今度は後処理!/『ジョン・ウィック:チャプター2』

 

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ジョン・ウィック:チャプター2』を観た。キアヌ・リーヴス柔術ベースの格闘術とコンバットシューティングを組み合わせた画期的なアクションを披露して話題を呼んだ殺し屋映画の続編。キアヌ、殺し屋、銃、格闘術、復讐と、個人的に好きな要素だらけだったからこそ、チラつく鈍臭さをスルーできなかった映画でもあった。 
 
 
 
今作のオープニング、殺し屋ジョン・ウィックは売り飛ばされた愛車を取り戻すべく犯罪組織に殴り込みをかける。そこでは悪役俳優ピーター・ストーメアが部下に言う。
 
「あれが誰の車が知ってるのか。ジョン・ウィックだぞ……やつがくる」
 
敵はもうビビっている。今作は2作目なので、続編としての掴みでいえばそれもありだとは思うけど、『ジョン・ウィック』シリーズに関して言えば1作目からすでにこんな感じだった。「あの伝説の……」という前提がみんなの中に共有されているところから物語が始まるのだ。ジョン・ウィックについて語るとき、人々は彼をあらゆるものに例える。ブギーマン、死神……。前作でも僕はこの時間が苦手だった。なぜなら何回も出てくるからだ。1作目の最初の1回まではワクワクできても、頻出するとガスがたまってくる。観客が勝手に思っているぶんには全然良いのに、劇中のキャラまでもが念を押してくるので、その間話が停滞して見えてくる。
 
この「ジョン・ウィック一目置かれすぎ問題」は、ジョン・ウィックを演じている愛され俳優キアヌを前提としたメタ的な要素なのはわかる。わかるけど、このくどさじゃキアヌの押し売り、ずっと話しかけてくる服屋の店員と同じだ。欲しくても一旦店を出たくなってしまう。
 
またストーリーとしても今作は「復讐」ではなく過去を清算する話なので、興味の持続も弱まった気がしないでもない。アクションもクラヴ・マガのような手数の多いものではなく柔術ベースなので取っ組み合いからの投げ、その一連の流れを長回しや引きの画で撮っているため、後半になるとやや鈍重さの方が前に出てきて失速感も否めなくなってくるし……
 
 
 
それでもキアヌはやっぱり良いのです。

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鍛錬を積んだ柔術や、実弾でトレーニングした銃の扱いは、とはいえ相変わらずカッコいい。前作では基本装備がアサルトライフルにハンドガンだったが、今回はそこにセミオートショットガンが加わっており、シームレスな動きからガツンと重い一撃が飛び出す、そのテンポが超気持ちいいのだ。弾詰まりを直し、排莢口からチャンバー内に直接散弾を装填して撃つ手捌きもちゃんと決まっていて惚れぼれする。
 
それに何度も出てくるマガジンチェンジの場面。銃を握ったまま手首をねじるその勢いで空のマガジンを脇に飛ばしたり、リロードのたびにキンバー1911のスライドをちょっとだけ後退させチャンバー内を確認するなど、実銃を扱う際にやるであろうマジっぽい動作をキチンと見せてくれることで殺しの説得力が増す。思えばチャンバー内のチェックなんかはデビッド・エアー監督作『フェイク・シティ』でもやっていたので、あの頃からすでにキアヌの銃捌きは磨かれていたのかもしれません。いや、『ハート・ブルー』のころかも。とにかくキアヌはガンアクションが上手いのだ。
 
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その他にも個人的に印象に残ったのが、コモン演じる殺し屋と雑踏の中でサイレンサー付きの拳銃でプシュプシュ撃ち合うシーン。人混みの中、周囲に気づかれないように澄まし顔でスタスタ歩きながら撃ち合うふたりの姿はあまりにもギャグっぽくて笑ってしまった。海外の映画館で鑑賞した弟に聞いてみたところ、そのシーンで観客はみんな爆笑していたらしい。それにキアヌとコモンが戦うと言えば、ここでもやはり『フェイク・シティ』が想起される。その他にも『マトリックス』シリーズで共演したローレンス・フィッシュバーンも出演しているので、キアヌのフィルモグラフィーに並ぶ作品群へのオマージュ的キャスティングなのかもしれない。
 

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後半に出てくる『燃えよドラゴン』オマージュと思しき鏡間でのアクションもハッとさせられる。アクションというのは一手一手ロジックの積み重ねだと思って見ているので、戦う2人の動きが鏡によって反対側からも確認でき、一方向からしか見ることができないという視点の縛りが解かれ、とても充実していた。AVなどでもフェラチオシーンにおいて女優の顔を正面から撮りつつ、背後に置いた姿見鏡などでお尻も同時に収めてみせる画づくりがよくみられるが、僕はその構図が大好きだ。パンツを穿いたお尻が一番好きだからだ。
 

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今作のラストを観るかぎりでは続編もきっとあるのだと思います。展開を見るに、僕好みの話になっていきそうなところも期待が膨らむ。一方で、前作を共同監督したデヴィッド・リーチ監督によるシャーリーズ・セロン版『ジョン・ウィック』こと『アトミック・ブロンド』も公開を控えている。てっきりそっちもチャド監督だと思っていたけど、同じスタント出身監督としてどう色の違いを見せてくれるのか、滅茶苦茶楽しみ。
 
この『ジョン・ウィック』と『アトミック・ブロンド』を観たあとに『スウィート・ノベンバー』を観るのも感慨深いかもしれない。
 
 
 
 

 

書き下ろし短編:『ゼラチン』

 

 

 

 

 生理がきて外も雨だから、せっかくの休日がさっさと終わってほしいだけの日曜日。

この先期待することなんてなにひとつないかのように、私は機微のない心をもてあましている。こんな日にふっと生きることやめに走ったりしかねないかもなあ、なんてことを思うのは、元来、この私に宿る自殺願望の露呈なのかしら。どうなのかしら。

 お腹いたい。

 イライラしてんのかな私。これはイライラか?

 やる気のないときのおまえはただの役立たずだ。そこんとこわきまえなさい。わきまえつつ、せいぜい無感動な、限られた機能を果たすだけのモノに甘んじてろ。

 ゴッドファーザー、もといゴッドマザーは私だ。おまえはゼラチン。役立たず。返事は要らない。ご機嫌取りもいい。そういうのにうんざりしているからこそ、私はあんたに喋るのだ。

 んね。

 ゴッドマザーなんて響きはちょっと大仰かもだけど、私はいろいろ名前をつける。ケンちゃんがケンちゃんたる所以は、アルコールに身を任せた私の、ほんのいっときの厚かましさからである。「近所にいる子っぽい名前だからやめてよ」と笑う彼をみて、なんとなくよっしゃと思った。

 こいつは落とせる。

 で、本当に落ちた。

 一緒に暮らしてみてわかったことだが、名づけたことで芽生える感情ってのは確かにある。何割増しかで愛おしく思える。たとえばその人、私の場合でいうケンちゃんが第一印象となんだか違うってときも、まあ、いいかってなる。私は別に意外性とか好きじゃないはずだから、これはやっぱり、私がゴッドマザーであるがゆえなのかもしれない。

 そもそもケンちゃん性格がよくないとはいわなくとも、心はだらしなくて、嫌なこととかすぐ顔にでるし、それに対して私が呆れようもんなら、それに傷ついてより一層深刻化するからけっこう面倒くさい。私は面倒なのも嫌いで、なんだよてめーまた塞ぎこんでんじゃねえよとか、人に当たるとかしょーもないことしてんじゃねーとかつい口走っちゃって、自ら正面衝突を臨んだりすることもあり、このあいだなんてついには取っ組み合いにまで発展して頭突きを見舞った。ケンちゃんは信じ難いといった表情でおでこを押さえたあと、「やりすぎ」と笑った。力なく。ああもういま思い出してもそうなのだけど、そのとき私の胸は痛いくらいにしぼんだのだった。私はこれまでもずっとそんな感じだった。けっこう、自分の感情をまっとうできない。肝心なところで、というかスタートの時点で、この感情についていけないなってどこか思いつつも、抗えなかったりする。

 私たちは今日も同じ部屋で、ベッドの上で隣り合ってすごせている。不思議なもんだ。今日なんかはもういろいろ不快なことが重なってどこにも出かけられないけど、まあいいかって、ちょっとは思う。

「夕飯どうしようか」

 私は彼の目を見ずに聞く。返事がくるまえに、「なんでもいいはナシね」と付け足して。

「あー」と彼。「どうしようかなあ」

「どうしようかねえ」

「本当になんでもいいんだけどなあ」

「はいはい」

「ちがうちがう。いつもなにつくってもおいしいよって意味だよ」

「だからわかったって。じゃあ冷蔵庫に残っているやつでなんかつくるよ」

「ありがたいです、ほんと」

 といわれたところですぐには動かず。私はうつぶせになって、湿っぽいシーツに顔をうずめている。

 なあゼラチン。

 私はこれからも、ある程度大丈夫なんだろう。根拠は全然ないもんだから、時たますごく不安になるけど、そういうネガティブも、なんだかんだで意外と脆い。

 私は彼に呼び名をつけたときから、きっとずっと彼のことを好きになるって予感がしていた。で、それ相応の見返りがあって当然だとも。傲慢だよなあ。自分でも思うさ。でも私はそれを疑わずに、そのままいまに至っている。

 ゴッドマザーには「後見人」といった意味合いの方が強いみたい。親に次ぐ責任を持った者。

 じゃあゼラチンよ。私はおまえの後見人でもあるとするのなら、おまえの面倒もずっと見なくちゃならないの? 

 うーん。

 いいよいいよ。あんたはケンちゃんほど面倒くさくないしね。あはは。

 ベッドから起き上がり、窓を開けた。雨は大粒で、でも静かだった。貼りつくような冷気が、その湿った香りが、私の頬を通りすぎ、後ろへと流れていく。

 思わず溜息をついた。頼りない私の呼気は一瞬で流れに飲まれ、消えてしまう。なんだか泣いてしまいそうなのは、鈴の音を聞く犬と同じで、べつにきっと意味はない。

 これまでがずっとそうだったように、私はいまも相変わらず根拠とかが大好き。欲してる。でもそれってなんかダサいっても思っている。信じるとか。ばかかよ。

 綺麗な言葉のその価値を、私は保ち続けていたい。

 そういうこったゼラチンちゃん。そんじゃあまたあとでね。私、夕飯つくらなきゃだから。

 ベッドから抜けだす際に、私はケンちゃんの日に焼けていないだらんと伸びた青白い足をペチンと叩く。「ん~」なんて眠たい声で、彼はぐいっとパンツを上げる。

 窓の外から流れ込んでくる風に、ほんのりシャンプーの香りがまじってて、だれか、どこかに出かけるんだろうか? なんて考える。

 まだぜんぜん遅くないしね。

 

 

 

 

 

 

自宅鑑賞映画(2017年6月編)

 

 

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 『ヘッドショット』(6/3)

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Netflixで鑑賞。『ザ・レイド』の監督ギャレス・エヴァンスはアクションに関してとても繊細な目を持っていると思う。少なくとも今作みたいに「頑張ってる」感を凄みで圧倒できない、みたいなことにはなっていないし。
 
 
 
 『8MM』(6/10)

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Netflixで鑑賞。私立探偵がポルノ業界の闇に踏み込んでいくノワールだけど、闇に敗北するのではなく愚直なまでの怒りでもって反撃するという最高の映画。ニコラス・ケイジ、超ハマリ役。ホアキン・フェニックス演じるズリネタ屋のバイトもめちゃくちゃいいやつ。
 
 
 
籠の中の乙女』(6/11) 

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Netflixで鑑賞。なにこれ。食傷気味な気持ちもある一方で、意外と後味が悪くない。
 
 
 
『彼とわたしの漂流日記』(6/15) 

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Netflixで鑑賞。号泣した。暴力はないけど孤独とぼやきと生命力で見せる最高の漂流日記。ちょっとしたつながりの描写が涙腺をぶん殴ってくる。

 

 

 

 『物静かな男の復讐』(6/16)

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Netflixで鑑賞。スペイン版『ブルー・リベンジ』といった感じ。主役の顔が『ザ・ギフト』のときのジョエル・エドガートンに似ていた。復讐のきっかけとなる強盗の防犯カメラの映像に代表されるとても厭な暴力描写が忘れられない。

 

 

 

かちこみ!ドラゴン・タイガー・ゲート』(6/17)

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 Netflixで鑑賞。漫画っぽく何でもありにしている映画はそんなに好きではないんだけど、ドニー・イェンのアクションのキレは無視できない。光りすぎ。マジですごい。主要三人に髪を切ればいいのにとも思わなくもないけど、たぶんあれは正装なのだ、この映画において。

 

 

『シェアハウス・ウィズ・ヴァンパイア』(6/18)

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Netflixで鑑賞。本作の監督が『マイティ・ソー/バトルロイヤル』の監督であると言う前情報から観てみたけど軽妙で楽しかった。あと、人は大勢死ぬけどムードが妙に温かいのもいい。さらに長くない!

