がいた。でもこれじゃいかんと最後に改めて「申し訳ありませんでした」と頭を下げる。舞先生は「許しません」と断言した。
「今後はちゃんと返すなり延長手続きするなりしにきなさい」
「はい」
「そんな安藤くんももう卒業か」
「そうなんですよ」
「はやいね」
「そうですね。まだ実感はありません」
「そんなもんだよ。もう文集作んないの?」
「あ、作ります。これからなんですけど」
「えーこれからは遅くない? 間に合う?」
「それはもうご心配なく。みんな優秀なんで」
「ははは。そういや安藤くん、大学決まったんだってね」
「そうですね。おかげさまで」
「おめでとう。大学でも書くの?」
「んー……どうですかね。やるやらないってあんまり考えたことないんで」
「へえ、そうなんだ」
「書きたきゃ勝手に書くって感じで、わかんないですけど」
「そっか。登山家みたいだね」
「あ、山があるからのぼる的な?」
「そうそうそう」
「でも確かに書きたいことがあるからってのが一番の理由でしょうね。口じゃ言えないようなことでも、おおらかなんで。話って。どうせ嘘だし」
「先生もそう思う。ある程度はね」
「ある程度?」
「うん。でもまあ、いずれわかるよ。あ、別に不自由なもののことを言ってるんじゃないから、そう身構えないでね。もしかしたらもうとっくに気づいているのかもしれないし。とにかく安藤くんは、まずは楽しむといいよ」
「あ、はい、ありがとうございます」
 舞先生の視線が僕の背後に移り、振り返ると本を手にした一年っぽい男子が立っている。僕は「ありがとうございました。失礼します」と頭を下げ、カウンターを離れたが、出口には向かわなかった。なんとなく図書室内を見て回りたかったからだ。
 でもすぐにやめる。

 並ぶ長机の一番奥に、町山りおの姿を見つけた。

 

 ピュ~イ

 

 僕がダンボールを抱えたまま振り返ると、出口のところに坂本がいて、なぜか中腰で、こいこいと手招きをしている。数年ぶりに会ったみたいな気分だ。僕が近寄ると、「まったくおまえは捜すと見つからないリモコンのような男だよ」と坂本は言った。やつは僕のスマホに大量のラインを飛ばしてその返信を待っていたのだが、充電の持ちが悪いために諦め、たまたま見かけた町山さんを張ることにしたらしい。
「なんでだよ、普通に部室こいよ。確率的に考えても」
「でも町山さん張ってた方が確実だと思って」
「なんだこいつ、馬鹿にしやがって」
 僕らはダンボールをバキバキ潰して購買裏の焼却炉まで持っていく。結局坂本は学ランを持っていなかったし、なくなったことも知らなかった。僕はサッカー部の犯行説を話してはみたがたぶんそれはないみたいだし、消去法でおまえが犯人だと思っていたことを正直に伝える。坂本は、おまえの学ランなんていらねえよ、なっちゃんの制服ならネットで出品できるけど、と言った。オタサーの姫は確立されたひとつのブランドらしい。それいいな。お願いしたら卒業後譲ってくれないかな、でもうちはオタサーじゃなくてふきだまりだからな、そうだな、と話す僕らが中庭を歩いていると、図書室の窓から明かりが漏れていて、ついつい視線が誘われる。町山さんの姿が、まだそこにはあった。
「塾行くまではここで勉強してるんだってよ」
 と、僕の隣で同じように腰をかがめる坂本が言った。
「は? なんで知ってるんだよ」
「さっき聞いた」
「話したの?」
「ちょっとだけ。おまえ現れるまで暇だから」
「すごいなおまえ」
「おれはそういうのできるタイプだから」
「そういうタイプだもんな」
 僕は膝に手を置いたまましばらく黙って、「なに話したの?」と聞いてみた。本当なら勝手にどんどんしゃべってくれた方がありがたいのだけど、こういうときの坂本は本当に気が利かないのである。
「なにってべつに、世間話。進路の話とか」
「おまえが進路の話って」
「町山さん、東京の女子大いくから一浪覚悟してるみたいなこと言ってたよ」
 な、に、そ、れ。
 僕はそんなことまったく知らない。妙に親密な会話なのも気になる。打ちひしがれる僕は、坂本をさらに促す。
「ほかには?」
「なんだよ。もうないよ。あ、でも町山さんおまえのこと話してたよ」
「おい、ちょっと! ちょっとまてよ」
「マジで」
「うそだろ」
「うそじゃねえよ。文芸部のみんな、進路決まってるのすごいよねって。おまえも含めて、文芸部のみんな」坂本は円を描くように、人差し指を大きく回した。
「うわなんだそういうことか。いやでもすごいよ。くそーマジかよ」
「話しかけてこいよ」