 

 

 

ブラック・ダリア』(6/18)

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Netflixで鑑賞。ヒラリー・スワンクが絶世の美女、という設定がいい。ラストの一連の流れは、ちょっと捲くし立てすぎな気もしたけど。

 

 

『コードネーム:プリンス』(6/18)

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Netflixで鑑賞。薬中になって失踪した大学生の娘を探す冴えないオッサンが実は殺人マシンで……という前半がすごく楽しい。因縁のある犯罪組織のボスの復讐が娘の失踪とそんなに関係のないところから動き出す点など、色々気にはなるところはあれど、まあまあ、心地いい程度には楽しかったです。ブルース・ウィリスジョン・キューザック、50セントなどの妙に豪華なキャストも謎だ。主役は『スピード2』のジェイソン・パトリック!という父の日映画でした。

 

 

 『Mr.ビーン カンヌで大迷惑!?』(6/19)

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 Netflixで鑑賞。Mr.ビーンはそんなに好きじゃなかったけどラストの『La Mer』で泣いてしまった。『裏切りのサーカス』とはまた違った、すごくいいラストだ。

 

 

 

ハンニバル』(6/19)

f:id:sakabar:20170619155904p:plainNetflixで鑑賞。初鑑賞時はテレビ放映版で、親の目もあって途中で断念。二度目は高二の夏。『時をかける少女(細田版)』、『ファイト・クラブ』と一緒に借りた。そして三度目が今回。ドラマ版『ハンニバル』を鑑賞した後ということもあってか、とてもテンポが良くてあっという間の2時間だった。まあ、クラリス好きすぎ問題は確かにカリスマ性を持続させる上ではノイズに感じられたけど、やっぱ楽しい。

 

 

 

ハドソン川の奇跡』(6/25)

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Netflixで鑑賞。ここ数日『パトリオット・デイ』、『ハクソー・リッジ』と実話映画ばかり観ていたのでその流れ。すごくよかった。

 

 

 

サムサッカー 17歳、フツーに心配なボクの未来

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 Twitterでフォローしている方が勧めていたのでAmazonプライムビデオで鑑賞。主人公の少年の脇を固める大人たちのキャストが超豪華。ティルダ・スウィントンヴィンセント・ドノフリオヴィンス・ヴォーンキアヌ・リーヴス。みんながみんな、ちゃんと他人でありちょっとずつ優しい。

 

 

 

『孤高の遠吠』(6/29)

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レンタルDVDで鑑賞。ヤンキー大嫌い人間なので、なかなか手が伸びなかった作品だけどめちゃくちゃ面白かった。むしろ「ヤンキーのこういうところが厭だ」をものすごく客観的に見つめて描いているし、手持ちカメラの映像から引きの画になる気持ちよさなど、編集も巧い。リアルヤンキーがキャスティングされているからこその発見もたくさんあってこの企画の意義もばっちり。やっぱりマジで怖い人ほど演技が達者な気がする。ちなみに小林勇貴監督は僕と同い歳。普段ならそういうの知っちゃうとへこむんだけど、今回は素直に最高って気分です。今後も超楽しみ。

 

 

 

『オクジャ/Okja』(6/29)

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Netflixで鑑賞。オクジャの実在感。でっぷりとした尻がたまらない。救出作戦の血沸き肉踊るアクションだったり後半の割り切れなさだったりとさすがポン・ジュノ映画って感じ。監督はふと頭に浮かんだひとつのビジョンに物語を肉付けしていく流れで脚本を書き進めたそうで、あの縦横無尽な展開と、辿り着いた先に待つ「この世界で生きる方法のひとつ」から感じる苦さなど、つくづく面白いなあと思った。エンドロール後の映像に関しても、現実の戦い方を経た主人公が大人への第一歩を踏み出した一方で、理想を追い求めている(ガキっぽくもある)やつらの戦いだってちゃんと続いていく、あの開けた感じもとてもいい。

 

 

 

『イット・フォローズ』(6/30)

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 レンタルDVDで鑑賞。最高。撮影がいいから、画を観ているだけで飽きない。セックス感染ホラーという本筋も楽しんだけど、愛してやまない「青春のたそがれ」映画としても抜群でした。風の匂いも感じられる、という点においてもばっちり。デトロイトの寂れた町並みは青春ホラーの舞台としてもはやクラシックとなりつつあるなあと改めて感じた一作。ソフトを買ったら『マジック・マイク』の隣に並べたい。

 

 

 

 

 

以上、16本!今月はたくさん楽しめました。サイコー!

 

 

 

 

書き下ろし短編:『式では泣かないタイプです』【後編】

 

 

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 我が文芸部の部室のドアには、星のカービィのシールが貼られている。ボロボロになって腐敗の進んだゾンビみたいなやつで、一年のころに先輩に聞いたところ、先輩の先輩の先輩の代からずっとあったものらしい。ドアに貼られているので毎日目にしているはずだけど、僕は改めて目の前に立ったとき、そいつと偶然出くわしたような妙に懐かしい気分になった。廊下では吹奏楽部の他に軽音楽部の練習する音が響き渡っていて、立ち止まればビリビリと肌が振動するのがわかるが、その中でまたしても僕はぼーっとしている。なにかを掴みそこねている感覚がずっと付きまとっていて、もどかしいし億劫だった。
 不思議。

 重いドアなので表面に肩を押し当てながらノブをひねりかけた僕だが、隙間ができるか否かのその瞬間、扉の奥から微かに人の声が聞こえたかと思うと、無意識のうちに身体を硬直させ、耳をすませていた。なんだか盛り上がっている。会話? そう思ったけど違う。なにかを歌っているのだ。僕はその邪魔をしたくなくて、ドアを開ける次のタイミングを待っていて、せっかくだからとドアに両手と耳を当ててみる。この声はなっちゃんのものか? 桐子もいるのかもしれない。手拍子まで聞こえる気がした。なにかの合唱曲か歌謡曲いきものがかり西野カナっぽいメロディが続き、やがてわー! と拍手が沸くので、僕はそのどさくさにまぎれてドアを勢いよく開ける。
 八重子教諭が卒倒しそうなほどの熱気が漏れ出してきて、いっきに僕の体の前半分を湿らせるように撫でていった。
 僕はようやく気づいた。
 なんかちょっとビビっているのだ。

 

 部室には予想した通りなっちゃんと桐子、その他に久留米と、なんと照本肇までいて、彼は部室に常備してある安物のサングラスをかけ、カーディガンをディレクター巻きしている。坂本の姿はなかった。僕がなにかをしゃべりだすよりも先に「なんだよその格好」と言ってきたのは久留米だった。相も変わらず真っ黒で動きの乏しい目をしている。声の抑揚も乏しいが、合唱の直後だからか、どことなく紅潮しているようにも見える。
 照本肇がサングラスを外しながら「まだ見つかってないのか!」と満面の笑みを見せるなか、僕は腰に手を当て、俯き、考える。学ランもない。肝心の坂本もいない。全身に力が入っているので妙に緊張しているような気分だったが、単純に寒いのだった。
「ほらほらドア閉めてくださいよ」
 桐子に促されるまま扉を閉め、しばらくその場に立ち尽くしていた。じゃあ僕はこれからどうするべきなんだっけ?
「泣けてきた」となっちゃんがなんらかの文脈で突然つぶやいた。奇遇にも僕もまったく同じことを思っていた。彼女はペンをもち、その尻でおでこをかいている。今日はコンタクトの日だ。
 横で落ち着きなく腕を組んだりおろしたりしていた照本が、とつぜん「あ、そうだ」と言い、肩にかけていたカーディガンをするりと外す。
「安藤、これを着たらいいよ」
「え? 大丈夫だよ別に」
「いいから。からから。学ラン見つかったら返してね」
「照本、寒くないの?」
「いや。おれには学ランあるし」
「あそうか。ありがてえ。いつまで借りてていい?」
「明日とか? どうでもいいよ。そういやこのマフラーは自分の?」
 明日は土曜だよ、と思う僕が「これは加藤が貸してくれた。ほら、知ってる? 二組の」と言うと照本肇はパン! と顔の前で手を叩くのでちょっとびっくりする。
「もしかしてあのハンサム?」
「そう」
「あ、それ加藤くんのなの?」となっちゃんがパイプ椅子の背にもたれ、ギュイイイ、と鈍い音を立てた。「厳密には、加藤の妹のだけどね」と僕が言うと、「加藤の妹ってあの?」と久留米。スマホを触っている。「そうそう」と答える僕は改めて照本肇にお礼を言い、「二つの意味で恩に着ます!」と言いながらカーディガンを羽織った。意味があまり伝わらなかったようで一瞬固まった照本は「構いません!」と敬礼。そんな僕らを見てなんだそれ、という顔をしていた桐子だったが、「加藤さんって妹いたんですか?」と机に肘を立てながら訊ねる。
「うん」
「へー」
「美少女中学生なんだ」
「えーうそ。でもぽいぽい。加藤さんも女装似合いそうですもんね。だってほら」
「ん?」
「見た目がこう……なんだっけ。フェ……フェフェフェフェフェ」
「どうしたんだよ」
「フェから始まる言葉」
フェラチオ?」
「死ね」
「もしかしてフェミニン?」となっちゃんが言うと
「あ~それ! フェミニンな感じありますもんね」
「それめっちゃわかるかもー」
「ああそっちか」フェミニンの意味を僕はよく知らなかった。
「なんかね、ユニセックスというか」と桐子が続けるので「今度こそ下ネタじゃん」と僕が言うと、彼女は「下ネタじゃねえよ馬鹿」と眉と眉の間に大きなしわをつくった。
「学ランもねえくせに」
「あんなもん、ふたつもいらないのにな」と言いながらソファーの久留米が脇によってくれるので、僕は敷き詰めるようにその隣に座る。「盗まれたかどうかも謎なんだ。謎が謎を呼ぶよ」
「坂本に聞けば?」
「ああ、そうそう。それなんだけど、あいつ今日きてないの?」
「きてない」
 だよね。
 一息つこうとの思いは満々なのだけど、空のペットボトルや借りっぱなしの本、落書きだらけのルーズリーフやA4サイズのコピー用紙で埋め尽くされた机の上を眺めていると、渡部先生の声が蘇ってくるので僕はちっとも落ち着かない。掃除か~。掃除もしなきゃならないんだったな~。もしこれで坂本が学ラン持ってなかったらどうすんだ、と僕はどんどん心的ぬかるみにはまっていくのだった。
 ずっと考えないようにしていたけど、サッカー部でもないのなら、本当にまだ進路が決まっていない誰かが僕を攻撃していることになってしまう。となると容疑者は三年生の半数以上だ。今夜は眠れなくなるだろう。そうなると日中眠くなる。自習時間に僕がウトウトしていようもんなら、あいつは進路が決まってるからいい気なもんだね、死ねばいいのに、とか思われるんだろうし、そういうのって思っている以上に空気にのって肌を刺してくるものだ。でも明日は土曜日か。あ、よかったよかったと一瞬僕は思うけど、まだ安心に足るほどではないのだ。たとえ明日が土曜日だとしても、土日の夜ふかしはいつものことで、月曜まで寝不足を引きずる可能性は充分にある。
 オナ禁しようかな。
 なんて自ら不安がることで免罪符を得ようとしているしみったれた逃避に興醒めした僕だが、とはいえこれまでの抑圧からくる反動を理由に最後の最後で仕返しの意味も込めて意図的にはしゃいで見せるんじゃなかった、と心から思い始める。どう考えたって悪手だった。そんな自分の浅ましさにはもう涙すら出ないが、ひどく思いつめてるかといえば実のところそこまで本気にもなれなくて、もうどんな理由で、犯人がだれであろうとかまわないから、学ラン返してくれないかなあ、なんて僕は思う。神様。
「安藤、図書館いって『火の鳥』読まねえ?」
 唐突に隣の久留米がそう言うが、まったくもって気分じゃなかったので、「いまからか」と発したっきり黙っていると「そこまで嫌がられると逆に新鮮だな」とやつは呟いた。いや、嫌ではないんだよ。今じゃないだけで。と口に出せばいいのに、僕は笑うだけでなにも言わない。久留米は「おれひとりで行くわ」と独り言を漏らした。みんなは「そういや桐子ちゃん久々に部室いるね」という話をしている。
「練習の順番待ってるんですよ。軽音の」
 頬杖をついた桐子が満更でもなさそうに言う。
「ああ、それでか」
 僕がつぶやくと、「え?」と桐子が椅子を回転させこっちを向いた。
「いやほら、みんなで歌ってたじゃん」
「ああ、うん。聴いてたんですか?」
「外まで聞こえてたよ」
「えー! ずっと聴いてたんですか?」
「まあ途中からだけど」
「ドアの前で?」
「そう」
「変質者じゃん」
「遠慮したんだよ」
「安藤くん、入ってこればよかったのに」となっちゃんが本当にそう思っている感じの口調で言うので、桐子が笑う。僕は腰を浮かせると机の上のティッシュを一枚手に取り、鼻をかむ。
 ブ、ズボー! 
 で、思い出す。
「あ」
「え?」
「そういやなんか桐子に言わなきゃならないことがあったような」と僕が言うと「え、なになに」と彼女はみんなの顔を見る。みんなも彼女のことを見て僕を見る。
「いやいや、そう構えることじゃないよ」
「はい」
「最後にまた文集つくるんだ。これはごめん、もう決定事項なんだけど」
「ん?」
「卒業文集ね」
 そう口にした瞬間、隣の久留米と目が合った。なぜか久留米も「え?」という顔をしている。
「そりゃまあ、時期ですもんね」という桐子は、拍子抜けしたように口角だけを持ち上げる。「でもそういうのはもっと早く、ねえ。言ったりするもんじゃないんですか」
「ごめん、一昨日くらいに決めたからさ」
「いやいや、例年の流れってやつがあるんじゃないんですか」
「まさにそうなんだけど、それを思い出したのが一昨日で」
「だったらせめて一昨日の時点で言うとか」
 ぐうの音もでず。
「安藤さんしっかりしてくださいよ」
 あれ、なんか今日はそんなことばっかり言われてるなあと思っていると、隣の久留米が「あ、くそ」と言ってスマホを自分の腿に放り投げる。「電池切れた」
「充電器使えば」
「つなぎっぱなしにしてないとすぐ切れるんだけど、このソファーコンセントから遠いんだもん」
「だもん、じゃないよ。もう機種変しろよ」
「うん。四月になる前までには」
 僕らの会話を黙って聞いていた桐子が急に「あ、てことは後藤先輩も書く?」と言う。なっちゃんはしばらくなにかにペンを走らせたあと、「ん?」と顔を上げて辺りを見回した。そういやなっちゃんはさっきからなにを書いているんだろう。スプリングのいかれたこのソファーからじゃ彼女の手元が見えない。
「なにか書くのかって」照本が改めて伝えてやると「ああ、書く書く」となっちゃん
「おー! 後藤さんの小説また読めるんだ。超いいじゃん」
「え、そう? へへへ。そんなに?」
「後藤さんのが一番好きですよ」
 微笑むなっちゃんは目を細めたまま腰をねじりだした。以前にも、照れると体操を始める癖があると本人から聞いたことがある。
「ありがとう。がんばるね。や、いつも手を抜いているわけじゃないんだけどね」
「ところでなに書くとかは決まってます?」
「いや全然」
 む。ここは部長としてひとこと言わなければ、と思った僕が「過去作の続編書けば?」と提案してみる。そのくせ肝心の名前が出てこない。自分のこういうところが嫌いだ。「例えばあれとか。えっとなんだっけ……ちょっと待ってね」
「『毒婦』?」
「そうそう、あと、もうひとつまえの」
「『でかいちわわ』?」
「それ!」
「ええ、難しくない?」
「まあ、あくまで提案なんだし、そっちが決めてよ」
「えー適当」
「これ、みんな間に合うのかよ?」と久留米が固い目元をそのままに笑ったので、「浅野はもう書いてるんだよ」と僕はポケットからルーズリーフの筒を取り出してみせる。照本以外のみんなが漏れる声に各々の感情をのせた。
「出たよ、浅野のやろう」
「はやすぎでしょ」
「やめろやめろ、正しい人を責めるな」と言う僕は僕で、部長のくせしてなにも書いていなければ案もない。言わなくてもいいことは言わない。
「だから桐子ちゃんには急で悪いんだけど、もしストックとかあれば出してほしいんでさあ。もちろんこれから新しいやつ書いてくれても大歓迎だし」
 桐子は椅子の背にもたれて腕を組む。それから首をかしげ、自慢のボブヘアーを揺らしてみせた。いちいち溜めるところが面倒なやつだ。
「がんばります」
「さすが」
「ふふふ。わたしも一応部員ですから」
「軽音のスパイなんじゃないの?」
 僕と久留米は彼女のことを影でゼニア・オナトップと呼んでいた。『007/ゴールデン・アイ』に出てくる股の力がすごい悪女だ。深い意味はない。
「まだ言いますかそれ。かけもちでもいいって言ったの安藤さんですよ」
「まあね。校則でもそうなってるし」
「加藤は喜んでたけどな、桐子の設定。峰不二子っぽいから」と久留米が言うので、ああ、それもあったわ、と僕は笑う。「いいね。いや、やっぱうぜえな」
「え。峰不二子ってだれ?」と顔をしかめる桐子に、「でも桐子ちゃん、忙しくないのかい」となっちゃん、ペンを置いて背伸びする。セーラー服の裾が上がって、キャミソールの薄い生地が覗いた。
「いや全然ですって。わたし受験生じゃないですし」
「でも軽音部の練習はあるんでしょ?」と僕。「あ、これはぜんぜん皮肉とかじゃなくてさ」
「あるけど家帰ってから書けばいいじゃないですか」
「ええ、マジで? 過労死すんなよ」
「思った。おれには無理」と久留米も続く。
「でもわたし、んな大したもの書かないですもん」
 ピュ~。言ってくれるぜ。僕と久留米が肩をすくめると桐子はそっぽを向いてしまう。
「そうだ桐子ちゃんさ、ちなみに小説じゃなくて、詩とかでもいいからね。大歓迎だから」
「ならストックもありますし、絶対死なないっすね」
「いいね。日記とかでもいいし」
「それは書いてないです」
「ほんとは?」
「書いてねえよ」
「なんかいいなおまえら」腕を組んだまま突っ立っていた照本が、とつぜん口を開く。
「おれ正直なにやってるか知らなかったんだけど、めっちゃ楽しそうじゃん」
 みんなが黙った。褒められた際のリアクションをきちんと用意することなく生きてきたからだ。野球部である照本にそう言ってもらえたその幸甚と、同時に押し寄せてくる「本当にそこまでだろうか?」という非現実感に戸惑っている。
 一足先にまあいいやという脳内麻薬を分泌させたなっちゃんが照れを滲ませ「ありがとう」と低い声で笑うと、その声に便乗して久留米も笑った。僕も久留米に倣って顔面を弛緩させながら、それでいて妙な焦りを覚えつつ、ソファーから立ち上がる。
「照本氏ってなにかつくったりするの、興味ある?」
「いや、どうなんだろ。考えたこともない。でも楽しそうだなとは思う」
「じゃあ、文芸部、入る?」
 僕の言葉に照本が目を見開いた。
「マジか!」
「どうよ」
「あ、マジで? マジで言ってる?」
 ここで久留米が「ふきだまりだけどな」などと言い出さないか、僕は内心不安だった。それは桐子が入部する際に発された一言で、「上等ですよ」と答えた桐子は、たまたまそういう煽りを楽しめる人間だっただけかもしれないじゃないか。僕は喋り続ける。
「超、歓迎するけど。卒業まであとちょっとだけど」
「いいじゃん入っちゃいなよ照本先輩」と桐子が拍手をする。「歓迎、歓迎」となっちゃんも続く。「去年入ればよかったのに」と久留米も拍手をするので、照本はいきなり天井を仰ぎ見たかと思うと、強く目をつぶる。そして開く。
「なんだよおまえら。おれだってもっと早く仲間になりたかったぜ!」
 胸に込み上げるものがあった。その熱はついには頬を染め、頭頂部からスポン! と抜けていった。僕は腐っても部長ということで、照本と熱くハグを交わし握手する。桐子がスマホを構えているので、僕と照本は握手したまま体を斜めにし、シャッター音を待った。画面を確認してうなずく彼女は、ふいに口をひらく。
「ふきだまりへようこそー!」
 僕が桐子をどんぐり眼で見つめていると、軽やかな口調で「あ、ごめん、ふきだまりってなに?」と照本が言った。彼がそういう言葉と無縁で良かったし、これからもそうあればいいなと思った。
「いい、いい。気にしないで。ようこそ照本氏!」
「あは、あははは。よろしくお願いしますです」
「残りちょっとだけど思い出たくさんつくろうな」
「つくるぜマジで~。あ、てことはおれもなにか書いたほうがいいかな?」
 真剣な目で尋ねる照本。この目を見てごらんなさい。僕は久留米にそう言ってやりたかった。
「そうだね。小説に限定せず、エッセイでも詩でもなんでもいいよ。一番大事なことは、照本氏の思いを表現するってことだから。なんにせよ、気を張らず気を遣わず、楽しんで書いてよ」
「おお……」
 照本は意を決した様子で喉を鳴らしたあと、言った。
「実はおれ日記書いてんだ」

 

 日は暮れかけていた。
 あと十分もしないうちに夜に飲まれてしまうようなそんな気配が窓から忍び込んでくる中、照本に過去の文集一式を渡していると、不意にドアがノックされる。あれ、いまなんか音した? とみんなで固まっていると、ドアが勝手に開き、その隙間から知らない女子が顔をのぞかせる。
「失礼します。島崎さん、います?」
「あ、はーい」と桐子が応えると、その女子は「あ、もうちょっとで部室空くみたいよ」と言ったあと、「失礼しました~」と静かにドアを閉めた。視線を移せば、桐子がその細い腕に荷物を次々とかけている。
「じゃあわたし行ってきますねー。ありがとうございました」
 誰もなにも言わなかったが、なぜかみんなで立ち上がる。我が校きっての英国紳士たちだ。彼女は最後のカバンを肩にかけると「先輩たちの新作、楽しみにしてますからね」と部室内のみんなに向けて言った。そんなこと言われたのは初めてだった。桐子は人の作品に本気で蹴りを入れられる人間だったし、僕も何度か痛い目を見ていたので、どちらかといえば、みんなを身構えさせることが多かった。
 例えば僕が去年の文化祭用の文集に載せた『てんてこ舞のすっとこどっ恋』は、ウラジミール・ソローキンの短編集『愛』の真似をして変なことをやりたい一心で書き殴った魂なき一作で、何行にも渡る単語の羅列や三点リーダの多様を用いて主人公「舞」の恋煩いを描いたのち、脈略のない猟銃自殺で幕を閉じるだけの短編だったのだけど、自分でも三度読み返すのが限界で、普段はもっぱら忘れて過ごしていたというのに、後日部室で鉢合わせた桐子が
「なんか、そう、あれはなんだろう。『おふざけ』だけで『遊び』はなかった感じでしたね。いや、わかんないですけど。でもふざけて書くのって正直誰にでもできるじゃないですか。まあなんというか『おどけ』っていうんですか? まあいいんですけど、今度はちゃんと『おどけ』とか『おふざけ』を『遊び』にまで昇華させてるやつか、それかもう本気で、安藤先輩の強く思っていること、感じてることを注ぎ込んだ、熱とにおいのあるやつを読みたいですよね」
 と言ってきたので、え! なにいまの! どうしようリアクションできない、くそ~桐子め、という気持ちになり、まあ実際はソファーに沈み込んだまま目を伏せて「熱とにおい……なるほどね」とつぶやくことしかできなかったのだけど、それ以来自分の得意技であった「猟銃自殺」を封印せざるをえなくなった。
 怖くなったのだ。
 桐子の揺れるボブヘアーを眺めながら、だからこそ今回はなにを書こうかな、と僕は考える。これまであまりにもぼーっと過ごしていたが、途端にいま考えなきゃならないことが山ほどあるような気がしてならない。いや、なにも考えなくていいときなんてそもそもあるのか? これはやばい状況なのだ。僕は羅列してみる。
 学ランを見つけること。
 帰って小説を書くこと。
 卒業までのこと。
 四月までのこと。
 四月からのこと。
 ……。
「あ、そうだ安藤先輩」
 ドアの向こうに消えたはずの桐子が、その僅かな隙間をこじあけ、上半身だけを覗かせている。
「なに? あ、締切?」
「あ、そうそう。いつ?」
「そんなに部数刷るわけじゃないし、二月の中旬なんてどうでしょうか」
 僕が視線を向けると久留米も肯く。なっちゃんも。照本は「お~中旬か~」と言いながらひとりはにかんでいる。
「了解です。それじゃあ、書いてきます」
「よろしくお願いします。メールでもいいし、おれに直接持ってきてもいいから」
「了解です」
 扉が閉まり、僕はみんなの顔を見回して、「というわけだから、よろしくおねがいします」と言った。
 それからついでに渡部先生から掃除を命じられたことも伝えた。
「ああ、たしかに」
 と机の上を見つめるなっちゃんの手元に広げられている数枚のはがきが目に入った。よく見るとそれは年賀状で、僕は混乱する。
「え、なっちゃんもしかして年賀状書いてた?」
「え、そうそう。お返しのやつを」
「一月終わるけど?」
「ね~。もっとはやく書けたらよかったんだけど……進路のこととかでバタバタしてたし」
 ふうん、そんな感じね。とりあえず肯くと、なっちゃんも肯いた。
 照本は過去の文集を捲っていたし、久留米はようやくソファーから離れ、スマホに充電器を挿している。
 そんなみんなを見て、いや、厳密にはさっき桐子が椅子から立ち上がって、みんなも立ち上がったそのときから、僕はかすかな立ちくらみに併せて、まどろみのような、意識の中で曖昧にゆらめく部分が気になり始めていた。
 そのときの僕はふと強烈に予感していたのだ。
 いずれこの瞬間のことを懐かしむ時が訪れることを。
 これまでのあらゆる過去にそうしてきたように。
 反射的にその直感を誤魔化そうと、無意識に手を伸ばした先には図書館の本がいくつもあって、その一番上がジョン・ミルトンの『失楽園』で、教養をつけようと借りたままとうとう読破できなかったなと思う僕はその返却日がとっくに過ぎていることにも気づく。ほかに積まれている本も、坂本とか久留米とか浅野とか加藤とかなっちゃんとか桐子とかが適当に借りてきたまま放置しているもので、いい加減返却しなきゃ、図書室の舞先生は絶対僕らのことをブラックリストに入れてるし、なにか言われちゃうんだろうけど、でもこれ以上の先延ばしはもうやめなきゃならない。部室のすみに転がっていたダンボールを手に取った僕は、その中に一冊ずつ本を入れていく。
「あ、返しに行くの?」となっちゃんが言う。僕は彼女の手元に広げられた年賀状のお返しの中に、自分宛てのものがあることがちょっと嬉しい。
「わたしが返しとこうか」
「いやいや、いいよ。いつもこういうの、なっちゃんやってくれてるじゃん。おれ教室にかばん取りに行くし、ついでだから」
「あ、じゃあおれも途中まで行こうかな」と照本が言った。今日はもうそのまま帰るつもりらしい。久留米は再びソファーに沈んだあと、二人いれば十分でしょ、と言った。いやおまえさっき『火の鳥』読みに行こうとか言ってたじゃねえかよ。でもこういうとき、久留米は本当についてこない。テスト前に「全然勉強してねえわ」と言って、後日赤点をとった問題用紙を堂々掲げるような男なのだ。
「よろしくな」
 そんな久留米になっちゃんが笑う。
 陽はとっくに沈んでいて、夜を背にした窓に部室内が鮮明に映っていた。