と坂本が言った。

ん? と思う僕はまた黙り、坂本も黙り、ふたりで暗がりから町山さんの後ろ姿をじっと眺める。
 どうしようかな。
 僕はこの三年間で総計しても、かれこれ一分程度しか町山さんと言葉を交わしたことがない。「あ」とか「うん」とか「はい」「いいえ」くらいだ。彼女の瞳は色素が薄く、虹彩がくっきり見えることにも最近になって気がついたのだ。なにをどういう風に話していいのかがわからないという点で言えば、町山さんもサッカー部の清なんかと大して変わらないんじゃないかとすら思う。
「いや、やめておこう」
 僕は言った。
「そりゃないよ、話しかければ意外としゃべってくれるって」
「そうかもしれないけど」と言う僕の気持は、意外と揺らいだりはしていない。
「ビビるなよ。どうせもう卒業なんだからいくらでも恥かき放題だろ。一組の川谷なんて今年に入って五人に告ってるらしいし、そんなのに比べたら話しかけるくらいなんてことないじゃん」
「え、川谷マジで?」
「マジらしいよ」
「今年に入って?」
「今年に入って」
「やば。まだ一ヶ月も経ってないじゃん。でもそういうことじゃないんだよ。だって、おれなんかが邪魔しちゃダメでしょ」
 町山さん相手ならすぐわかることなのになあ、と僕はしみじみ思っていた。
「ああ」とつぶやいた坂本は、しばらくの沈黙をはさんで「なるほどね」と言った。
 さっさと教室行こうぜ。そんで部室。僕が促せば坂本もついてきてくれる。
 校舎内に入ってすぐに坂本が
「じゃあさっきおまえが言ってたこと、おれが今度町山さんに伝えればいいんじゃない?」
 と言った。
「んん? それはどういうこと?」
「だからおまえが人知れずカッコつけてたことを、おれ経由で伝えたら町山さんおまえのこと好きになるかもよ」
「ばか! そんなわけあるか! 絶対やめろよ。言うなよ絶対」
「これもダメなのか」
「ダメだよ」
「もったいない。それくらい別にいいと思うけどな」
「ありがとう。でもそういうんじゃないよ。おれがめちゃくちゃカッコよかったって事実はおまえがずっと覚えておいてくれりゃ、それで充分だよ。それが本物だろ。違うか」
 ぴゅ~と口笛を吹きながらウインクをする坂本。すごい生き物がいるもんだ、と僕は思う。

 

 教室に戻って荷物をとる。
 山之内の姿はもうないけど、まだ何人かが残って机に向かっている。もう二度と邪魔だけはしないぞ。そう思った直後、参考書から顔を上げた若本紅愛が「あ、安藤くん」と言うのでビビる。
「はい?」
「学ラン見つかった?」
「あー。実はまだなんだ」
 すると彼女は立てた指を壁の方に向けながら、「なんかさっきね、安藤くんのこと探している人がいたよ。学ラン持ってた」
「え、うそ、どんな人?」
「誰だっけ。何組の人かは忘れたけど」
「男子?」
「そうそう、色白の」
「色白? もしかしてあの、すごい猫背の?」
「そうそう!」
 福地じゃん。
 お礼を言う僕に、よかったじゃん、と若本紅愛が表情を大きく崩すことなく小さく呟いてくれた。ひー、やべえ。僕はそのときの若本の遠のく顔、こちらを向く髪を束ねて露出したうなじに対して、体が震えるくらいの勢いで謝りたいと感じていた。「感謝」って字そのままの気持ちだ。若本の器に、僕は完全に飲まれてしまっていた。
「ありがとう」
 こういうときの僕の声は小さくていけないのだが、若本紅愛は顔を上げ、ん? という顔をしたあと、ふわっと片手を上げた。とても律儀な感じのする、甲斐甲斐しい所作だったので、僕も同じようにした。

 

 坂本と七組へと向かう。
 福地の姿はない。
 坂本も自分の荷物をとり、そのまま部室へと向かうことにした。
 渡り廊下に出ると、空には月が浮かんでいた。照明塔の明かりに照らされた運動場は、夕日に染められていたときよりもずっと鮮明だ。
 さみ~と言い合いながら部室棟へと駆け込む僕らは、卒業文集の話をする。浅野はもう出したぜ、と僕が言うと、坂本は「でしょうね」と言った。
「あとで読んでみ」
「はいはい」
「いや、よかったよ」
 これはマジで。

 

 部室の机には、僕の学ランが無造作に置かれていた。
 感動から両手を合わせ膝をついていると、脚を組んだなっちゃんが「よかったね」と言った。「みんな優しくて」
 ほんとにね。
「これは福地が?」
 そう尋ねる僕に「ああ、あいつだよ」と久留米。帰ったのだろうか? 僕は加藤のマフラーと照本のカーディガンを丁寧にたたみ、リュックにしまったあと、久しく会った学ランに袖を通す。ポケットにはスマホがちゃんと入っていて、確認すると坂本の他に、中川からもラインが入っていた。

『見つかった?』

 僕は早速返信する。

『お返事遅れました!学ランが無事見つかったことを報告いたします。ご協力ありがとうございました!』

 もう後回しにはしない。ぼーっとするのもやめにする。この瞬間をできる限り覚えておかなければならない。

 

 物事は更新されていく。

 

 今日のあれこれも過去になる。

 

 残るものも限られてくる。

 

 みんなにも学ランが見つかった報告を入れていく。ああ、僕はちょっとだけ寂しい。嬉しいはずなのに、それを上回る喪失感に手を伸ばしそうになる。
 僕はいまなにを失った? わからない。とにかく今日はもう終わる。終わるに足る理由を、僕は受け止めてしまった。あ、そのせいか?
 しまった。

 