 

 浅野の原稿の最後の一枚には「あとがき」と称された文章が載っていた。三年間の活動に対する感慨から始まり、糧となったもの、反省点、今後の目標などが抜かりなく記されていた。それを読み、さすがは中学の頃より読書感想文で外したことのない男だ、と僕は思うのだが、最後の最後で出てくる一文だけはやや趣が違った。

 そこにはこう書いてある。

 

『これからもくだらないこと大袈裟にしながらクソッたれな大人になっていこうぜ』

 

 図書館前まで付き合ってくれた照本に僕は礼を言う。
 カーディガンと、部員になってくれたことも含めて。照本は改めて「学ラン見つかるといいな」と言ってくれる。
「見つけてみせるぜ。卒業式で恥かきたくないし」
「あー、そうか卒業式かー。ほんとすぐだな」
「はやいよなあ」
「あ、安藤は今日、塾いかないでしょ?」
「あー。うん。でも来週は行こうかな。またマックで……そうだよマックで小説書こうぜ」
「お! お! それいいな!」
「じゃあ来週はそれだから!」わははと笑う僕と照本のスキンシップはエスカレートする。肩、腕、腰、腿、お尻。
「それじゃあおれは帰るぜ! 今日はマジでありがとう、安藤部長」
「よせやい、こちらこそありがとうだぜ」
 気をつけて、と手を掲げる僕に、照本は角を曲がるまで独特なステップを踏み続けてみせた。
「なにそれ!」
 僕が大きな声でたずねると、角の向こうから「オリジナル!」という彼の声が響いてきた。

 

 僕は足元に置いたダンボールを再び抱えて図書室へと入っていく。
 舞先生がカウンターの中でパソコンを打っている。目が合うと、その太めの眉が持ち上がった。
 カウンターにダンボールを載せて、すみませんが……と事情を説明する僕に、舞先生は「ちょっと部長さん、頼みますよ」と苦笑してみせ、本を一冊ずつ取り出してはバーコードを読み取っていく。
「あ、『失楽園』ある。これちゃんと読んだ?」
「一応、冒頭くらいは」
「えー? そこは頑張ろうよ。面白いのに」
渡辺淳一の方は読みましたけど」
「ははは。どっちも安藤くんしか借りてないんじゃない?」
 思っていたよりも怒られなかったことに安心している自分がいた。これじゃいかんと最後に改めて「申し訳ありませんでした」と頭を下げる。舞先生は「許しません」と断言した。
「今後はちゃんと返すなり延長手続きするなりしにきなさい」
「はい」
「そんな安藤くんももう卒業か」
「そうなんです」
「はやいね」
「まだ実感はありません」
「そんなもんだよ。もう文集作んないの?」
「あ、作ります。これからなんですけど」
「えーこれからは遅くない? 間に合います?」
「あー、もう、それはご心配なく。みんな優秀なんで」
「ははは。そういや安藤くん、大学決まったんだってね」
「おかげさまで」
「おめでとう。大学でも書くの?」
「んー……どうですかね。やるやらないってあんまり考えたことないんですよ」
「へえ、そうなんだ」
「書きたきゃ勝手に書くって感じなんで、わかんないですけど」
「そっか。登山家みたいだね」
「え? あ、山があるからのぼる的な?」
「そうそうそう」
「でも確かに書きたいことがあるからってのが一番の理由でしょうね。口じゃ言えないようなことでも、おおらかなんで。話って。嘘だし」
「先生もそう思う。ある程度はね」
「ある程度?」
「うん。でもまあ、いずれわかるよ。あ、別に不自由なもののことを言ってるんじゃないから、そう身構えないでね。もしかしたらもうとっくに気づいているのかもしれないし。とにかく安藤くんは、楽しむといいよ」
「あはい、ありがとうございます」
 舞先生の視線が僕の背後に移り、振り返ると本を手にした一年っぽい男子が立っている。僕は「ありがとうございました。失礼します」と頭を下げ、カウンターを離れたが、出口には向かわなかった。なんとなく図書室内を見て回りたかったからだ。
 でもすぐにやめる。

 並べられた長机の一番奥に、町山りおの姿を見つけた。

 

 ピュ~。

 

 僕がダンボールを抱えたまま振り返ると、出口のところに坂本がいて、なぜか中腰で、こいこいと手招きをしている。数年ぶりに会ったみたいな気分だ。僕が近寄ると、「まったくおまえは捜すと見つからないリモコンのような男だよ」と坂本は言った。やつは僕のスマホに大量のラインを飛ばしてその返信を待っていたのだが、充電の持ちが悪いために諦め、たまたま見かけた町山さんを張ることにしたらしい。
「なんでだよ、普通に部室こいよ。確率的に考えても」
「まあな。でも町山さん張ってた方が確実だと思って」
「なんだこいつ、馬鹿にしやがって」
 僕らはダンボールをバキバキと潰して購買裏の焼却炉まで持っていく。結局坂本は学ランを持っていなかったし、なくなったことも知らなかった。僕はサッカー部の犯行説を話してはみたがたぶんそれはないみたいだし、消去法でおまえが犯人だと思っていたことを正直に伝える。坂本は、おまえの学ランなんていらねえよ、なっちゃんの制服ならネットで出品できるけど、と言った。オタサーの姫は確立されたひとつのブランドらしい。それいいな。お願いしたら卒業後譲ってくれないかな、でもうちはオタサーじゃなくてふきだまりだからな、そうだな、と話す僕らが中庭を歩いていると、図書室の窓から明かりが漏れていて、ついつい視線が誘われる。町山さんの姿が、まだそこにはあった。
「塾行くまではここで勉強してるんだってよ」
 と、僕の隣で同じように腰をかがめる坂本が言った。
「は? なんで知ってるんだよ」
「さっき聞いた」
「話したの?」
「ちょっとだけ。おまえ現れるまで暇だから」
「すごいなおまえ」
「おれはそういうのできるタイプだから」
「そういうタイプだもんな」
 僕は膝に手を置いたまましばらく黙って、「なに話したの?」と聞いてみた。本当なら勝手にどんどんしゃべってくれた方がありがたいのだけど、こういうときの坂本は本当に気が利かないのだ。
「なにってべつに、世間話。進路の話とか」
「おまえが進路の話って」
「町山さん、東京の女子大いくから一浪覚悟してるみたいなこと言ってたよ」
 なんだよそれ。
 僕はそんなことまったく知らなかった。妙に親密な会話なのも気になる。打ちひしがれる僕は、坂本をさらに促す。
「ほかには?」
「なんだよ。もうないよ。あ、でも町山さんおまえのこと話してたよ」
「おい、ちょっと! ちょっとまてよ」
「マジで」
「うそだろ」
「うそじゃねえよ。文芸部のみんな、進路決まってるのすごいよねって。おまえも含めて、文芸部のみんな」坂本は円を描くように、人差し指を大きく回した。
「うわなんだそういうことか。いやでもすごいよ。くそーマジかよ」
「話しかけてこいよ」と坂本。
 ん? と思う僕はまた黙り、坂本も黙り、ふたりで暗がりから町山さんの後ろ姿をじっと眺める。
 どうしようかな。
 僕はこの三年間で総計しても、かれこれ一分程度しか町山さんと言葉を交わしたことがない。「あ」とか「うん」とか「そうです」「わかりません」くらいだ。彼女の瞳は色素が薄く、虹彩がくっきり見えることにも最近になって気がついた。なにをどういう風に話していいのかがわからないという点で言えば、町山さんもサッカー部の清なんかと大して変わらないんじゃないかとすら思う。
「いや、やめとこう」
 僕は言った。
「安藤それはないよ、話しかければ意外としゃべってくれるって」
「そうかもしれないけど」と言う僕の気持は、意外と揺らいだりはしていない。
「ビビるなよ。どうせもう卒業なんだからいくらでも恥かき放題だろ。一組の川谷なんて今年に入って五人に告ってるらしいし、そんなのに比べたら話しかけるくらいなんてことないじゃん」
「え、川谷マジで?」
「マジらしいよ」
「今年に入って?」
「今年に入って」
「やば。まだ一ヶ月も経ってないじゃん。でもそういうことじゃないんだよ。だって、おれなんかが邪魔しちゃダメでしょ」
 町山さん相手ならすぐわかることなのになあ、と僕はしみじみ思っていた。
「ああ」とつぶやいた坂本は、しばらくの沈黙をはさんで「なるほどね」と言った。
 さっさと教室行こうぜ。そんで部室。僕が促せば坂本もついてきてくれる。
 校舎内に入ってすぐに坂本が
「じゃあさっきおまえが言ってたこと、おれが今度町山さんに伝えればいいんじゃない?」
 と言った。
「んん? それはどういうこと?」
「だからおまえが人知れずカッコつけてたことを、おれ経由で伝えたら町山さんおまえのこと好きになるかもよ」
「ばか! そんなわけあるか! 絶対やめろよ。言うなよ絶対」
「これもダメなのか」
「ダメだよ」
「もったいない。それくらい別にいいと思うけどな」
「ありがとう。でもそういうんじゃないよ。おれがめちゃくちゃカッコよかったって事実はおまえがずっと覚えておいてくれりゃ、それで充分だよ。それが本物だろ。違うか」
 ぴゅ~と口笛を吹きながらウインクをする坂本。とんだ生き物がいたもんだ、と僕は思う。

 

 教室に戻って荷物をとる。
 山之内の姿はもうないけど、まだ何人かが残って机に向かっている。もう二度と邪魔だけはしないぞ。そう思った直後、参考書から顔を上げた女子バレー部の若本紅愛が「あ、安藤くん」と言うのでビビる。
「はい?」
「学ラン見つかった?」
「あー。実はまだなんだ」
 すると彼女は立てた指を壁の方に向けながら、「なんかさっきね、安藤くんのこと探している人がいたよ。学ラン持ってた」
「え、うそ、どんな人?」
「誰だっけ。何組の人かは忘れたけど」
「男子?」
「そうそう、色白の」
「色白? もしかしてあの、すごい猫背の?」
「そうそう!」
 福地じゃん。
 お礼を言う僕に、よかったじゃん、と若本紅愛が表情を大きく崩すことなく小さく呟いてくれた。ひー、やべえ。僕はそのときの若本の遠のく顔、こちらを向く髪を束ねて露出したうなじに対して、体が震えるくらいの勢いで謝りたいと感じていた。「感謝」って字そのままの気持ちだ。若本の器に、僕は完全に飲まれてしまっていた。
「ありがとう」
 こういうときの僕の声は小さくていけないのだが、若本紅愛は顔を上げ、ん? という顔をしたあと、ふわっと片手を上げた。とても律儀な感じのする、甲斐甲斐しい所作だったので、僕も同じようにした。

 

 坂本と七組へと向かう。
 福地の姿はない。
 坂本も自分の荷物をとり、そのまま部室へと向かうことにした。
 渡り廊下に出ると、空には月が浮かんでいた。照明塔の明かりに照らされた運動場は、夕日に染められていたときよりもずっと鮮明だ。
 さみ~と言い合いながら部室棟へと駆け込む僕らは、卒業文集の話をする。浅野はもう出したぜ、と僕が言うと、坂本は「でしょうね」と言った。
「あとで読んでみ」
「はいはい」
「いや、よかったよ」
 これはマジで。

 

 部室の机には、僕の学ランが無造作に置かれていた。
 感動から両手を合わせ膝をついていると、脚を組んだなっちゃんが「よかったね」と言った。「みんな優しくて」
 ほんとにね。
「これは福地が?」
 そう尋ねる僕に「ああ、あいつだよ」と久留米。帰ったのだろうか? 僕は加藤のマフラーと照本のカーディガンを丁寧にたたみ、リュックにしまったあと、久しく会った学ランに袖を通す。ポケットにはスマホがちゃんと入っていて、確認すると坂本の他に、中川からもラインが入っていた。