 福地はまだそのへんにいるかもしれないとのことで、僕たちはみんなで部室をあとにする。月曜日は掃除しような! と念を押しながら。渡部先生が来るぞ。渡部先生が来る。バリトンボイスは憂鬱の調べだ。僕らはみんなで渡部先生のモノマネをした。久留米が一番うまかった。声の質が似ているのだ。
 校舎の静寂を挑発するように、軽音楽部の音だけがはつらつと反響する廊下を歩いていると、なっちゃんが「安藤くん、遅れたけど」と言って、さっきの年賀状をくれる。あ、ありがとう。いま読んだほうがいい? 僕が尋ねると「あ、いや、帰ってから読んで。お互いのためにも」とのこと。
 了解。
 僕らは階段を降りる。ドアを開ける。強く冷たい風に吹かれ口々にさびーさびー言い合い、ちょっとだけ走ったり、立ち止まって誰かを待ったりする。ピロティーの太い柱を蹴り、白い息をチョップで割る。
「帰ったら書くか」
 僕はそう呟くけど、マフラーに顔をうずめたなっちゃんがちらりと一瞥しただけで、坂本も久留米も反応をくれない。え、なんだよ。おまえらだってちゃんと書けよ。最後の文集なんだから、そこんところはよろしく頼むよ。
 ポケットの中でスマホが振動する。取り出してみれば戸田セリナからで、『よかったね!』の一言。返信しなきゃ。中川とは違う言葉で。そう考えていると、校門へと続く道にある花壇のそばを歩いていたひとりの男子を見つける。ひどい猫背なのはいつものことだ。僕らに気づいたそいつは、胸の前まで手を挙げてみせる。
「福地!」
 僕は声を張る。学ランありがとう! どこにあったの? 向こうはなにかを答えたけど、声量と、あと風のせいで、たったの一文字も届かなかった。それがなんだか楽しいような、名残惜しいような、とにかくじっとしていられない気持ちを喚起するので、僕はやつの声が届く距離まで小走りした。

 

   まあ。

   こんなもんでしょう。

 

 それは、僕らが一緒に過ごした最後の金曜日だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~18:00

 

 

書き下ろし短編:『式では泣かないタイプです』【前編】

 

16:00~

 

 

 ホームルーム終了後、教室の後ろの方で加藤たちとまんこからピーナッツを飛ばすおばさんの話をしていたら、すぐ近くを女子バレー部の若本紅愛が通りかかったので違う話に変えた。

 僕の学ランが消えた話だ。

 そもそもこっちが本題だった。


 学ランが消えたのは全国的にインフルエンザが猛威を振るう真冬のある日のことで、にしてはまあまあ気温が高かった。僕は体育のサッカーでゴール前を守りながら、浅野とふたりでオナニーするときどんなリズムでしごくのかという話をしていて、「COMPLEXの『BE MY BABY』と同じリズムだよ」と僕が言うと、「ビーマイベイベーで一往復?」と浅野はジェスチャー付きで尋ねてきた。
「いや、『ビーマイ』で1。『ベイベー』で2……あ、もうちょっと早いか。ビーマイベイベービーマイベイベー……あ違うな、やっぱビーマイベイベーじゃない」
「ちなみにおまえってどっちの手でしてる? おれ普通に右手なんだけど」
「あ、それはおれ左なんだよね」
「おお。でも右利きだろ?」
「そうそう、でも左」
「やっぱりいいの?」
「ていうか右手でスマホ持ってやるから左手しか空いてない」
「そっちか。おけばよくない?」
「寝そべるのが好きだから」
「なるほど横になるタイプね」
「そうそう。仰臥位」
「ん? なにそれギョウガイって」
「あ、あおむけのこと」
「じゃあそう言えばいいだろ」
「あごめん、たしかに」
「なんでわざわざ難しい言葉使うんだよ」
「そういうとこあるんだよね、おれ」
 とそこで不意にボールが転がってきて、反射的に動けた僕は思いきり蹴り返すことに成功した。バツの悪さがそうさせたのかもしれない。

 風は肌寒かったが空からは暖かな日が射していて、砂埃とともに宙で軌道を変える頼りないボールを細めた目で追った。ずりーなあと隣で浅野が漏らし、僕は僕のついカッとなって、といった衝動をちょっとだけ誇らしく思った。素早い蹴りとその手応え。及び浅野の羨望も手伝ってか、いつもよりもやや気が大きくなっていた。

 僕は最後に学ランを脱いだのがいつどこでどんな状況だったのか、なにも覚えていないのだ。

 

「がんばれ」

 と浅野は言った。なんだよ、捜すの手伝ってくれない感じじゃん、と思う僕にやつは言うのも面倒くさいといった感じ「これから教習所」とつぶやいた。
 ピロティーのベンチに腰掛ける僕らは、冷たい風に吹かれながら冷たいエナジードリンクを飲み、さっむ~と繰り返していた。免許どう、取れそう? と尋ねる僕に浅野は「まあまあ。大阪行くまでにはなんとか」と、遠くを眺めながら、下唇をとがらせていた。当然ながら、かわいこぶっているわけではないのだ。一方で寒さに腕を組む僕は、教習所にはいつごろから通おうかなと考えていた。いまから通い始めたところで四月に間に合うかはわからない。それに今はどちらかというと免許よりも遊ぶ時間がほしいので、予定を詰めてまで通うのも気分じゃないのだった。という結論は昨年末から何度も出ているが、同じことをまた一から何度も考えてしまうのだ。
 そういう症状ってなにかあったっけ?
「あ、そうだ」と浅野がリュックに手を入れ、筒状に丸められたルーズリーフの束を取り出す。
「書いてきたぜ」
 僕は初め、なんだこれは、と思った。受け取って開いてそこにタイトルが記されているのを見てようやく納得する。

 それはあまりにも早すぎる提出だった。なぜなら文集用原稿の募集をかけたのは一昨日のことだからだ。

 一昨日の放課後、僕は部室で坂本と直立のまま向き合って、その場から一歩も動いてはならないという制限のもと、互いの隙を突いて股間を攻撃し合っていた。隙を突かれて坂本から強烈な一撃をもらった僕が膝をついたその瞬間、ふと例年作成してきた「卒業文集」を今年も作らなければならないことを思い出した。昨年の卒業文集のあまったやつが、ソファーの脇に積まれているのが目に入ったからだ。

「お、これってもしかして戯曲?」
 そう聞くと浅野はやや遠慮がちに肯いた。戯曲という言葉にまだ親しみがないからだろう。僕も一年のころまではそもそも戯曲という言葉を知らなかったし、いまでも油断すると「コント」と呼んでしまうのだが、それだとぜんぜん厳密じゃないし、そもそもカッコがつかない。まずはカッコから入ろうと、戯曲、随筆、小説と大まかに分けて呼ぶように決めていた。
 僕がこの作品が一番乗りであることを伝えると、「おまえこそ真っ先に書いてなきゃダメだろ」と浅野は笑う。僕には、バツが悪いときには決まって「たしかに」と答えてしまう癖がある。

「一応渡しといたから。誤字脱字ないかとかも、チェック頼むわ。まさかとは思うけどこれもなくすなよ」
 はははまさか、もう脱ぐものないし、と答えると、浅野は深い疲労の滲む苦みばしった表情で小さく笑った。もともとの顔がそうで、ただ息を吐いただけなのかもしれない。
「もし免許取れたらドライブ行こうぜ」
 冒頭部に軽く目を通していると、ふいに浅野はそんなことを言った。いつもならだれかから一方的に誘われて嫌々言いつつも、みたいなことが多い浅野なので、そのらしくなさを笑おうかとも思ったけど、ここで茶化すのはなしだなと思った僕は「いいね」とだけ言った。動揺なんて察されてはならない。
「それよりもはやく学ラン捜せや。いまはだいじょうぶてもすぐ寒くなるだろ」
「すでにじゅうぶん寒いんだぜ」
「うるせ。夕日ももう沈むよ。あっという間だから。高校の三年目と同じで」と急に浅野が言いだすので困る。
「なにそれ。先生たちのマネじゃん。一月は行く。二月は逃げる。三月は去る的な」
「違う。本当にそう思ったからそう言っただけ」
「ああ。ならごめん」
「謝られることでもない気がする」
「まあね」
「いいから早く捜せって」
「……冷たくしないでよう」と僕は細い声でひっそりつぶやいた。これは、中学のときに浅野と一週間だけ付き合っていたソフトテニス部の畠中さんが、最初で最後のデートの帰り道に呟いたといわれる伝説的な一言の真似だった。浅野の表情をチラリとうかがうと、陰のせいかみょうに黒みを帯びた浅野が、「おい」と言って表情を変えることなく僕の胸のあたりをグーでパンチした。目が真っ黒で鮫みたいに見えるので、僕はへこへこしながらやつの空き缶を受け取る。

「これ、捨てとくんで」

「あ。おねがい」と浅野はちょっとだけその場でモタモタして、それから「じゃあ行くよ。また」と校門に向かう。その背中を見送る僕は、とりあえずルーズリーフをズボンのポケットに押し込み、それからちょっとだけぼーっとしたあと、のっそり記憶をたどってみることにした。学ランについて。

 

 いや、そもそも僕はスマホを捜していたのだ。普段からズボンの左ポケットに入れていた僕だったが、基本的にイヤホンをつけていることが多いため、冬場はもっぱら幅の広い学ランのポケットに入れていた。なのでスマホがないことをきっかけに学ランがないことにも気づき、教室にいた人たちにも尋ねてみたものの出てこず、じゃあラインでみんなに呼びかけようかとまたスマホを捜した。

 

 この体たらくの理由として、ひとつに僕がここのところ、ただでさえすぐ腰を下ろしがちなこの脳みそを放任していたせいもある。もちろん卒業間近という環境に甘えることなく、最低限、授業はまじめに聞いているつもりだったのに、自習時間というものが圧倒的に増え、いままで読もうと思っていた小説なんかを消化していると、学校にいながらにして日曜の午後みたいな気分になってくるのだ。日曜の午後といえばオナニーなので、このままじゃ僕は休み時間にトイレでオナニーでもしてしまうんじゃないか? そんな懸念なのか欲望なのかもよくわからないものを感知して、苛まれる中、僕はついに学ランをなくすまでに落ちぶれてしまったらしい。

 

 寒っ。

 ひねり潰した空き缶をゴミ箱に投げ入れた。歩きながら胸を反らすと肩から乾いた音がする。校舎内に戻った僕は、いつもより遅めに歩きながら、自らの過失のほかにもいくつか想定してみる。例えばここんとこの僕がずっと「こんな感じ」であることを快く思っていない人がいて、例えばそれはサッカー部の清とかその下っ端の池田とか永野のことなんだけど、そういう人が僕の脱いだ学ランを持ち去った可能性だってゼロじゃない。僕だって疑いたくはない。しかしどうも清は僕のことを殺そうとしているらしかった。つってもそれは坂本から聞いた話でしかないし、信憑性で言えば一笑に付すことだってできないわけじゃないが、ひとつだけ心当たりのようなものがあるにはある。僕はこのまえ体育館のギャラリーにて女子バレー部の練習をみんなで眺めていたとき、文化祭における三組の劇の話になってつい
「でもあれは超きつかったな~」
「そう?」
「うん」
「え、どこが?」
「だってサッカー部が前に出たいだけの茶番だったから」
「ひで~」
「茶番だし、主役張るくせに声張らねえし。なんであそこでちょっとだけカッコつけんだよ。変だろ」
「ひで~」
「いいよもう、知らないよ、クソだよ! クソクソクソ! サッカー部はクソ!」
 と発言してしまい、それを坂本が別の場所でだれかに話し、三組の劇こと『MC HUJIKIYOと愉快な仲間たち』の主演を張った清の耳に届いてしまったらしかった。僕は別にあの劇に携わった人たちを不快にさせたくて発言したわけじゃないし、本当に思っていたことをその場の空気とかでやや露悪的に盛って喋っただけなのでこれは完全に吹聴した坂本が悪いと思っているのだが、とはいえ怒りの種を蒔いたことは事実なので、ああやだなあ、面倒くさいなあと思うのだった。
 サッカー部が犯人じゃありませんように。僕はそう願うのは、もし仮に本当にそうだった場合、こちらにできることなんてなにもないからだし、実際その可能性がすこぶる高いことも承知の上だからだ。清に限らず、ここんとこのサッカー部は本当に僕のことを殺そうとしている節があった。つい最近だって放課後の廊下を一人で歩いていると、サッカー部の永野が通せんぼするように立ちはだかったかと思うと、挨拶のように足で僕の足元を小突きながら、ぶつぶつ低い声でなにかを言い始めた。僕のハートはその状況に耐えうる強度を持っていなかった。趣旨がまったくつかめいので、僕も終わりを想像できない。僕より身長の低い永野相手に、その身長差を埋める配慮も含め、文字通り萎縮しながら少しずつ後退するほかなかった。
「おいコラ安藤」