『見つかった?』

 僕は早速返信する。

『お返事遅れました!学ランが無事見つかったことを報告いたします。ご協力ありがとうございました!』

 もう後回しにはしない。ぼーっとするのもやめにする。この瞬間をできる限り覚えておかなければならない。

 

 物事は更新されていく。

 

 今日のあれこれも過去になる。

 

 残るものも限られてくる。

 

 みんなにも学ランが見つかった報告を入れていく。ああ、僕はちょっとだけ寂しい。嬉しいはずなのに、それを上回る喪失感に手を伸ばしそうになる。
 僕はいまなにを失った? わからない。とにかく今日はもう終わる。終わるに足る理由を、僕は受け止めてしまった。あ、そのせいか?
 しまった。

 

 福地はまだそのへんにいるかもしれないとのことで、僕たちはみんなで部室をあとにする。月曜日は掃除しような! と念を押しながら。渡部先生が来るぞ。渡部先生が来る。バリトンボイスは憂鬱の調べだ。僕らはみんなで渡部先生のモノマネをした。久留米が一番うまかった。声の質が似ているのだ。
 校舎の静寂を挑発するように軽音楽部の音だけがはつらつと反響する廊下を歩いていると、なっちゃんが「安藤くん、遅れたけど」と言って、さっきの年賀状をくれる。あ、ありがとう。いま読んだほうがいい? 僕が尋ねると「あ、いや、帰ってから読んで。お互いのためにも」とのこと。
 了解。
 僕らは階段を降りる。ドアを開ける。強く冷たい風に吹かれ口々にさびーさびー言い合い、ちょっとだけ走ったり、立ち止まって誰かを待ったりする。ピロティーの太い柱を蹴り、白い息をチョップで割る。
「帰ったら書くか」
 僕はそう呟くけど、マフラーに顔をうずめたなっちゃんがちらりと一瞥しただけで、坂本も久留米も反応をくれない。え、なんだよ。おまえらだってちゃんと書けよ。最後の文集なんだから、そこんところはよろしく頼むよ。
 ポケットの中でスマホが振動する。取り出してみれば戸田セリナからで、『よかったね!』の一言。返信しなきゃ。中川とは違う言葉で。そう考えていると、校門へと続く道にある花壇のそばを歩いていたひとりの男子を見つける。ひどい猫背なのはいつものことだ。僕らに気づいたそいつは、胸の前まで手を挙げてみせる。
「福地!」
 僕は声を張る。学ランありがとう! どこにあったの? 向こうはなにかを答えたけど、声量と、あと風のせいで、たったの一文字も届かなかった。それがなんだか楽しいような、名残惜しいような、とにかくじっとしていられない気持ちを喚起するので、僕はやつの声が届く距離まで小走りした。


   まあ。

   こんなもんでしょう。

 

 それは、僕らが一緒に過ごした最後の金曜日だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~18:00

 

 

 

 

 

書き下ろし短編:『式では泣かないタイプです』【前編】

 

16:00~

 

 

 ホームルーム終了後に現れた加藤たちと教室の後ろの方でまんこからピーナッツを飛ばすおばさんの話をしていたら、すぐ近くを女子バレー部の若本紅愛が通りかかったので違う話に変えた。僕の学ランが消えた話だ。もともとはこちらが本題だった。


 学ランが消えたのは全国的にインフルエンザが猛威を振るう真冬のある日のことで、にしてはまあまあ気温が高かった。僕は体育のサッカーでゴール前を守りながら、浅野とふたりでオナニーするときどんなリズムでしごくのかという話をしていた。
「コンプレックスのビーマイベイベーと同じリズムだよ」と僕が言うと、「ビーマイベイベーで一往復?」と浅野はジェスチャー付きで尋ねる。
「ちがう、ビーマイで一。ベイベーで二、いやもうちょっと早いかも。ビーマイベイベービーマイベイベー……ああ、違うなやっぱ。ビーマイベイベー忘れて」
「ちなみにどっちの手でしてる? おれ右」
「あ、それはおれ左」
「でも右利きだろ?」
「だけど、左」
「なんで? やっぱりいいの?」
「ていうか右手でスマホ持ってやるから左手しか空いてない」
「おけばよくない?」
「寝そべるのが好きなんだ」
「あ、横になるタイプか」
「そうそう。仰臥位だけど」
「なにそれ、ギョウガイって」
「あ、あおむけのこと」
「じゃあそう言えばいいのに」
「そうだけど、いや、そうだね。ごめん」
「なんでわざわざ難しい言葉使うんだよ」
「や、そうなんだよ。自分でもよくそのことについて考えるんだけど、そういうところがあるんだおれ」
 とそこで不意にボールが転がってきて、反射的に動けた僕は思いきり蹴り返すことに成功した。風は肌寒かったが空からは暖かな日が射していて、砂埃とともに宙で軌道を変える頼りないボールを細めた目で追った。ずりーなあと浅野は漏らし、僕は僕のついカッとなって、といった衝動をちょっとだけ誇らしく思った。素早い蹴りとその手応え。及び浅野の羨望も手伝ってか、気が大きくなっていたのかもしれない。
 僕は最後に学ランを脱いだのがいつどこでどんな状況だったのか、なにも覚えていないのだ。

 

「がんばれ」と浅野は言う。なんでい、捜すの手伝ってくれないのか、と思う僕にやつは「おれ教習所」と続けて言った。
 ピロティーのベンチに腰掛ける僕らは、冷たい風に吹かれながら冷たいエナジードリンクを飲み、さっむ~と繰り返していた。免許どう、取れそう? 尋ねる僕に浅野は「まあまあ。大阪行くまでにはなんとか」と、遠くを眺めながら、下唇をとがらせていた。かわいこぶっているわけではないと思う。一方で寒さに腕を組む僕は、教習所にはいつごろから通おうかなと考えていた。いまから通い始めたところで四月に間に合うかはわからない。それに今はどちらかというと免許よりも遊ぶ時間がほしいので、ギリギリまで通うのも気分じゃないのだった。という結論は昨年末から何度も出ているが、同じことをまた一から何度も考えてしまうのだ。
 そういう病気ってなにかあったっけ?
「あ、そうだ」と浅野がリュックに手を入れ、筒状に丸められたルーズリーフの束を取り出す。
「書いてきたぜ」
 僕は初め、なんだこれは、と思った。受け取って開いてそこにタイトルが記されているのを見てようやく納得する。それはあまりにも早すぎる提出だった。
 文集用原稿の募集をかけたのは一昨日のことだ。僕が部室で坂本と直立のまま向き合って、互いの隙を突いて股間を攻撃し合っていたのだが、坂本から強烈な一撃をもらって膝をついたその瞬間にふと、例年行ってきた「卒業文集」を今年も作らなければならないことを思い出した。昨年の卒業文集のあまったやつが、ソファーの脇に積まれているのが目に入ったからだ。
「お、戯曲?」
 そう聞くと浅野はやや遠慮がちに肯いた。戯曲という言葉にまだ親しみがないからだ。僕も一年のころまではそもそも戯曲という言葉を知らなかったし、いまでも油断すると「コント」と呼んでしまうのだが、それじゃ厳密じゃないしカッコがつかない。まずはカッコから入ろうと、戯曲、随筆、小説と大まかに分けて呼ぶようにしていた。
 僕がこの作品が一番乗りであることを伝えると、「おまえこそ真っ先に書いてなきゃダメだろ」と浅野は笑う。
「一応渡しといたから。誤字脱字ないか、チェック頼むね。まさかとは思うけどこれもなくすなよ」
 だいじょうぶ、もう脱ぐものないし、と答えると、浅野は深い疲労の滲む苦みばしった表情で小さく笑った。ただ息を吐いただけなのかもしれない。
「もし免許取れたらドライブ行こうぜ」
 冒頭部に軽く目を通していると、ふいに浅野はそんなことを言った。いつもならだれかから一方的に誘われて嫌々言いつつも、みたいなことが多い浅野だ。らしくなさを笑おうかとも思ったけど、ここで茶化すのはなしだなと思ったので「あはは、いいね」と僕。
「それよりも学ラン捜せば。いまはだいじょうぶてもすぐ寒くなるだろ」
「すでにじゅうぶん寒いけどな」
「アホだ。夕日が沈むのはめちゃくちゃ早いんだぜ。高校の三年目があっという間だったみたいに」と急に浅野が言いだす。
「なにそれ先生たちのマネじゃん。一月は行く。二月は逃げる。三月は去る的なあれ」
「違う。本当にそう思ったからそう言っただけ」
「そうか。なら、ごめん」
「謝られることでもない気がする」
「そうか」
「いいから早く捜せや」
「冷たくしないでよう」と僕は中学のころ浅野に告白し、一週間で別れを告げたソフトボール部の女子が最初で最後のデートの帰り道に呟いた伝説的な一言の真似をした。表情を変えることなく僕の胸のあたりをグーで打ち付けた浅野は、じゃあな、と立ち上がり、小走りで校門に向かう。その背中に敬礼する僕は、とりあえずルーズリーフをズボンのポケットに押し込み、それからちょっとだけぼーっとしたあと、のっそり記憶をたどってみることにした。

 

 そもそも僕はスマホを捜していたのだ。普段からズボンの左ポケットに入れていた僕だったが、基本的にイヤホンをつけていることが多いため、冬場はもっぱら幅の広い学ランのポケットに入れていた。なのでスマホがないことをきっかけに学ランがないことにも気づき、教室にいた人たちにも尋ねてみたものの出てこず、じゃあラインでみんなに呼びかけようかとまたスマホを捜した。

 

 この体たらくの理由として、ひとつに僕がここのところ、ただでさえすぐ腰を下ろしがちなこの脳みそを放任していたせいもある。もちろん卒業間近という環境に甘えることなく、最低限、授業はまじめに聞いているつもりだったのに、自習時間というものが圧倒的に増え、いままで読もうと思っていた小説なんかを消化していると、学校にいながらにして日曜の午後みたいな気分になってくるのだ。日曜の午後といえばオナニーだ。このままじゃ僕は休み時間にトイレでオナニーでもしてしまうんじゃないか? そんな懸念なのか欲望なのかもよくわからないものを感知して、苛まれる中、僕はついに学ランをなくすまでに落ちぶれてしまったらしい。
 
 いや、寒。
 ひねり潰した空き缶をゴミ箱に投げ入れつつ校舎内にかけこんだ僕は、自らの過失のほかにもいくつか想定してみる。例えばここんとこの僕がずっと「こんな感じ」であることを快く思っていない人がいて、例えばそれはサッカー部の清とかその下っ端の池田とか永野のことなんだけど、そういう人が僕の脱いだ学ランを持ち去った可能性だってゼロじゃない。僕だって疑いたくはない。しかしどうも清は僕のことを殺そうとしているらしかった。つってもそれは坂本の言ったことでしかないし信憑性で言えば一笑に付すことだってできないわけじゃないが、ひとつだけ心当たりのようなものとして、僕はこのまえ体育館のギャラリーにて女子バレー部の練習をみんなで眺めていて、文化祭における三組の劇の話になったときに
「でもあれは超きつかったな~」
「そう?」
「うん」
「え、どこが?」
「だってサッカー部が前に出たいだけのクソじゃん」
「ひで~」
「クソだろ。なんだよあの初めっから女子ウケだけを狙った配役とだせえ演技は」
「ひで~」
「クソだよ! クソクソクソ! サッカー部はクソ!」
 と発言してしまい、それを坂本が別の場所でだれかに話し、三組の劇こと『ジャック・スパロウと愉快な仲間たち』の主演を張った清の耳に届いてしまったらしかった。僕は別にあの劇に携わった人たちを不快にさせたくて発言したわけじゃないし、本当に思っていたことをその場の空気とかでやや露悪的に盛って喋っただけなのでこれは完全に坂本が悪いと思っているのだが、とはいえ怒りの種を蒔いたことは事実なので、ああやだなあ、面倒くさいなあと僕は思うのだった。
 サッカー部が犯人じゃありませんように。僕はそう願うのは、もし仮に本当にそうだった場合、こちらにできることなんてなにもないからだし、実際その可能性がすこぶる高いことも承知の上だからだ。清に限らず、ここんとこのサッカー部は本当に僕のことを殺そうとしている節があった。つい最近だって放課後の廊下を一人で歩いていると、サッカー部の面々が通せんぼするように周囲を囲んだかと思うと、挨拶のように太ももに蹴りを入れながらラップのフリースタイルで言うところのサイファーを始めた。みんながみんな韻もフロウもなっちゃいないワックな三流フリースタイルだったが、その中の池田が最後の方で
「おいコラ安藤マジ言動、わきまえとけよその限度」
 と元々高めだった声を低く轟かせ、廊下を行き交う女子に色目を使いながらのそのパンチラインを締めにフリースタイルをなあなあに終わらせた。肝が冷えるとはあのことだ。僕を見かけたら囲んで襲撃する、という不文律のようなものが、知らないあいだにサッカー部内に確立されていて、それこそなんだっけ、これはあれにとても近い、あれあれ……ああ、またなにも浮かんでこないのでそれは置いとくとして、僕自身の普段の行いが悪いせいもあるんだろうけども、とは考える。でもそれが暴力を肯定する理由足り得るかといえば違うでしょう? 彼らの野蛮な血の疼きをどうやれば鎮められるのか、その方法を僕は知らなかった。そもそも僕は清なんかとはあまり喋ったことがない。もし清が僕の発言に怒っているとして、それが実際どの程度なのか、どういう姿勢で臨めば許してくれるのかがまったく見当もつかないし、いたずらに不安だけが膨れ上がってしまう。いやでもやっぱり一番おかしいのは坂本あの野郎。なに勝手に喋ってんだよ。

 

 僕はだんだん腹が立ってきて、まずは七組へと向かう。あのインターネット野郎に学ラン捜索への協力を強制しようと思ったのだ。そこには福地がいた。
「おっす。坂本いない?」
 黒板前にいた福地は嫌々ピアノの発表会に立たされた少年のような、右肩が脱臼しているのではないかと思えるいびつな立ち姿で首を振った。部室かな? 僕は学ランがなくなった旨を福地に、まあでもたかが学ランがなくなっただけだ、と半ば自分に言い聞かせるようにして伝えた。
 なくなった、というか見失った?
 そんな気もするなあ。
 そもそも学ランなんてものは学校にいる間ずっと目に入るようなものだし、家ですぐそこにあるリモコンを見つけられないとか、メガネを額にかけたままメガネメガネつぶやくような、後者はちょっと違う気もするけど、そんな感じで日常に訪れる魔の瞬間に飲まれただけなのかもしれないじゃん。それに学ランなんてものは拾ったところでラッキーとなる代物でもないので、たぶんふつうに返ってくるだろう。ポケットの中がコンビニのレシートだらけの他人の学ランなんて僕ならほしくない。最悪今日が無理でも明日、明日が無理でも明後日、明後日が無理でも……ってな感じで、譲歩に次ぐ譲歩で心に余裕ができた僕は、ふらふら校内を徘徊する。

 

 職員室前の廊下には掲示コーナーがあって、そこには先週催された球技大会a.k.a.三年生を追い出す会の写真が貼り出されている。まったく活躍しなかったどころか途中から部室のソファーで漫画を読んでいた僕だけど、だれか知ってる人の写真ないかなとまじまじ眺めてみる。例えば町山さんとか。浅野はいた。後藤のなっちゃんのもあった。そんで中川とエルヒガンテのニコイチ・ビッチーズの写真を見つけた僕は、そいつをまじまじ眺めてみる。中川がその白くて長い腕を高く突き上げなにかを叫び、その隣でエルヒガンテがギュッと圧縮したようなその体躯を地上十センチほどのところで滞空させている写真だった。ふたりの日に焼けた赤い髪の毛まで、空気に押し上げられて蛸の足みたいに波打っている。

 いい写真だなと思った。こういうやつこそ、卒業アルバムに載っているべきだとすら思う。ただでさえ大きな目をさらにでかく編集するような自意識の化物たちが、被写体である意識を持たず地面を蹴って跳ね上がっている、そんな一瞬を切り取られたという痛快さと、その痛快さにも勝る瑞々しさが交互に押し寄せ、僕はなんともエモい気持ちになった。
「おい」
 とつぜん声がして僕が短く声を上げると、呆れや蔑みの混じる鈍い色をその顔に浮かべた中川とエルヒガンテが背後に立っていた。ご本人登場をやられたのだ。
「もしかしてだけど、心霊写真とかさがしてる?」
「暇やな~」
 その態度の一方で、僕の周囲は一気に甘い香りに包まれた。部活をやっているがゆえに高い意識を持っている女子特有の、シーブリーズっぽい香りだった。僕は彼女たちから距離を取るように、一歩脇に寄る。「びっくりした。なわけあるかい」
「あ、そこに立たないで。並んでるの見られたら恥ずかしいから」と後から来たくせに中川が言う。冬場に学ランを着ていないからバカ、ということになったのだろうか? 僕が彼女たちに事情を説明すると、
「じゃあ早くさがせよ」
「見てて寒いんだよ」
「二つの意味で」
「ぶぶ、ほんと二つの意味で」
 とか言って自分らでニヤニヤしたかと思えば
「てかさ、たぶんあんたさ、やっぱ頭ちょっと変になってんじゃない?」
 とくる。懸念を突かれた動揺を隠しながら、やっぱってなんだよ、と僕が尋ねると、
「ここんとこずっと遊んでるでしょ」
「ね。まあいいんだけど別に」
「そうそう。たださ。まだ進路決まってない人の気持ちとか考えたことある?」
「だね。マジでそれ」
「あ、思い出した。そうそう、このまえこいつさ」
「え、なに」
「ベルトの後ろの方にトイレットペーパー挟んで廊下走ってた」
「は? きも、え、どういうこと?」
「わかんない……」
「きもー」
「しかもいつもの雑魚軍団とだし」
「ふきだまりの」
「安藤なにしてんの?」
 なにしてんの? じゃねえんだよ、と僕が思うのは、彼女らだって進路が決定して放課後を悠々過ごしている側だからだ。棚上げして説教垂れんじゃねえガッデム・ビッチどもと思う僕だが、これは売り言葉に買い言葉、言っていることの正しさは痛感しているし、胃も痛くなってきた。
 想像することは大事だ。
 例えば僕が進路未定組だったとしよう。不安と焦りで鬱々としているところで、廊下をバカが全力疾走しているのを見たら何を思うだろう? 殺したくなるのかもしれないし、さすがにそれは実行できなくとも、学ランくらいなら燃やしてやるかもしれない。僕は一年ほど前に軽音楽部との関係が悪化した際、文芸部の特攻野郎どもで大事な機材の破壊を試みかけたことがあった。実際は弁償のこととかを考えて二の足を踏んだ末に白けちゃったのだけど、学ランくらいならほどほど高くて、ほどほど賠償できる感じがある。だから学ランを盗むくらい誰にだってやれそうだ。そしてそうなると、容疑者は三年生全員、いや全校生徒ということにもなりかねないので、僕の胸はゴリゴリゴリと萎縮し、ついには呼吸さえ忘れさせる。
 なんて鬱々としている間にふたりは写真を眺め始めている。それから「あんたのはないね」と言い切った。いやなんでだよ、この後頭部は僕だ。指差す僕を無視し、冗談はさておき、みたいな抑揚のない声で中川が言った。
「でも安藤あんたさ」
「うん」
「学ランはないとヤバくない? 卒業式とか」
「それはなぜ?」
「だってそうでしょ。一人だけシャツで出席ってたぶん無理だよ」
「バカっぽいから?」
「いや、式だもん」とエルヒガンテ。
「最悪帰されると思う」
 急になんだよ。彼女らの説得力にたじろぐ僕はまた別の意味で泣きたくなるが、それを察したエルヒガンテが「だからいまちゃんとさがしときな」と言いながらあごをしゃくる。
「たしかにそうだわ。事の重大さにいま気づいた」
「今でよかったじゃん」と中川。
「ああ、うん。ありがとう」
「もしうちらもそれっぽいの見つけたら普通に教えるわ」とエルヒガンテ。
 僕は彼女の炊飯ジャーのような顔と向き合い「戸田さん」と言う。彼女の名前は、戸田セリナといったし、当然のようにエルヒガンテという呼称は本人に面と向かって言ったことはない。
 彼女は「ん?」と下唇を突き出し、わずかな隙間からやけに細かい下の前歯をのぞかせた。
「ありがとう」
「うん」
「中川も」
「いやわたしは教えないよ」
「教えろよ」
 僕は自分のラインIDを伝えようとする。すると中川が「そんなの知ってるわ」と制するので、まあそうかと思う。この三年間、同じ学び舎で過ごしてきたのだ。僕らの間には、ちゃんとそれだけの時間が流れている。
 僕はもう一度言う。
「ありがとう」
 そういえばスマホも一緒になくしたんだということは、黙っておいた。

 

 式に参加できないのはまずい。後々話のネタにできるとか、そういう風に思えないのは僕が今を生きているからにほかならない。後々のことは後々の僕のものでしかない。よって、いまは学ランの捜索に心血を注がなければならない。
 ということで職員室に向かい現文の渡部先生に学ランの落し物はありませんでしたかと馬鹿正直に聞いてしまった僕は、ここでもまた気のゆるみをブスブス突かれたあと、部室の掃除もちゃんとしろとバリトンボイスで命じられ、いそいそおいとまする羽目となった。どうも学ランの話は渡部先生には残らなかったみたいで、結果として説教を受けただけで終わってしまったわけだ。僕が腑に落ちなさを噛み締めながら職員室を出ると、そこで野球部の照本肇と鉢合わせた。その小脇には大学ノートが挟まれていて、話を聞くと提出物を遅れて提出にきた、と照本は敬礼した。僕もほぼ同じタイミングで敬礼していた。
 照本肇と僕は三年の頭から同じ予備校に通っていて、授業をサボって同じファストフード店に入り浸っているうちに仲良くなった。なので言葉を交わすようになったのもここ半年くらいの話なのだけど、
「学ランなくすやつ初めて見た!」
 と体をくの字に折って膝に手を付く照本を見ていると、僕はこの悲壮感のなさが好きなんだろうな、と思う。
「ことは結構深刻ですぞ照本氏」
「あ! そうだったのか! ごめんごめん!」
「いやいやぜんぜん。でもどっかで怪しい学ラン見つけたら教えてよ。といってもスマホも一緒になくしたんだけどさ」
「じゃあどうやって教えりゃいいんだ」
「おれの教室に持ってきてくれるとか、あと文芸部の部室とかしてくれたらありがたい! もしあったらでいいから! もしあったらで!」
「了解!」
「ありがとう!」
「了解!」
 執拗な敬礼の応酬を経て一通り満足したあと、僕は「それじゃまた」とあてもなく歩き出すが、「あ、そういえば安藤」と背後から照本の声。
「坂本が探してたぜ」

 