「はい」

「おい、なあ、おいコラ安藤」

「はい、はい」

 永野も永野で、絡みはしたもののオチを用意している様子がなく、同じ言葉をイントネーションを変えながら連呼しているだけだ。二人組の女子が僕らを避けるように通り過ぎ、「え、え?」と声を潜めながら笑い合っていた。

「またな」

 満足気に立ち去る永野の後ろ姿を睨みつけながら考える。僕を見かけたらとりあえず襲撃する、というお達しのようなものが、知らないあいだにサッカー部内に流されているのだろうか? 僕自身の普段の行いが悪いせいもあるんだろうけども、とは思う。でもそれが暴力を肯定する理由足り得るかといえば違うでしょう? 彼らの野蛮な血の疼きをどうやれば鎮められるのか、その方法を僕は知らなかった。そもそも僕は清なんかとはあまり喋ったことがない。もし清が僕の発言に怒っているとして、それが実際どの程度なのか、どういう姿勢で臨めば許してくれるのかがまったく見当もつかないし、いたずらに不安だけが膨れ上がってしまう。いやでもやっぱり一番おかしいのは坂本あの野郎。なに勝手に喋ってんだよ。

 

 僕はだんだん腹が立ってきて、まずは七組へと向かう。あのインターネット野郎に学ラン捜索への協力を強制しようと思ったのだ。七組の黒板の前には福地がいた。
「福地くん、坂本のやつ見なかったかい?」
 黒板前にいた福地はピアノの発表会に嫌々立たされた少年のような、右肩が脱臼しているのではないかと思えるいびつな立ち姿で首を振った。部室かな? 僕は学ランがなくなった旨を福地に、まあでもたかが学ランがなくなっただけだ、と半ば自分に言い聞かせるようにして伝えた。
 なくなった、というか見失った?
 そんな気もするんだよなあ。
 そもそも学ランなんてものは学校にいる間ずっと目に入るようなものだし、家ですぐそこにあるリモコンを見つけられないとか、メガネを額にかけたままメガネメガネつぶやくような、後者はちょっと違う気もするけど、そんな感じで日常に訪れる魔の瞬間に飲まれただけなのかもしれないじゃん。それに学ランなんてものは拾ったところでラッキーとなる代物でもないので、たぶんふつうに返ってくるだろう。ポケットの中がコンビニのレシートだらけの他人の学ランなんて僕ならほしくない。最悪今日が無理でも明日、明日が無理でも明後日、明後日が無理でも……ってな感じで、譲歩に次ぐ譲歩で心に余裕ができた僕は、再び廊下をあてもなく進む。

 

 職員室前の廊下には掲示コーナーがあって、そこには先週催された球技大会a.k.a.三年生を追い出す会の写真が貼り出されている。まったく活躍しなかったどころか途中から部室のソファーで漫画を読んでいた僕だけど、だれか知ってる人の写真ないかなと探し始めたら止まらない。例えば町山さん。彼女は……いた。僕は町山さんを見つける能力に長けている。全校集会解散時の人混みの中でも僕はわりとすぐ町山さんを見つけることができる。彼女の容姿に関する多角的なデータが脳にインプットされているからだろう。すでに三枚ほど町山さんの写り込んでいる写真を発見した僕は、流れで浅野も見つける。後藤のなっちゃんのもあった。そんで中川とエルヒガンテのニコイチ・ビッチーズの写真を見つける。中川がその白くて長い腕を高く突き上げなにかを叫び、その隣でエルヒガンテがギュッと圧縮したようなその体躯を地上十センチほどのところで滞空させている写真だった。ふたりの日に焼けた赤い髪の毛まで、空気に押し上げられて蛸の足みたいに波打っている。

 最高じゃん、と僕は思った。こういう写真こそ、卒業アルバムに載っているべきなのだ。被写体である意識を持たず地面を蹴って跳ね上がっている、そんな一瞬を切り取られたという痛快さと、その痛快さにも勝る瑞々しさが交互に押し寄せ、僕はなんとも耐え難い気持ちからこのうえない無表情となった。

 

「おい」

 