 物事がようやく動き始めた気がした。
 僕は早速自分のクラスに戻ってみる。そこには加藤と野球部の山之内がまだいて、僕の机でオセロをしていた。
「まだ見つからない?」
「だるいな」
 誰よりも僕がそう思っていることをふたりは言ってくれる。坂本がおれのことさがしてるって聞いたんだけど……そう言うと加藤は「そうなんだ」と言った。
 うん、そうらしいよ。
 スマホがないだけでこんなに不便なのかと思う僕は、加藤にお願いして坂本に連絡をとってもらうことにした。電話をかけても出ないらしいので、ラインでメッセージを残してもらう。あとは部室で待機でもしてりゃやつはくるだろう。ちょっとした安堵からすぐさま動く気にもなれずにいた僕が、ゴリラのように隆起した山之内の肩を揉んでいると
「あ、そうだ」
 加藤がかばんに手を入れ
「これ使う?」 
 差し出されたのは紺色のマフラーだった。
 受け取ったマフラーを首に巻くと、柔軟剤のようないい香りが顔のまわりに満ちたので「なんか女子っぽい匂いがするよ」とふざけて言うと、「それ妹のだから」と冗談ともつかない態度で加藤が答える。え? それはまじ? え? え? ほんとなの? あの? 加藤の妹といえば、妙に大人びた顔立ちをしていることから、坂本にジュニアアイドル呼ばわりされている美少女だった。加藤に似て目が大きく、やや浅黒かったが、鼻が高かった。ということはあの妹ちゃんと間接首タッチになるわけか。それがどう色っぽいのかはよくわからないけど、加藤のことをお義兄さんと呼びたい欲の高まりは感じる。
「恩に着ます」
「いいって」
「妹さんにも、ありがとうと」
「ああうん。いやそれいる?」
 いらないね、そんじゃ借りてきます、と踵を返し廊下に出ようとすると、教室の入口に立つ国生まりえが僕を見ながら笑っていた。「安藤くん~ふふふ」と体をくねらせていて、僕はその色香にむせ返りそうになる。
「どうしたの国生さん」
「そっちこそどうしたのそれ」と僕に向けた人差し指を上下に動かす彼女は帰り支度を済ませた格好で、暖かそうなカーディガンを着ているが、これまた妙にシルエットが浮き立つ生地のもので、なぜそれを買ったのか、色っぽいことにためらいを持つのは、やはり戦後西洋から持ち込まれた価値観なのか、と僕はつい考えてしまう。
「ずっと気になってたんだけど、もしかしていじめられてる?」
 冗談っぽく声を潜めた国生さんの言葉に、一瞬だけ清の顔が脳裏をかすめる。わかんないけど、学ランはたぶん自分でなくしたと思うから、いじめではないよ。たぶん。いや、たぶんだけど。
「えーなくしたんだ。寒そう」
「寒いね」
「ねー。ちなみに安藤くんの学ランってどんな感じのやつ?」
 どんな感じってああいう学ランだよ、と周囲の男子を示しながら答えると、国生さんは「そりゃそうか」と一人で五秒くらい笑った。もし見つけたら教えてよと頼みかけた僕だったが、あれ? もしかして加藤? と後ろを指させば
「そう、ごめん。いまからいっしょに帰るんだ」
 だろうね。
「加藤~」と僕が呼べば、わかってるといった態度で加藤が手を挙げ、山之内が勢いよく盤をひっくり返すのが見えた。
 やたらと換気をうたう社会科の八重子教諭の手によって、廊下の窓は一枚間隔で全開にされているのだが、マフラーによって首の動脈が守られたことにより、先程までの凍えは感じない。その温もりから改めて考えるに、当たり前のように優しいところが加藤のすごいところだと思う。山之内に盤をひっくり返されても、一番楽しそうに笑っているのが加藤だった。いろんなことにカラっとしている。たぶんみんな彼のことが好きだと思う。そもそも顔がよかった。それも人のよさが前に出ているタイプのイケメンでどこかぼんやりした印象があって、一緒にいても割を食うことがなかったし、普段は大人しいくせに口を開けば大好きなルパン三世の同人誌のラストシーン(死んだルパンを追って銭形が自殺するやつ)とか、サッカー部のキーパーを務める「タートルズの豚」こと森永拓司の言動についての話しか飛び出さないので、積極的にモテることもなかった。たしかに色っぽくはなりにくい感じはある。とはいえ、加藤のそういう顔のよさにかこつけて甘い汁を吸っていないところも僕らからすれば気持ちのいい男なのだ。たぶんこのマフラーに関してもそうなのだけど、異性のきょうだいがいる人特有の余裕なのかもしれない、なんて僕らは普段から分析しているが、本当のところはわからない。一時期はゲイなのかもしれないと思ったこともあったし、別にゲイでもいいとも思っていた。まあでも加藤はゲイじゃない。
 国生まりえと付き合っているからだ。昨年末から。
 このあとデート? と僕が聞けば、目を細めた国生さんは首を左右に振る。
「いっしょに帰るだけだよ」
「それはデートじゃないの?」
「安藤くん、デートはまた別なんだよ」
 ふーん。
 これまでの僕は放課後になると、加藤や山之内と一緒に無人の教室に忍び込んではみんなの体育館シューズを片方ずつシャッフルしたり、黒板に好きなアニソンの歌詞を書いては消したりを繰り返していたのだが、その一部始終をたまたま見ていた国生まりえはどういうわけか加藤に恋をした。そんで加藤もその想いを受け取った。加藤に聞いてみたところ、国生まりえは「話しやすい」とのことだった。彼女は理数系クラスの数少ない女子のひとりであり、普段の言動ががさつなせいで一見スルーされがちだったが、よくみりゃ眠そうな目をした色っぽい顔をしていると一部の男子の間では評判だった。ただし面食いなことでも有名だった。加藤はカッチリしていないところがあるとはいえ、告白したのが国生さんの方からだということは、たぶん卒業後も関係を継続しようとの目論見があったのではないかと有識者の間では囁かれていた。加藤みたいな男はどうせ卒業後もどんどん垢抜けていくのだから、先見の明がある人間からすれば逃がすには惜しい逸材のはずだ。たぶん。僕らにそう説いたのはなっちゃんだった。「女ってそういうとこクソだよな」と坂本が言っていたのを覚えている。
「マフラーは借りてていいよ」
 僕は加藤が最初からそう言ってくれることをあてにしていたものの、え! いいの? と大きな声で言った。加藤にはバレてた。並んで廊下を歩いていくふたりの後ろ姿を手を振って見送っていると、ふいに一人残された山之内が僕のすぐそばまで来て、「あのふたりもうやったのかな」と言った。やったってなにを? あ、セックスのことか、まだだろ。と答えはしたものの、もちろん根拠なんてなく、やってたらどうしようとちょっとだけ胸が騒いだ。やってても別にいいんだけど、妙な割り切れなさが残るのも確かで、この感情の名前を僕は知らない。
「ちなみに焼肉にいっしょにいくカップルはもう絶対やってるらしいよ」
 と前にも何度か聞いたことのある話を山之内がする。「じゃあ今度あのふたりに焼肉行ったか聞いてみようぜ」と僕は答えた。

 

 山之内と硬い握手を交わして別れたあと、部室棟へとつづく二階渡り廊下でたまたますれ違ったサッカー部の池田に腹を殴られた僕は、いろいろ考えた末にサッカー部の犯行説を取り消すことにした。というのも池田は、シャツにマフラー姿の僕を見てただのおどけたバカだと認識したっぽかったし、立ち去り際に「見つかるといいな」なんて舐めたこと言っていたからだ。
「なんならいっしょに捜すか?」
「いや、いいです」
「捜すわけねえだろザコ! 殺すぞ!」
 ギャハハ! と立ち去る池田の背中を睨みつけるのには理由がある。もちろん単純にされたことへの嫌悪憎悪殺意はもちろんとして、そのときの僕がなにより困ったのは、池田に絡まれへらへらやり過ごそうとするその様をあの町山りおに見られてしまったということだ。それこそ僕は犬のようにクンクン言いながらあの池田なんぞに愛想笑いをふりまき、あろうことか、ああ、何度も頭を下げたのだ。それは最も客観視したくない自分だった。
 町山さんは渡り廊下の手すりに両腕をのせながら運動場を眺めていたらしくて、茜色の空からは吹奏楽部の演奏する音が降り注いでいた。殴られた際の僕のうめき声は誰にも届かずかき消された点は幸いだったけど、結局池田は馬鹿なので声量が異常で、それが届いたのか、耳のイヤホンを外してコードを畳みながらゆっくり近づいてくる彼女を見た僕は、いや、ああいうコミュニケーションだから、しょっちゅうやられてるぶん腹筋鍛えられてるから、と自分でも無理があるのは承知な態度で目を伏せ背筋を伸ばしてみせた。馬鹿らしいね。彼女もやや俯きながら、僕のすぐそばを通り過ぎた。小さく会釈された気もしたけど、僕は振り返ることすらできずそのまま歩き続けた。
 この風はきっと北からのものだ。
 目を細めながら、さっきまで町山さんがいたあたりの手すりに両腕をのせて運動場を見やる。夕暮れどきの運動場を眺める時間は最高だと思う。特にこの部室棟から伸びる渡り廊下は吹奏楽部によるBGMつきということ、かつ部室からすぐの場所ということもあって、煮詰まった……じゃなくて行き詰まったときなんかは、僕もよく運動場を眺めたりしていた。風に目を細めながら思うのは、町山さんもなにかに行き詰まっていたのだろうか? ということだった。

 

 マフラーを巻き直し乱れたシャツの裾をベルトの内側に押し込んだ僕は、ポケットのなかでぐしゃぐしゃになった浅野の原稿に気づいて慌てて取り出した。風に飛ばされないよう、その場にしゃがみこんで広げ、なんとなく目に入った冒頭から再び読んでみる。文字を目で追っていると、目薬をさしたときのように頭の中が艶を帯びていく感覚になって、深い鼻息が漏れた。

 

 

 

 

 

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拳大のアダマンチウム/『LOGAN/ローガン』

 

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『ローガン』を観た。
 
メキシコ国境沿いのざらついた風景の中、ローガンはリムジンの運転手として働いている。アルツハイマーが進行するプロフェッサーXとともに余生を海上で過ごすべく、船を買う資金を稼いでいるのだ。そんな彼は片脚を重そうに引きずり、GTAチンピラにはたこ殴りにされる始末。ウルヴァリンと呼ばれていたころの猛々しさは感じられない。
月日は過ぎ行く。彼の再生能力は衰え、体内に仕込まれたアダマンチウムによって身体は蝕まれていた。それでもひとたび憤怒に至れば、鋭利な爪でいとも容易く人体を切り裂いていく。どれだけ歳をとろうとも、その生き方からは逃れられない。
 
今作は2029年という舞台設定にもかかわらず、発展した未来都市などは描かれない。乾いた風に舞う砂塵は暴力の粒子のようだ。この世界に対する深い絶望が少しずつ肺に蓄積していくような緩慢な死の気配に満ちている。
 
そんな世界を北に向かって突き進む彼らの逃亡劇は血にまみれている。死屍累々を築きながら、そこに勝者も敗者もいない。この殺伐とした徒労感、どこかで味わったことがあるなと思った。スタローンの『ランボー/最後の戦場』だ。
 
 
劇中には『X-MEN』のコミックが登場する。そこに描かれている物語を信じて行動するローラに、これはすべて絵空事だとローガンは吐き捨てる。彼はそのあまりにも長い人生の中で大勢の死に関わってきた。そうはいかない現実を嫌というほど知っている。
 
とはいえ今作は、それでも物語を信じ肯定する。当然のように残酷なこの世界で、指標となりうるものとして「物語」を据えている。例えそれが、視界の端にかすむ程度のささやかな希望であろうとも。
一方でこちらが食らうダメージもかなりでかいので、観終わって一週間ほど経ついまでも、僕は胸の奥に拳大のアダマンチウムをぶちこまれたような気持ちが続いている。R指定路線に軌道を変えた『X-MEN』シリーズで言えば去年の『デッドプール』も大好きだったが、まさかこうもベクトルの違う映画を叩きつけられるとは思ってもみなかった。『エクスペンダブルズ3』のアントニオ・バンデラスみたいに、寄る辺なき逃避行の協力者としてデップーが出てきてくれないかなと願ってしまったほどだ。寂寥感が強すぎる。
 
そのくせ僕はいますぐにでも『ローガン』を再鑑賞したい。劇場に行けば、いくらそこに映る姿がいたたまれないものであろうともローガンやプロフェッサーXに会える。ローラの力強い視線とそれが向く先を観ることができる。傷も癒えないうちから、もう一度、あともう一度と劇場に足を運ぼうと思う。ローガンだってそうしていたし。
 
 
P.S. ヒュー・ジャックマン、17年間お疲れ様でした!
 
 
 
 
 

 

 
 

2年前に書いた『X-MEN』シリーズ(F&Pまで)の感想です ↓ 

sakamoto-the-barbarian.hatenablog.com

 

 

X-MEN:アポカリプス』の感想です ↓

sakamoto-the-barbarian.hatenablog.com

 

自宅鑑賞映画(2017年5月編)

 
 
『親友のカミングアウト』(5/5) 

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Netflixで鑑賞。苦労は描くけど誰も敵にはしないスタンスが心地いい。幕切れのタイミングが好き。
 
 

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 Amazonプライムビデオで鑑賞。荒唐無稽を堂々とやってのけることで名を馳せたシリーズだけど、今作がターニングポイント的位置づけな気がする。無茶苦茶ながらその後のシリーズと比べるとほどよい塩梅でめちゃくちゃ楽しかった。
 
 
 『復讐 運命の訪問者』(5/12)

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レンタルDVDで鑑賞。面白い!!!シンプルなあらすじに、じめっと不穏な要素を詰め込んだ脚本がたまらない。直立不動での撃ち合いが強烈にカッコイイし六平直政演じる殺し屋がカナヅチを使うシーンもフレッシュ。最後までかっこいい映画だった。
  
 
 『百円の恋』(5/13)

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Netflixで鑑賞。安藤サクラがシャドーの動きにキレが出てくるのに併せて顔がシュッとしてくるところがいい。気高い。ただラブホのあれは要るでしょうか。逆に白々しくなってしまった気もします。
 
 

『復讐 消えない傷痕』(5/16)f:id:sakabar:20170517144947j:plain

レンタルDVDで鑑賞。奔放な映画でした。
 
 
 『ウォー・マシーン:戦争は話術だ!』(5/31)

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Netflixで鑑賞。落語っぽいお話でした。
 
 
 
 
 
以上、6本!
今月から画像もつけてみました!
 