 とつぜん声がして僕が表情そのままに振り返ると、呆れや蔑みの混じる鈍い色をその顔に浮かべた中川とエルヒガンテが背後に立っていた。僕は気づかれないようひっそりと表情を取り戻す。
「もしかしてだけど、心霊写真とかさがしてる?」
「暇やな~」
 その態度の一方で、僕の周囲は一気に甘い香りに包まれた。部活をやっているがゆえに高い意識を持っている女子特有の、シーブリーズっぽい香りだった。僕は彼女たちから距離を取るように、一歩脇に寄る。「まさか」
「あ、そこに立たないで。並んでるの見られたら恥ずかしいから」と後から来たくせに中川が言う。冬場に学ランを着ていないからバカ、ということになったのだろうか? 一応、彼女たちにも事情を説明すると、
「じゃあ早くさがせよ」
「見てて寒いんだよ」
「二つの意味で」
「やば。ほんと二つの意味で」
 とか言って自分らでニヤニヤしたかと思えば
「てかさ、たぶんあんたさ、やっぱ頭ちょっと変になってんじゃない?」
 とくる。懸念を突かれた動揺を隠しながら、やっぱってなんだよ、と僕が尋ねると、
「だってあんたここんとこずっと遊んでるでしょ」と中川は続ける。
「まだ進路決まってない人の気持ちとか考えたほうがよくない?」よくない? が語気もそのまま僕の中でリフレインする。
「だね。マジでそれ」とエルヒガンテ。
「あ、思い出した。そうそう、このまえこいつさ」
「うん」
「ベルトの後ろの方にトイレットペーパー挟んで廊下走ってた」
「は? きも、え、どういうこと?」
「やばいよね、わかんない……」
「きも……」
「しかもいつもの雑魚軍団とだし」
「ふきだまりの」
「安藤、ほんとなにしてんの?」
 僕は頭いっぱいに溜まった反論を整理する。まず、なにしてんの? に関して応えるとするのなら、僕は坂本たちとタグラグビーをしていたのだ。タグ代わりにトイレットペーパーをベルトに挟んでいただけで。あとそもそも、なにしてんの? じゃねえんだよ、と僕が思うのは、彼女らだって進路が決定して放課後を悠々過ごしている側だからだ。自分らのことは棚上げして説教垂れんじゃねえよと思う僕だが、これは売り言葉に買い言葉、言われていることの正しさは痛感しているし、胃も痛くなってきた。
 仮に僕が進路未定組だったとしよう。不安と焦りで鬱々としているところで、廊下をバカが全力疾走しているのを見たら何を思うだろう? 殺したくなるのかもしれないし、さすがにそれは実行できなくとも、そいつの持ち物くらいなら燃やしてやるかもしれない。僕は一年ほど前に軽音楽部との関係が悪化した際、文芸部の特攻部隊で大事な機材の破壊を試みかけたことがあった。実際は弁償のこととかを考えて二の足を踏んだ末に白けちゃったのだけど、学ランくらいならほどほど高くて、ほどほど弁償できる感じがある。だから学ランを盗むくらい誰にだってやれそうだ。そしてそうなると、容疑者は三年生全員、いや全校生徒ということにもなりかねないので、僕の胸はゴリゴリと摩耗し、ついには呼吸さえ忘れかける。
 そんなふうに鬱々としている間にも、ふたりは写真を眺めている。それから「あんたのはないね」と、練習した台詞のように勢いよく言い切った。いやなんでだよ、この後頭部は僕だろ。指差す僕を無視し、冗談はさておき、みたいな抑揚のない声で中川が言った。
「でも安藤あんたさ」
「なに」
「学ランはないとヤバくない? 卒業式とか」
「なんで?」
「だってそうでしょ。一人だけシャツで出席ってたぶん無理だよ」
「バカっぽいから?」
「いや、式だもん」とエルヒガンテ。
「最悪帰されると思う」
 え、急になんだよ。彼女らの説得力にたじろぐ僕は手脚になぞの倦怠感を覚えるが、それを察したのか、エルヒガンテがあごをしゃくる。

「だからいまちゃんと探しとけって」

 たしかにそうだ。

「ありがとう。事の重大さにいま気づいた」
「今でよかったじゃん」と中川。
「たしかに」
「もしうちらもそれっぽいの見つけたら教えるわ」とエルヒガンテ。
 え。僕は彼女の炊飯ジャーのような顔と向き合い「戸田さん」と言った。彼女の名前は、戸田セリナといったし、当然のように、エルヒガンテという呼称は本人に面と向かって放ったことなどない。
 彼女は「ん?」と下唇を突き出し、わずかな隙間からやけに細かい下の前歯をのぞかせた。
「ありがとう」
「うん」
「中川も」
「わたしは教えないよ」
「教えろよ」
 ということで僕は自分のラインIDを伝えようとする。すると中川が「そんなの知ってるわ」と制するので、まあそうかと思う。この三年間、同じ学び舎で過ごしてきたのだ。僕らの間には、ちゃんとそれだけの時間が流れている。
 僕はもう一度言う。
「ありがとう」
 そういえばスマホも一緒になくしたんだということは、あとになって思い出した。

 

 式に参加できないのはまずかった。後々話のネタにできるとか、そういう風に思えないのは僕が今を生きているからにほかならない。後々のことは後々の僕のものでしかない。よって、いまは学ランの捜索に心血を注がなければならない。
 ということで職員室にて現文の渡部先生に学ランの落し物はありませんでしたかと馬鹿正直に聞いてしまった僕は、ここでもまた気のゆるみをブスブス突かれたあと、部室の掃除もちゃんとしろとバリトンボイスで命じられ、いそいそおいとまする羽目となった。どうも学ランの話は渡部先生には残らなかったみたいで、結果として説教を受けただけで終わってしまったわけだ。僕が腑に落ちなさを噛み締めながら職員室を出ると、そこで野球部の照本肇と鉢合わせた。その小脇には大学ノートが挟まれていて、話を聞くと、提出物を遅れて出しにきた、と照本は敬礼した。僕もほぼ同じタイミングで敬礼していた。
 照本肇と僕はニ年の後半から同じ予備校に通っていて、授業をサボって同じファストフード店に入り浸っているうちに仲良くなった。なので言葉を交わすようになったのもここ半年くらいの話なのだけど、
「学ランなくすやつ初めて見た!」
 と体をくの字に折って膝に手を付く照本を見ていると、僕はこの悲壮感のなさが好きなんだな、としみじみ思う。
「そうはいっても、ことは結構深刻なんだよ照本氏」
「あ! そうかそうか! ごめんごめん!」
「いやぜんぜん。でもどっかで怪しい学ラン見つけたら教えてよ。といってもスマホも一緒になくしたんだけどさ」
「やば。じゃあどうやって教えりゃいいの?」
「おれの教室に持ってきてくれるとか、あと文芸部の部室に届けるとかしてくれたらありがたいけど、まあそこまでしなくてもいいや。したいようにしてよ」
「なんだそれ。でも了解!」
「よろしくお願いします!」
 執拗な敬礼の応酬をへて一通り満足したあと、僕は「それじゃまた」とあてもなく歩き出す。が、間髪入れず背後からは照本の声。
「そういえば、安藤! 坂本が探してたぜ!」

 

 物事がようやく動き始めた気がした。
 僕は早速自分のクラスに戻ってみる。そこには加藤と野球部の山之内がまだいて、僕の机でオセロをしていた。
「まだ見つからない?」と加藤が言うので僕は自分の白いシャツを指差す。
「だるいな」
 誰よりも僕がそう思っていることを山之内が言ってくれる。坂本がおれのことさがしてるって聞いたんだけど……そう言うと加藤は「そうなんだ」と言った。
 うん、そうらしいよ。
 スマホがないだけでこんなに不便なのかと思う僕は、加藤にお願いして坂本に連絡をとってもらうことにした。電話をかけても出ないらしいので、ラインでメッセージを残してもらう。あとは部室で待機してりゃあやつはくるだろう。ちょっとした安堵からすぐさま動く気にもなれずにいた僕が、ゴリラのように隆起した山之内の肩を揉んでいると
「あ、そうだ」
 加藤がかばんに手を入れ
「気休めかもだけど、これ使う?」
 差し出されたのは紺色のマフラーだった。
「え、いいの? ほんとに?」と受け取ったマフラーを首に巻くと、柔軟剤のいい香りが顔のまわりに広がったので「ありがとう。これいいマフラーだね。なんか女子っぽい匂いがするところとか」とふざけて言うと、「それ妹のだから」と冗談ともつかない態度で加藤が答える。ははは。え? まじ? え? え? ほんと? あの? 加藤の妹といえば、妙に大人びた顔立ちをしていることから、坂本にジュニアアイドル呼ばわりされている美少女だった。加藤に似て目が大きく、やや浅黒かったが、鼻が高かった。ということはあの妹ちゃんと間接首タッチになるわけか。それがどう色っぽいのかはよくわからないけど、加藤のことをお義兄さんとふざけて呼ぼうか迷って、やめた。加藤の気持ちを想像してみたのだ。
「恩に着ます」
「いいって」
「妹さんにも、ありがとうと」
「オッケー」
 そんじゃちょっとだけ使わせて、と踵を返し廊下に出ようとすると、教室に入ってこようとする国生まりえと鉢合わせた。

「わっ」

「すみません!」

「安藤くんじゃん~ふふふ」

 と体をくねらせる彼女を間近にしていると、僕はその色香にむせ返りそうになる。
「どうしたの国生さん」
「そっちこそどうしたのそれ」と僕に向けた人差し指を上下に動かす彼女は帰り支度を済ませた格好で、暖かそうなカーディガンを着ているが、これまた妙にシルエットが浮き立つカッティングのもので、なぜそれを買ったのか、色っぽいことにためらいを持つのは、やはり西洋から持ち込まれた価値観なのか、と僕はつい考えてしまう。
「もしかしていじめられてる?」
 冗談っぽく声を潜めた国生さんの言葉に、一瞬だけ清の顔が脳裏をかすめる。わかんないけど、学ランはたぶん自分でなくしたと思うから、いじめではないよ。たぶん。いや、たぶんだけど。
「冗談だよ。てかなくしたんだ。えー寒そう」
「寒いね」
「だよね。いっしょに捜してあげようか? ちなみに安藤くんの学ランってどんなやつ?」
 どんなやつってああいう学ランだよ、と周囲の男子を示しながら答えると、国生さんは「そりゃそうか」と一人で五秒くらい笑った。もし見つけたら教えてよと頼みかけた僕だったが、あれ? もしかして加藤? と後ろを指させば
「そう、ごめん。いまからいっしょに帰るんだ」
 そうなんだ。
「加藤~」と僕が呼べば、わかってるといった態度で加藤が手を挙げ、その向いに座る山之内が勢いよく盤をひっくり返すのが見えた。
 やたらと換気をうたう社会科の八重子教諭の手によって、廊下の窓は一枚間隔で全開にされているのだが、マフラーによって首の動脈が守られたことにより、先程までの凍えは感じない。その温もりからも改めて考えるに、当たり前のように優しいところが加藤のすごいところだと思う。山之内に盤をひっくり返されても、一番楽しそうに笑っているのが加藤だった。カラっとしている。たぶんみんな彼のそういうところが好きだと思う。そもそも顔がいい。それも人のよさが前に出ているタイプのイケメンで、どこかぼんやりした印象があって、一緒にいてもそれほど割を食うことがなかったし、普段は大人しいくせに口を開けば大好きなルパン三世の同人誌のラストシーン(銭形がルパンの後追い自殺をするやつ)とか、サッカー部のキーパーを務める「タートルズの豚」こと森永拓司の言動についての話しか飛び出さないので、積極的にモテることもなかった。たしかに色っぽくはなりにくい感じはある。とはいえ、加藤のそういう、顔のよさにかこつけて甘い汁を吸っていないところも僕らからすれば気持ちのいい男なのだ。たぶんこのマフラーに関してもそうなのだけど、異性のきょうだいがいる人特有の余裕なのかもしれない、なんて僕らは普段から分析しているが、本当のところはわからない。
 国生まりえとは昨年末から付き合っている。
「このあとデート?」と僕が聞けば、目を細めた国生さんは左右に首を振る。
「いっしょに帰るだけだよ」
「でもそれはデートじゃないの?」
「安藤くん、デートはまた別なんだよ」
 むず。
 ちょっと前までの加藤は、放課後になると僕や山之内なんかと一緒に無人の教室に忍び込んではみんなの体育館シューズを片方ずつシャッフルしたり、黒板に好きなアニソンの歌詞を書いては消したりを繰り返していたのだが、その一部始終をたまたま見ていた国生まりえはどういうわけか恋をした。そんで加藤もその想いに応えた。加藤に聞いてみたところ、国生まりえは「話しやすい」とのことだった。彼女は理数系クラスの数少ない女子のひとりであり、普段の言動がややがさつなせいで一見スルーされがちだったが、よくみりゃ眠そうな目をした色っぽい顔をしていると一部の男子の間では評判だった。その一方で、面食いなことでも有名だった。加藤はカッチリしていないところがあるとはいえ、告白したのが国生さんの方からだということは、たぶん卒業後も関係を継続しようとの目論見があったのではないかと有識者の間では囁かれていた。加藤みたいな男はどうせ卒業したあとこそどんどん垢抜けていくのだから、先見の明がある人間からすればどうみたって逸材のはずだ。たぶん。僕らにそう説いたのはなっちゃんだった。「女ってそういうとこクソだよな」と坂本が言っていたのを覚えている。
「マフラーは借りてていいよ」
 僕は加藤が最初からそう言ってくれることをあてにしていたものの、え! いいの? と大きな声で言った。加藤にはバレてた。並んで廊下を歩いていくふたりの後ろ姿を手を振って見送っていると、ふいに一人残された山之内が僕のすぐそばまで来て、「あのふたりもうやったのかな」と言った。やったってなにを? あ、セックスのことか。僕は想像しかけてすぐやめて、まだだろ、と答えはしたものの、もちろん根拠なんてなく、やってたらどうしようとちょっとだけ胸が騒いだ。やってても別にいいんだけど、妙な割り切れなさが残るのも確かで、この感情の名前を僕は知らない。
「ちなみに焼肉にいっしょにいくカップルはもう絶対やってるらしいよ」
 と前にも何度か聞いたことのある話を山之内がする。