 
 

 

 

ノルウェージャン・コック

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村上春樹を読み始めた。

 

これまで村上といえば龍だと思っていた僕は半ばネタ化した村上春樹像にしか触れてこなかったので、ほんとうにスパゲティを茹でながら射精するようなキザな話ばかり書いている人なのだろう、と思っていた。いざ読んでみるとまあそんなに違わないけど、さすがにそこまででもなかったので安心した。

 

彼のデビュー作である『風の歌を聴け』は「大学生帰省もの」だ。大学生が長期休みに地元に帰って、人に会ったり街を歩いたりする、そんな話はもともと大好きなので、個人的な入口としても最適な1冊だったように思う。「Chill out」なムードが、そこにはあった。

 

 久しぶりにiTunesを開いた。愛用のノートパソコンが今年で8年目に突入。大学時代から溜め込んだ音楽がぜんぶ入っている。村上春樹っぽい曲を探そうと思った僕は、ビートルズの『ラバー・ソウル』を再生した。奇しくも村上春樹の2作目『1973年のピンボール』にも登場するアルバムだ。かつて聴いていた音楽を久々に流してみると、その当時の記憶と匂いがおぼろげに蘇ってくる。

 

 

 

 

 

 

大学生のころ、僕はアパートで一人暮らしをしていた。大家さんが1階に居を構え、2階・3階が賃貸となっているタイプのアパートで、住人のほとんどが同じ大学の人間だった。大家さんは面倒見のいい人で、もらいものだからと鮮魚をくれたり、一年に二度くらいの頻度で手作りカレーをご馳走してくれた。入居時にご挨拶として紅いもタルトを持参したのは正解だったのだ。

 

大学1年のある夜、自室でひとり過ごしているとインターホンが鳴った。おそるおそる覗き穴を覗いてみると、そこにはお隣さんである大学院生と、知らないメガネの女が立っていた。

 

僕はお隣の大学院生にも入居時に紅いもタルトを渡していた。そのお返しとして塩コショウ(「いまこれしかないんだけど」と言って渡してきた)を受け取っていたので、その後も部屋に招いてもらったり、漫画の貸し借りをしたりするような仲になっていたのだが、その隣に立ってニコニコしている女のことはなにも知らない。警戒心の強かった当時の僕は、ドアをほんの少しだけ開け、「どうしました?」と蚊の鳴くような声で聞いた。僕が自閉傾向の強い人間であることを知っていた大学院生は「寝てた?」と確認を取ったあとでこう続けた。

 

「大家さんがカレーつくったけど、どうかって。〇〇ちゃん(僕のことです)もうご飯食べた?」

 

 「あ、まだ食べてないです」

 

「食べに行こうよ」

 

「いいですね」

 

「こんばんは」

 

女が会話に入ってきた。

 

「こんばんは」

 

大学院生の話では、その女は下の階に住んでおり、僕と同じ大学の1年生だった。大学に友達がひとりもいなかった当時の僕は、もちろんその女子とも面識がなく、はじめましてと挨拶を交わした。それから三人で大家さんの部屋に行き、カレーを食べた(この夜、おかわりをどうしても断りきれずに大盛り3杯を胃に詰め込んだ僕は、大家さんちのトイレで盛大に吐いた)。

 

その日を機に、大学構内で彼女と会えば挨拶をするようになった。同じアパートのよしみ、という概念がちょっと楽しかった。専攻は違ったけれどどちらも1年生だったため、でかい講義室で受けるような講義がいくつか被っていた。

 

その子はメガネで、色が白く、背が高く、めちゃくちゃおしゃべりだった。高田純次似のお父さんが大好きだと言っていたし、姉妹の中では自分が一番巨乳だとも話していた。たしかにおっぱいがでかかった。目を合わせて話すことが苦手なのに、おっぱいが大きい人が相手となると視線を下げることも憚られる。迷いに迷った末に、僕は彼女の目とおっぱいを4:6の割合で交互に見ることに決めた。二つ並んでいる、という点では大差ない。

 

しばらくして彼女は、僕の部屋にも遊びに来るようになった。「私は基本人と話してないとダメだから」というエクスキューズが向こうから提示されていたので、じゃあいいかと僕も思った。しまいには、女友達と連れ立って僕の部屋に来たこともある。その日はふたりの「同じ専攻のバカ女子軍団がガキ過ぎてつらい」という話を夜の十二時くらいまで聞いて帰したあと、頭の中でリフレインする「高校生かっつーの!」というパンチラインをノートの端にメモして寝た。

 

2年の夏のことだった。

真夜中、部屋で提出期限ギリギリのレポートをまとめていた僕の携帯に通話が入る。下の階の彼女だ。無視しようか迷って、電話に出た。

 

「飲みすぎて動けないから迎えに来てほしい」

 

なんじゃそりゃ!と思いはしたが、僕はビニール傘を武器がわりに夜の街へと飛び出した。このまえ彼女と話した時に、夜道を歩いていたら不審なワゴン車に横付けされ、ヤンキーっぽい男に声をかけられたという話を教えてもらったばかりだった。大学1年の前期、講義にも出席せず部屋で筋トレと読書と嗚咽を繰り返していたあの日々の成果が問われるときが、ついに訪れたのかもしれない。

指定された居酒屋の前に行くと、彼女と知らない女子が二人で待っていた。見た感じ、介抱役を任された友達らしかった。当の本人はほんとうにベロベロに酔っていてちょっとだけ引いた。友達から介抱を引き継ぎ、アパートまでの道を並んで歩く。ジョギングをしているおじさんが横を通り過ぎるだけで彼女は肩をこわばらせ、嘲るように笑った。

彼女は「最近ちょっとだけ痩せた」という話をした。7キロ痩せたらしかった。それってちょっとか?と思った僕は雑談の端々に見え隠れする彼女の不調に気づいた。大学がつらいらしい。厳密に言えば、専攻内での人間関係で気を揉んでいるらしかった。大学がつらい、という話なら得意分野だったので、ひたすら同意を繰り返しているうちにアパートに到着。

階段を上がって部屋のまえまで送ると、彼女は「今日、〇〇ちゃん(僕です)の部屋泊まっていい?」と言った。最近眠れないので、部屋にいさせてもらうだけでいいとのことだった。よく意味がわからなかったが、当時童貞だった僕は人間がどんなふうに距離を詰めてくるものなのかまったく見当がつかなかったので、とりあえず承諾した。大家さんの出してくれるカレーを吐くまで断れないような人間であることも、理由の一つだった。

 

僕はタオルケットとクッションを彼女に渡し、自分はちゃっかりとベッドで爆睡した。

翌朝を迎えれば早々に彼女を起こし、二、三会話したあとで帰ってもらった。

 

 

 

 

いまでもたまにあの日のことを思い出す。

 

もしその気になれば絶対に抱けていただろう。 

 

とはいえあの日、僕が自分のベッドで先に寝入ってしまったことは決して間違ったことではなかった。その一件を彼女が友達に話したところ、誰もが「めっちゃ紳士」と感動してくれ、たいへんな評判を呼んだらしいのだ。僕はめっちゃ紳士なのだ。

 

 

村上春樹をきっかけに、そんなことを思い出した。ちなみに彼女はその後、一学年上の先輩と付き合う。その先輩は回らない寿司屋でアルバイトしていて、卒論に集中すべく後釜を探していた。そこで彼女に相談する。彼女はある紳士を思い出す。僕の携帯が振動する。

 

僕は大家さんの3杯目のカレーも、女の子の申し出も断れない。

 

 

 

彼女はとんでもないファムファタールだったわけだ。

 僕のイングロリアス・マザーファッカーとしての日々の始まり。そのきっかけをつくった張本人だ。

 

 

ふざけやがって。

 

 

泣きながらシコる日々。

 

 

 

(now playing くるり-『リバー』)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

書き下ろし漫画『初デート』

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ジェームズ・ガンにありがとう/『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』

 

 

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僕はジェームズ・ガン監督が2010年に撮った『SUPER!』という映画が大好き。オールタイムベストを聞かれるとまずこの映画が浮かんでくる。

 

「人生で完璧だった瞬間が2つある」という冴えない中年男が、そのうちの1つである最愛の妻を地元のドラッグディーラーに寝取られたことから自警行為(という名の暴力行為)に乗り出すというヒーロー映画だ。この作品から、「完璧な瞬間」というのは漫画における「コマとコマの間」にだって山ほど詰まっているというメッセージを受け取った当時大学生の僕は、三日三晩泣き続け、バイトを辞めた。バイトを辞めたのはかねてからの予定通りだったけど、この映画のことを思い出すとき、決まってバイトのことが脳裏をよぎる。当時の一番の悩みだったからだ。あらゆることに見て見ぬふりを続けるあのころの僕の痛みに、この映画は寄り添ってくれた。

 

そんな『SUPER!』を撮ったジェームズ・ガン監督が、あのMCUに参加するというニュースを耳にしたときは、もう飛び上がるくらい嬉しかった。MCUはリアルタイムで追っていたし、そこにあのジェームズ・ガンが!彼の出世が嬉しくて仕方がない。ということで2014年に『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』が公開。映画は見事大ヒットを収めた。僕はサントラも買って毎日聴いていた。どうしても働きたくなかった当時の僕が重い足を引きずりながら派遣アルバイトに行ったり行かなかったりをしていた時期だ。『Awesome Mix vol.1』を聴きながら集合場所である知らない街の駅前に向かい、挨拶もそこそこに距離をとり合うバイト・スクワッドたちと一緒にいると、「まるで銀河のならず者集団だな」と思えた。

 

そしてその続編である『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』がついに公開された。今回もオープニングが最高で泣いてしまった。でもなにより、ジェームズ・ガンは今作でもやっぱり優しかった。その優しさに触れ、泣いて、僕は劇場を後にした。

 

今作はべらぼうにいい。ジェームズ・ガン監督の、孤独や傷を負った者たちに対する優しい目線が満ちていた。本当に欲しかったものは、とっくに手に入れていたなにかかもしれない。痛みの先を一緒に眺めてくれる、そんな確かな温度がこの映画にはあった。

 

悩みも欲望も尽きない、なんでもない人間のひとりとして、僕はこの映画を愛するし、引いてはこの映画を作り、発信したジェームズ・ガン監督に感謝してやまない。ほんとうにありがとう。どうせこれからも最低な気分に何度も沈むであろうこの僕を、また助けてください。どんどん遠慮なく助けてください。助けられ慣れてますので、どうぞまたよろしくお願いいたします。

 

 

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『GGG』計画

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 不労所得のことばかり考えているのは根っからの荒くれ者だからだ。この傲慢さを保ち続けなければ、そのまま朽ち果ててしまう。
 
何かを残せさえすれば、何かを残さなければという気色悪い焦燥から解放されるかもしれない。
 
最近、部屋にある10キロのダンベルを7キロに変えたら筋トレが続くようになってきた。それは本当に正しい厳しさなのか?という問いを常に持ち続けていたい。
 
いびつな厳しさで得るものがゼロになるなら、小銭でもいい、自分にできる範囲で動き続けたいと僕は思う。 
 
 
 
ということで…… 
 
 
 
 

 

 

 

 

 

 

 
 
 
 

 HOP!

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STEP!

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FUCK!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
 

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 って感じの小説を書きます。案が浮かんだのは大学2年のころ。かれこれ7年温めている(ほったらかした)話なので、すっかり冷えて硬くなった鉄を力尽くで打ちます。
 
 
 
 
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「身内」と「マルチ」で韻が踏める

 

GWが終わり、外はすっかり夏の空気に満ち始めている。僕の頭は不労所得のことでいっぱいだ。なんて素敵な言葉だろう。字面は地味なのに、意味は最高。こういう女の人がタイプだ。不労所得といえば、僕の親類も一時期「ぜったい詐欺です」って感じのマルチにハマっていた。血は争えないとはこのことかもしれない。

 

一時期は僕も頻繁に誘いを受けていたし、外食を餌に下手くそなプレゼンを聞かされたこともある。二度ほどセミナーにも参加した。そういえば最近そういうお誘いがくることもなくなった。ふと気になった僕はその会社について調べてみた。

 

 

 

すると……

 

 

 

 

 

連鎖販売業者【(株)e-win】に対する業務停止命令について(中央省庁からの情報)_国民生活センター

 

 

 

 

 

 

 

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matome.naver.jp

 

 

 

 

 

 

 

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anti-multi-committee.xrea.jp

 

 

 

 

 

 

 

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sagihigai-sokuho.com

 

 

 

 

 

 

 

 

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他にもいろいろ調べてみるとこの会社、マークされるたびに何度もトンズラこいて新しい社名&事業で似たようなことを繰り返しているっぽい。現在のホームページに飛ぶと某格闘家が画面いっぱいに表示される。矢沢心もしっかりしてくれよ。

 

ちなみに僕が参加したセミナーでは「芸能人や社長などが相談に訪れるという瞑想の講師」とかいうメガネのおっさんが登場し、「この話に乗ることを家族が反対したら僕なら縁を切りますね。本当の家族ってのはその人が一生懸命に取り組んでいることを否定しない」、「このプロジェクトへの参加を躊躇してごねるようなやつはバカだし死ねと思う」と言い出すほど明らかに変なテンションだったのに、みんな背筋を伸ばしてうんうんと頷いていた。

更には講師に呼ばれて前に立った20代の営業マンが「みなさんは社員のために泣いてくれる経営者を見たことがありますか?〇〇さんは泣いてくれました」とマルチの代表について思いを語り、涙を流す。もう滅茶苦茶。

 

 このまえ読んだ精神科医の本で、第一印象で感じた違和感は実はかなり重要だ、的なことが書いてあったのだけど、まさにそれが当てはまる。きな臭いと感じたら絶対にお金を出してはいけないのだ。「二十代以上で数十万をぽんと出せないひとははっきり言ってその人生詰んでます」と瞑想ペテン師は言っていた。そうやって発破をかけるのだ。アホたれめ。思い出すだけで湯が沸きそうだ。あんなやつらに1円もくれてやるな。どうせクソみたいなタワマンや日焼けマシンに使う。だったらそのお金でチューハイとかを買って路上で飲もう。クソみたいなタワマンや日焼けマシンに費やされるはずだったお金がいまこうやって自分の胃に流し込まれていることを誇ろう。本当にえらい。悪と戦っている。正しくあろうとして何が悪い?

 

 

 

 

本当に嫌なことを思い出した。GWも終わったのに。ということでみなさんも悪徳マルチ商法には気をつけてください。身近でハマっている人がいたら、ちょっとでいい、気にかけてあげてください。だってその人の大事なお金がクソ野郎のタワマンや日焼けマシン代に消えてしまうなんて、これほど悲しいことはありません。

 

僕は僕で不労所得計画を水面下で進行させることにした。

少なくとも、マルチのようなおままごとには絶対に関わりません。

 

マルチのバカ!馬鹿!莫迦!地獄の業火で肌を焼きなさい!!!