「じゃあ今度あのふたりに焼肉行ったか聞くしかないじゃん」と僕は答えた。

 

 山之内と硬い握手を交わして別れたあと、部室棟へとつづく二階渡り廊下でたまたますれ違ったサッカー部の池田に腹を殴られた僕は、いろいろ考えた末にサッカー部の犯行説を取り消すことにした。というのも池田は、シャツにマフラー姿の僕を見てただのおどけたバカだと認識したっぽかったし、立ち去り際に「見つかるといいな」なんて舐めたこと言っていたからだ。
「なんならいっしょに捜すか?」
「いや、いいです」
「捜すわけねえだろザコ! 殺すぞ!」
 ギャハハ! と立ち去る池田の背中を睨みつけるのにはいくつかの理由がある。もちろん単純にされたことへの嫌悪憎悪殺意はもちろんとして、そのときの僕がなにより困ったのは、池田に絡まれへらへらやり過ごそうとするその様をあの町山りおに見られてしまったということだ。それこそ僕は犬のようにクンクン言いながらあの池田なんぞに愛想笑いをふりまき、あろうことか、歯茎から血の出る思いだが、何度も頭を下げたのだ。それは最も客観視したくない自分だった。
 町山さんは渡り廊下の手すりに両腕をのせながら運動場を眺めていたらしくて、茜色の空からは吹奏楽部の演奏音が降り注いでいた。殴られた際の僕のうめき声は誰にも届かずかき消された点は幸いだったものの、結局池田は馬鹿なので声量が異常で、それが届いたのか、耳のイヤホンを外してコードを畳みながらゆっくり歩いてくる彼女を見た僕は、いや、ああいうコミュニケーションだから、しょっちゅうやられてるぶん腹筋鍛えられてるし……という異様な態度で目を伏せ背筋を伸ばしてみせた。馬鹿らしすぎるが、切実なのだ。彼女のほうも、やや俯きながら僕のすぐそばを通り過ぎた。小さく会釈された気もしたけど、僕は振り返ることすらできずそのまま歩き続けた。
 この風はきっと北からのものだ。
 目を細めながら、さっきまで町山さんがいたあたりの手すりに両腕をのせて運動場を見やる。夕暮れどきの運動場を眺める時間は最高だと思う。特にこの部室棟から伸びる渡り廊下は吹奏楽部によるBGMつきということ、かつ部室からすぐの場所ということもあって、煮詰まった……じゃなくて行き詰まったときなんかは、僕もよく運動場を眺めたりしていた。風に目を細めながら思うのは、町山さんはなにをしていたのだろうか? ということだった。もしかして、彼女もなにかに行き詰まったりしていたのだろうか?

 

 マフラーを巻き直し、乱れたシャツの裾をベルトの内側に押し込んだ僕は、ポケットのなかでぐしゃぐしゃになった浅野の原稿に気づいて慌てて取り出した。風に飛ばされないよう、その場にしゃがみこんでしわを伸ばし、なんとなく目に入った冒頭から再度通読する。文字を目で追っていると、目薬をさしたときのように脳みそが艶を帯びていく感覚になって、深い鼻息が漏れた。

 

 

 

 

 

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